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三、狭間国、其一

06、思いもかけない旅の連れ

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「クリスタ!」

 パールは目を丸くする。「なんであんたがここにいるの」

「へへへ。いいじゃんよぉ。おまえだけいい思いしようなんてずるいぜ。オレだって狭間はざまの国見たいんだよっ!」

「どうやって船に乗ったんだよ!」

「はっはっはっ! この龍厳寺りゅうごんじの水晶殿、十年の間に積んできた修行は数知れず、荷物にまぎれるくらい屁でもないわ」

「あんたそれって犯罪だよ?」

 パールは蛇使いを取り巻く人々の輪から離れ、クリスタの腕をつかんで言い聞かせようとする。

「この旅は危険のつきまとう旅なんだよ。あんたにもしものことがあったらどうすんの。全部私が責任とることになったらどうしてくれるんだ」

「そしたら族長候補はぱあだな」

「てめぇっ」

 思わずパールは声を荒らげる。「私の夢を邪魔するな!」

「ちぇーっ、動機不純のくせに」

「うるさいよ」

 自分でもそうほめられた動機でもないと分かっているから妙に気まずい。パールは話を変える。「とにかく帰れって。なんも問題起こさぬうちに」

 しっしっ、と右手を振ると、

「オレ、パールよか問題起こさんと思うぜ」

 一理あると言わずに百理くらいありそうなクリスタの言葉に、パールは思わず無言で目を据える。

 クリスタは得意げだ。

「変な虫を餌付けして、町中を虫害に追いやったのは誰だっけ? 友達陥れようとして落とし穴掘ったら、忘れて自分が落ちちゃったのは誰だっけ?  盗み食いしまくってたら両親が役人に盗難届出しちゃったなんてこともあったよな~」

「ああもう、うるさいな! 人の弱み握りやがって。ほんとたちが悪いなお前は」

「いや~、おたくほどじゃあ」

 へらへらしているクリスタをパールはにらみつける。

「ミッダワーラーの街だけだよ。サラムーフまでは連れてかないよ」

「ここ、ミッダワーラーってぇのか?」

「そ。それから次の大きな街がサラムーフ。こことはまたずいぶん雰囲気の違う町並みらしいよ」

 サラムーフもミッダワーラーと同じくらいひらけた大きな街だ。だが果たして街と呼んでいいのか。正しくは自治都市と言う。サラムーフまで行けば、そこはすでに人の支配の及ぶ地。都市に集まった商人や手工業者たちは、人の国の有力者に金を払って自治権を獲得した。狭間の国と言っても実際は一つの国ではなく、自治都市、商業都市、宿場町の集まった、人の支配地とも妖怪の支配地とも言えぬ場所が狭間の国と呼ばれているのだ。

 二人は歩き始める。

「で、パールが会いに行く金の騎士ってのは、どんなお人なんだい?」

「ヒノリュウさんね。すっごい優秀な剣の使い手なんだって」

「そんくらい知ってらあ」

「じゃ、何が知りたいんだよ」

「いい男なんかい?」

「なに訊いてんの。あんた」

「あーのーなー、人の国の英雄で、オレたちを救ってくれるようなお人が、もし超美形だったりしたら、妖怪の国の女みんな取られちゃうだろ。今現在人気ナンバーワンのオレとしちゃあ、心安らかにはいられねぇわけよ」

