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Ⅲ、クリスティーナ皇后の決定は電光石火

31★ケーキ作りと誕生日パーティー【レモ視点】

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(レモネッラ視点)

「さて尻軽皇子も消えましたし、レモさん、ジュキエーレくん、トッピングの木苺を洗ってもらっていいですか?」

 師匠はすっきりとした笑顔で私たちに指示を出した。

「おししょーさまーっ、ユリアは何したらいい?」

「そうですねぇ、では生クリームを味見してもらいましょうか」

「はーい!」

 ユリア、いい返事。師匠ったら、役立たずなユリアに仕事を与える振りするなんて優しいわね。

 小さなルビーを寄せ集めたみたいな木苺に、ジュキの手のひらからあふれ出した清水がそそがれる。

「こんなもんでいいかな」

「よさそうね。一個味見しちゃおうかしら」

 一粒指先でつまんで、私は口の中に放り込んだ。

「すっぱ!」

 奥歯で噛んだ途端、酸味の強い果汁が口いっぱいに広がった。

「わぁ、いい香り。俺んとこまでベリー系の匂いが漂ってくるよ」

 ジュキは顔をしかめる私を見ながら、おっとりとほほ笑んでいる。

「でも味は酸味が強いの。こんな可愛い見た目なのに」

 涙目になる私に、ジュキは錫合金ピューターのマグカップに水をそそいで差し出しながら、

「見た目は可愛いのに攻撃性が高いなんて、レモみたいじゃん」

「えぇ?」

「俺、木苺って好きかも」

 何言ってるの、この人は!

「レモ、顔赤いけど大丈夫? そんなにすっぱかった?」

 ジュキが変なこと言うからでしょーっ! とは言えずに、私は無言で水を飲んだ。彼の指先からこぼれおちる水は、精霊王の力によるものだって分かってはいるけれど、彼の純粋さが身体中に染み渡ってゆくようだ。

「木苺は、砂糖をたくさん使ってジャムにするとおいしいんですよ」

 師匠がケーキに生クリームを塗りながら教えてくれる。パレットナイフが優雅に舞い、またたにスポンジが白雪で包まれるかのよう。

「職人さんがレンガに漆喰しっくい塗ってるみたーい」

 ユリアはテーブルにあごを乗せて、師匠の手元を観察している。

「次はデコレーションですよ」

 さまざまな口金を使い分けながら、ケーキの表面を飾ってゆく。画家が絵筆を扱うように見事な手つきで、可憐な模様を白一色で描き出す。

「食っちまうのが勿体ねぇな」

 ジュキがまた繊細なことを言うと、

「じゃあお兄ちゃんの分もわたしが食べるね?」

 甘えるときだけジュキをお兄ちゃん呼びするユリア。

「なんでだよ」

 ふくれっつらするジュキは本当に兄弟みたいで、ほほ笑ましい。

「最後に木苺を飾って――」

「私が置くわよ」

 張りきって手を伸ばしたら、

「結構です!」

 師匠に強く拒絶され、固まる私。

「ガサツで有名なレモせんぱいは、さわらないほうがいいよ?」

「なっ!?」

 ユリアの失礼な物言いに、ジュキがなぐさめてくれるかと思いきや、あさってのほうを向いてしまった。

「私のことガサツだと思ってる?」

 彼のマントをそっと引っ張る。

「俺、レモの元気いっぱいなところが好きなんだ」

 深いエメラルド色の瞳が、優しく細められる。う、かっこいい…… なんかはぐらかされたような気がするけど、まあいいわ。

「よし、完成です!」

 エプロン姿の師匠が嬉しそうに宣言した。

「わーい、食べよ食べよ!」

 尻尾をぱたぱたと振りながら、ユリアは広いキッチンを跳ねまわる。

 四人でテーブルの上に、チェック柄のテーブルクロスをかけた。私たち貴族令嬢と違ってよく気の付くジュキが、お皿やフォークを並べてくれる。

 師匠は戸棚の高い位置から蓋の付いた陶器の筒を取り出し、

「薬草の入った特別なお茶ですよ」

 ティーポットやマグカップを並べた。

「ジュキくん、お湯を沸かしてもらえますか」

「おうよ」

 返事ひとつ、コポコポと音がして、ティーポットの中に熱湯が湧き上がる。

 お茶の準備もできて、私たちはテーブルを囲んだ。

「レモ、誕生日おめでとう!」

「レモさん、おめでとうございます」

「レモせんぱい、おめでとーっ! 何歳になったんだっけ? 五歳? 二十五歳?」

「十五歳よっ! ユリアの一歳上なんだから分かるでしょ」

「あれぇ? わたし今何歳だっけ?」

 こてんと首をかしげるユリアを無視して、

「さあ切り分けますよ」

 師匠がお皿にケーキを取り分けてくれた。

 ジュキが目を伏せて食前の祈りを唱えるのを、まつ毛長いな~なんて憧れのまなざしで眺めていたら、さっそくユリアが無言でかぶりついていた。この子、おいしいとしゃべらなくなるタイプだっけ。

「ふわっふわだよ!」

 ジュキはフォークでもたもたとケーキを切りながら、無邪気にはしゃいでいる。師匠の焼くスポンジケーキはどんな魔法がかかっているのか、ふんわりしっとりして、生クリームがなくても止まらなくなるくらいおいしいのよね。

「うんまっ!」

 笑顔いっぱいのジュキを見て幸せな気持ちになりながら、私も上品に口へ運ぶ。

 生クリームの幸せな甘さが舌の上に広がり、中からしっかり卵の風味がするスポンジが現れる。ミルクのコクと卵の香りのマリアージュを楽しんでいるうちに、スポンジは生クリームと同じようにすぅっと溶けてゆく。間に挟まれた木苺の酸味がアクセントになって意外とさっぱりしているから、いくらでも食べられそうだ。

 ふとジュキを見ると、満足げにもぐもぐする口の横に、やんちゃな子供みたいにクリームを付けている。まったくはかなげな美少年のくせに、ちっとも自覚がないんだから。

「生クリームついてるわよ」

 私は自分の頬を指さして教えてあげた。

「えっ」

 恥ずかしそうに手の甲で拭うけど、そっち側じゃないのよね。

「反対よ」

 私は手を伸ばして人差し指の先でぬぐうと、ぺろりとなめた。

「ちょっ、レモ……」

 ジュキの頬がぽっと染まるのと、

「レモさん、はしたないです」

 師匠が小言を言ったのは同時だった。

 ホールケーキを四人で平らげたあとで薬草茶を味わっていると、ジュキと師匠が目配せしあっているのに気が付いた。

「どうしたの?」

「あのな、レモ。俺からプレゼントっていうか、きみにラブソングを送りたいんだ」

「わぁ、素敵!」

 さっきユリアからフライングしてバラされちゃったけど、聞かなかったことにして感動して見せる。だって本心だもん。

「前に一度、未完成のときに聴いてもらったんだけど、あのときはまだ詩を推敲しきってなくて、語りみたいな感じだったじゃん」

「ラピースラとの最初の戦いのとき?」

 私が悪霊に乗り移られたのを、ジュキは愛の詩を歌って救ってくれたのだ。

「そうだよ。覚えていてくれて嬉しいよ」

「忘れるわけないじゃない」

 二人のまなざしが絡み合い、愛の炎が燃え上がる。

「ぜひ聴かせて!」

 期待と喜びに私の胸は高鳴った。


 ─ * ─


次回『プレゼントはオリジナルソング』
久し振りのジュキくんオンステージです!
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