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3,王太子が男爵令嬢の面倒を見るようです
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「パミーナ様、分からないことは直接わたくしにお尋ねください」
侍女にばかり話しかける彼女に一回でも小言を言えば、
「え……だって……この人なんか怖い……」
侍女のほうを向いて涙ぐむ。
怖くて授業に出られないわっ! と生徒が現れないので、教師役の外交官はお役御免になった。当然彼は元の仕事に戻れることを喜んだ。
教師役を務める別の法衣貴族には、
「下々の方とは怖くてお話しできません」
と、のたまった。当然、爵位を持つ貴族である教師は、
「恐れながらわたくしは、あなたの父上と同じ男爵位を賜っておりますが――」
ついつい言葉を返してしまった。
「なんですって!? パミーナは王太子妃ですわよ? あなた、ただの男爵でしょう!?」
心底驚いた顔をする元男爵令嬢。記憶喪失にでもなったのか?
(いやお前、ちょっと前まで成り上がり男爵令嬢だっただろ!?)
自身は由緒ある男爵家出身の法衣貴族は、胸の内で毒づいた。
彼もまた、さっさと解雇されて笑顔になった。
食事のマナーを注意しても、
「パミーナを餓死させるの!?」
と、いつものおめめウルウルが始まる。
挙句の果てにはベネディクト王太子に、
「マナー講師が意地の悪い年配の女性で、パミーナに食事をさせないの」
と、言いつけた。パミーナはそう信じ込んでいるので、嘘をついたつもりは毛頭ない。だから話を聞いた王太子もそのまま信じてしまう。
悪者にされたマナー講師は解雇された。
一人、また一人と教育係や侍女が辞めていく。男爵家から付いて来た侍女は一人も残っていない。さすがの王太子も不思議に思って本人に尋ねてみると、
「侍女ですって? あの方たちは堪え性がないのですわ。仕事に対する責任感が欠如しておりますの」
王妃教育が全く進まないパミーナの口から「責任感」などという言葉が飛び出すとは! 人には言うのである。
「男爵家にいたときも、度々侍女が代わっていたのか?」
「ええ。一年に五回くらい変わるのですわ。お友達になれたと思ったらいなくなってしまって――」
きついまなざしで話していたパミーナの瞳が、急にうるみだした。
「みんなパミーナを裏切るのぉぉぉ!」
「おお、かわいそうなパミーナ!」
王太子は彼女を強く抱きしめた。
国王の執務室――
複雑な柄の絨毯に重厚な机が据えられ、向かいには金のレリーフが目を引く暖炉。その上には神話の神々を描いた華麗な絵画が飾られている。
大臣が持ってきた決裁済みの書類に軽く目を通していた国王は、ふと眉根を寄せた。
「またか」
「どうされました?」
普段、決裁書類に口をはさむことのない国王なので、大臣は少し驚いた様子。
「パミーナ王太子妃の侍女だが、先月も二人辞めて新しい者を入れていなかったか?」
「はい。そのようです」
国王は書類をめくりながら、
「誰か部下を使って調べさせてくれ。新しい人間が頻繁に王宮へ出入りするのはよろしくない」
国王は海の向こうの帝国が密偵を送り込んでいる可能性を危惧していた。マリナーリア王国は強大な帝国と向かい合って位置しているから、平和そのものというわけではないのだ。平和なのは王太子とパミーナ妃の頭の中だけである。
数日後、ベネディクト王太子は父親の執務室に呼ばれた。
「今後はお前がパミーナ妃の面倒を見なさい」
「私が愛する彼女の隣に一日中いられるということですか!?」
今までは勉強の時間、二人は引き離されていた。一緒にすると始終イチャイチャして、王妃教育どころではないからだ。
「そうだ。今まで侍女が担っていた仕事のいくつかをお前が引き継ぎなさい」
「喜んで! ありがとうございます、父上!」
「うむ、お前にしか務められん仕事だ。聞き取りをおこなった侍従の報告によると、侍女たちは夜眠れず体調を崩してしまうらしい」
「はぁ」
王太子はあいまいな返事をした。パミーナは侍女のエネルギーでも吸い取っているのだろうか?
