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05、「望みの海」が映すもの
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二人は隣の部屋へ避難し、革袋の中から「望みの海」を引っ張り出した。小瓶に、紫の雲と黒い水が入っている。まず雲を取り出しじゅうたんに広げ、その上に水をそそぐ。見る見るうちに雲が広がり、水が増え、部屋いっぱいのプールになった。美紗は頭に魔王を乗せて雲に寝そべり、水の中に目をこらす。
「誰を見る?」
と尋ねる魔王に、
「あたしの色鉛筆を折った、にっくき主犯格、橋田真希の困ってるところ」
黒い水がゆらめき子供部屋が映りだした。その中を行ったり来たりしている真希の姿が、次第に鮮明になる。
――ない、どこ行っちゃったんだろ、ない。
ややくぐもってはいるが、声も聞こえる。
――岡野くぅん、あたしの岡野くぅん。
泣き出しそうな声で呼びながら、真希は戸棚の奥をひっくり返したり、引き出しの中身を床にぶちまけたり。
「そうそう、この馬鹿うちのクラスの岡野孝史ってやつが好きでね、林間学校だの社会科見学だのってたびに、写真撮って集めてるんだ」
「そんな愚かしいこと、美紗もするのか?」
「するわけないじゃん。あたしは誰も好きになったりしないもん」
魔王は小さな手で美紗の髪を撫でる。
「よい心がけだ。この娘は大馬鹿者だな。くふふ」
「ほんと馬鹿だよ、くふっ」
二人は声をあわせて笑う。今までこんな気の合うやつはいなかった、と美紗は嬉しくてたまらない。水の中の真希は、どんどん部屋を散らかしながら、同じところをぐるぐると回るばかりだ。魔王はすぐに飽きて、
「次は誰だ」
「橋野真希の影、芝崎明美の泣きそうなとこ」
再びみなもが揺れ、映り込んだのはリビングの一角。戸棚で仕切った奥が、机と本棚の並ぶ明美のスペースだ。明美は几帳面なことに、引き出しの中身を一段ずつ机の上にあけ、念入りに何かを探している。そこへパートから帰ってきたらしい母親の姿が現れた。
――明美、米はといでくれたの?
――便箋がなくなっちゃったの。
明美の焦った声に、美紗と魔王はくすっと笑う。
――去年の誕生日に、真希ちゃんがくれたレターセットなんだよ。
美紗は、はん、と笑い飛ばした。
「脳みその入ってない子分かと思ってたら、こいつ真希に恋でもしてるわけ?」
「美紗も友だちからもらったプレゼントが、これほど大切なものか?」
「あたし友だちからプレゼントなんて、もらわないもん」
魔王はまた美紗の髪を撫でた。
「美紗は賢いな。このレズビアン娘はまったく愚か者だ。くはは」
「ほーんと、馬鹿みたい。あはっ」
二人はまた、同時に笑い声をあげる。
「次はうちの弟だよ。生意気なくせにガキだから、モンスターカードがなくなって絶対泣きわめいてる」
「モンスターカード?」
「モンスターの絵とパワーと攻撃方法が書いてあって、友だちと対戦するらしいよ」
美紗の言ったとおり、黒い海にはべそをかいている男の子が映った。見慣れた美紗と弟の二人部屋――勉強机の下にまるまって、弟の夕樹はしゃっくりを繰り返している。呆れたまなざしでそれを眺めながら、
「ねえ」
と美紗は魔王に話しかけた。
「遠くから見て笑ってるだけじゃ、つまんなくない? 夕樹のそばに行って、からかってやりたいよ」
「賛成!」
魔王は金色の目を輝かせた。
二人は河童に荷物――みんなの大切なものをかつがせ、美紗と夕樹の部屋が映る海の中へ飛び込んだ。
「誰を見る?」
と尋ねる魔王に、
「あたしの色鉛筆を折った、にっくき主犯格、橋田真希の困ってるところ」
黒い水がゆらめき子供部屋が映りだした。その中を行ったり来たりしている真希の姿が、次第に鮮明になる。
――ない、どこ行っちゃったんだろ、ない。
ややくぐもってはいるが、声も聞こえる。
――岡野くぅん、あたしの岡野くぅん。
泣き出しそうな声で呼びながら、真希は戸棚の奥をひっくり返したり、引き出しの中身を床にぶちまけたり。
「そうそう、この馬鹿うちのクラスの岡野孝史ってやつが好きでね、林間学校だの社会科見学だのってたびに、写真撮って集めてるんだ」
「そんな愚かしいこと、美紗もするのか?」
「するわけないじゃん。あたしは誰も好きになったりしないもん」
魔王は小さな手で美紗の髪を撫でる。
「よい心がけだ。この娘は大馬鹿者だな。くふふ」
「ほんと馬鹿だよ、くふっ」
二人は声をあわせて笑う。今までこんな気の合うやつはいなかった、と美紗は嬉しくてたまらない。水の中の真希は、どんどん部屋を散らかしながら、同じところをぐるぐると回るばかりだ。魔王はすぐに飽きて、
「次は誰だ」
「橋野真希の影、芝崎明美の泣きそうなとこ」
再びみなもが揺れ、映り込んだのはリビングの一角。戸棚で仕切った奥が、机と本棚の並ぶ明美のスペースだ。明美は几帳面なことに、引き出しの中身を一段ずつ机の上にあけ、念入りに何かを探している。そこへパートから帰ってきたらしい母親の姿が現れた。
――明美、米はといでくれたの?
――便箋がなくなっちゃったの。
明美の焦った声に、美紗と魔王はくすっと笑う。
――去年の誕生日に、真希ちゃんがくれたレターセットなんだよ。
美紗は、はん、と笑い飛ばした。
「脳みその入ってない子分かと思ってたら、こいつ真希に恋でもしてるわけ?」
「美紗も友だちからもらったプレゼントが、これほど大切なものか?」
「あたし友だちからプレゼントなんて、もらわないもん」
魔王はまた美紗の髪を撫でた。
「美紗は賢いな。このレズビアン娘はまったく愚か者だ。くはは」
「ほーんと、馬鹿みたい。あはっ」
二人はまた、同時に笑い声をあげる。
「次はうちの弟だよ。生意気なくせにガキだから、モンスターカードがなくなって絶対泣きわめいてる」
「モンスターカード?」
「モンスターの絵とパワーと攻撃方法が書いてあって、友だちと対戦するらしいよ」
美紗の言ったとおり、黒い海にはべそをかいている男の子が映った。見慣れた美紗と弟の二人部屋――勉強机の下にまるまって、弟の夕樹はしゃっくりを繰り返している。呆れたまなざしでそれを眺めながら、
「ねえ」
と美紗は魔王に話しかけた。
「遠くから見て笑ってるだけじゃ、つまんなくない? 夕樹のそばに行って、からかってやりたいよ」
「賛成!」
魔王は金色の目を輝かせた。
二人は河童に荷物――みんなの大切なものをかつがせ、美紗と夕樹の部屋が映る海の中へ飛び込んだ。
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