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04 王太子、マルタ妃の陰謀に嵌まる【王太子視点】
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(王太子視点)
僕は三ヶ月間、外出を禁じられてしまった。
なぜだ!? 僕は哀れな被害者なのに。
妻の殺害計画だって、よくよく記憶をたどれば、ミリィから提案されたことだ。
『ねぇ殿下? マルタ様が王太子妃の座についていらっしゃる以上、ミリィと殿下は幸せになれないのよねぇ?』
ベッドの上で、僕の腕に抱かれながらミリィは上目遣いで訊いたのだ。
『そうだな。病気か何かで都合よく死んでくれればよいのだが』
『毒殺しちゃう? 殿下がマルタ様のお飲み物に細工をすれば簡単よぉ?』
僕は恐ろしくなって腕の中のミリィから顔をそむけた。
『そんなことできるわけないだろう!』
『う~ん、それじゃあうちの手の者を使って何とかするしかないわねぇ』
希望の光が見えた気がして、僕はミリィに顔を向けた。
『何とかって、どんな方法があるのだ?』
『ミリィは分からないわぁ。でもあの人たちに依頼すれば、邪魔な人間はいつでも消してくれるんだってパパが言ってたもん』
自慢げに話したミリィのあどけない笑顔がよみがえる。ふわふわとしたオレンジ色の髪は、南方の太陽を浴びた柑橘類のように明るいんだ。
そう、純粋無垢なミリィは事の重大さを知らなかったのだ。彼女も僕と同様に、陥れられたに違いない。これは早急にミリィと再会して、事態を収拾するために話し合わなければ!
ミリィには罪がないことを証明して、父上と母上に彼女を認めてもらう。ミリィの可愛らしさは、会えば分かるはずだから。あんなに心の綺麗な女の子を、僕は知らない。両親だって彼女と話せばきっと納得するはず。ミリィこそ僕の妻にふさわしいって。
それに引きかえ、いつも何かを秘めているような難しい顔をしたマルタの可愛げないことといったら、素直さの欠片もない。深紅の髪は暗くて血のような色だし、あの女が心から笑ったところなんて見たことないぞ。
扉が叩かれ、使用人が姿を現した。
「殿下、お夕食をお持ちしました」
「おい、ミリィと直に話させてくれと言っているんだ。父上へは伝わっているのか!?」
僕が声を荒らげると、使用人は疲れた顔を見せた。失礼な奴だ。
「おそらくは」
「おそらく、では困るんだ。僕はとにかくミリィに会いたい! もう五日も会っていないんだぞ!」
「わたくしでは陛下にお目通り願うことは難しく存じます。陛下の侍従であるナヴァル卿にお伝えしましたので、陛下もご存知かと」
使用人は逃げるように部屋から出て行った。
十日後、思いがけない人物が訪れて、僕は外へ出られることとなった。
夕食後、コツコツと窓を叩く音がして、僕は不審に思ってカーテンを開けた。窓の外には空中遊泳の術を使って、見覚えのある侍女が浮かんでいた。
「君は確かマルタがサンティス家から連れてきた――」
「はい。ルネと申します」
「一体何の用だ? 僕をあざ笑いに来たのか?」
皮肉に顔を歪めると、
「まさか。マルタ様は殿下に大変同情しております」
と意外な答えが返ってきた。
普段から何を考えているか分からぬ女だと思っていたが、あの女も情の深いところがあるのだな。いや、僕に同情するのは当然か。僕は、庶民に毛の生えたような男爵家の餌食となったのだから。
「マルタ様は、殿下が三ヶ月間も宮殿から出られないのはあんまりだと涙を流され、裏門にサンティス公爵家の馬車をご用意致しました」
