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五、苦渋塔
11、捕らえられたパール
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五、苦渋塔
暗い部屋でパールはひざを抱えていた。石盤むき出しの床が、薄手の着物を通してひんやりと冷たい。
小さな丸い部屋は天井が低くて、端の方はパールの頭がぶつかるほどだった。その屋根は円錐型――そう、ここは塔の最上階、パールは幽閉されてしまったのだ。
窓は鉄格子のはめられた小さいものが一つきり。冷たい鉄の棒に額をつける。錆びた臭いが鼻を突く。パールは一心に眼下に広がる異国の街に見入っていた。
丘の上にある城の塔――その最上階からは眼下の街が一望のもとに見渡せた。
小さい家も大きな家も屋根は皆、赤い煉瓦色。それが白い石壁と鮮やかな木々の緑に映える。向こうに見える海は、これも眩しいばかりに明るい青。空の水色と映しあって、街は広々とした青に包まれていた。その中で一際目を引くのが大きな寺院。特徴的な円形の屋根が、真昼の太陽を映して輝いている。
その情景は、今のパールには哀しいほど、憎らしいほど明るかった。
「サラムーフ……」
小さくつぶやいたのは、憧れていた遠い国の名のはずだった。
妖怪の国、ヨイの都の小さな家を発ってから二十日あまり。ずいぶん遠くへ来た。それも自分の足で歩いてきたのではない、負けて捕らえられ幽閉されるという、こんな情けない形で。
二人の大男と対峙したとき、ああ今回は、という苦い思いがパールの胸をよぎった。目の前の大男たちは神に属する者たち、昨日の白蛇――操られた妖などとは桁違いだ。それでも気弱な思いを打ち消して、パールは勝つ気で向かっていった。神は妖力を防いでしまうが、目くらましくらいなら出来る。クリスタたちが逃げるくらいの時間は作れたのだ。ひとりのあごに飛びひざげりをお見舞いし、もうひとりにはその両眼めがけて木の実のつぶてを投げつける。
だが所詮時間稼ぎだった。パールの体力が限界に達してくると、大男たちは隙だらけになったパールを眠らせてここにつれてきた。
神の使い二人を相手にあんなに勇敢に戦えたのは、守らなければならない人がいたからだ。ひとりになってしまうと、自分はこんなにも弱い。
私はいつもそう。強いなんて、みえ張ってるだけ。みんなの前では強い自分を演じてるだけ。理想の自分になりきってるだけ。
パールは目を伏せた。
クリスタも本当の私なんて知らないんじゃないか、そう思うとむなしさでいっぱいになる。
ヒスイちゃんもクリスタも、本当の私を好いてくれてるんじゃないんだ、本当のちっぽけな私なんて誰も――そう、自分自身さえも好きじゃないのかも。
今まで無視しようとしてきた情けない自分の姿がどんどんあらわになって、パールは自分の心を見つめるのが嫌になった。こんなことをじめじめ考えることさえ、嫌いだった。
強がったりしなけりゃあ良かった。泣き虫の子でも、淋しがりやの子でも、好いてくれる人はいるのに。
町の子たちの顔が浮かんでは消える。
だがパールは理想の自分になりたかった。だから族長になるという夢も叶えたかった。
暗い部屋でパールはひざを抱えていた。石盤むき出しの床が、薄手の着物を通してひんやりと冷たい。
小さな丸い部屋は天井が低くて、端の方はパールの頭がぶつかるほどだった。その屋根は円錐型――そう、ここは塔の最上階、パールは幽閉されてしまったのだ。
窓は鉄格子のはめられた小さいものが一つきり。冷たい鉄の棒に額をつける。錆びた臭いが鼻を突く。パールは一心に眼下に広がる異国の街に見入っていた。
丘の上にある城の塔――その最上階からは眼下の街が一望のもとに見渡せた。
小さい家も大きな家も屋根は皆、赤い煉瓦色。それが白い石壁と鮮やかな木々の緑に映える。向こうに見える海は、これも眩しいばかりに明るい青。空の水色と映しあって、街は広々とした青に包まれていた。その中で一際目を引くのが大きな寺院。特徴的な円形の屋根が、真昼の太陽を映して輝いている。
その情景は、今のパールには哀しいほど、憎らしいほど明るかった。
「サラムーフ……」
小さくつぶやいたのは、憧れていた遠い国の名のはずだった。
妖怪の国、ヨイの都の小さな家を発ってから二十日あまり。ずいぶん遠くへ来た。それも自分の足で歩いてきたのではない、負けて捕らえられ幽閉されるという、こんな情けない形で。
二人の大男と対峙したとき、ああ今回は、という苦い思いがパールの胸をよぎった。目の前の大男たちは神に属する者たち、昨日の白蛇――操られた妖などとは桁違いだ。それでも気弱な思いを打ち消して、パールは勝つ気で向かっていった。神は妖力を防いでしまうが、目くらましくらいなら出来る。クリスタたちが逃げるくらいの時間は作れたのだ。ひとりのあごに飛びひざげりをお見舞いし、もうひとりにはその両眼めがけて木の実のつぶてを投げつける。
だが所詮時間稼ぎだった。パールの体力が限界に達してくると、大男たちは隙だらけになったパールを眠らせてここにつれてきた。
神の使い二人を相手にあんなに勇敢に戦えたのは、守らなければならない人がいたからだ。ひとりになってしまうと、自分はこんなにも弱い。
私はいつもそう。強いなんて、みえ張ってるだけ。みんなの前では強い自分を演じてるだけ。理想の自分になりきってるだけ。
パールは目を伏せた。
クリスタも本当の私なんて知らないんじゃないか、そう思うとむなしさでいっぱいになる。
ヒスイちゃんもクリスタも、本当の私を好いてくれてるんじゃないんだ、本当のちっぽけな私なんて誰も――そう、自分自身さえも好きじゃないのかも。
今まで無視しようとしてきた情けない自分の姿がどんどんあらわになって、パールは自分の心を見つめるのが嫌になった。こんなことをじめじめ考えることさえ、嫌いだった。
強がったりしなけりゃあ良かった。泣き虫の子でも、淋しがりやの子でも、好いてくれる人はいるのに。
町の子たちの顔が浮かんでは消える。
だがパールは理想の自分になりたかった。だから族長になるという夢も叶えたかった。
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