10 / 14
第10話、この愛が命の重み
しおりを挟む
「お勉強中ですか、殿下」
本を広げたままこっくりこっくりと船をこいでいるエリックに声をかける。
「うわぁびっくりした! ロベルトかと思ったよ」
だれよそれは。教育係か執事かそんなところだろう。
「リイ、来てくれてとてもうれしいよ。僕から会いに行けたらいいんだけど」
はにかむように笑う様子がいとおしい。暗いブロンドの髪がさらりと揺れ、満月のようにきらめく瞳を引き立てる。
私は立派な装丁の本に目を落とし、
「これは―― 法典?」
「うん、目を通しておけって言われたんだけど、いろいろ考えてしまって。考えていると眠くなるじゃないか?」
そんなだからポンコツ王子って噂されるんですわよ。
「分からないことがおありなら―― 現職の大臣は難しくても恩給生活に入っている大臣経験者でも呼んで訊いてみてはいかがでしょう?」
「いやっ、そんなおおごとにしなくていいんだ」
彼はあわてた。「たいしたことじゃないっていうか―― こんなことを訊いたらまた、うやうやしい様子で僕をバカにするんだろう」
気付いていらっしゃったのか。
「ちゃんと向き合ってくれたのは、僕の人生できみだけだよ、リイ」
エリックは寂しそうにほほ笑んだ。私は彼を抱きしめたい衝動を抑えながら、冷静さを装った。
「私ではお役に立てないかもしれませんが、なにを疑問に思っていらっしゃるかおっしゃってくださいますか?」
「うん―― 兵法や軍法、賞罰法規も読んだけど、命ってのがなんだか分からなくなった。宗教の時間に命は大切だって教わったけれど、命を粗末にするのは神への冒涜《ぼうとく》だと言われるだけで、なぜ命が大切なのか神官は納得いく説明をしてくれない」
うっ…… その説明を過去世で二人毒殺し、いま目の前にいるエリックに対してすら毒殺未遂を起こした私に求めます!?
「賢いリイにも分からないかな?」
ハードルを上げてくるエリック。いまの私は二十三歳の大人の姿! なにかサマになる説明をしなくては!
「えーっと―― エリック殿下、私が死んだら悲しんでくださいますか?」
「当たり前でしょう!? リイ、なんでそんな怖いこと言うの?」
彼はまるで子供に戻ったかのように悲痛な面持ちで、私の両腕をつかんだ。
「その大切さこそが、命の重みなんですわよ」
「……ああ。このかけがえない気持ちが――」
納得してくれた。だれにも必要とされない、愛されない者の命の重さはどうなるんだとか、ひねった質問をしてこないのがエリックのいいところだ。
「僕の心に芽生えたこの愛が命の輝きなんだとしたら、確かに命はものすごく大切なものだ」
彼は自分の両手を見下ろしながら、一語一語かみしめるように言った。
「決して粗末にはできない、神への冒涜だとあの神官が言っていたのも納得だ」
私はその神聖なものを三回も奪おうとしたんですけどね。
――私もついに悪役令嬢、廃業ね……
私は窓から王宮庭園の噴水をながめながら苦笑した。水しぶきにきらきらと陽光が踊っていた。
本を広げたままこっくりこっくりと船をこいでいるエリックに声をかける。
「うわぁびっくりした! ロベルトかと思ったよ」
だれよそれは。教育係か執事かそんなところだろう。
「リイ、来てくれてとてもうれしいよ。僕から会いに行けたらいいんだけど」
はにかむように笑う様子がいとおしい。暗いブロンドの髪がさらりと揺れ、満月のようにきらめく瞳を引き立てる。
私は立派な装丁の本に目を落とし、
「これは―― 法典?」
「うん、目を通しておけって言われたんだけど、いろいろ考えてしまって。考えていると眠くなるじゃないか?」
そんなだからポンコツ王子って噂されるんですわよ。
「分からないことがおありなら―― 現職の大臣は難しくても恩給生活に入っている大臣経験者でも呼んで訊いてみてはいかがでしょう?」
「いやっ、そんなおおごとにしなくていいんだ」
彼はあわてた。「たいしたことじゃないっていうか―― こんなことを訊いたらまた、うやうやしい様子で僕をバカにするんだろう」
気付いていらっしゃったのか。
「ちゃんと向き合ってくれたのは、僕の人生できみだけだよ、リイ」
エリックは寂しそうにほほ笑んだ。私は彼を抱きしめたい衝動を抑えながら、冷静さを装った。
「私ではお役に立てないかもしれませんが、なにを疑問に思っていらっしゃるかおっしゃってくださいますか?」
「うん―― 兵法や軍法、賞罰法規も読んだけど、命ってのがなんだか分からなくなった。宗教の時間に命は大切だって教わったけれど、命を粗末にするのは神への冒涜《ぼうとく》だと言われるだけで、なぜ命が大切なのか神官は納得いく説明をしてくれない」
うっ…… その説明を過去世で二人毒殺し、いま目の前にいるエリックに対してすら毒殺未遂を起こした私に求めます!?
