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二、洞羅沼
02、族長会議
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二、洞羅沼《ぬま》
ドーラ沼はヨイの都の中心に位置する。
異国人はよく間違えるのだが、ヨイの都は、ヨよりイを高く読む。
妖怪たちはにぎやかな商店や町ももちろん愛したが、それよりもなお木々や水を愛した。そのためこの国の都は、その中心に城ではなく森が広がっていた。
ドーラ沼はその森の真ん中にある。
虚空に、ぼうっと小さな青い灯がともった。
それはくるくると回転すると森の方を向いてぴたりと止まる。下の方にすうっとみっつの裂け目が生じ、それは見る間に一対のつり上がった眼と大きく裂けた口になった。
鬼火族だ。
昼なお薄暗い森の奥、ドーラ沼にさまざまな妖怪たちがぞくぞくと集まり始めた。
「族長会議とは久し振りじゃのう」
「一体何が起きたのであろうか」
「なんでも昨晩、都がロージャ様に襲われたそうじゃ」
「おお、それはなんという……」
ドーラ沼に集まった族長たちの中でも比較的老齢の妖怪たちが、沼のほとりに並ぶ岩に腰掛けている。そこにまだ若い、一つ目族の族長がやってきた。
「ロージャ様ってぇとあれか? 『邪神』なんて名誉もくそもねぇ二つの名で呼ばれてる『闇の神』様か?」
年老いた鬼蜘蛛族の族長が、露骨に顔をしかめる。
「おおハリ殿、およしなさい。あまりに無礼であろう……」
「ちぇー なにが無礼だよ、俺たちを守ってくれての神様じゃんかよ」
一つ目族の族長は気分を害したのか、ぶつぶつひとりごちながら草盧の方へ去っていった。
族長会議はこの古い小さな草盧で、全ての妖怪たちを統率しているジュオーさまの前で行われるのが何十年来の常だった。
ジュオーさまは年老いた三つ目大蛙族だ。その大きな体に落ち着いた風格を宿している。
だが誰一人としてジュオーさまの本当の名を知る者はない。「ジュオー」というのは、誰が呼び始めたか定かでない。妖怪たちには宝石に由来する名が多いことから、彼等の古い言葉で「珠の王」と呼ばれるようになったのだ。
とはゆえ誰も、ジュオーさまの本当の名など気にしてはいなかった。
ジュオーさまは、決して怒らず妖怪たちに何かを命ずることもない。だがそこに存在するだけでいら立つ者をしずめ、うらみも悲しみも取り去ってしまう力があった。
それだけで充分だった。
「メノウさんじゃあないか」
岩に腰掛けた老人のうちの一人がつぶやいた。深くしわの刻まれたその肌は土色をしているが、妖怪としてはかなり人に近い姿だ。
「どこに?」
だが隣の老人が訪ねた瞬間、彼の六本ある指のうちの一本がするするとのびた。
――彼等は指長族と呼ばれている。
かすりの着物の肩に細い木の枝のようなものが引っかかって、メノウと呼ばれた男は振り向いた。黒髪の間からのぞく黒い猫の耳、頬からぴんとのびる猫のひげ――ヒスイの父だ。そして彼はねこまんま族の族長でもある。
「おお、皆様方――」
顔をほころばせ、メノウさんは老人たちの方へ近付いてくる。
「メノウさん、昨晩はほんに災難なこって……」
「全くですよ」
メノウさんは肩を落とした。
「光の神マーガレット様がいらっしゃらなかったら、どうなっていたことか」
「光の姉神様か。今日の族長会議にご出席なさるそうじゃな。ほれ、あそこにおわっしゃる」
鬼蜘蛛族の老人が草盧の方を指さした。
枯れ草の垂れ下がるひさしの下、木々の切れ間からかすかに日のさす縁側に彼女は腰掛けている。白いゆったりとした筒袖の衣に、桜色の腰帯を結んでいる。
だが特筆すべきはその長い髪だった。それは美しい七色の光を発している。
メノウさんが口を開いた。
「今日の族長会議に私の娘とその友達を同席させたいと思うのですが」
「ほう。族長見習いという訳じゃな」
「はい」
「そうかそうか、ヒスイちゃんももうそんな年か。して、その友達というのは?」
メノウさんは苦笑した。
「ヒスイはあのとおり、内気な性格ですから、どうも族長になるなどあまり乗り気じゃないようで…… ですがヒスイの大の親友でやる気のある子がいまして。『真珠の子』パール――ご存じですか?」
「おお。覚えておる、覚えておる。」
老人は眼を細めた。
――いまからちょうど十三年前――
ねこまんま族の若い夫婦にかわいい女の子が授けられた。
誕生祝いに押しかけた妖怪たちの中には巫女もいた。彼女は目を丸くして叫んだ。
これほどに強く清い妖力を持った子は非常に稀だと。
これは素晴らしいと幾度も感心し「まさしく真珠の子だ」とたたえた。これを聞いた両親は大喜びし、娘を真珠の子と名付けた。
