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一之巻、来夜とふぁしるの登場でぃっ!
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十八年後――
ここは大きな商家の二階。うら若き女が畳にのべた布団に、今白い足をさしいれるところ。
だが彼女はその前に、寝間着の帯をゆるめ襟を開き、ふくよかな胸を露わにする。
両脇に両手を添えたかと思うと、あれよ、という間に乳房がとれた。ふたつつながったそれを、枕元の白い布にそっと乗せる。布の両端を乳房にかけて、彼女は何喰わぬ顔で寝間着の帯を締め直す。胸を取ったあとはさらりとした白い肌が、これまた何喰わぬふうに続くばかり。
驚いちゃあいけない、胸は重いから寝るときゃはずすのだ。そうでないと、うつぶせにゃあ眠れない。
だが彼女が不運だったのは、枕元が窓に向いていたこと。
彼女がかわいらしい寝息をたてだした丑満つ時、障子が音もなく開いた。格子の間から、にょきりと伸びる白い腕。小さな手は迷うことなく胸をつかむと、またぞろ夜の闇に消えていった。
同刻――
「はぁっ、はぁっ」
「ああんっ、いくぅっ」
いつの世も変わらぬ、一組の男女が色事の真っ最中。
行くとこまで行って、一息ついてから、男は女から体を離す。だが何か違和感を感じたか、ふと己の股間をのぞき見て、
「うぎゃぁぁぁああぁぁっ、ないぃぃいいっっ!!」
続いて女も上体おこし、股の間に目をやって、
「きゃああぁぁあぁぁっ!」
こちらも悲鳴を上げる。
「と、とれた…… とれちまった」
男の声はうわずっている。
取り外し可能な体とは、なんとも面白そう……いや、便利そうだが、こんな不便もあるのだ。
「ちょ、ちょっとどうしてくれるんだい、こんな体じゃあ明日、清五郎さんと逢うのにぃぃっ!」
「こっちだってなあ、こんなんじゃあ当分かわいいお雪ちゃんと……っててめぇっ、このあばずれ女がっ! やっぱ俺に黙って清五郎なんぞといい仲になりやがって!」
「偉そうなこと言うんじゃないよっ、おめぇさんこそ、お雪なんて頭のたりない女にころっと行きやがって、男ってぇのはほんとに馬鹿だねえ! あたしみたいないい女さしおいて」
「そりゃてめぇ、清五郎なんざ外面ばかりで中身のねえ――って、俺たち喧嘩してる場合じゃあるめぇ」
先に平生を取り戻したのは男の方。女もすぐ真顔に戻って、
「修理屋呼ばねえと。多運頁どこやった?」
「おいおい、男の一番大事なもんだぜ。そんじょそこらの修理屋に任せられっかよ」
「そりゃああたしだって、むさい親父修理屋なんか嫌だよ」
通常、修理屋には男がなる。
「おい、いま都に来ている天下一の修理屋を知ってっか?」
「ああ勿論。年齢不詳、性別不明。腕だけは確かな天下一の修理屋ふぁしるだろう?」
男はうんうんとうなずいて、
「おとといのかわら版にふぁしるの鼓紋が載ってたろう」
鼓紋とはなんのことやら。
指紋の耳版だと思って頂ければよろしい。人には固有の鼓紋というのがあって、それはいろはの「イ」から「ス」まで、んを除く四十七音の組み合わせで表される。これと伝えたい情報とを、強い言霊を持つ音に挟んで唱えると、その鼓紋を持つ者の耳まで届くのだ。当世風に言えば、電話がこれに当たるだろう。
電力、原子力など全ての力を、「我らを滅ぼしたるもの」と目のかたきにして、彼らの祖先が「保護区」に籠もってから、もうじき五百年を数える。国の認めた保護区は絶対中立地域、それから百年ほどの間に、保護区外は相次ぐ戦乱や森林伐採によりほとんど住めなくなる。次第に人々は保護区に移り住み、更に数百年が流れるうち、保護区を制定した政府は滅び、保護区の人々による廃墟の開拓により、国のほとんどが保護区になってしまった。
それから更に三百年も時が過ぎれば、豊かさ、便利さが敵だったことなど、人々はとうに忘れている。この時代なりの文明が作られて、いやはや世の中便利になったものだ。
やがてふたりに呼ばれてやってきた修理屋は、すらりとした体躯に、忍者のような全身黒ずくめ。黒い布からのぞく目は、男にしては綺麗すぎるような、女にしては厳しすぎるような。声はといえば、男にしてはあでやかで、女にしては低すぎる。体つきは少年のように華奢で、どちらとも言いかねた。
濃紺の髪を、前は短く切り、後ろに一房だけ垂らしている。
修理屋は無言でふたりを診た。
夜が明けて――
商家の娘のもとには一枚の犯行声明文が残されていた。そこには子供のような墨文字で、「ねーちゃんのむねはいただいた。つき らいや」
一方例の男女のもとには修理屋ふぁしるの請求状。
「た、高ひ……」
男は目をむいた。
「こんなんあたしら分割で払っても三年はかかるよ!」
「法外じゃぁぁっ! ご奉行様に訴え出よう!」
