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十一、太陽神降臨

37、邪神、都を襲う

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 空が赤いと気付いたのは、森を抜けてまもなくの頃だった。

 都が、燃える――

 瞬時にして、パールの脳裏に幼い日の恐怖がよみがえる。

 妖怪の国はほとんどの建物が木造だから火事は少なくない。だがあのときの火事はけた外れに大きく、都の三分の一が火の海と化した。もし今、怒りで我を忘れたロージャ様が本気で神力をふるえば、あの大火事を上回る大惨事となるやもしれぬ。

「させないっ」

 突然走り出したパールのあとに、訳が分からず二人も続く。

「どうした」

「ロージャ様が気を変えられたんだ。巫女さんたちに動きを読まれたことを悟ったのかもしれない」

「もう襲撃が始まったのか!」

 スイリュウは夜空を見上げロージャの姿を探すが、大きな蛇の影はどこにもみつからない。

「マーガレット様の祈りを妨害するために神力の出し惜しみをしてるんだ、多分人の形のままだろう」

 走りながら言うパールに、ヒノリュウはにやりと笑う。

「なら、勝てるかもな」

 パールは今まで思い出すまいとしてきた幼い日の恐怖を、冷静に思い返していた。あのときはロージャ様は関係ない、だが折からの強風にあおられ大火事となった。パールは両親と火け地に逃げ、町火消しはまといを手に走った。だがあのとき皆をまとめた族長が、今はいない。

 町が壊れて、燃えて、炎に人が呑まれる。真っ赤に燃えさかる恐怖の中で崩れ落ちてゆく黒い影に逃げ惑う黒い影。

 あんなの、もう絶対やだ…… 失いたくない、町も、人も。

 次第に辺りの空気が熱くなる。

「私はみんなを火避け地へ誘導する。スイリュウはその護衛を頼む。ヒノリュウさんはロージャ様を止めて」

 ヒノリュウの方がスイリュウより強いのだから当然の選択だったが、ヒノリュウは弟に気を遣った。

「いいのか?」

 同時にパールが、

「いいね」

 と、決めつける。スイリュウはしっかりとうなずいた。

「俺が護衛をやろう。ヒノリュウにはロージャの相手を頼む」

 炎が見えた。大きな風呂敷包みをかついだ人たちが右往左往している。

「スイリュウ、火避け地の場所は分かる?」

 いや、と首を振ると、

「あそこにやぐらが見えるでしょ。あれにのぼって警鐘を鳴らして。上から見渡せば火避け地が分かるはず。降りてきたら、みんなの誘導を頼む。了解?」

 有無を言わさぬ調子で尋ねるパールに、スイリュウはひとつうなずいてやぐらへ向かって駆けだした。パールはあらん限り声を張り上げる。

「みんな、逃げて!」

 まだロージャの雷によって火を掛けられた家は少ない。が、風向きを読んで近となりの民家の戸をたたく。

「ロージャ様の攻撃で火が回ってる! 早く逃げて!」

 夕飯時の人々をせき立てて、火避け地へとうながす。

 誰も、死なせはしない。

 パールは抱えきれない大きなものを、必死で守り抜こうとした。パールの言葉を耳にして状況をつかみ、人々の最初の混乱は収まってきた。

 ヒノリュウはロージャに立ち向かっていた。目的は倒すことではない、町への攻撃を中断させることと、マーガレット様の祈りを妨害している結界を、自分に神力を使わせて一瞬でも破ることだ。

 ロージャは人の姿のまま、月を背に浮かんでいる。身につけたよろいかぶとと手に握ったげきが、彼の戦意を物語っている。戟とはぼうとの合体から生まれた武器で、「ほこ」の一種だ。

「金の騎士か。昨夜は世話になったからな。いつかの夜もか。ぜひお返ししようと待っていたぜ」

「神籍にある方にそのようなお言葉を頂けるとは、身に余る光栄ですな」

 ヒノリュウは剣の柄に手を掛ける。それに目を留めた邪神ロージャは、

「おまえたち人間は武器などという物騒なもんを振り回すからな、今夜はおまえにあわせて俺もこいつを持ってきてやったぜ!」

 嬉々として叫び、高くかかげたげきを頭上でぐるんぐるんと振り回す。その勢いを保ったまま、地上へと一直線に降下してゆく。

 ヒノリュウは両手で剣を構え邪神をにらみ据えた。
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