スキル『マクロ』で術式自動化して定時上がりしていた聖女ですが、サボりと誤解されて解雇されました。宰相様の秘書として愛されているので戻りません

綾森れん

文字の大きさ

大中小

5 / 8

5、私の出自と、教会の資金難の理由が判明しました！

しおりを挟む

「隣国王家ですって!?」

　私はオウム返しに尋ねた。ほとんど王都から出たことのない私にとって、隣国なんて想像できない。

「君は十七年前に隣国で起こった、王女身代金誘拐事件を知っているか？」

　私は黙ったまま首を振った。十七年前といったら、ちょうど私が生まれた頃だ。鼓動が早くなる。

「僕も小さかったから、あとから現代史として学んだのだが――」

　宮殿の裏庭で侍女たちが、まだ赤ん坊だった王女様を日光浴させていたところ、邸の裏門から侵入した犯行グループの襲撃を受け、王女が誘拐された事件だという。裏門を守っていた衛兵は殺害されており、侍女たちも次々に斬られたそうだ。

　結局、わが王国の強硬派から資金援助を受けた隣国一派が起こした事件として、実行犯は全員処刑された。

「だけど肝心な王女様は見つからなかったんだ」

　それが私だというのかしら？

「でも隣国の王都からわが国の王都って、ものすごく離れていません？」

　私には歩いて何日かかるのか見当がつかない。

「馬車に乗って十日程度かな。だけど当時の実行犯は、大半がわが王国に逃げこんでいた。戦争に発展しかねないというんで、徹底的に探して捕まえて隣国に送還したらしいけど」

　わが王国にいる犯行グループの協力者が、実行犯をかくまう手筈だったのだろう。

「この件も調べさせておこう」

「本当ですか!?　ありがとうございます。私の個人的なことなのに」

「いや全く個人的ではないよ。わが国と隣国の国際問題だから」

　言われてみればそうだけど、黙っておけばそれで済むような気もするのに。

「ふふふ、まあ君にわが国と隣国の懸け橋になってもらいたいと、期待していないわけでもないんだよ」

　宰相様はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

　数日後、魔物討伐にかり出されていた法衣貴族たちが、王宮に戻ってきた。結局、彼らが魔法騎士団の魔術師たちと共に結界を補強して、魔物の脅威は去ったそうだ。

　私の派遣期間も終了し、ギルドに戻ることになっている。私の出自の件は調査中。隣国には文一つ届けるにも時間がかかるから、すぐには分からないだろう。

「やあミラ、調子はどうだい？」

　たった数日でずいぶん距離感の縮まった宰相様が、また私のデスクにやってきた。

「大変お世話になりました。今日で最終日です」

「あ、そのことだけど――」

　宰相様は珍しく、一瞬言いよどんだ。やや落ち着かない様子で目をそらしつつ、

「君、僕の専属秘書として王宮で働き続ける気はないかな？」

「え？」

「もちろん報酬ははずむよ！　なんせ君は一人で十人分の仕事をこなすんだから、五人分払ったってお得なくらいなんだ！」

　いつになく早口でまくし立てる。普段は落ち着いていらっしゃる宰相様が、何を焦っているのか分からないが、私はうなずいた。

「派遣元であるギルドの了承が取れれば――」

「それはもう取ってある！」

　仕事が早いですこと。宰相様に断れるわけもなく、ギルド側は二つ返事だったんだろうけれど。　

「それでしたら喜んでお引き受けいたしますわ」

「そうか、良かった！」

　安堵したようにほほ笑んだ彼のうしろから、

「アルド様、神官長の調査結果について、ミランダ嬢にお伝えしなくてよろしいのですか？」

　侍従が声をかけた。

「今する」

　不機嫌そうな宰相様が可愛らしい。侍従さんとは少年時代からの付き合いなのかもしれない。

「神官長の調査結果ですか？」

　私は少し不思議に思って尋ねた。聖女教会本部の調査結果ではないのか？

「そう。調査されたのはおもに神官長の身辺だからね」

「彼が王宮から支払われた資金を着服していたとでも――？」

「近いね」

　宰相様が低くつぶやくと、侍従が続きを引き継いだ。

「怪しい魔術師に大金を横流ししていたのです」

「まあ、なんのために!?」

　確かによく酒を飲み、いかがわしい場所へ行っては散財していたふうはあった。だがあのいかにも小者っぽいハゲ神官が、闇の魔術師と組んで巨悪に手を染めるなんて似つかわしくない。

「魔術師に資金提供して、毛生え薬の研究をさせていたそうだ」

　宰相様の言葉に、私は唖然とした。あのハゲ、気にしてたのか。

「お歳相応に、お禿げになっていらっしゃいましたもんね」

　私の下手くそな敬語に、侍従さんが肩を震わせている。だが宰相様は疲れた顔で、

「あの男は神官長になった三年前からずっと、詐欺まがいの魔術師に金を搾り取られていたのだ」

　まあ、なんてみじめですこと。

「それで聖女が減っても補充されなかったのですね」

「そうだ。あいつが横流しした資金は国家予算級でな、とても個人で弁償できる額ではない。詐欺魔術師と共に罪人として裁かれることとなった」

　その後、聖女教会本部の神官長派は一掃され、賄賂と縁故にまみれたシステムは大改革されたそうだ。

　私が入りびたっていた古文書館も、今は管理が厳しくなったらしい。書庫にしまわれた古代の貴重な魔術書を自由に読める環境で育った私は、ラッキーだった。「ミラちゃん、最後戸締りよろしくね」と古文書館担当の神官がカギを投げてよこしてくる毎日は、普通じゃなかったのだ。

　王都を守る魔力結界の管理は魔法騎士団に移され、聖女は国が認可した女性を派遣する制度に変わった。

　そして王宮で働くようになってから一ヶ月以上経った今、私は十七年ぶりに実家である隣国王家に向かう馬車の中にいる。

　そう、どうやら私は本当に、誘拐された隣国の王女だったらしい。髪や目の色を伝えたり、トランクケースに入れて持ってきたおくるみの布を送ったりして、ようやく確定したのだ。

　私の魔力量が桁違いだったのも、王族なら不思議ないそうだ。

「緊張してる？」

　隣から優しく声をかけてくれたのは宰相様。国際問題だからということで、今回の隣国行きにも着いて来てくださった。今日私が着ているドレスも、彼が仕立屋を手配して作らせたものだ。

「緊張していますわ。ずっと教会で庶民として育ってきたんですもの」

「安心して、ミラ王女。僕がついているから」

　べつにこの人がいるから安心するというものでもないのだが――と思って、彼の顔を見た。整った顔立ちに、今日もおだやかな笑みをたたえている。

「ありがとうございます。アルド様」

　礼を言いながらも、怪訝な様子が声に出ていたのだろう。彼はクスクスと笑った。

「君は驚くほど有能なのに、男と女のことに関しては、その叡智が全く発揮されないんだね」

　叡智ですって？　この人、また私をからかっているのね。

「僕は聡明な女性が好きなんだよ」

　アルド様の女性の好みを打ち明けられても困るんですけど？　私は言葉を返すかわりに、ふと車窓に目を向けた。

　うららかな春の日差しの中で、二匹の蝶が仲睦むつまじく舞っていた。

▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃

お読みいただきありがとうございます！
次話、隣国にて本当の両親＝国王夫妻に再会します。

お気に入り追加してくださると更新の励みになります！

しおりを挟む