184 / 191
Ⅳ、着実に進む決戦への準備
39、アシンメトリーなヘアスタイルはいかが?
しおりを挟む
「では今夜行きましょう」
「だからいきなり押しかけたってダメなんだ」
クロリンダが沈黙する。嫌な予感……
「…………あなた、あれもダメこれもダメって、ではアタクシはどうしたらいいのよーっ! うわぁぁぁん!」
泣き出した! なんてめんどくさい奴なんだ……!
「ククククロリンダ嬢! そんな幼女のように泣かないでおくれ!」
慌てふためくエドモン殿下。気の毒なのか、今まで誰彼かまわず愛をささやきまくってきたツケが回ったのか。
「あなたが悪いのよ、エド! アタクシをだまそうとするから!」
クロリンダがエドモンにつかみかかろうとするのを、固唾を呑んで見守る俺の横で、レモは楽しそうにニヤニヤしている。今まで姉に苦労させられた分、ほかの誰かが餌食になっているのが愉快でたまらないといった様子。
「クックック…… 私の美しいジュキエーレ様に色目を使った罰が当たったようね、殿下……」
低い声でつぶやいたレモの言葉を聞こえないふりしていたら、俺のななめうしろに立っている侍従が無言で片手を挙げたのが、視界の端に映った。護衛が二人、敬礼するなり部屋から出て行く。すぐにエドモンたちのいる部屋に入ってきたのが、ガラス壁越しに見えた。
「エドモン殿下、伯爵殿がお待ちです」
護衛の一人が告げ、もう一人はさりげなくクロリンダの後ろ側に回った。
「逃げようというの!?」
クロリンダのヒステリックな声。
「すまない、約束の時間になってしまった。またあとで話そう」
「アタクシもついていくわ。構わないでしょう? 将来の妃なんだから」
「なりませぬ、クロリンダ嬢」
止めたのは護衛。
「どうしてよ!? 愛するダーリンが何をしているか、アタクシには知る権利があるのよ!」
「殿下のお仕事には機密事項も多いのです。ご理解ください、クロリンダ嬢」
護衛が止めるのも構わずクロリンダは、部屋から出ようとしたエドモンを追いかける。
「クロリンダ嬢、いけません」
大股で歩いてきた護衛がうしろから、彼女の肩に手を置いた。強い力を出しているようには見えないが、クロリンダはそれ以上動けなかった。
エドモンは扉のところで振り返り、完璧な微笑を浮かべた。
「なるべくすぐに戻ってくるよ。僕の愛するクロリンダ」
しかし彼女は聞いていない。
「放しなさい、無礼者! 許可もなく高貴なアタクシに触れるなんて、罪に問われるわよ!」
片側にしか生えていない金髪を振り乱して叫んだ。
「あらっ?」
違和感に気付いたらしい彼女は、片手で髪をかき上げる。
「え……」
放心状態で後ずさる彼女から、護衛が手を離した。
クロリンダは俺たちが眺めるガラス壁――彼女側からは大きな鏡――の前に走り、
「な、何これ……」
見る見るうちに血色が失われていく唇から、かすれ声がもれた。
「この鏡、間違っているわ!」
両手で青ざめた顔に触れる。
「嫌ぁぁぁあぁぁぁあぁっ!!」
身も凍るような絶叫を上げたかと思うと、
「はうっ」
卒倒して、護衛の腕の中に倒れ込んだ。
「かわいそうに。だが髪はまた伸びるだろう」
当たり前すぎる捨て台詞を残して、エドモンは部屋を出て行った。
クロリンダを支えていた護衛は、彼女に睡魔をかけると抱きかかえ、ベッドに寝かせる。
一呼吸置いたあとで、俺たちがいる薄暗い部屋の扉が開いて、廊下からエドモンと二人の護衛が入ってきた。
あれ? エドモン殿下、伯爵と会う約束があったんじゃ? と思っているとレモが立ち上がった。そうか、皇子を立たせて俺たちが座ってちゃまずいのか。そそくさとソファから尻を離すと、背の高い師匠がかがんで俺に耳打ちした。
「真空結界を張ってもらえますか?」
なるほど仕事があるというのは、クロリンダから離れるための方便だったのか。俺は納得して印を結んだ。
「聞け、風の精。我らが集いし処包みたる二重結界直ちに為し給え」
水属性の術以外は無詠唱では発動しないので、呪文を唱える。
「空を統べる主よ、重ねて願いしは其の大いなる力を以て空歪ましめ――」
この術はレモが創作した魔術だから、威力が大きな攻撃魔法でもないのに、呪文がやたらと長いのだ。メジャーな術は数百年前に誰かが創作したあと、時の流れの中で様々な魔術師によって改良が加えられ、精霊に要求を伝える必要最低限まで呪文が圧縮されるのだが。
「遥かなる頂の更なる高みの如く、虚なる場と為し給え」
部屋全体を包み込む空気の塊をイメージして――
「真空結界」
一瞬、耳の奥が詰まるような感覚がしたあと、完全な静寂が部屋に降りた。宮殿の庭園から届いていた蝉の声も、今は一切聞こえない。
結界が完成したと分かった途端、エドモン殿下は両手をぶんぶんと上下に振ってわめいた。
「あの難しい女性はなんなのだ!?」
─ * ─
どんな女性もイチコロだと思っていたのに、敗北して戻ってきた情けないエドモン殿下。
どうやってクロリンダ嬢を御すのか、次回、現代の賢者と呼ばれるセラフィーニ師匠が、その方法を考えます。
『やっぱり最後は俺の出番なのか』お楽しみに!
