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七、帰路

21、ロージャ神、再びあらわる

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 なぜ目を覚ましたのかは分からない。パールは目を開け、枝の間から冴え冴えとした月を確認して、まだ寝られる、と思った。だが何かがおかしい。肌にまとわりつく、この異様な緊迫感はなんだろう。

 ふと幹の方に目をやるとスイリュウがいない。

 ただならぬ危険を感じて身を起こしたパールの耳に、あのまわしい声が聞こえてきた。

「お前が銀の騎士スイリュウか。遠路はるばる妖怪たちのためにご苦労だな」

 パールは枝の下から這い出す。

「ダイジャたちに報告を受けたぞ。人の国では金の騎士銀の騎士といえば、天下一の兄弟と名高いそうじゃないか」

 大きな満月の横、夜空の真ん中に、不敵な笑みを浮かべて日焼けした男が腕を組んで浮かんでいた。量の多い黒髪を中途半端な高さでまとめ、ごわごわとした後れ毛が耳や頬にかかっている。胸と背に丸く蛇の描かれた黒いほうを着、玉帯を締めている。

「ロージャ……様――」

 その名が思わず、パールの口をついて出た。

「ねこまんま族のガキか。何しに西へ向かった? そこの貧弱な男を得るためか?」

「貧弱だと!?」

 スイリュウがいきりたつ。

「ロージャさんがごっついだけだよねぇ」

 思わず真実を突いたパールの言葉は、邪神の逆鱗げきりんに触れた。

「いちいち俺を怒らせる愚か者めが」

 その姿が一瞬薄れ、夜空の闇からとけ出すが如く、巨大な蛇が現れた。

「あんたの頭の血管が切れやすいだけじゃん」

 このにおよんでしっかりケンカ売ってるパールに、さすがのスイリュウも顔を引きつらせた。

「馬鹿! 挑発してどうするんだ」

「だって腹立つんだもん、あの神様。供物くもつが少ないからって怒って人々を困らせて、何が神様だよ! ただのわがままで頭の悪いガキと一緒じゃん!」

「そうか…… そんなことがあって――」

 スイリュウは功名を立てるためだけに戦っていたから、妖怪の国の事情などまるで知らない。

「言ったな」

 竜の如き巨大な蛇と化したロージャが低くうなる。気をためるように深く息を吸い込み――

「逃げろっ!」

 スイリュウがパールを突き飛ばした。そのせいで彼自身は逃げるタイミングを失う。

 くわっと開いた蛇の口の中に稲光が見えた。

 スイリュウは咄嗟に抜き放った剣を、襲い来る稲妻に向け投げつけると、そのまま前転しパールとは反対方向へ転がった。

 その瞬間、剣に吸い込まれて、たった今まで彼のいた場所に雷は落ちた。

「逃げたか」

 蛇の形をしたままどこから声を発するのか、ロージャは人がたの時と変わらぬ声でつぶやいた。
 
「だが次もそううまくいくかな……?」

  金色の大きな眼を、ぎろりとパールに向ける。パールはわななく体を、必死で押さえていた。向こうの木の下から、何度も逃げろと手で合図するスイリュウに首を振り、すっくと立ち上がる。

 ロージャの後ろ、はるかに望む山のが、うっすらと明るくなってきた。

 パールはまぶたを軽く閉じ、呼吸を整え気をためる。目を開けなくとも、ロージャが稲妻を放つために深く息を吸ったのが分かった。

「やめろ!」

 スイリュウが叫んだ。
 
「あんた神だろ? なんで供え物が少なかったくらいでこんなことするんだ! その妖怪の子供があんたに何したっていうんだ! 力をふりかざすのが強さじゃあないだろう?」

 パールは右手をあげ、爪の先で空中に縦四線横五線を描き、口の中で「臨兵闘者りんぴょうとうじゃ皆陣列在前」と九字を唱える。

 来る――!!

 パールは息を止めた。

 だがそれより一瞬早く、駆け寄ったスイリュウがパールを抱え大きく横に飛んだ。

 またもや雷は虚しく大地を焼くのみ。

 地に倒れた二人は抱き合ったまま数回転したのち、灌木かんぼくにあたってようやく止まる。

 上になったパールは地面にスイリュウを押さえつけたまま、

「なんで邪魔したんだよ」

「いいから逃げろ。俺一人ならどうにかなる」

「なんない! あんたは私の力を知らないからそんなこと言えるんだよ!」

「でも神は妖怪の力を防いでしまうと聞く」

 スイリュウの声が少しかすれている。パールは内心首をかしげながら、

「だけど私たちも神の力を防ぐことが出来る。金属の武器しか持ってないあんたより――」

 不吉な予感にパールは言葉を止めた。

 身を起こしたスイリュウが、パールの肩ごしに空を見上げて息を呑む。

 来る。
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