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三、狭間国、其一
05、初めての異国
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家の前まで駕籠が迎えに来ていた。妖怪の代表として行くのだから今日は特別扱いだ。
パールの家は間口がせまく細長い。かまどのある方の土間からは裏の路地に出るが、店は表通りに面している。駕籠が待っているのはもちろん、この広い通りの方だ。
母ちゃんの握ってくれたおむすびを大笹の葉に包む。筒に入れたジュオー様の書状と、路銀など旅に必要なさまざまなものを風呂敷に包んだ。パールが気に入っている、小梅の散った淡桃色の着物も一緒だ。ヒノリュウ様に物を頼むとき、薄汚れた旅装のままでは失礼だからだ。
竹の水筒を持って表に出ると、近所の人々がすでに集まっている。皆ねこまんま族の者だ。
「パールちゃん気をつけてね」
「大変な旅になるだろうけど頑張ってね」
「帰ってきたら人の国や狭間の国の話を聞かせておくれよ」
皆が口々に話しかける。
だがどうも、大人たちの姿が多い。
そう、自慢にならないがパールは友達が少なかった。
「パールちゃん」
人垣の後ろからヒスイがおどおどと姿を現す。
「これ……」
と、古びたお守りを手渡し、
「私がちっちゃい頃から持ってるお守りなんだけど、パールちゃん持って行って。災いから守ってくれるかもしれない」
「ありがとう」
私はこの子から族長の座を奪おうとしてるのに、何でこんな親切にするの?
パールは複雑な面もちでお守りを受け取る。
「パールちゃんでもやっぱり、ちょっとは不安なんだね」
固い表情のパールを見て、ヒスイはそんなふうに推測した。
駕籠はまず、龍厳寺に向かった。
龍厳寺はねこまんま族の人々にとっては、何をする前にも一応祈りに行くような、小さいが身近な寺だった。
駕籠から降りて門をくぐると、本堂まで続く石畳の両側に、もう出店が並んでいる。
なんでも儲け話に取っちゃうんだから。
パールは苦笑した。
全く、ねこまんま族はしぶとい奴が多い。
斜向かいに住む魚屋のおばさんが、あんこのいっぱいついたお団子を買ってくれた。
けちでうるさい(とパールは思っている)両親が、龍厳寺の和尚さん――クリスタの父ちゃんと世間話をしている隙に買ってもらったのだ。
お祓いをすませて戻ってくると、駕籠の中にクリスタが潜んでいる。
「なにやってんの、あんた」
「しーっ」
唇に人差し指を押し当て、
「国境まででいいから乗せてってよ」
パールは無言で駕籠の中に滑り込んだ。
「パール痛い! 上乗っかんなよ!」
「狭いんだから文句言うな。おとなしく座布団代わりになってりゃあ、国境まで黙っててやるよ」
「鬼。そんなんじゃ族長になれないぜ」
「…………。 痛いとこつくなよ。あんたは」
両親も含めてねこまんま族の人々とはここでお別れだった。
だがあまり淋しさは感じない。行く先への期待が大きかったせいもあるが、それよりパールには、家族や近所の人たちと長い間離れることに実感が持てなかったのだ。
やがて駕籠はねこまんま族の町を離れ、九尾狐族の町に入る。
道行く九尾狐族の人々が、立ち止まって手を振っている。
「なんだかどっかの国の帝にでもなった気分だね」
パールははしゃいでいる。
「帝はひざまづかれるんだって」
