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七、帰路

23、パールの看病

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 昼過ぎ、ふたりはようやく町に着いた。

 パールは久しぶりのご飯を口に運びながら、向かいに座ったスイリュウに心配そうなまなざしを向けた。

 ミッダワーラーに近いこの町では、パンより米が主流だったが、妖怪の国でパールが毎日食べていたものとは違う、ねばりの少ないパサパサとしたご飯だった。

 炎天下を歩き続けてスイリュウの風邪は確実に悪化している。せきこむ回数が次第に増えてきた。

「大丈夫……?」

 パールの口から初めて、そんな言葉がもれた。せきこんでいたスイリュウは視線をあげると、うなずいて見せた。

「今夜は進むのはあきらめて、この町に泊まっていこう」

「だめだ」

 答えたそばから再びせきこみ、先が続けられなくなる。

 パールはため息ついて、

「確かに妖怪の国にとっちゃあ一刻を争う大事だけどね、せっかくやってきたあんたが戦力にならないんじゃ、意味無いでしょ」

 悪化されちゃあ、こっちが胸くそわりぃ。

 パールには、寝袋をわがまま言って奪い取ったという負い目がある。

 スイリュウは水を飲み干しのどを落ち着けてから、

「だめだ。急がねばあいつに追いつかれる」

「ヒノリュウさん?」

「うわさを聞けばあいつも絶対やってくる。そして俺から手柄を奪っちまう。こんないい機会をみすみす逃してたまるものか」

「ヒノリュウさんも手柄目当てなの?」

 妖怪の国で聞くイメージにあわない。

「絶対そのはずだ。でもあいつは人道主義を振り回して、困ってる人はほっとけないとか言いやがっ……」

 またスイリュウはむせこんだ。

 あぁあぁ、お兄さんに悪態つくから。

 パールはかわいくない薄笑いを浮かべる。

「騎士って普段からきたえてそうなのにね」

「いつもならこんなに簡単に風邪をひいたりしないんだが、もしかしたら神籍の者に敵対しているせいで、神のご加護が弱くなっているのかも知れない」

 スイリュウは、丸く焼き上げたパンのような白いものに、大きな葉の上に盛られた赤いシチューのようなものを乗せて口に運んだ。ここでは皿の代わりに大きな葉が使われ、食べるための道具は手のみだった。慣れない者はかなり苦労する。

 パールもご飯を肉球に乗せて口に運びながら、そっとスイリュウを盗み見た。

 大丈夫だと、いいけどなぁ……



 今夜も野宿になるというので、町で買っておいたもうひとつの寝袋を木の下に広げ、二人は寝る準備をしていた。

 今日発った町が、最後の大きな町だという。それは淋しくもあり、次の町がミッダワーラーだというのは嬉しくもあった。

 荷物をまとめる手を休めてぼんやり座っているスイリュウの肩に、パールは小梅の散ったお気に入りの着物を掛けてやる。ひざにおいた手を両手で包み込むと、じんわりと熱が伝わってくる。

「熱、さがんないね」

 スイリュウは小さくうなずいたように見えた。

 パールはふと、ふれあう手に視線を落とす。頬を薄紅色に染めてスイリュウを見上げると、彼は熱っぽい瞳をとろんと夜の闇に向けているだけだった。

 それどころじゃないみたいだね。

 パールは思わず自分が恥ずかしくなる。

「今夜はあったかくして寝てね。その着物は貸すから」

「着込んで寝たら熱が下がんないんじゃないか?」

 スイリュウの視線が自分を捕らえると、パールはほっとする。昨日まではあんなにきつかった彼の瞳が、熱に冒され鋭気を失い、パールの悲しい不安をかき立てた。

「何言ってんの、汗かいて熱を下げるんだよ」

「俺の国じゃあ熱を出した病人は涼しくして、あおいでやるぞ」

「だめだよそんなことしたら。悪い気を倒すために良い気が熱を出してるんだから」

「悪い気は熱に弱いのか?」

 スイリュウは楽しそうに尋ねた。

「そ。暑くなると消滅しちゃうの。いいから今日は早く寝て」

 パールは着太りしたスイリュウを寝袋の中に押し込んだ。

 こんな日に限って、ロージャ様が出たりしないといいけどな……

 だが不安は的中した。
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