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わがまま義妹のやらかし結婚式
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婚約が破棄された私は以前にもまして我がコルネリウス侯爵家の仕事に精を出していた。使用人たちがこそこそと、
「おかわいそうにセシリア様。きっと忙しくされていると気がまぎれるのでしょうね」
などと言っていることは知っている。
ヴィンセント様も、
「セシリア様、ティアナ様の婚礼の儀に関する仕事は、俺が全部やりますから」
などと気をつかってくれるのだが、私は自分でも驚くほどさっぱりとしていた。
「いいのよ、そんな落ち込んでなんかいないから」
「でも舞踏会の帰り道には――」
と言いかけて、ヴィンセント様は口をつぐんだ。私につらい記憶を思い出させまいとしたのだろう。
「私が落ち込んでいたのは―― カルヴァート公国の運営にたずさわれると思ってたくさん勉強してきたのに、これまでの努力は何だったのかしらと思ったからよ。でも考えてみたら、我がコルネリウス侯爵領だって規模は小さいけれど同じような仕事があるじゃない」
「素敵です! それでこそセシリア様だ。あなたはいつも前向きで輝いていらっしゃる」
そんなことを言うヴィンセント様の黒い瞳のほうが、よっぽど輝いている。黒曜石のようだ。
私は税務書類に目を通してサインをしながら、
「殿方はこういう打たれ強い女じゃなくて、ティアナみたいに依存型のほうが守ってやりたくなってお好きなんでしょうけどね」
ちょっと険のある言い方をしてしまった。まあ私だって、マクシミリアン閣下の「きみのような可愛げない女」という言葉に何も感じなかったわけではないのだ。
「俺は―― しっかりと自分を持っている自立した女性だからこそ、支え合いたいと思いますけどね」
作業の手を止めて、ヴィンセント様が天井から下がるほこりをかぶったシャンデリアを見上げながらつぶやく。
「まあマクシミリアン閣下は歳だから、ティアナ様をかわいいとお思いになるんでしょう」
「そうね。ティアナには全てを受け止めてくれる年上の男性が合っているわ」
「それを言ったら兄のエドモンドだってティアナ様より十歳近く上なのに、情けなくも倒れちまってすみません」
「あなたがあやまることじゃないわ、ヴィンセント様。ティアナが負担をかけたこと、こちらこそ本当に申し訳なく思っているんだから――」
不安定なティアナをエドモンド様がすべて引き受けてくれて、私と母はホッとしていた。そんな矢先、エドモンド様が心を病んでしまったのだから、私と母はしまったと思ったのだ。
そして婚礼の儀、当日。ティアナはさっそくやらかしてくれた。
まずカルヴァート公爵家側が用意して下さった花束を見るなり、
「こんな暗い色のブーケは持てないわ。お葬式みたいで気持ちが沈んでしまうの」
と神経質そうに、ふるふると首を振った。
マクシミリアン閣下は、
「ティアナは繊細な感性の持ち主なんだね」
と鷹揚にうなずき、
「すぐに花屋をここへ!」
使用人を呼びつけて命じた。
次にお祝いの音楽を奏でる楽団に、
「私、金管楽器の音色を聞くと頭痛がしますの」
と耳をふさいだ。
マクシミリアン閣下は、
「私の妻は音に敏感なんだ! 金管楽器は去れ!」
と下がらせた。
音楽はものすごく地味になった。
それからテーブルにならんだ豪勢な料理に、
「私、魚は臭くて食べられませんの。あら、こっちのお肉は固くて歯が痛くなってしまいますわ。このスープの香辛料、なんだか野蛮なお味……」
などと次々に文句をつけた。
マクシミリアン閣下はティアナが首を振った料理をすべて下げさせた。テーブルの上に残ったのはパンとサラダだけだった。
「これは確かに、お葬式みたいに気持ちが沈んでしまいますね」
私のうしろでこそっとささやいたのはヴィンセント様。
吹き出したいのをこらえる私のうしろで、彼は無邪気な笑い声をあげた。
さらには祭壇の前におごそかに佇んでいた神父に向かって、
「あの神父様、なんだか笑い方が卑猥で嫌ですわ。とても聖職にある方とは思えませんの」
と勝手に見た目で判断した。神父のいなくなった祭壇の前で、カルヴァート公国のマクシミリアン公爵と、コルネリウス侯爵家のティアナ嬢は婚礼の誓いを立てた。
「はぁぁ。さんざんやらかしてくれたわね」
婚礼の儀を終えて、私はぐったりしていた。一つ一つは小さなことなのだが、積み重なるといらいらしてしまう。
「マクシミリアン閣下はまだ後悔していないのかな?」
おもしろそうにニヤニヤしているのはヴィンセント様。「そろそろ、どういう人物を妻に迎えたか分かっても良さそうな頃ですがね」
「私はこれ以上、あの子が迷惑をかけないことを祈っているわ」
元高級娼婦だった妾腹の子というのもあるけれど、それ以上に令嬢としての振る舞いに問題があるから、ティアナは外へ出さず女侯爵にしようと両親は考えたのだろう。――いや、父はティアナを目に入れても痛くないほどかわいがっていたから、それで侯爵の位を継がせたかったのかしら?