すだれをあげた窓から顔がのぞかぬよう駕籠の底にへばりついたまま、クリスタが興ざめな声を出す。
朝の新鮮な空気の中、人々は活気にあふれる大通りを右往左往している。
二階建ての町屋がある。
米屋の前には米俵が山積みされている。
大八車が駆け抜ける。
橋のたもとでは駕籠屋が客待ちをしている。
太鼓橋の下を屋形船がくぐってゆく。猪牙船が浮かび、船着き場である河岸には荷船がいくつも止まっている。威勢のいい掛け声かけ合い、荷を降ろす若衆たち。
川べりには蔵や船問屋が並んでいる。
「すごいよクリスタ、人がいっぱい」
晴れ渡る空の向こう、遠くには、頭に雪をかぶった高い山が一つ見える。広がる山裾が美しい。
ここからは駕籠を降り船に乗って川を下る。海に停泊する大きな船に乗り、二十日あまりの船旅を経て、パールはついに異国の地に足を踏み入れた。
港からどれくらい歩いただろうか、見上げる空には灼熱の太陽がぎらぎらと光り、歩くにつれ次第に暑くなってゆく。人間の姿も多くなってきた。パールは風呂敷包みをおろすと編み笠を取り出し、それを頭に乗せた。
女性は、妖怪も人も、頭から赤や黄など極彩色の布をかけている。片一方を肩の後ろに垂らし、もう一方を胸の前へ持ってくる。色とりどりで大変美しい。
男はターバンを巻いている者が多い。
異国の町は行き交う人々でごった返していた。ただでさえ混みあっている道のまん中で、暑さのせいか牛や犬がでろんと横になっている。
めちゃめちゃ邪魔じゃん。なんでみんなどかさないの?
パールはイライラと舌打ちした。
混雑した道に象に引かれた楽隊がやってきて、道はいよいよ狭くなる。
パールはふと、喧噪の中に自分を呼ぶ声を聞いた気がした。だがこんな暑苦しいところで立ち止まる気にはなれない。
楽隊とすれ違うとき脇道へよけたら、足もとには老人が目をつむったまま座禅を組んでいた。汚れた服、日に焼けた肌、長く白いひげ――瞑想にふけっているらしい。
道ばたに人垣ができている。
好奇心からのぞいてみると、土壁の前であぐらをかいているのは、ターバンを巻いた男、彼の吹く笛の音にあわせて、かごの中では蛇が身をくねらせている。
「パール」
ふいに後ろから、聞き慣れた声がかかった。
パールの家は間口がせまく細長い。かまどのある方の土間からは裏の路地に出るが、店は表通りに面している。駕籠が待っているのはもちろん、この広い通りの方だ。
母ちゃんの握ってくれたおむすびを大笹の葉に包む。筒に入れたジュオー様の書状と、路銀など旅に必要なさまざまなものを風呂敷に包んだ。パールが気に入っている、小梅の散った淡桃色の着物も一緒だ。ヒノリュウ様に物を頼むとき、薄汚れた旅装のままでは失礼だからだ。
竹の水筒を持って表に出ると、近所の人々がすでに集まっている。皆ねこまんま族の者だ。
「パールちゃん気をつけてね」
「大変な旅になるだろうけど頑張ってね」
「帰ってきたら人の国や狭間の国の話を聞かせておくれよ」
皆が口々に話しかける。
だがどうも、大人たちの姿が多い。
そう、自慢にならないがパールは友達が少なかった。
「パールちゃん」
人垣の後ろからヒスイがおどおどと姿を現す。
「これ……」
と、古びたお守りを手渡し、
「私がちっちゃい頃から持ってるお守りなんだけど、パールちゃん持って行って。災いから守ってくれるかもしれない」
「ありがとう」
私はこの子から族長の座を奪おうとしてるのに、何でこんな親切にするの?
