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Ⅲ、クリスティーナ皇后の決定は電光石火
30★君の心を守るって誓ったのに【レモ視点】
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(レモネッラ視点)
「僕は第二皇子として生まれ、兄上を補佐するようにと育てられてきた。結婚を機に公爵位でも与えられて、宰相を務めるんだと思っていた。それがいきなり、父上のあとをついで皇帝になる覚悟を持てだなんて」
「嫌なの?」
ずけずけと尋ねるユリア。師匠が止めないのをいいことに、私もしれっとエドモン殿下の答えを待つ。
「正直、重責だなと思っている」
言葉通り、エドモンは重いため息を吐いた。
「だけど兄上がおかしくなってしまった以上、僕が責任を果たすべきだって分かっているんだ」
彼は顔をあげ、まっすぐどこかを見ていた。
「祖父が築き上げたレジェンダリア帝国――人族も亜人族も、それぞれ異なる文化や宗教を持つ人たちが皆、幸せに暮らす帝国を守れるのは僕だから」
私は少し安心した。第二皇子を皇帝の器じゃないと思っていたけれど、彼はまだ若い。これから名君になるための学びを深めていくのかも知れない。
「殿下、素晴らしいお考えです」
そう声をかけた師匠のまなざしは、成長した我が子を見守るよう。だがその瞳にはすぐに、元魔術顧問を思わせる怜悧な光が宿った。
「それで皇后陛下は、魔石救世アカデミー自体はどうされるおつもりで? オレリアン殿下失脚に利用すると、外部理事を罰したことでむしろ、アカデミー本体にはトカゲの尻尾切りよろしく逃げられるのでは?」
「宰相がそれを母上に訊いていたけれど、『私は知らない、勝手におし』だってさ」
宰相まで第一皇子失脚に手を貸しているのか。宮廷とはつくづく恐ろしいところだ。でも宰相がまともな人なら、あの第一皇子を次期皇帝にしたいとは思わないわよね。
「母上は兄上を取り除くことにしか興味がないのさ。なぜだと思う? ジュキエーレちゃん」
「へっ、俺!?」
自分に話が振られるとは予想していなかったのか、私の横であくびをかみ殺していたジュキは、間の抜けた声を出した。
皇子は唇の端に薄笑いを引っかけて、
「白い毛並みに緑の目をしたかわいい子猫ちゃん、僕のものになる前に、まさか母上のものになってしまうなんてね」
気障な口調で歌うようにのたまった。
「お言葉ですが殿下」
口を開きかけたジュキの前に、私はずいっと身を乗り出してエドモンを牽制した。
「彼は私の婚約者――だったはずよ?」
婚約者と言い切れず、私は険のある目をジュキに向けてしまった。疑問形の真意を察したのか、
「レモ……っ、せっかくの誕生日にきみを苦しませて、本当にごめん」
ジュキは泣き出しそうな顔をする。膝に置いた片手がぎゅっとズボンの布をにぎりしめたのが、となりに座る私には見えた。
「レモさん、エドモン殿下」
師匠の静かな声が、また沸騰しかけた私の感情をすっと冷ました。
「ジュキエーレくんは自ら望んで皇后様のもとへ行ったわけではなかったでしょう?」
そうだった。皇宮の入り口で、私の手を強くにぎった彼の体温を思い出す。私はそれを振り切って、彼を皇宮使用人に託したのだ。あのときのジュキの物言わぬ瞳。母親から置いてけぼりにされた子供みたいに、エメラルドの瞳は不安げに揺れていた。
「そうだけどさ、師匠。俺は確かにラピースラ・アッズーリの問題や将来の亜人領のために皇后様のところに行ったけれど、でもレモを不安にさせたのは事実なんだ」
自責の念にかられたかのような口調にたまらず彼の顔を見ると、白い肌に吸い込まれそうな銀色の眉尻を下げ、沈痛な面持ちで私を見つめていた。
「ジュキ――」
私はたまらず彼を抱きしめた。なんで私が泣きそうになっているのよ! したくもない女装をさせられて、皇后様のもとに放り出された彼がどんなに不安だったか――
「ごめんね。きみの心を守るって誓ったのに」
彼の頭を抱きかかえ、その銀髪にほおをすり寄せる。
ジュキは私の胸に顔をうずめたまま、ふるふると首を振った。
「レモ、俺あんたの恋人なのに、情けないよ……」
「情けなくなんかないわ!」
彼から身体を離し、その両肩をつかむ。
「たった一晩で皇后様の行動をここまで変えられるなんて、素晴らしい成果よ!」
「ありがとう。レモ、大好きだよ」
恥じらうように小声で、彼はささやいた。ふわりと笑うと、やわらかそうな唇のあいだから小さな牙がのぞく。か、かわいい……!
