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第3話★想い続けたその果てに【ジュキ視点】

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 俺の父ちゃんと母ちゃんは魔界のナンバーワンとナンバーツーだったそうだ。ほかの二人の将軍とあわせて魔界四天王なんて呼ばれていたとか。でも聖女に魔力を浄化され、勇者の持つ伝説の聖剣の前には、二人ともなすすべがなかったのだ。俺はまだ二歳だったから何も覚えていない。

 物心ついたとき俺は、魔界の戦災孤児が集められた孤児院で、英雄の子供として特別待遇を受けていた。だがそれがいけなかった。嫉妬した他のガキどもから、大人たちの見ていないところでいじめられるようになったのだ。ドワーフやオークの子供たちは幼児のうちから力が強く、まだ剣術も魔術も覚えていない俺には太刀打ちできなかった。

 だが四天王の息子がいじめられていては格好がつかないということで、もうすぐ七歳になるころ、俺自身には何の功績もないのに白銀の騎士アルジェント・ナイトの叙任を受けた。

 孤児院の院長が言うには、

「亡き魔王様の息子であるアンリ様がブルクハルト王国から爵位を受け、魔侯爵として魔界を治めることとなったが、人間の体制に組み込まれるのが気に入らない、弱腰政策だと批判する魔族がまだたくさんいる。人間と戦いたい勢力が、魔王様の魔力を受け継いだレモネッラ様をかつぎ上げる恐れがあるのだ。魔王城の中にさえ、アンリ様を倒して自分が魔王になろうともくろむやつらがいるのだから、何人なんぴとたりともレモネッラ様に近づけてはならない」

 ということだった。当時の俺がどこまで理解できていたかははなはだ疑問である。

 院長はため息をついて、

「まあ当面は、いつでもレモネッラ様のおそばに仕え、彼女が寂しくないようにして差し上げることだ」

「お姫様のお友達になればいいんだね?」

 一文で要約した俺に、確か院長は苦笑していたと思う。



 初めてレモネッラ姫に会ったとき、俺はその美しさに息をのんだ。つややかな桃色の髪は手入れが行き届いていて、長いまつ毛に縁取られた愛くるしい瞳は好奇心に輝いて俺をみつめている。孤児院では見たこともない繊細なレースのドレスに身を包んで、彼女は優雅にほほ笑んでいた。こんなきれいな女の子、いままでの人生で会ったことも見たことなかった。

 魔王城から出たことのない深窓の令嬢と孤児院育ちの俺が口をきけるってだけで、特別なことに思えた。

 しかもレモはまだ五歳だというのにたくさん本を読んでいて、賢くてしっかりした女の子だった。その頃の俺といえば勉強嫌いで、自分の名前がようやく書ける程度だったのに。

「ねえジュキ、外の世界のお話もっとたくさん聞かせて。あたし本を読んでるよりジュキのお話聞いてる方が何倍も楽しいの」

 レモはそう言って俺の腕にしがみついてきた。

 身分の違いなんて深く考えていなかった子供の頃の俺が、レモを好きになるのにさして時間はかからなかった。

 レモにふさわしい存在になりたい一心で、騎士として剣の修行にも励んだし、魔術もたくさん覚えた。嫌いな勉強も多少は頑張ったし、レモが、

「あたしジュキの声が大好きなの! もっといろんな歌が聴きたいわ」

 と言えば作曲したり楽器を学んだりした。

「この間の夜――真ん中の月が満月だったときに聴かせてくれた曲が好きなの。あれもう一度歌ってよ」

 などの注文にこたえるため、楽譜の書き方まで学んだ。



 だがどんなに努力しても俺はレモの、

「お城の外に出てみたい」

 という願いを叶えてやれなかった。

「レモの命の火は、魔王城から出たら消えてしまう」

 と、いつもアンリの兄貴は言っていた。

 レモは成長するにつれて、

「あたしをお城から出さないためにあんなこと言って。大人なんて嘘つきだから信じられないわ」

 と言うようになった。

 俺はただ、閉じ込められたお姫様を救い出してあげたかった。美しく利口な彼女が、もっと広い世界で羽ばたくところを見たかった。



 魔界の夜空にかかる三つの赤い月のうち二つが新月となる暗い夜、俺たちは手をつないで城のテラスから夜空へ舞い上がった。二人ともこの日のために準備して、風を操る術に精通していた。

