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第10話、この愛が命の重み
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「お勉強中ですか、殿下」
本を広げたままこっくりこっくりと船をこいでいるエリックに声をかける。
「うわぁびっくりした! ロベルトかと思ったよ」
だれよそれは。教育係か執事かそんなところだろう。
「リイ、来てくれてとてもうれしいよ。僕から会いに行けたらいいんだけど」
はにかむように笑う様子がいとおしい。暗いブロンドの髪がさらりと揺れ、満月のようにきらめく瞳を引き立てる。
私は立派な装丁の本に目を落とし、
「これは―― 法典?」
「うん、目を通しておけって言われたんだけど、いろいろ考えてしまって。考えていると眠くなるじゃないか?」
そんなだからポンコツ王子って噂されるんですわよ。
「分からないことがおありなら―― 現職の大臣は難しくても恩給生活に入っている大臣経験者でも呼んで訊いてみてはいかがでしょう?」
「いやっ、そんなおおごとにしなくていいんだ」
彼はあわてた。「たいしたことじゃないっていうか―― こんなことを訊いたらまた、うやうやしい様子で僕をバカにするんだろう」
気付いていらっしゃったのか。
「ちゃんと向き合ってくれたのは、僕の人生できみだけだよ、リイ」
エリックは寂しそうにほほ笑んだ。私は彼を抱きしめたい衝動を抑えながら、冷静さを装った。
「私ではお役に立てないかもしれませんが、なにを疑問に思っていらっしゃるかおっしゃってくださいますか?」
「うん―― 兵法や軍法、賞罰法規も読んだけど、命ってのがなんだか分からなくなった。宗教の時間に命は大切だって教わったけれど、命を粗末にするのは神への冒涜《ぼうとく》だと言われるだけで、なぜ命が大切なのか神官は納得いく説明をしてくれない」
うっ…… その説明を過去世で二人毒殺し、いま目の前にいるエリックに対してすら毒殺未遂を起こした私に求めます!?
「賢いリイにも分からないかな?」
ハードルを上げてくるエリック。いまの私は二十三歳の大人の姿! なにかサマになる説明をしなくては!
「えーっと―― エリック殿下、私が死んだら悲しんでくださいますか?」
「当たり前でしょう!? リイ、なんでそんな怖いこと言うの?」
彼はまるで子供に戻ったかのように悲痛な面持ちで、私の両腕をつかんだ。
「その大切さこそが、命の重みなんですわよ」
「……ああ。このかけがえない気持ちが――」
納得してくれた。だれにも必要とされない、愛されない者の命の重さはどうなるんだとか、ひねった質問をしてこないのがエリックのいいところだ。
「僕の心に芽生えたこの愛が命の輝きなんだとしたら、確かに命はものすごく大切なものだ」
彼は自分の両手を見下ろしながら、一語一語かみしめるように言った。
「決して粗末にはできない、神への冒涜だとあの神官が言っていたのも納得だ」
私はその神聖なものを三回も奪おうとしたんですけどね。
――私もついに悪役令嬢、廃業ね……
私は窓から王宮庭園の噴水をながめながら苦笑した。水しぶきにきらきらと陽光が踊っていた。
本を広げたままこっくりこっくりと船をこいでいるエリックに声をかける。
「うわぁびっくりした! ロベルトかと思ったよ」
だれよそれは。教育係か執事かそんなところだろう。
「リイ、来てくれてとてもうれしいよ。僕から会いに行けたらいいんだけど」
はにかむように笑う様子がいとおしい。暗いブロンドの髪がさらりと揺れ、満月のようにきらめく瞳を引き立てる。
私は立派な装丁の本に目を落とし、
「これは―― 法典?」
「うん、目を通しておけって言われたんだけど、いろいろ考えてしまって。考えていると眠くなるじゃないか?」
そんなだからポンコツ王子って噂されるんですわよ。
「分からないことがおありなら―― 現職の大臣は難しくても恩給生活に入っている大臣経験者でも呼んで訊いてみてはいかがでしょう?」
「いやっ、そんなおおごとにしなくていいんだ」
彼はあわてた。「たいしたことじゃないっていうか―― こんなことを訊いたらまた、うやうやしい様子で僕をバカにするんだろう」
気付いていらっしゃったのか。
「ちゃんと向き合ってくれたのは、僕の人生できみだけだよ、リイ」
エリックは寂しそうにほほ笑んだ。私は彼を抱きしめたい衝動を抑えながら、冷静さを装った。
「私ではお役に立てないかもしれませんが、なにを疑問に思っていらっしゃるかおっしゃってくださいますか?」
「うん―― 兵法や軍法、賞罰法規も読んだけど、命ってのがなんだか分からなくなった。宗教の時間に命は大切だって教わったけれど、命を粗末にするのは神への冒涜《ぼうとく》だと言われるだけで、なぜ命が大切なのか神官は納得いく説明をしてくれない」
うっ…… その説明を過去世で二人毒殺し、いま目の前にいるエリックに対してすら毒殺未遂を起こした私に求めます!?
「賢いリイにも分からないかな?」
ハードルを上げてくるエリック。いまの私は二十三歳の大人の姿! なにかサマになる説明をしなくては!
「えーっと―― エリック殿下、私が死んだら悲しんでくださいますか?」
「当たり前でしょう!? リイ、なんでそんな怖いこと言うの?」
彼はまるで子供に戻ったかのように悲痛な面持ちで、私の両腕をつかんだ。
「その大切さこそが、命の重みなんですわよ」
「……ああ。このかけがえない気持ちが――」
納得してくれた。だれにも必要とされない、愛されない者の命の重さはどうなるんだとか、ひねった質問をしてこないのがエリックのいいところだ。
「僕の心に芽生えたこの愛が命の輝きなんだとしたら、確かに命はものすごく大切なものだ」
彼は自分の両手を見下ろしながら、一語一語かみしめるように言った。
「決して粗末にはできない、神への冒涜だとあの神官が言っていたのも納得だ」
私はその神聖なものを三回も奪おうとしたんですけどね。
――私もついに悪役令嬢、廃業ね……
私は窓から王宮庭園の噴水をながめながら苦笑した。水しぶきにきらきらと陽光が踊っていた。
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