気付いたときには、私はその唇を奪っていた。
「おお……」
エドモン殿下が感嘆のうめきをもらし、
「レモさん、落ち着いて」
師匠が疲れた声を出した。
しまったー! またやっちゃった! ジュキのいたいけな天使のように儚げな微笑が、私の理性を吹き飛ばすのよーっ!
真っ赤になって再び椅子に戻ると、
「ジュキエーレくん、皇后様のところで何があったのか、誤解を解くためにも話しておいたほうがよいのでは?」
師匠が落ち着いた声音で水を向けた。さすが大人の采配。
それから嘘のつけないジュキは、昨日の午後から今朝にかけて皇宮内であったことを包み隠さず打ち明けてくれた。
「そのミーナって侍女、なんなのよーっ!」
私は天井に向かって気炎を吐いた。
「そうだそうだ! ジュキエーレちゃんの綺麗な裸に触れるのは、僕ちゃんのはずなのに!」
「なわけないだろ」
ジュキの冷静な突っ込みが炸裂する。
「私よねっ!?」
勢いよく確かめると、
「ふふっ」
ジュキは嬉しそうに笑った。くっ、かわいすぎる。この人の無邪気な笑顔を見るたびに唇を奪いたくなるけれど、我慢我慢!
「殿下」
唐突に輪の外から侍従らしき男が声を発した。
「そろそろギルドマスターとの面会時間です」
「もうそんな時間か。久し振りにアンドレアの手作りケーキを食べられるかと思ったのに」
「殿下がいらっしゃるとセラフィーニ顧問は、ケーキ作りの続きに戻れないのでは?」
侍従の無遠慮な指摘に、師匠もコクコクとうなずいている。
「ジュキエーレちゃぁぁぁん、今度お背中流してあげるからねぇぇぇ」
気持ちの悪い捨て台詞を残して、殿下は侍従に引っ張られていった。
─ * ─
次回『ケーキ作りと誕生日パーティー』
ほのぼの + 飯テロです!
「僕は第二皇子として生まれ、兄上を補佐するようにと育てられてきた。結婚を機に公爵位でも与えられて、宰相を務めるんだと思っていた。それがいきなり、父上のあとをついで皇帝になる覚悟を持てだなんて」
「嫌なの?」
ずけずけと尋ねるユリア。師匠が止めないのをいいことに、私もしれっとエドモン殿下の答えを待つ。
「正直、重責だなと思っている」
言葉通り、エドモンは重いため息を吐いた。
「だけど兄上がおかしくなってしまった以上、僕が責任を果たすべきだって分かっているんだ」
彼は顔をあげ、まっすぐどこかを見ていた。
「祖父が築き上げたレジェンダリア帝国――人族も亜人族も、それぞれ異なる文化や宗教を持つ人たちが皆、幸せに暮らす帝国を守れるのは僕だから」
私は少し安心した。第二皇子を皇帝の器じゃないと思っていたけれど、彼はまだ若い。これから名君になるための学びを深めていくのかも知れない。
「殿下、素晴らしいお考えです」
そう声をかけた師匠のまなざしは、成長した我が子を見守るよう。だがその瞳にはすぐに、元魔術顧問を思わせる怜悧な光が宿った。
「それで皇后陛下は、魔石救世アカデミー自体はどうされるおつもりで? オレリアン殿下失脚に利用すると、外部理事を罰したことでむしろ、アカデミー本体にはトカゲの尻尾切りよろしく逃げられるのでは?」
「宰相がそれを母上に訊いていたけれど、『私は知らない、勝手におし』だってさ」
宰相まで第一皇子失脚に手を貸しているのか。宮廷とはつくづく恐ろしいところだ。でも宰相がまともな人なら、あの第一皇子を次期皇帝にしたいとは思わないわよね。
「母上は兄上を取り除くことにしか興味がないのさ。なぜだと思う? ジュキエーレちゃん」
「へっ、俺!?」
自分に話が振られるとは予想していなかったのか、私の横であくびをかみ殺していたジュキは、間の抜けた声を出した。
皇子は唇の端に薄笑いを引っかけて、
「白い毛並みに緑の目をしたかわいい子猫ちゃん、僕のものになる前に、まさか母上のものになってしまうなんてね」
気障な口調で歌うようにのたまった。
「お言葉ですが殿下」
