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2,男爵令嬢への王妃教育はなかなか進まないようです

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 翌朝、国王夫妻は昨夜の舞踏会におけるベネディクト王太子の振る舞いを咎めるため、息子を呼びつけた。

 国王は苦虫を噛み潰したような表情、王妃にいたっては片手で顔を覆っていた。二人とも胸中は同じ――

(思っていた以上に我が息子はお馬鹿さんだった!)

 侍従に伴われてやって来たベネディクトは、両親を前に言い放った。

「父上も母上も政略結婚でしょう? 私はお二人とは違う道を生きます! 真実の愛を見つけたのです!」

(出た、真実の愛!)

 壁際に控える使用人は心の中でつぶやいた。昨日の夜会でも何度その言葉を耳にしたか知れない。

 国王夫妻の説得は無駄だった。愚かなベネディクトは怒ってもなだめても耳を貸さない。ついには、

「そこまでおっしゃるなら私を廃嫡して下さい! 私には王位より大切なものがあります!」

(出るぞ、真実の愛)

 使用人の予想通り、

「それは真実の愛!!」

 息子の大声にくらぁっとして、王妃は椅子の背にもたれかかった。侍女が慌てて気付け薬を嗅がせる。

「私はパミーナ嬢と結婚できるなら、王位を捨てても構わない!」

 恋の熱に浮かされたベネディクトは、まさかその言葉が現実になるとは、このとき微塵も考えていなかった。

 結局、折れたのは国王夫妻のほうだった。ただし男爵令嬢としての教養しか身につけていないパミーナ嬢に急遽、王妃教育をほどこすという条件付きで。

 口約束だけでは済まず、パミーナに念書まで書かせて、王家は男爵令嬢を受け入れることになった。



 しかし、パミーナ妃の再教育は困難を極めた。

「パミーナ様、お眠りになられてはいけませんよ」

 彼女の隣にはつねに見張りの侍女がはべっている。その職務は居眠りするパミーナ妃を起こすこと。教育は当然ながら教師とパミーナ妃の一対一でおこなわれる。にもかかわらずパミーナ妃はよく寝た。

 とはいえ起きていれば良いかというと、そうでもない。

「グランディア帝国語では、条件法がこのように活用します」

 教師が石板に活用を書き出すが、

「ねえ、条件法って何かしら?」

 パミーナが隣の侍女の袖を引っ張る。侍女は気まずそうに教師をうかがいながら、

「私たちのマリナーリア語と同じですよ。条件法は条件法です」

「え、それが何かって聞いてるんだけど」

 そもそも国語文法が怪しいから、外国語どころではない。



 外国語は苦手そうなので、先に歴史を学ぶことにした。

「海の向こうのグランディア帝国では八百年前、現在の皇帝の始祖となる――」

「ねぇ」

 一対一の授業なのに毎回侍女に私語を持ちかける。

「八百年も昔に人が住んでいたなんて、やっぱり帝国はすごいのね」

「は…… マリナーリア王国があるこの土地にも当然、人は住んでおりましたが……」

 侍女の方が知識がある有り様だった。

「てへへっ そうだったわね。八百年と八千年を勘違いしてしまったわ!」

 そもそも自国の歴史さえ知らなかった。



 パミーナ妃のいないところで、教師役を担う法官や外交官たちは首をかしげていた。

「男爵令嬢としての教育は受けたのだろうか?」

「貴族学園に通っていたと聞いたが――」

「それが人間関係がうまく行かず、寄宿舎にこもりきりだったらしい」

「だがそれで男爵家に連れ戻されて、家庭教師がついたそうだぞ?」

「彼女のレベルに合わせて教えていたのではないか? わしも文字から教え直しておるぞ」

「実は私も大食堂の壁に並ぶ絵画を指さしながら、色の名称を確認しておる……」

「この進度では何十年かかるのだろう……」

 だが彼らの悩みはあっさりと終わった。あっけなく解雇されたからだ。
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