パールは複雑な面もちでお守りを受け取る。
「パールちゃんでもやっぱり、ちょっとは不安なんだね」
固い表情のパールを見て、ヒスイはそんなふうに推測した。
駕籠はまず、龍厳寺に向かった。
龍厳寺はねこまんま族の人々にとっては、何をする前にも一応祈りに行くような、小さいが身近な寺だった。
駕籠から降りて門をくぐると、本堂まで続く石畳の両側に、もう出店が並んでいる。
なんでも儲け話に取っちゃうんだから。
パールは苦笑した。
全く、ねこまんま族はしぶとい奴が多い。
斜向かいに住む魚屋のおばさんが、あんこのいっぱいついたお団子を買ってくれた。
けちでうるさい(とパールは思っている)両親が、龍厳寺の和尚さん――クリスタの父ちゃんと世間話をしている隙に買ってもらったのだ。
お祓いをすませて戻ってくると、駕籠の中にクリスタが潜んでいる。
「なにやってんの、あんた」
「しーっ」
唇に人差し指を押し当て、
「国境まででいいから乗せてってよ」
パールは無言で駕籠の中に滑り込んだ。
「パール痛い! 上乗っかんなよ!」
「狭いんだから文句言うな。おとなしく座布団代わりになってりゃあ、国境まで黙っててやるよ」
「鬼。そんなんじゃ族長になれないぜ」
「…………。 痛いとこつくなよ。あんたは」
両親も含めてねこまんま族の人々とはここでお別れだった。
だがあまり淋しさは感じない。行く先への期待が大きかったせいもあるが、それよりパールには、家族や近所の人たちと長い間離れることに実感が持てなかったのだ。
やがて駕籠はねこまんま族の町を離れ、九尾狐族の町に入る。
道行く九尾狐族の人々が、立ち止まって手を振っている。
「なんだかどっかの国の帝にでもなった気分だね」
パールははしゃいでいる。
「帝はひざまづかれるんだって」
すだれをあげた窓から顔がのぞかぬよう駕籠の底にへばりついたまま、クリスタが興ざめな声を出す。
朝の新鮮な空気の中、人々は活気にあふれる大通りを右往左往している。
二階建ての町屋がある。
米屋の前には米俵が山積みされている。
大八車が駆け抜ける。
橋のたもとでは駕籠屋が客待ちをしている。
太鼓橋の下を屋形船がくぐってゆく。猪牙船が浮かび、船着き場である河岸には荷船がいくつも止まっている。威勢のいい掛け声かけ合い、荷を降ろす若衆たち。
川べりには蔵や船問屋が並んでいる。
「すごいよクリスタ、人がいっぱい」
晴れ渡る空の向こう、遠くには、頭に雪をかぶった高い山が一つ見える。広がる山裾が美しい。
ここからは駕籠を降り船に乗って川を下る。海に停泊する大きな船に乗り、二十日あまりの船旅を経て、パールはついに異国の地に足を踏み入れた。
港からどれくらい歩いただろうか、見上げる空には灼熱の太陽がぎらぎらと光り、歩くにつれ次第に暑くなってゆく。人間の姿も多くなってきた。パールは風呂敷包みをおろすと編み笠を取り出し、それを頭に乗せた。
女性は、妖怪も人も、頭から赤や黄など極彩色の布をかけている。片一方を肩の後ろに垂らし、もう一方を胸の前へ持ってくる。色とりどりで大変美しい。
男はターバンを巻いている者が多い。
異国の町は行き交う人々でごった返していた。ただでさえ混みあっている道のまん中で、暑さのせいか牛や犬がでろんと横になっている。
めちゃめちゃ邪魔じゃん。なんでみんなどかさないの?
パールはイライラと舌打ちした。
混雑した道に象に引かれた楽隊がやってきて、道はいよいよ狭くなる。
パールはふと、喧噪の中に自分を呼ぶ声を聞いた気がした。だがこんな暑苦しいところで立ち止まる気にはなれない。
楽隊とすれ違うとき脇道へよけたら、足もとには老人が目をつむったまま座禅を組んでいた。汚れた服、日に焼けた肌、長く白いひげ――瞑想にふけっているらしい。
道ばたに人垣ができている。
好奇心からのぞいてみると、土壁の前であぐらをかいているのは、ターバンを巻いた男、彼の吹く笛の音にあわせて、かごの中では蛇が身をくねらせている。
「パール」
ふいに後ろから、聞き慣れた声がかかった。
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