「賢いリイにも分からないかな?」
ハードルを上げてくるエリック。いまの私は二十三歳の大人の姿! なにかサマになる説明をしなくては!
「えーっと―― エリック殿下、私が死んだら悲しんでくださいますか?」
「当たり前でしょう!? リイ、なんでそんな怖いこと言うの?」
彼はまるで子供に戻ったかのように悲痛な面持ちで、私の両腕をつかんだ。
「その大切さこそが、命の重みなんですわよ」
「……ああ。このかけがえない気持ちが――」
納得してくれた。だれにも必要とされない、愛されない者の命の重さはどうなるんだとか、ひねった質問をしてこないのがエリックのいいところだ。
「僕の心に芽生えたこの愛が命の輝きなんだとしたら、確かに命はものすごく大切なものだ」
彼は自分の両手を見下ろしながら、一語一語かみしめるように言った。
「決して粗末にはできない、神への冒涜だとあの神官が言っていたのも納得だ」
私はその神聖なものを三回も奪おうとしたんですけどね。
――私もついに悪役令嬢、廃業ね……
私は窓から王宮庭園の噴水をながめながら苦笑した。水しぶきにきらきらと陽光が踊っていた。
11
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢ってこれでよかったかしら?
砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。
場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。
全11部 完結しました。
サクッと読める悪役令嬢(役)。
平和的に婚約破棄したい悪役令嬢 vs 絶対に婚約破棄したくない攻略対象王子
深見アキ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・シェリルに転生した主人公は平和的に婚約破棄しようと目論むものの、何故かお相手の王子はすんなり婚約破棄してくれそうになくて……?
タイトルそのままのお話。
(4/1おまけSS追加しました)
※小説家になろうにも掲載してます。
※表紙素材お借りしてます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
わたくしが悪役令嬢だった理由
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、マリアンナ=ラ・トゥール公爵令嬢。悪役令嬢に転生しました。
どうやら前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したようだけど、知識を使っても死亡フラグは折れたり、折れなかったり……。
だから令嬢として真面目に真摯に生きていきますわ。
シリアスです。コメディーではありません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結済み】王子への断罪 〜ヒロインよりも酷いんだけど!〜
BBやっこ
恋愛
悪役令嬢もので王子の立ち位置ってワンパターンだよなあ。ひねりを加えられないかな?とショートショートで書こうとしたら、短編に。他の人物目線でも投稿できたらいいかな。ハッピーエンド希望。
断罪の舞台に立った令嬢、王子とともにいる女。そんなよくありそうで、変な方向に行く話。
※ 【完結済み】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢は断罪イベントをエンジョイしたい
真咲
恋愛
悪役令嬢、クラリスは断罪イベント中に前世の記憶を得る。
そして、クラリスのとった行動は……。
断罪イベントをエンジョイしたい悪役令嬢に振り回されるヒロインとヒーロー。
……なんかすみません。
カオスなコメディを書きたくなって……。
さくっと読める(ハズ!)短い話なので、あー暇だし読んでやろっかなーっていう優しい方用ですです(* >ω<)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】婚約破棄をして処刑エンドを回避したい悪役令嬢と婚約破棄を阻止したい王子の葛藤
彩伊
恋愛
乙女ゲームの世界へ転生したら、悪役令嬢になってしまいました。
処刑エンドを回避するべく、王子との婚約の全力破棄を狙っていきます!!!
”ちょっぴりおバカな悪役令嬢”と”素直になれない腹黒王子”の物語
※再掲 全10話
白丸は悪役令嬢視点
黒丸は王子視点です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
転生した悪役令嬢はシナリオ通りに王子に婚約破棄されることを望む
双葉葵
恋愛
悪役令嬢メリッサ・ローランドは、卒業式のパーティで断罪され追放されることを望んでいる。
幼い頃から見てきた王子が此方を見てくれないということは“運命”であり決して変えられない“シナリオ”通りである。
定刻を過ぎても予定通り迎えに来ない王子に一人でパーティに参加して、訪れる断罪の時を待っていたけれど。険しい顔をして現れた婚約者の様子が何やら変で困惑する。【こんなの“シナリオ”になかったわ】
【隣にいるはずの“ローズ”(ヒロイン)はどこなの?】
*以前、『小説家になろう』であげていたものの再掲になります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
転生侍女は完全無欠のばあやを目指す
ロゼーナ
恋愛
十歳のターニャは、前の「私」の記憶を思い出した。そして自分が乙女ゲーム『月と太陽のリリー』に登場する、ヒロインでも悪役令嬢でもなく、サポートキャラであることに気付く。侍女として生涯仕えることになるヒロインにも、ゲームでは悪役令嬢となってしまう少女にも、この世界では不幸になってほしくない。ゲームには存在しなかった大団円エンドを目指しつつ、自分の夢である「完全無欠のばあやになること」だって、絶対に叶えてみせる!
*三十話前後で完結予定、最終話まで毎日二話ずつ更新します。
(本作は『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる