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Ⅲ、クリスティーナ皇后の決定は電光石火
33、クロリンダの偽物が現れた!?
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翌朝、宿泊している建物の呼び鈴が鳴った。外に下がっている紐を引くと室内のベルが鳴る仕組みで、魔術は使われていない。
玄関に出ると、立っていたのは俺と同い年くらいの青年。
「あの……、僕、作曲家のフレデリック先生のところで見習いをしている者です。劇場支配人のアーロンさんから、ここに歌手のジュリアーナさんが滞在してると聞いたんですが――」
俺だけど? と答えるわけにもいかず、
「うん、いるけど今出かけてるんだ」
「そうですか……」
青年は困ったように眉尻を下げ、
「いつ頃お帰りになりますか?」
「なんで?」
「フレデリック先生が、ジュリアーナさんにぴったりのアリアを書くために一度、声を聞く必要があるとおっしゃって」
「なら今すぐ行くよ」
答えてから、俺はしまったと思った。案の定、青年は困惑している。皇后様はアーロンとフレデリックに何も伝えていないのか? でも俺としても早く作曲に着手してほしいし――などと思っていたら、レモが廊下に顔を出した。
「入って」
青年に玄関扉を閉めさせてから、
「実はジュリアーナさん、あまりに美人でナンパ男が寄ってきて大変だから、普段は男装して過ごしているのよ」
「「えっ!?」」
俺と青年の声が重なった。レモのやつ、よく一瞬で嘘を思いつくよな。
「なるほど分かりました」
青年は納得したように俺を見た。
「男性にしては可愛い声してるし、顔も綺麗だなと思ってたんです」
くそーっ 同年代の男からこういう反応されるの、なんかすごく悔しい。レモも笑いをこらえきれずにニマニマしてるし。
「ねえ、私もついて行っていいかしら?」
レモが身を乗り出す。
「えっと、あなたは――」
はっきりしない青年に、
「支度してくるわ!」
レモは部屋に戻っていった。
「留守番ばっかじゃかわいそうだから、ユリアも連れて行こうぜ」
「えーと、その方はどなたで?」
ダメとは言われなかったので、俺たちは三人でフレデリック邸へ向かった。
フレデリックは宮廷作曲家の称号を持つだけあって、帝都の一等地に居を構えていた。
「ずいぶん広いんですね」
弟子の青年に案内されて長い廊下を歩きながら、俺はうしろから彼に話しかけた。
「はい、宮廷楽師の皆さんがやってきて、この屋敷でリハーサルもしますからね。ほかに先生の書斎に作曲部屋、僕と住み込みのメイドさん、それから先生自身の寝室もあります」
俺たちが案内されたのはリハーサル部屋だった。フレデリックの歓迎を受け、一通りの挨拶が済むと青年は部屋を出て行った。ついでメイドさんがお茶を出してくれる。彼女が部屋から遠ざかる足音を確認してから、フレデリックは声をひそめた。
「驚いたよ。君が少年だったとは」
ああ、この人には真実が知らされていたのか。
ちなみに今日の俺の服装は、ドワーフ娘のドリーナさんが作ってくれた白いシャツにシンプルな襟飾をつけ、白いズボンに魔眼牛革のベルトを締めている。白いマントを羽織り銀髪をうしろで一つ結びにしている俺は、男にしか見えない。絶対に!
「ただし皇后様のご意向で、僕とアーロン、それから最低限の人間にしか明かさないことになっているらしいね」
みたいですね。
「で、そちらはアルバ公爵家の令嬢ですと?」
「お聞きになりましたか。申し遅れました、わたくしジュキエーレ様の婚約者、アルバ公爵家のレモネッラと申します」
猫耳カチューシャをはずして、レモがいつも通りの自己紹介をする。
その後ユリアの身分も明かしてから、フレデリックはチェンバロの椅子に移動した。単純な和音を弾いて、俺に母音歌唱をさせる。半音ずつ調を変えて、俺の声が美しく響くポイントを注意深く探っているようだ。
次に、オーディションで歌った『我が運命は小舟のよう』をフレデリックの伴奏で歌った。作曲した本人だから当然かも知れないが、レモよりも、さらに皇后様よりもっとうまいんじゃないか。楽器演奏って上には上がいるんだなあ。
それが終わるとフレデリックは、自作の楽譜を色々と持ってきて俺に初見させた。
突然の来訪者が現れたのは、レモやユリアも交えてチェンバロを囲みながら、半分遊びで色んな曲を歌っているときだった。
リハーサル室がある二階の窓から見下ろすと、表に馬車が止まっている。
呼び鈴が鳴らされ、メイドさんが応対する声が聞こえてからしばらくすると、廊下を歩く足音が近づいてきた。
せっかちなのか、フレデリックはノックされる前にチェンバロの前を離れて扉を開けた。
「アルジェント卿、レモネッラ嬢、突然申し訳ありません!」
廊下に立っていたのは見覚えのある男。そうそう、いつもエドモン第二皇子の側にいる人だ。護衛かとも思ったが、服装からすると侍従かも知れない。
「こちらにいらっしゃるとうかがって」
ひたいにうっすらと汗が浮かんでいるところを見ると、帝都中探し回ったんじゃないかとさえ思える。
「エドモン殿下がお呼びです。馬車のご用意が出来ておりますので、至急、第二皇子宮へいらしてください」
「え、表に止まってるやつに乗せてってくれんの?」
「当然です。こちらの事情で、公爵令嬢と聖剣の騎士殿を呼びつけるのですよ」
扉の陰に控えるメイドさんは、疑問符だらけの顔。立場上口をはさむことはしないが、内心では歌手と二人の少女を案内したはずが、どこに聖剣の騎士がいたのかと首をかしげているんだろう。
「心配せずに行ってきて下さい」
うしろから柔和な声が聞こえた。振り返ると、
「僕は充分、君の声を理解できました。いい曲が書けそうです」
作曲家は目を輝かせて、楽しそうに笑った。
「ありがとう。楽しみに待っています」
なるべく簡単な曲にしてください、と付け加えたいのを我慢する。
フレデリックに見送られ、メイドさんに玄関まで案内されて、俺たちは馬車に乗り込んだ。
扉を閉めると走り出すのも待たずに、侍従が口火を切った。
「エドモン殿下がお呼びになった、アルバ公爵家の令嬢クロリンダ様だという人物が現れたのですが、様子がおかしいのです」
「様子がおかしいなら姉だと思うわ」
即答するレモに、一瞬沈黙する侍従。気を取り直し、
「いえ、クロリンダ嬢を連れて来たのが、アルバ公爵家のお抱え魔法医という者なのですが、彼が変なことを言うのです。まるで別人にすり替わったようだと」
俺たちが怪訝な顔をしているうちに、侍従は先を続けた。
「ですからクロリンダ嬢とお知り合いのあなた方に、本人かどうか確認して欲しいのです」
レモは首をかしげ、珍しくはっきりしない口調で、
「それは―― エドモン殿下に出会って恋に落ちたから…… 好かれたくてぶりっ子しているとかではなくて?」
侍従は首を振った。
「まったく恋をする素振りなど見せません。それより魔石救世アカデミーの研究に興味があるそうで、オレリアン第一皇子に会って話がしたいと」
「研究に興味ですって!?」
レモの声が跳ね上がった。
「それは確かに別人だわ。あの姉が学問に興味を持つなんて……!」
身震いしているレモに、
「なあレモ。クロリンダ姉さんって、魔石救世アカデミーのこと知ってるのか?」
根本的な質問をすると、レモは気味悪そうに首を振った。
「あの人が帝都にいたのは七、八年前。それもほんの一ヶ月。魔石救世アカデミーのことなんて、覚えているわけないわ」
何かがおかしい。
─ * ─
次回『サムエレ付きだと? 嬉しくねぇぞ』
あの人は今? なつかしの眼鏡男子が再登場です。
クロリンダ嬢が別人と化した理由も判明しますよ!
玄関に出ると、立っていたのは俺と同い年くらいの青年。
「あの……、僕、作曲家のフレデリック先生のところで見習いをしている者です。劇場支配人のアーロンさんから、ここに歌手のジュリアーナさんが滞在してると聞いたんですが――」
俺だけど? と答えるわけにもいかず、
「うん、いるけど今出かけてるんだ」
「そうですか……」
青年は困ったように眉尻を下げ、
「いつ頃お帰りになりますか?」
「なんで?」
「フレデリック先生が、ジュリアーナさんにぴったりのアリアを書くために一度、声を聞く必要があるとおっしゃって」
「なら今すぐ行くよ」
答えてから、俺はしまったと思った。案の定、青年は困惑している。皇后様はアーロンとフレデリックに何も伝えていないのか? でも俺としても早く作曲に着手してほしいし――などと思っていたら、レモが廊下に顔を出した。
「入って」
青年に玄関扉を閉めさせてから、
「実はジュリアーナさん、あまりに美人でナンパ男が寄ってきて大変だから、普段は男装して過ごしているのよ」
「「えっ!?」」
俺と青年の声が重なった。レモのやつ、よく一瞬で嘘を思いつくよな。
「なるほど分かりました」
青年は納得したように俺を見た。
「男性にしては可愛い声してるし、顔も綺麗だなと思ってたんです」
くそーっ 同年代の男からこういう反応されるの、なんかすごく悔しい。レモも笑いをこらえきれずにニマニマしてるし。
「ねえ、私もついて行っていいかしら?」
レモが身を乗り出す。
「えっと、あなたは――」
はっきりしない青年に、
「支度してくるわ!」
レモは部屋に戻っていった。
「留守番ばっかじゃかわいそうだから、ユリアも連れて行こうぜ」
「えーと、その方はどなたで?」
ダメとは言われなかったので、俺たちは三人でフレデリック邸へ向かった。
フレデリックは宮廷作曲家の称号を持つだけあって、帝都の一等地に居を構えていた。
「ずいぶん広いんですね」
弟子の青年に案内されて長い廊下を歩きながら、俺はうしろから彼に話しかけた。
「はい、宮廷楽師の皆さんがやってきて、この屋敷でリハーサルもしますからね。ほかに先生の書斎に作曲部屋、僕と住み込みのメイドさん、それから先生自身の寝室もあります」
俺たちが案内されたのはリハーサル部屋だった。フレデリックの歓迎を受け、一通りの挨拶が済むと青年は部屋を出て行った。ついでメイドさんがお茶を出してくれる。彼女が部屋から遠ざかる足音を確認してから、フレデリックは声をひそめた。
「驚いたよ。君が少年だったとは」
ああ、この人には真実が知らされていたのか。
ちなみに今日の俺の服装は、ドワーフ娘のドリーナさんが作ってくれた白いシャツにシンプルな襟飾をつけ、白いズボンに魔眼牛革のベルトを締めている。白いマントを羽織り銀髪をうしろで一つ結びにしている俺は、男にしか見えない。絶対に!
「ただし皇后様のご意向で、僕とアーロン、それから最低限の人間にしか明かさないことになっているらしいね」
みたいですね。
「で、そちらはアルバ公爵家の令嬢ですと?」
「お聞きになりましたか。申し遅れました、わたくしジュキエーレ様の婚約者、アルバ公爵家のレモネッラと申します」
猫耳カチューシャをはずして、レモがいつも通りの自己紹介をする。
その後ユリアの身分も明かしてから、フレデリックはチェンバロの椅子に移動した。単純な和音を弾いて、俺に母音歌唱をさせる。半音ずつ調を変えて、俺の声が美しく響くポイントを注意深く探っているようだ。
次に、オーディションで歌った『我が運命は小舟のよう』をフレデリックの伴奏で歌った。作曲した本人だから当然かも知れないが、レモよりも、さらに皇后様よりもっとうまいんじゃないか。楽器演奏って上には上がいるんだなあ。
それが終わるとフレデリックは、自作の楽譜を色々と持ってきて俺に初見させた。
突然の来訪者が現れたのは、レモやユリアも交えてチェンバロを囲みながら、半分遊びで色んな曲を歌っているときだった。
リハーサル室がある二階の窓から見下ろすと、表に馬車が止まっている。
呼び鈴が鳴らされ、メイドさんが応対する声が聞こえてからしばらくすると、廊下を歩く足音が近づいてきた。
せっかちなのか、フレデリックはノックされる前にチェンバロの前を離れて扉を開けた。
「アルジェント卿、レモネッラ嬢、突然申し訳ありません!」
廊下に立っていたのは見覚えのある男。そうそう、いつもエドモン第二皇子の側にいる人だ。護衛かとも思ったが、服装からすると侍従かも知れない。
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「当然です。こちらの事情で、公爵令嬢と聖剣の騎士殿を呼びつけるのですよ」
扉の陰に控えるメイドさんは、疑問符だらけの顔。立場上口をはさむことはしないが、内心では歌手と二人の少女を案内したはずが、どこに聖剣の騎士がいたのかと首をかしげているんだろう。
「心配せずに行ってきて下さい」
うしろから柔和な声が聞こえた。振り返ると、
「僕は充分、君の声を理解できました。いい曲が書けそうです」
作曲家は目を輝かせて、楽しそうに笑った。
「ありがとう。楽しみに待っています」
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「エドモン殿下がお呼びになった、アルバ公爵家の令嬢クロリンダ様だという人物が現れたのですが、様子がおかしいのです」
「様子がおかしいなら姉だと思うわ」
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俺たちが怪訝な顔をしているうちに、侍従は先を続けた。
「ですからクロリンダ嬢とお知り合いのあなた方に、本人かどうか確認して欲しいのです」
レモは首をかしげ、珍しくはっきりしない口調で、
「それは―― エドモン殿下に出会って恋に落ちたから…… 好かれたくてぶりっ子しているとかではなくて?」
侍従は首を振った。
「まったく恋をする素振りなど見せません。それより魔石救世アカデミーの研究に興味があるそうで、オレリアン第一皇子に会って話がしたいと」
「研究に興味ですって!?」
レモの声が跳ね上がった。
「それは確かに別人だわ。あの姉が学問に興味を持つなんて……!」
身震いしているレモに、
「なあレモ。クロリンダ姉さんって、魔石救世アカデミーのこと知ってるのか?」
根本的な質問をすると、レモは気味悪そうに首を振った。
「あの人が帝都にいたのは七、八年前。それもほんの一ヶ月。魔石救世アカデミーのことなんて、覚えているわけないわ」
何かがおかしい。
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