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十、金の騎士

34、パールの反抗

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「どうしたぃ、家にけえらねえのかい」

 パールは無言でうなずく。

 帰るわけには行かなかった。納得がいかないのに、母ちゃんに謝るわけにはいかない。今までは反省などしていなくても、「夕飯ゆうはんぬきだよ」などと言われれば、自分が悪いと思わなくとも、怒られた理由に疑問は持っても、あたたかい家に帰りたかったから、ごめんなさい、と言えた。

 だが今は違う。この信念を曲げたくない。

 パールは橋にひじをかけ、川を見下ろす。手すりから、かぐわしい木の匂いがする。

「ねえ、いつも謝って大人の言葉に従ってたら、世の中は進歩しないよね」

  パールは今日の行動を、今までのわがままとは違う、と思っていた。

「大人って、口答えするな、とか、わがまま言うな、とか言って、子供の口をふさいでばっかり。でもそれに屈してたら、歴史は変わらない。同じ過ちを繰り返すばかりだよね」

 パールはハリに同意を求める。

 二人とも、敵が多くてケンカなどしょっちゅうだったから、旅に出る前の族長会議で火花を散らしたことなど、お互いさっぱり忘れている。

「おめぇの言ってるこたぁ、半分はあってるが半分は間違ってる」 

 ハリは大きな一つ目をみなもに向けたまま、
 
「確かに古い世代の言葉なんざ蹴散けちらさなきゃいけねえ時もある。止められたって体験して苦汁くじゅうをなめなきゃしょうがねえ時もある。だがなあおめぇ、旅に出る前のてめぇと今のてめぇを比べてどうよ。ちったあ変わってんじゃねえか?」

  視線をパールの頭に戻す。

 みなもをすべる猪牙ちょき船を目で追いながら、パールはうん、とだけ言った。

「旅に出る前の自分に、教えてやれることってぇのがあるだろう」

「――あるね」

 理想を意気込みすぎて、楽しい時間を無駄にしたような気がする。

「大人ってぇのは、そういうことをなんべんもなんべんも繰り返して来てるんじゃねえのか? おめぇも十年ちったぁ、浮き世で過ごしたんなら分かるだろ、生きてくってのは、たやすいことじゃあねえって」

「うん。十三年ね」

 時には消えたい、と願うほど自分やこの世が嫌になる。だがそれを乗り越えれば、それは力や知恵になると、いつかは笑って話せるようになると知っている。

「親に何言われたんだか知らねえが――」

 パールはちょっと頬を紅くした。

「おめぇの両親は二十五年ぽっちの俺なんかより、ずっと賢いはずだぜ。年寄りってぇのは、伊達だてに歳くっちゃいねえってことだ。だから妖怪たちはみんな、ジュオー様の言うこと聞くんだろ。世の中ってぇのはそーゆーもんだから、俺みてぇなわけぇ族長は苦労すんのよ」

 ハリは苦笑を浮かべた。

「そっか」

「分かったんなら家に帰んな。それともジュオー様の草盧そうろに来るかい? 一時いっとき半(三時間)ばかりで族長会議が始まるが」

「ずいぶんあるじゃん」

「ああ。俺ぁ早めに来て都で遊ぶつもりだったからな」

「店の方はだいじょぶなの? 若旦那」

 パールにぽん、と胸をたたかれて、

「親父が見てらあ」

 ハリは大商人の長男だった。

「じゃあな、こっからは大人の遊びだからついてくんじゃねえ。どこに行くにせよ、あんま遅くまでふらついてんじゃねえぞ」

 ハリはしっしっ、とパールを追い払うように手を振って、橋の向こう、人混みの中に消えていった。

 パールはため息ついて、かなり暗くなった川へ視線を落とす。

 今は分からないが、自分が悪かったのかもしれない、そう思っても家に帰る気はしなかった。

 日が完全に暮れるまであと少ししかない。空を見ていようと、パールは土手に戻って腰を下ろした。

 後ろから耳の間を撫でられて、首をひねるとヒノリュウがいつもの笑顔で立っている。

「ヒノリュウさん。どうしたの、こんなところで」

「これからロージャ様の草盧そうろに帰るとこ。パールちゃんは?」

「夕焼け見てたの」

「そっかあ。妖怪の女の子ってかわいいねえ」

 まだ手のひらを頭の上に乗せたまま、前髪をもてあそぶ指に身の危険を感じて、パールは爪を出した。

「ひっかくよ」

「やあ怖い怖い」

 ヒノリュウはますます嬉しそうな顔をする。

「ねえ、ヒノリュウさんはなんで騎士になったの?」

 族長になったメノウさんやコハクさんに限らず、パールはいろんな人に訊いてみようと思っていた。

「まあ、身分ってこともあったんだけど、それより人を守れるようになるためかな」

 ヒノリュウはパールのとなりに腰を下ろす。

「かぁっこい~い、スイリュウとは大違い!」

 ちょっとふざけたパールの言葉に、ヒノリュウの笑みはかなしそうなものになった。慌てて口をつぐんだパールに、ヒノリュウも慌てて両手を振った。

「あ~~、そんな顔しない、そんな顔しない。パールちゃんに気ぃ遣わせちゃ、俺が弟に怒られちゃうよ。ありがとなぁ、あの子、パールちゃんとなら話すみたいだから」

 スイリュウをあの子と呼ぶのがおかしくて、パールに笑みが戻った。

「でもスイリュウ、ヒノリュウさんのこと好きだって言ってたよ。たったひとりの家族なんだからって」

 すれ違う兄弟が歯がゆくて、パールは出過ぎた真似をする。

「そっか……。嬉しいな。俺も大好きだって伝えといてくれよ。大切な弟だから」

「自分で言えば? スイリュウはひねくれてるけど本当は、お兄さんからその言葉が聞きたいと思うよ」

「ひねくれてる、か。スイリュウがああなったのは俺のせいだから、痛いよなあ。真っ直ぐ育ってほしくてついた下手な嘘が、結局あの子をかわいそうな目に遭わすことになったんだから」

 パールは沈黙を保つことで、先をうながした。

「俺が騎士になろうって決意したのは、八歳の時だ。目の前でお袋があの男に殺されてな……」

 そんな話をするときでさえ、ヒノリュウはおだやかな笑みを絶やさない。

「パールちゃんには弟が世話になってるからなあ。とっくべつにみんな聞かせちまおう」

 いたずらっぽく笑って、ヒノリュウは話し始めた。



 その日パールは、人の強さと無限の可能性を知った。どんな不運も逆境も、プラスに変えられる。背負って生まれたハンディは長所に変換できる。そしてそれら全てが、個性となり可能性の源となる。

 だがそんなヒノリュウの心の中でただひとつ終わっていないこと――それが弟のことだった。
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