「おかわいそうにセシリア様。きっと忙しくされていると気がまぎれるのでしょうね」
などと言っていることは知っている。
ヴィンセント様も、
「セシリア様、ティアナ様の婚礼の儀に関する仕事は、俺が全部やりますから」
などと気をつかってくれるのだが、私は自分でも驚くほどさっぱりとしていた。
「いいのよ、そんな落ち込んでなんかいないから」
「でも舞踏会の帰り道には――」
と言いかけて、ヴィンセント様は口をつぐんだ。私につらい記憶を思い出させまいとしたのだろう。
「私が落ち込んでいたのは―― カルヴァート公国の運営にたずさわれると思ってたくさん勉強してきたのに、これまでの努力は何だったのかしらと思ったからよ。でも考えてみたら、我がコルネリウス侯爵領だって規模は小さいけれど同じような仕事があるじゃない」
「素敵です! それでこそセシリア様だ。あなたはいつも前向きで輝いていらっしゃる」
そんなことを言うヴィンセント様の黒い瞳のほうが、よっぽど輝いている。黒曜石のようだ。
私は税務書類に目を通してサインをしながら、
「殿方はこういう打たれ強い女じゃなくて、ティアナみたいに依存型のほうが守ってやりたくなってお好きなんでしょうけどね」
ちょっと険のある言い方をしてしまった。まあ私だって、マクシミリアン閣下の「きみのような可愛げない女」という言葉に何も感じなかったわけではないのだ。
「俺は―― しっかりと自分を持っている自立した女性だからこそ、支え合いたいと思いますけどね」
作業の手を止めて、ヴィンセント様が天井から下がるほこりをかぶったシャンデリアを見上げながらつぶやく。
「まあマクシミリアン閣下は歳だから、ティアナ様をかわいいとお思いになるんでしょう」
「そうね。ティアナには全てを受け止めてくれる年上の男性が合っているわ」
「それを言ったら兄のエドモンドだってティアナ様より十歳近く上なのに、情けなくも倒れちまってすみません」
「あなたがあやまることじゃないわ、ヴィンセント様。ティアナが負担をかけたこと、こちらこそ本当に申し訳なく思っているんだから――」
不安定なティアナをエドモンド様がすべて引き受けてくれて、私と母はホッとしていた。そんな矢先、エドモンド様が心を病んでしまったのだから、私と母はしまったと思ったのだ。
そして婚礼の儀、当日。ティアナはさっそくやらかしてくれた。
まずカルヴァート公爵家側が用意して下さった花束を見るなり、
「こんな暗い色のブーケは持てないわ。お葬式みたいで気持ちが沈んでしまうの」
と神経質そうに、ふるふると首を振った。
マクシミリアン閣下は、
「ティアナは繊細な感性の持ち主なんだね」
と鷹揚にうなずき、
「すぐに花屋をここへ!」
使用人を呼びつけて命じた。
次にお祝いの音楽を奏でる楽団に、
「私、金管楽器の音色を聞くと頭痛がしますの」
と耳をふさいだ。
マクシミリアン閣下は、
「私の妻は音に敏感なんだ! 金管楽器は去れ!」
と下がらせた。
音楽はものすごく地味になった。
それからテーブルにならんだ豪勢な料理に、
「私、魚は臭くて食べられませんの。あら、こっちのお肉は固くて歯が痛くなってしまいますわ。このスープの香辛料、なんだか野蛮なお味……」
などと次々に文句をつけた。
マクシミリアン閣下はティアナが首を振った料理をすべて下げさせた。テーブルの上に残ったのはパンとサラダだけだった。
「これは確かに、お葬式みたいに気持ちが沈んでしまいますね」
私のうしろでこそっとささやいたのはヴィンセント様。
吹き出したいのをこらえる私のうしろで、彼は無邪気な笑い声をあげた。
さらには祭壇の前におごそかに佇んでいた神父に向かって、
「あの神父様、なんだか笑い方が卑猥で嫌ですわ。とても聖職にある方とは思えませんの」
と勝手に見た目で判断した。神父のいなくなった祭壇の前で、カルヴァート公国のマクシミリアン公爵と、コルネリウス侯爵家のティアナ嬢は婚礼の誓いを立てた。
「はぁぁ。さんざんやらかしてくれたわね」
婚礼の儀を終えて、私はぐったりしていた。一つ一つは小さなことなのだが、積み重なるといらいらしてしまう。
「マクシミリアン閣下はまだ後悔していないのかな?」
おもしろそうにニヤニヤしているのはヴィンセント様。「そろそろ、どういう人物を妻に迎えたか分かっても良さそうな頃ですがね」
「私はこれ以上、あの子が迷惑をかけないことを祈っているわ」
元高級娼婦だった妾腹の子というのもあるけれど、それ以上に令嬢としての振る舞いに問題があるから、ティアナは外へ出さず女侯爵にしようと両親は考えたのだろう。――いや、父はティアナを目に入れても痛くないほどかわいがっていたから、それで侯爵の位を継がせたかったのかしら?
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