「本当か!?」
窓から身を乗り出すと、侍女は人差し指を赤い唇に立てて静かにするよう促した。人形のように綺麗な顔を、月明かりが照らし出す。
「御者も公爵家で雇っている者です。事情は言い含めてございますので、ご安心ください」
侍女は僕を抱きかかえると、空中遊泳の術を操作して裏庭に降り立った。女のくせに異様に力のある奴だ。
「父上に僕の願いは届いているのか?」
中庭から裏門へ歩きながら声をひそめて尋ねると、侍女はうなずいた。
「はい。しかしグロッシ男爵家はミリアム様に殿下とお会いすることを禁止しましたゆえ、難しいのだと思います」
最初はマルタの侍女と聞いて怪しむ気持ちもあったが、事情を説明してくれる彼女を見るうちに、これはどうやら信頼して大丈夫そうだと確信を持った。
「なぜグロッシ家が?」
夜陰に紛れて木々の間を歩きながらまた尋ねる。
「騎士団が水晶の記録を証拠として男爵家を糾弾したのですが、あちらは逆に殿下が娘をそそのかし利用しようと企んだのだと申しまして、二度と殿下に会わせないと」
「なっ! 王家に逆らうのか!?」
驚きの声をあげた僕に動じることもなく、侍女はまた僕を抱きかかえ、裏門近くの城壁を空中遊泳の術で飛び越えた。
「男爵家一つ潰すことは難しくありませんが、王家がよく調べもせずに冤罪で貴族家を切り捨てると見なされることは、ほかの貴族家の疑念を生むことになるんですよ」
「忠誠心をそぐということか」
首肯しながら僕は、ただの侍女のくせに見識が深いことを不思議に思った。
城壁の陰に止まった馬車に乗り込んだとき、僕を見上げた侍女が、朱い唇をつり上げたような気がした。
「それに水晶の映像を見た陛下はグロッシ家の言う通り、あなたが計画を立てた張本人だと信じているようですから」
非難の声を上げる前に、馬車は夜道をゆっくりと進み出した。
*
王都からグロッシ男爵家へ行くには、崖の下を流れる急流ラピダ川を越える必要がある。
橋へ差し掛かったとき、馬車は何者かの襲撃を受け、欄干に打ちつけられた。はずみで扉が開き、王太子は外へ投げ出された。欄干を越えて崖下へ――
暗い川底に打ちつけられたその身体は、そのまま流されていった。
王太子が最後の瞬間に見たものは、まるで襲撃を予想していたかのように、御者台からひらりと飛び降りた御者の姿だった。
夜も明けぬうちから、王宮は騒然としていた。
「申し訳ありません!」
一命を取りとめ、王宮に戻って事件を報告した御者は、取り調べをする騎士団長に頭を下げた。
「マルタ様はハインツ殿下を大変憐れんでいらっしゃって、公爵家の馬車なら外出できるのではないかとお考えになったのです」
「もう謝罪はよい。馬車を襲った者たちを見たか?」
「はい、月明かりの下、黒ずくめの男たちが五人、馬に乗って現れました。リーダー格の男は短髪で、左頬に傷があり――」
とっさの襲撃だったはずが、御者は妙によく見ていた。
それもそのはず、彼はただの御者ではなかった。サンティス公爵家の私兵であり、サンティス公爵の身辺警護をしている腕利きの騎士だった。
彼は橋の上で襲撃があることをあらかじめ知っていた。怪しい人影が見えた瞬間、彼は御者台から飛び降り、橋の上を転がって近くの茂みに身を隠していたのだ。
急流に流された王太子は翌朝になっても、ついぞ見つからなかった。
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作者は現在、恋愛小説大賞に参加中です。のぞいていただけると嬉しいです!