「真珠の子が族長に名乗りを上げているのなら、頼もしいこった」
だがメノウさんは心配そうに眉根をよせた。パールと呼ばれる少女には何かあるようだ。
ドーラ沼はヨイの都の中心に位置する。
異国人はよく間違えるのだが、ヨイの都は、ヨよりイを高く読む。
妖怪たちはにぎやかな商店や町ももちろん愛したが、それよりもなお木々や水を愛した。そのためこの国の都は、その中心に城ではなく森が広がっていた。
ドーラ沼はその森の真ん中にある。
虚空に、ぼうっと小さな青い灯がともった。
それはくるくると回転すると森の方を向いてぴたりと止まる。下の方にすうっとみっつの裂け目が生じ、それは見る間に一対のつり上がった眼と大きく裂けた口になった。
鬼火族だ。
昼なお薄暗い森の奥、ドーラ沼にさまざまな妖怪たちがぞくぞくと集まり始めた。
「族長会議とは久し振りじゃのう」
「一体何が起きたのであろうか」
「なんでも昨晩、都がロージャ様に襲われたそうじゃ」
「おお、それはなんという……」
ドーラ沼に集まった族長たちの中でも比較的老齢の妖怪たちが、沼のほとりに並ぶ岩に腰掛けている。そこにまだ若い、一つ目族の族長がやってきた。
「ロージャ様ってぇとあれか? 『邪神』なんて名誉もくそもねぇ二つの名で呼ばれてる『闇の神』様か?」
年老いた鬼蜘蛛族の族長が、露骨に顔をしかめる。
「おおハリ殿、およしなさい。あまりに無礼であろう……」
「ちぇー なにが無礼だよ、俺たちを守ってくれての神様じゃんかよ」
一つ目族の族長は気分を害したのか、ぶつぶつひとりごちながら草盧の方へ去っていった。
族長会議はこの古い小さな草盧で、全ての妖怪たちを統率しているジュオーさまの前で行われるのが何十年来の常だった。
ジュオーさまは年老いた三つ目大蛙族だ。その大きな体に落ち着いた風格を宿している。
だが誰一人としてジュオーさまの本当の名を知る者はない。「ジュオー」というのは、誰が呼び始めたか定かでない。妖怪たちには宝石に由来する名が多いことから、彼等の古い言葉で「珠の王」と呼ばれるようになったのだ。
とはゆえ誰も、ジュオーさまの本当の名など気にしてはいなかった。
ジュオーさまは、決して怒らず妖怪たちに何かを命ずることもない。だがそこに存在するだけでいら立つ者をしずめ、うらみも悲しみも取り去ってしまう力があった。
それだけで充分だった。
「メノウさんじゃあないか」
岩に腰掛けた老人のうちの一人がつぶやいた。深くしわの刻まれたその肌は土色をしているが、妖怪としてはかなり人に近い姿だ。
「どこに?」
だが隣の老人が訪ねた瞬間、彼の六本ある指のうちの一本がするするとのびた。
――彼等は指長族と呼ばれている。
かすりの着物の肩に細い木の枝のようなものが引っかかって、メノウと呼ばれた男は振り向いた。黒髪の間からのぞく黒い猫の耳、頬からぴんとのびる猫のひげ――ヒスイの父だ。そして彼はねこまんま族の族長でもある。
「おお、皆様方――」
顔をほころばせ、メノウさんは老人たちの方へ近付いてくる。
「メノウさん、昨晩はほんに災難なこって……」
「全くですよ」
メノウさんは肩を落とした。
「光の神マーガレット様がいらっしゃらなかったら、どうなっていたことか」
「光の姉神様か。今日の族長会議にご出席なさるそうじゃな。ほれ、あそこにおわっしゃる」
鬼蜘蛛族の老人が草盧の方を指さした。
枯れ草の垂れ下がるひさしの下、木々の切れ間からかすかに日のさす縁側に彼女は腰掛けている。白いゆったりとした筒袖の衣に、桜色の腰帯を結んでいる。
だが特筆すべきはその長い髪だった。それは美しい七色の光を発している。
メノウさんが口を開いた。
「今日の族長会議に私の娘とその友達を同席させたいと思うのですが」
「ほう。族長見習いという訳じゃな」
「はい」
「そうかそうか、ヒスイちゃんももうそんな年か。して、その友達というのは?」
メノウさんは苦笑した。
「ヒスイはあのとおり、内気な性格ですから、どうも族長になるなどあまり乗り気じゃないようで…… ですがヒスイの大の親友でやる気のある子がいまして。『真珠の子』パール――ご存じですか?」
「おお。覚えておる、覚えておる。」
老人は眼を細めた。
――いまからちょうど十三年前――
ねこまんま族の若い夫婦にかわいい女の子が授けられた。
誕生祝いに押しかけた妖怪たちの中には巫女もいた。彼女は目を丸くして叫んだ。
これほどに強く清い妖力を持った子は非常に稀だと。
これは素晴らしいと幾度も感心し「まさしく真珠の子だ」とたたえた。これを聞いた両親は大喜びし、娘を真珠の子と名付けた。
「真珠の子が族長に名乗りを上げているのなら、頼もしいこった」
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