口を開きかけたジュキの前に、私はずいっと身を乗り出してエドモンを牽制した。
「彼は私の婚約者――だったはずよ?」
婚約者と言い切れず、私は険のある目をジュキに向けてしまった。疑問形の真意を察したのか、
「レモ……っ、せっかくの誕生日にきみを苦しませて、本当にごめん」
ジュキは泣き出しそうな顔をする。膝に置いた片手がぎゅっとズボンの布をにぎりしめたのが、となりに座る私には見えた。
「レモさん、エドモン殿下」
師匠の静かな声が、また沸騰しかけた私の感情をすっと冷ました。
「ジュキエーレくんは自ら望んで皇后様のもとへ行ったわけではなかったでしょう?」
そうだった。皇宮の入り口で、私の手を強くにぎった彼の体温を思い出す。私はそれを振り切って、彼を皇宮使用人に託したのだ。あのときのジュキの物言わぬ瞳。母親から置いてけぼりにされた子供みたいに、エメラルドの瞳は不安げに揺れていた。
「そうだけどさ、師匠。俺は確かにラピースラ・アッズーリの問題や将来の亜人領のために皇后様のところに行ったけれど、でもレモを不安にさせたのは事実なんだ」
自責の念にかられたかのような口調にたまらず彼の顔を見ると、白い肌に吸い込まれそうな銀色の眉尻を下げ、沈痛な面持ちで私を見つめていた。
「ジュキ――」
私はたまらず彼を抱きしめた。なんで私が泣きそうになっているのよ! したくもない女装をさせられて、皇后様のもとに放り出された彼がどんなに不安だったか――
「ごめんね。きみの心を守るって誓ったのに」
彼の頭を抱きかかえ、その銀髪にほおをすり寄せる。
ジュキは私の胸に顔をうずめたまま、ふるふると首を振った。
「レモ、俺あんたの恋人なのに、情けないよ……」
「情けなくなんかないわ!」
彼から身体を離し、その両肩をつかむ。
「たった一晩で皇后様の行動をここまで変えられるなんて、素晴らしい成果よ!」
「ありがとう。レモ、大好きだよ」
恥じらうように小声で、彼はささやいた。ふわりと笑うと、やわらかそうな唇のあいだから小さな牙がのぞく。か、かわいい……!
気付いたときには、私はその唇を奪っていた。
「おお……」
エドモン殿下が感嘆のうめきをもらし、
「レモさん、落ち着いて」
師匠が疲れた声を出した。
しまったー! またやっちゃった! ジュキのいたいけな天使のように儚げな微笑が、私の理性を吹き飛ばすのよーっ!
真っ赤になって再び椅子に戻ると、
「ジュキエーレくん、皇后様のところで何があったのか、誤解を解くためにも話しておいたほうがよいのでは?」
師匠が落ち着いた声音で水を向けた。さすが大人の采配。
それから嘘のつけないジュキは、昨日の午後から今朝にかけて皇宮内であったことを包み隠さず打ち明けてくれた。
「そのミーナって侍女、なんなのよーっ!」
私は天井に向かって気炎を吐いた。
「そうだそうだ! ジュキエーレちゃんの綺麗な裸に触れるのは、僕ちゃんのはずなのに!」
「なわけないだろ」
ジュキの冷静な突っ込みが炸裂する。
「私よねっ!?」
勢いよく確かめると、
「ふふっ」
ジュキは嬉しそうに笑った。くっ、かわいすぎる。この人の無邪気な笑顔を見るたびに唇を奪いたくなるけれど、我慢我慢!
「殿下」
唐突に輪の外から侍従らしき男が声を発した。
「そろそろギルドマスターとの面会時間です」
「もうそんな時間か。久し振りにアンドレアの手作りケーキを食べられるかと思ったのに」
「殿下がいらっしゃるとセラフィーニ顧問は、ケーキ作りの続きに戻れないのでは?」
侍従の無遠慮な指摘に、師匠もコクコクとうなずいている。
「ジュキエーレちゃぁぁぁん、今度お背中流してあげるからねぇぇぇ」
気持ちの悪い捨て台詞を残して、殿下は侍従に引っ張られていった。
─ * ─
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