「着替えを手伝う役目など最低限の侍女だけを残す。王妃教育にもすべてお前が付き添ってやりなさい」
「そうします!」
喜びに顔を輝かせて、王太子は新しい任務を引き受けた。これが不幸の始まりだとも知らず――
侍女にばかり話しかける彼女に一回でも小言を言えば、
「え……だって……この人なんか怖い……」
侍女のほうを向いて涙ぐむ。
怖くて授業に出られないわっ! と生徒が現れないので、教師役の外交官はお役御免になった。当然彼は元の仕事に戻れることを喜んだ。
教師役を務める別の法衣貴族には、
「下々の方とは怖くてお話しできません」
と、のたまった。当然、爵位を持つ貴族である教師は、
「恐れながらわたくしは、あなたの父上と同じ男爵位を賜っておりますが――」
ついつい言葉を返してしまった。
「なんですって!? パミーナは王太子妃ですわよ? あなた、ただの男爵でしょう!?」
心底驚いた顔をする元男爵令嬢。記憶喪失にでもなったのか?
(いやお前、ちょっと前まで成り上がり男爵令嬢だっただろ!?)
自身は由緒ある男爵家出身の法衣貴族は、胸の内で毒づいた。
彼もまた、さっさと解雇されて笑顔になった。
食事のマナーを注意しても、
「パミーナを餓死させるの!?」
と、いつものおめめウルウルが始まる。
挙句の果てにはベネディクト王太子に、
「マナー講師が意地の悪い年配の女性で、パミーナに食事をさせないの」
と、言いつけた。パミーナはそう信じ込んでいるので、嘘をついたつもりは毛頭ない。だから話を聞いた王太子もそのまま信じてしまう。
悪者にされたマナー講師は解雇された。
一人、また一人と教育係や侍女が辞めていく。男爵家から付いて来た侍女は一人も残っていない。さすがの王太子も不思議に思って本人に尋ねてみると、
「侍女ですって? あの方たちは堪え性がないのですわ。仕事に対する責任感が欠如しておりますの」
王妃教育が全く進まないパミーナの口から「責任感」などという言葉が飛び出すとは! 人には言うのである。
「男爵家にいたときも、度々侍女が代わっていたのか?」
「ええ。一年に五回くらい変わるのですわ。お友達になれたと思ったらいなくなってしまって――」
きついまなざしで話していたパミーナの瞳が、急にうるみだした。
「みんなパミーナを裏切るのぉぉぉ!」
「おお、かわいそうなパミーナ!」
王太子は彼女を強く抱きしめた。
国王の執務室――
複雑な柄の絨毯に重厚な机が据えられ、向かいには金のレリーフが目を引く暖炉。その上には神話の神々を描いた華麗な絵画が飾られている。
大臣が持ってきた決裁済みの書類に軽く目を通していた国王は、ふと眉根を寄せた。
「またか」
「どうされました?」
普段、決裁書類に口をはさむことのない国王なので、大臣は少し驚いた様子。
「パミーナ王太子妃の侍女だが、先月も二人辞めて新しい者を入れていなかったか?」
「はい。そのようです」
国王は書類をめくりながら、
「誰か部下を使って調べさせてくれ。新しい人間が頻繁に王宮へ出入りするのはよろしくない」
国王は海の向こうの帝国が密偵を送り込んでいる可能性を危惧していた。マリナーリア王国は強大な帝国と向かい合って位置しているから、平和そのものというわけではないのだ。平和なのは王太子とパミーナ妃の頭の中だけである。
数日後、ベネディクト王太子は父親の執務室に呼ばれた。
「今後はお前がパミーナ妃の面倒を見なさい」
「私が愛する彼女の隣に一日中いられるということですか!?」
今までは勉強の時間、二人は引き離されていた。一緒にすると始終イチャイチャして、王妃教育どころではないからだ。
「そうだ。今まで侍女が担っていた仕事のいくつかをお前が引き継ぎなさい」
「喜んで! ありがとうございます、父上!」
「うむ、お前にしか務められん仕事だ。聞き取りをおこなった侍従の報告によると、侍女たちは夜眠れず体調を崩してしまうらしい」
「はぁ」
王太子はあいまいな返事をした。パミーナは侍女のエネルギーでも吸い取っているのだろうか?
「着替えを手伝う役目など最低限の侍女だけを残す。王妃教育にもすべてお前が付き添ってやりなさい」
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