「嫌だよ馬鹿! 修理屋呼んだ理由を忘れたんかい?」
今更ながら、ふたりはびんぼーだった。
ここは大きな商家の二階。うら若き女が畳にのべた布団に、今白い足をさしいれるところ。
だが彼女はその前に、寝間着の帯をゆるめ襟を開き、ふくよかな胸を露わにする。
両脇に両手を添えたかと思うと、あれよ、という間に乳房がとれた。ふたつつながったそれを、枕元の白い布にそっと乗せる。布の両端を乳房にかけて、彼女は何喰わぬ顔で寝間着の帯を締め直す。胸を取ったあとはさらりとした白い肌が、これまた何喰わぬふうに続くばかり。
驚いちゃあいけない、胸は重いから寝るときゃはずすのだ。そうでないと、うつぶせにゃあ眠れない。
だが彼女が不運だったのは、枕元が窓に向いていたこと。
彼女がかわいらしい寝息をたてだした丑満つ時、障子が音もなく開いた。格子の間から、にょきりと伸びる白い腕。小さな手は迷うことなく胸をつかむと、またぞろ夜の闇に消えていった。
同刻――
「はぁっ、はぁっ」
「ああんっ、いくぅっ」
いつの世も変わらぬ、一組の男女が色事の真っ最中。
行くとこまで行って、一息ついてから、男は女から体を離す。だが何か違和感を感じたか、ふと己の股間をのぞき見て、
「うぎゃぁぁぁああぁぁっ、ないぃぃいいっっ!!」
続いて女も上体おこし、股の間に目をやって、
「きゃああぁぁあぁぁっ!」
こちらも悲鳴を上げる。
「と、とれた…… とれちまった」
男の声はうわずっている。
取り外し可能な体とは、なんとも面白そう……いや、便利そうだが、こんな不便もあるのだ。
「ちょ、ちょっとどうしてくれるんだい、こんな体じゃあ明日、清五郎さんと逢うのにぃぃっ!」
「こっちだってなあ、こんなんじゃあ当分かわいいお雪ちゃんと……っててめぇっ、このあばずれ女がっ! やっぱ俺に黙って清五郎なんぞといい仲になりやがって!」
「偉そうなこと言うんじゃないよっ、おめぇさんこそ、お雪なんて頭のたりない女にころっと行きやがって、男ってぇのはほんとに馬鹿だねえ! あたしみたいないい女さしおいて」
「そりゃてめぇ、清五郎なんざ外面ばかりで中身のねえ――って、俺たち喧嘩してる場合じゃあるめぇ」
先に平生を取り戻したのは男の方。女もすぐ真顔に戻って、
「修理屋呼ばねえと。多運頁どこやった?」
「おいおい、男の一番大事なもんだぜ。そんじょそこらの修理屋に任せられっかよ」
「そりゃああたしだって、むさい親父修理屋なんか嫌だよ」
通常、修理屋には男がなる。
「おい、いま都に来ている天下一の修理屋を知ってっか?」
「ああ勿論。年齢不詳、性別不明。腕だけは確かな天下一の修理屋ふぁしるだろう?」
男はうんうんとうなずいて、
「おとといのかわら版にふぁしるの鼓紋が載ってたろう」
鼓紋とはなんのことやら。
指紋の耳版だと思って頂ければよろしい。人には固有の鼓紋というのがあって、それはいろはの「イ」から「ス」まで、んを除く四十七音の組み合わせで表される。これと伝えたい情報とを、強い言霊を持つ音に挟んで唱えると、その鼓紋を持つ者の耳まで届くのだ。当世風に言えば、電話がこれに当たるだろう。
電力、原子力など全ての力を、「我らを滅ぼしたるもの」と目のかたきにして、彼らの祖先が「保護区」に籠もってから、もうじき五百年を数える。国の認めた保護区は絶対中立地域、それから百年ほどの間に、保護区外は相次ぐ戦乱や森林伐採によりほとんど住めなくなる。次第に人々は保護区に移り住み、更に数百年が流れるうち、保護区を制定した政府は滅び、保護区の人々による廃墟の開拓により、国のほとんどが保護区になってしまった。
それから更に三百年も時が過ぎれば、豊かさ、便利さが敵だったことなど、人々はとうに忘れている。この時代なりの文明が作られて、いやはや世の中便利になったものだ。
やがてふたりに呼ばれてやってきた修理屋は、すらりとした体躯に、忍者のような全身黒ずくめ。黒い布からのぞく目は、男にしては綺麗すぎるような、女にしては厳しすぎるような。声はといえば、男にしてはあでやかで、女にしては低すぎる。体つきは少年のように華奢で、どちらとも言いかねた。
濃紺の髪を、前は短く切り、後ろに一房だけ垂らしている。
修理屋は無言でふたりを診た。
夜が明けて――
商家の娘のもとには一枚の犯行声明文が残されていた。そこには子供のような墨文字で、「ねーちゃんのむねはいただいた。つき らいや」
一方例の男女のもとには修理屋ふぁしるの請求状。
「た、高ひ……」
男は目をむいた。
「こんなんあたしら分割で払っても三年はかかるよ!」
「法外じゃぁぁっ! ご奉行様に訴え出よう!」
「嫌だよ馬鹿! 修理屋呼んだ理由を忘れたんかい?」
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