 魔王城の広い庭が終わり、堀に囲まれた城壁が見えてきた。

「ようやく外に出られるわ!」

 レモが歓声を上げた次の瞬間、つないでいた手から突然力が抜けた。

「レモ!?」

 俺は慌てて空中で彼女を抱きとめる。意識を失ったレモの風魔法は消滅していた。

 すぐに引き返して魔王城の敷地内上空に戻ったが、レモは目をひらかない。そのとき下から、

「そこを飛んでいるのは何者だ!?」

 と番兵の怒声が聞こえた。俺は逃げるかわりに彼らの元へ降り立った。

「レモネッラ姫の意識がないんだ!」

 番兵が報告に走り、寝静まっていた魔王城は一気に騒然となった。

 レモは俺から引き離され運ばれていった。

 そして俺は―― 姫君の誘拐をはかったとして地下牢にぶちこまれた。



 食事も衣服もろくに与えられず三日くらい経ったころ、官吏かんりとおぼしき男がやってきた。

「お前の罪は死刑に値すると決定された。処刑は五日後、魔王城の北の塔で執行される」

 事務的な口調で告げた後で、冷たい石の床に裸で横たわる俺に憐れみの視線を落とし、

「お前は身寄りも無いそうだな。捨て子か何かか? 哀れなものだ――」

 最後は独り言のようにつぶやいて、男は暗い地下牢から去っていった。どうやら俺が四天王の子供だということは伏せられているらしい。

 死刑と聞いても、俺は何も感じなかった。

 死ねば魂になってレモに会えるのかな? そんなことをぼんやりと考えていた。

 地下牢につながれた俺に、彼女の安否を知るすべなどなかったのだ。看守は性根の腐った人狼ワーウルフで、うろこに覆われた俺の手足を見下ろしながら、

「爬虫類にはこういうジメジメしたところがぴったりだな。ガハハハ」

 と品のない笑い声をあげた。

 俺はドラゴンとセイレーンのハーフだっつーの。

 俺は怒りのこもった目で看守をにらみつけたが、魔力封じの首輪をはめられていたため何もできなかった。



 処刑のときが来たのだろうか?

 手には冷たい鎖、足には足枷、首には魔力封じの首輪を装着された状態で、裸のまま石の床にうち捨てられていた俺の耳に、複数人のあわただしい靴音が聞こえてきた。

 足音とともに手燭てしょくに灯した魔力光が近づいてくる。

「まぶし……」

 俺はかすれた声でつぶやいて両腕に顔をうずめた。

「いました!」

 と頭の上で大声が聞こえる。

「ジュキエーレ・クレメンティだな?」

 手燭を持った男がかがんで俺の顔に光を当てる。

「うん……」

 俺は顔をうずめたままうなずいた。

 牢の鍵が開けられ、拘束具がはずされる。北の塔に連行されるのか――? にしては何かおかしい。

「よくがんばったな。もう大丈夫だ」

 侍従らしき服装をした若い男が、おそらくシーツと思われる大きな布で裸のままだった俺を包み込むと、ひょいと抱き上げた。



「アンリ閣下に会う前に身を清めなさい」

 と言われ、腹が減って死にそうなのに、今度は浴場にぶち込まれた。おそらく、今は亡き魔王とその家族専用と思われる、大理石の柱が立ち並んだバカでかい大浴場だ。

 湯の中でぼーっとしてると、

「閣下! お待ちください!」

「一目見ないと安心できん!」

「まだ彼は着替え終わっていません!」

 などという従者とアンリのものと思われるやりとりが聞こえてきた。着替え終わってないもなんも、俺いま湯にかってんだけど?

「ジュキ、無事か!?」

 服のままつかつかと入ってきたのは案の定、アンリの兄貴だった。湯の中から半身を出した俺をみつけると、

「よかった―― 生きてるな」

 心底、ほっとした様子で胸をなでおろした。

「レモは? あのあとどうなった?」

 俺はすぐに一番気になっていることを尋ねた。

「レモは無事だ。かなり弱っているが―― 詳しいことはあとで話す。レモのおかげでお前を護衛任務からはずせなくなったんだからな」

 俺はびっくりして、アンリの兄貴をまじまじとみつめた。「俺、死刑にならないの?」

「ならない」

 彼は首を振ると、はっきり言った。

 てことは俺はまた、前のようにレモのそばにいられるのか? 絶望に慣れ過ぎた俺の頭は、突然の朗報に混乱した。信じられなかった。ほうけたように水面をみつめていると、

「お前は城内の派閥争いに巻き込まれたんだ」

 俺の耳元に近づくように湯のはたにしゃがんだアンリの兄貴が、低い声で言った。

「はばつ争い?」

「難しい言葉は分からないか」

 という言葉にイラっとする。

「とにかくお前を亡き者にすることで得をする者たちがいたんだ。彼らにめられたんだよ、私もお前も」

「あんたも?」

 アンリはこれ見よがしにため息をついて、

「ジュキ、お前その言葉遣いなんとかならないのか? いつまでも孤児院の悪ガキ気分でいるんじゃない。私のことは閣下と呼べ」

 うわー、言ってることが正しいだけに腹立つぜ。俺は口答えせず、かわりにぷーっと頬をふくらませた。

 アンリはあきれ顔で俺の頭にげんこつを乗せながら、

「お前は剣術や魔術の稽古に励んで力をつけてきただろう? レモはそんなお前を信頼しきっていつも一緒にいる。レモを新魔王にかつぎあげて俺を排除したい連中にとって、お前は邪魔なんだよ」

 まじか。俺はただレモのために強くなりたかっただけなのに。

「隙を見せたのがまずかったな。今回のことは私を倒してもう一度人間と戦をしたい連中にとって、絶好のチャンスだったんだ」

「暑い。それに腹が減った」

 俺は、ざばっと湯から上がった。

 アンリの兄貴も立ち上がり、

「着替えたら食事が用意されているはずだ。お前とは今後について話し合わねばならん。私はお前を解雇するつもりでいたからな」

 自分のしたことを考えれば、それは当然だった。それが分からないほど、俺は幼くもなかった。だが――

「その前にレモに一目ひとめでもいいから会わせてくれ!」

 俺はアンリの背中に向かって叫んだ。

 アンリは扉の前で振り返ると俺の頼みに答える代わりに、不躾ぶしつけにも俺の頭からつま先まで視線を走らせた。

「それにしても本当に全身真っ白なんだな」

 そう言い残して大浴場から出て行った。



 そしてこのあと俺はレモの護衛に復帰するのと引き換えに、心を捨てるに等しい誓いを立てさせられることとなる。
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