「だからいきなり押しかけたってダメなんだ」
クロリンダが沈黙する。嫌な予感……
「…………あなた、あれもダメこれもダメって、ではアタクシはどうしたらいいのよーっ! うわぁぁぁん!」
泣き出した! なんてめんどくさい奴なんだ……!
「ククククロリンダ嬢! そんな幼女のように泣かないでおくれ!」
慌てふためくエドモン殿下。気の毒なのか、今まで誰彼かまわず愛をささやきまくってきたツケが回ったのか。
「あなたが悪いのよ、エド! アタクシをだまそうとするから!」
クロリンダがエドモンにつかみかかろうとするのを、固唾を呑んで見守る俺の横で、レモは楽しそうにニヤニヤしている。今まで姉に苦労させられた分、ほかの誰かが餌食になっているのが愉快でたまらないといった様子。
「クックック…… 私の美しいジュキエーレ様に色目を使った罰が当たったようね、殿下……」
低い声でつぶやいたレモの言葉を聞こえないふりしていたら、俺のななめうしろに立っている侍従が無言で片手を挙げたのが、視界の端に映った。護衛が二人、敬礼するなり部屋から出て行く。すぐにエドモンたちのいる部屋に入ってきたのが、ガラス壁越しに見えた。
「エドモン殿下、伯爵殿がお待ちです」
護衛の一人が告げ、もう一人はさりげなくクロリンダの後ろ側に回った。
「逃げようというの!?」
クロリンダのヒステリックな声。
「すまない、約束の時間になってしまった。またあとで話そう」
「アタクシもついていくわ。構わないでしょう? 将来の妃なんだから」
「なりませぬ、クロリンダ嬢」
止めたのは護衛。
「どうしてよ!? 愛するダーリンが何をしているか、アタクシには知る権利があるのよ!」
「殿下のお仕事には機密事項も多いのです。ご理解ください、クロリンダ嬢」
護衛が止めるのも構わずクロリンダは、部屋から出ようとしたエドモンを追いかける。
「クロリンダ嬢、いけません」
大股で歩いてきた護衛がうしろから、彼女の肩に手を置いた。強い力を出しているようには見えないが、クロリンダはそれ以上動けなかった。
エドモンは扉のところで振り返り、完璧な微笑を浮かべた。
「なるべくすぐに戻ってくるよ。僕の愛するクロリンダ」
しかし彼女は聞いていない。
「放しなさい、無礼者! 許可もなく高貴なアタクシに触れるなんて、罪に問われるわよ!」
片側にしか生えていない金髪を振り乱して叫んだ。
「あらっ?」
違和感に気付いたらしい彼女は、片手で髪をかき上げる。
「え……」
放心状態で後ずさる彼女から、護衛が手を離した。
クロリンダは俺たちが眺めるガラス壁――彼女側からは大きな鏡――の前に走り、
「な、何これ……」
見る見るうちに血色が失われていく唇から、かすれ声がもれた。
「この鏡、間違っているわ!」
両手で青ざめた顔に触れる。
「嫌ぁぁぁあぁぁぁあぁっ!!」
身も凍るような絶叫を上げたかと思うと、
「はうっ」
卒倒して、護衛の腕の中に倒れ込んだ。
「かわいそうに。だが髪はまた伸びるだろう」
当たり前すぎる捨て台詞を残して、エドモンは部屋を出て行った。
クロリンダを支えていた護衛は、彼女に睡魔をかけると抱きかかえ、ベッドに寝かせる。
一呼吸置いたあとで、俺たちがいる薄暗い部屋の扉が開いて、廊下からエドモンと二人の護衛が入ってきた。
あれ? エドモン殿下、伯爵と会う約束があったんじゃ? と思っているとレモが立ち上がった。そうか、皇子を立たせて俺たちが座ってちゃまずいのか。そそくさとソファから尻を離すと、背の高い師匠がかがんで俺に耳打ちした。
「真空結界を張ってもらえますか?」
なるほど仕事があるというのは、クロリンダから離れるための方便だったのか。俺は納得して印を結んだ。
「聞け、風の精。我らが集いし処包みたる二重結界直ちに為し給え」
水属性の術以外は無詠唱では発動しないので、呪文を唱える。
「空を統べる主よ、重ねて願いしは其の大いなる力を以て空歪ましめ――」
この術はレモが創作した魔術だから、威力が大きな攻撃魔法でもないのに、呪文がやたらと長いのだ。メジャーな術は数百年前に誰かが創作したあと、時の流れの中で様々な魔術師によって改良が加えられ、精霊に要求を伝える必要最低限まで呪文が圧縮されるのだが。
「遥かなる頂の更なる高みの如く、虚なる場と為し給え」
部屋全体を包み込む空気の塊をイメージして――
「真空結界」
一瞬、耳の奥が詰まるような感覚がしたあと、完全な静寂が部屋に降りた。宮殿の庭園から届いていた蝉の声も、今は一切聞こえない。
結界が完成したと分かった途端、エドモン殿下は両手をぶんぶんと上下に振ってわめいた。
「あの難しい女性はなんなのだ!?」
─ * ─
どんな女性もイチコロだと思っていたのに、敗北して戻ってきた情けないエドモン殿下。
どうやってクロリンダ嬢を御すのか、次回、現代の賢者と呼ばれるセラフィーニ師匠が、その方法を考えます。
『やっぱり最後は俺の出番なのか』お楽しみに!
0
お気に入りに追加
1,309
あなたにおすすめの小説
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
神に同情された転生者物語
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。
すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。
悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる