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九、宵都

28、妖怪の国で歓迎されない銀の騎士

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   九、宵都よいのみやこ



 パールとクリスタ、そしてスイリュウの三人が、ヨイの都に帰り着いてから数日が経った。スイリュウの都での評判はあまり良いとは言えなかった。人々は元々金の騎士ヒノリュウ様を期待していたのに、やってきたのはむっつりとした愛想のない男、二、三日経つうちに人々は、「真珠の子が戻ってきた」というお祭り気分も抜けて、「ありゃあほんとに強いんかね」などとうわさしあうようになっていた。

 店とは反対側の土間に置いた水瓶で、餅をくるむ葉を洗っていたパールのもとへ、勘定台を父ちゃんに任せて母ちゃんがやってきた。

「パール、『真珠の子もなか』が売れなくなっちまったよ」

「あんなもん、最初っから売れてないでしょ」

 真珠の子最中とは、貝殻の形をした最中の中に、ものすごくちょびっとだけ、丸い白あんが入っている、という母ちゃん発案のお菓子だった。パールの人の国行きに乗じて売り出したのだが、これで普通の最中と同じ値段なのだから、あこぎなことこの上ない。だがヨイの都ではそんないかさま商品は珍しくもない、お互い様だった。

「そんなこたぁないねえ。おとといは五十個も売れたんだよ。ただどうも、おまえが連れてきたスイリュウさんの評判が良くないから」

「関係ないよ。一度買った客が二度と買わないだけでしょ」

 スイリュウのことを悪く言われるたびに、パールは母ちゃんとの間にへだたりを感じた。それは今までは一度として感じたことのない、冷たいみぞだった。大好きだった暖かい家も、急によそよそしい知らない建物になってしまう。

 パールは最後の一枚の葉をお盆に乗せる。

「終わったよ。遊んでくる」

「はいはい、夕方は店番手伝っておくれよ」

 パールは返事もせずに開けっぱなしの木戸から路地へ出た。左をながめると、薄暗い道に向かって同じような木戸が並び、ほうきやちりとり、ごみ袋を出している家もある。パールの家は端にあるから、右は通りになっている。

 パールは左の路地へ進んだ。

 鞠つきをしている女の子たちの姿が見えて、パールは右に折れとなりの路地に入る。

 龍厳寺りゅうごんじにでも行こうかな。でも……

 クリスタとは遊びたかったが、パールは訳あって龍厳寺りゅうごんじには近付きたくなかった。

 同じような細い路地を見回していると、折良く向こうから三軒目の木戸が開いた。出てきたのは黒髪の少女、もちろんねこまんま族である。

「パールちゃん、聞いた聞いた?」

 嬉しそうに走り寄ってきたのは、族長メノウさんの娘、ヒスイちゃんだ。首を横に振るパールに、

「今、お父ちゃんが族長会議から戻ってきたんだけどね、マーガレット様が太陽神様を呼ぶことになったんだって」

「つまり、マーガレット様じゃあロージャ様を押さえきれないってこと?」

「ま~たパールちゃんは口がからいなあ」

 ヒスイちゃんはやわらかいほほ笑みを浮かべてうなずいた。
 
「うん、姉神様の言うことじゃあ、ロージャ様はお聞き入れなさらないんだよ、きっと」

「すぐに来て下さるのかな」

 不安そうに顔を上向けたパールに、ヒスイちゃんも首をかしげた。

「すぐじゃないみたいだよ」

 パールにはとうてい真似できないおっとりとした物言いで先を続ける。

「あのねえ、ロージャ様が邪魔をしてくるかもしれないから、マーガレット様の祈りが須弥山しゅみせんに届かなそうなんだって。マーガレット様は妖怪の国を案じられて、ここを離れて直接呼び行くこともできないそうだし。だから早くヒノリュウ様が来られるといいねえ」

 パールは驚いて聞き返す。

「ヒノリュウさんが本当に来るの? 一人で?」

「うん。ルリさんの占いでそう出たんだって」

 九尾狐ここのおきつね族のルリは有能な巫女だ。

「良かったってお父ちゃんも言ってた。スイリュウさんだけじゃあ心配だから」

 パールは何も言わなかった。ヒスイちゃんや母ちゃんに限らず、それがヨイの都のみんなの共通した意見だった。

 スイリュウは絶対焦ってる……

 ここへ来ても冷たい目を向けられるスイリュウを思うと、パールは胸にずくんと何かが突きあげてくるような気がした。

「パールちゃん、うちに来ない? 親戚からもらったおいしいさくらんぼうがあるの。はざの国まで行った話ももっとたくさん聞きたいんだ」

 パールは喜んでうなずいた。さくらんぼうももちろん嬉しかったが、異国の話を聞かせたかった。パールの話を聞きたがる人は少なかったからだ。ミッダワーラーまでしか行っていないのに、クリスタの話を聞くため、ほとんどの子供たちが連日龍厳寺りゅうごんじへ遊びにいっていた。だからパールは龍厳寺に近付きたくない。

 パールは思い出して、ここ数日ずっとたもとに入れっぱなしだったお守りをヒスイちゃんに返した。

「それのお陰で無事妖怪の国に帰ってこられたんだと思う」

 スイリュウの病も治ったんだ、と心の中で付け加える。
 
「今、ヒスイちゃんのお父ちゃんいる? 聞きたいことがあるんだ」

 ヒスイちゃんはひとつうなずいてから、

「聞きたいことって……?」

 パールは視線を下に落とした。ヒスイちゃんが手に持ったままの朱色のお守りが映る。

 旅に出る前よりずっと、パールはヒスイちゃんの大切さに気付いていた。だからこそ、失いたくないという思いより、本当の私を知ってほしいという思いの方が勝った。

「私、ねこまんま族の族長になりたいんだ」

 顔を上げ、ヒスイちゃんの黒い瞳をきっと見つめる。

「知ってるよ」

 変わらぬおっとりとした笑みが返ってくる。

「だから、メノウさんになんで族長になったのか訊きたいんだ。でも私が族長になることは、ヒスイちゃんから奪うことだ。メノウさんはそのお父さんから族長の座を受け継いだんでしょ」

「そうだよ、お父ちゃん気弱だから族長なんて向かないのに。パールちゃんの方がずっとあってる。パールちゃん、ほんとうはすごくやさしいもんね」

「そういう話じゃなくて」

 パールは目をそらした。

 この子はよく恥ずかしげもなくこうゆぅ台詞を……

「うん、分かってるよ」

 と、ヒスイちゃんはほほ笑みを絶やさない。

「でもパールちゃんは何も心配することなんてないよ。私、族長なんてなりたくないの。お父ちゃんよりもっと向かないだろうし、私はいいお母さんになるのが夢だから。子供のために着物縫ったりお食事作ったりしたいの」

「私はしたくない」

 パールが不機嫌な顔をしたので、ヒスイちゃんは思わず吹き出した。
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