「一体誰があんたに気ぃあるんだ。心配せんでだいじょぶだよ。あんたは十歳、向こうは二十二、三歳だよ? ねらう獲物が違うって」

「じゃあ、パールはぜってぇヒノリュウさんになびいたりしねぇな?」

「へ?」

  パールの頬がゆっくりと紅潮してゆく。

 しかしクリスタは全く意に介さない。

「どうしたんでぇ? 黙っちまって」

「なんで私に、そんなこと訊くんだよ」

「そんなことぉ? ああ、ヒノリュウさんのことか。別に訳ねぇよ。一応女の子の代表ってとこさぁ。それともおめぇやっぱ、世の女の気持ちなんて分かんねぇか」

「まぎらわしいんだよ、このませガキがぁ!」

  いきなりパールのひざ蹴りが飛ぶ。

 原色の布を巻き付けた若い女性が、ちらりと振り向く。クリスタは横を通り過ぎてゆく彼女ににっこりとほほ笑む。

「オレは優しい姉ちゃんが大好きなんだもん。この前はルリ姉ちゃんに羽織縫ってもらっちゃった」

「あんたハリに恨み買うよ」

「一つ目族族長のこわ~いあんちゃん?」

「そ。あのやな男。ルリちゃんにぞっこんなんだから。あ~気持ち悪っ」

「はっはっはっ!」

 クリスタが道の真ん中でふんぞり返る。

「なんなの」

「この龍厳寺りゅうごんじの水晶殿、一つ目のハリごときには負けませなんだ!」

 今度はおばさんがちらりと振り向くが、クリスタはあっさりこれを無視する。

「オレのかわいらしさにはだぁぁぁっれも勝てないもんねーっだ」

 クリスタには、ハリを敵にまわすような感情は全くなく、ただルリに優しくして欲しいだけなのだ。

 他人の振りして先を急ぐパールを小走りで追いかける。

「でー、話とぎれちゃったけど、ヒノリュウさんってどんな人なんだよー」

 ぱたぱたと小走りに追いかけてくるクリスタを、パールはいつものどこかきつい瞳で見下ろす。

「どんなって何を説明したらいいのかよく分かんないけど――私がジュオー様や族長の中の年寄り連に聞いた話だとね、燃えるような赤い髪は長くて一つに束ねている……、強い騎士でありながら人なつっこい目をした人で、誰にでも好感を持たれるような奴で……」

「パール、面白くねーっとか思ってるだろ」

「あ、分かる? 戦が仕事のくせしてさわやかな好青年でみんなの人気者だなんて、絶対反則だよね。おとぎ話の主人公じゃああるまい」

「でもパールが主人公じゃあ、誰も読まねぇぜ」

「うっさいよ」

「で、そいつにゃあ弟がいるんだろ」

「あ。知ってるんだ。そうだよ、銀の騎士スイリュウって呼ばれてる人。兄のヒノリュウさんとは性格正反対なんだって」

「じゃ、パールみたいな?」

「違うってば! 私は明るくて元気な女の子だもん」

「オキラクでうるせぇガキだろ」

 自分のほうがガキのくせに偉そうな口を利く。
 
 「明るくて元気ってのは、オレみたいな人気者を指すのさ。そして愛くるしい笑顔に漂う色気で全ての女の子を虜に――」

「しないから。スイリュウってのは青い髪の男の人で、ヒノリュウみたいな熱血漢でもなければ、正義の味方っておもむきもないんだって。兄の影みたいに静かで表情もないから、何考えてるか分かんないし」

「ひどい言い様だな。それ、年寄り連の言葉じゃないだろ」

「うんにゃ、私の解釈入りってとこだぁね」

 二人は寺院の前の広場で遅めの昼食を取った。寺院といっても、妖怪の国で見られる寺や神社とはおもむきを異にしている。白亜の門には色彩豊かな壁画が描かれ、門をくぐると複雑な彫刻をほどこした壮麗な建物が天に向かって屹立きつりつしている。

  パールは母ちゃんの握ってくれた大きなにぎりめしを嬉しそうに食べ始める。ふとクリスタに目をやると、彼もしっかり持参のだんごを喰っている。

「クリスタ、あんたしっかりお昼まで用意してる辺り、最初っから私についてくる気だったでしょ」

「そのつもりで家の前で買った」

 龍厳寺りゅうごんじ境内けいだいにでていた屋台のことだろう。だんごに食いついたまま、彼がいつもと変わらぬ口調でつぶやく。

「ねえパール、オレたち誰かにずっと監視されてるよ」

「え……」

 パールの口に運ぶ手が止まった。ゆっくりと首をめぐらせ、おそるおそる広場を見やる。

 祈る人、物を売る人、買う人――異国の人々はそれぞれ彼らの午後を過ごしている。そのどこにも、こちらを盗み見るような人影はない。

「誰も見てないじゃん」

 心なしか小声になる。

「ここにいる奴らじゃねぇよ。もっと遠くから見てるんだろ。オレたちからは見えねぇとこさ」

 口の周りをあんこだらけにしている子供に、パールは気味悪そうに視線を走らす。

「私には……全然分かんないんだけど」

 二人の妖力の違いによるものだ。

 パールの力は自然に働きかけ、小さな天変地異を起こすことができる。

 一方クリスタは、妖怪や人、獣に害をなすような力は使えない。そのかわり抜群に優れた五感――見えざるものを見、聞かざるものを聞く力――すなわち第六感とも言うべき力を持っている。

「気をつけた方がいいぜ、何が起こるか分かんねぇ」

「そんなこと言ったって何をどう気をつけりゃいいんだよ」

 パールは途方に暮れた。
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