『君を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/802191018/891717449
僕は三ヶ月間、外出を禁じられてしまった。
なぜだ!? 僕は哀れな被害者なのに。
妻の殺害計画だって、よくよく記憶をたどれば、ミリィから提案されたことだ。
『ねぇ殿下? マルタ様が王太子妃の座についていらっしゃる以上、ミリィと殿下は幸せになれないのよねぇ?』
ベッドの上で、僕の腕に抱かれながらミリィは上目遣いで訊いたのだ。
『そうだな。病気か何かで都合よく死んでくれればよいのだが』
『毒殺しちゃう? 殿下がマルタ様のお飲み物に細工をすれば簡単よぉ?』
僕は恐ろしくなって腕の中のミリィから顔をそむけた。
『そんなことできるわけないだろう!』
『う~ん、それじゃあうちの手の者を使って何とかするしかないわねぇ』
希望の光が見えた気がして、僕はミリィに顔を向けた。
『何とかって、どんな方法があるのだ?』
『ミリィは分からないわぁ。でもあの人たちに依頼すれば、邪魔な人間はいつでも消してくれるんだってパパが言ってたもん』
自慢げに話したミリィのあどけない笑顔がよみがえる。ふわふわとしたオレンジ色の髪は、南方の太陽を浴びた柑橘類のように明るいんだ。
そう、純粋無垢なミリィは事の重大さを知らなかったのだ。彼女も僕と同様に、陥れられたに違いない。これは早急にミリィと再会して、事態を収拾するために話し合わなければ!
ミリィには罪がないことを証明して、父上と母上に彼女を認めてもらう。ミリィの可愛らしさは、会えば分かるはずだから。あんなに心の綺麗な女の子を、僕は知らない。両親だって彼女と話せばきっと納得するはず。ミリィこそ僕の妻にふさわしいって。
それに引きかえ、いつも何かを秘めているような難しい顔をしたマルタの可愛げないことといったら、素直さの欠片もない。深紅の髪は暗くて血のような色だし、あの女が心から笑ったところなんて見たことないぞ。
扉が叩かれ、使用人が姿を現した。
「殿下、お夕食をお持ちしました」
「おい、ミリィと直に話させてくれと言っているんだ。父上へは伝わっているのか!?」
僕が声を荒らげると、使用人は疲れた顔を見せた。失礼な奴だ。
「おそらくは」
「おそらく、では困るんだ。僕はとにかくミリィに会いたい! もう五日も会っていないんだぞ!」
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十日後、思いがけない人物が訪れて、僕は外へ出られることとなった。
夕食後、コツコツと窓を叩く音がして、僕は不審に思ってカーテンを開けた。窓の外には空中遊泳の術を使って、見覚えのある侍女が浮かんでいた。
「君は確かマルタがサンティス家から連れてきた――」
「はい。ルネと申します」
「一体何の用だ? 僕をあざ笑いに来たのか?」
皮肉に顔を歪めると、
「まさか。マルタ様は殿下に大変同情しております」
と意外な答えが返ってきた。
普段から何を考えているか分からぬ女だと思っていたが、あの女も情の深いところがあるのだな。いや、僕に同情するのは当然か。僕は、庶民に毛の生えたような男爵家の餌食となったのだから。
「マルタ様は、殿下が三ヶ月間も宮殿から出られないのはあんまりだと涙を流され、裏門にサンティス公爵家の馬車をご用意致しました」
「本当か!?」
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「御者も公爵家で雇っている者です。事情は言い含めてございますので、ご安心ください」
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中庭から裏門へ歩きながら声をひそめて尋ねると、侍女はうなずいた。
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「もう謝罪はよい。馬車を襲った者たちを見たか?」
「はい、月明かりの下、黒ずくめの男たちが五人、馬に乗って現れました。リーダー格の男は短髪で、左頬に傷があり――」
とっさの襲撃だったはずが、御者は妙によく見ていた。
それもそのはず、彼はただの御者ではなかった。サンティス公爵家の私兵であり、サンティス公爵の身辺警護をしている腕利きの騎士だった。
彼は橋の上で襲撃があることをあらかじめ知っていた。怪しい人影が見えた瞬間、彼は御者台から飛び降り、橋の上を転がって近くの茂みに身を隠していたのだ。
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