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Ⅲ、二人の皇子

33、愛する君と間接キス(帝都到着)

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「人が多いなーっ」

「ジュキったら、スルマーレ島に着いたときもそんな感想じゃなかった?」

 そうだっけ? 確かにスルマーレ島もにぎやかだったが、帝都は人の波も時間の流れも、もっと速く感じる。

「運河がいっぱいあってスルマーレ島みたい!」

 嬉しそうなユリアにレモが水を差す。

「スルマーレ島の運河はもっとずっと細かったけどね」

 つい俺も、

「スルマーレ島って通りもせまくて緑とかないけど、帝都は街路樹があっていいな」

「二人ともわたしの故郷の悪口言っちゃだめーっ!」

「ごめんごめん」

わりぃ悪ぃ」

 帝都は東を瘴気の森に、北を山々に、南を海に囲まれた天然の要塞都市だ。街には海からの水が幾筋も流れ込み、運河を形成し船による物流を支えている。

「私たちの大陸って『水の大陸』って呼ばれるだけあって、水の豊かな土地が多いわね」

「それもドラゴネッサばーちゃんのおかげかもしれねぇけど」

 南の海を越えた先にある「火大陸」は、火の精霊王たる不死鳥フェニックスが守護精霊だから、四季がなく一年中夏だと聞く。

 宿でちょっと休んでから、俺たちは帝都めぐりに出かけた。

 皇帝陛下の住む宮殿、聖魔法教会本部である「マジカサクラ大聖堂」、皇后劇場などを見て回る。中に入ったのは大聖堂だけだけど、どれも外観だけでも大きくて見ごたえあって楽しい。

 ジェラートなんか食べ歩きして、すっかり観光気分である。

「これうっま!」

 思わず声をあげた俺に、レモが興味津々、

「ジュキのなに味?」

「えーっと、塩キャラメルバターピーナッツ? 甘じょっぱくてうめぇよ」

「え~、しょっぱいジェラートなんて想像できないわ!」

 だろうな。間接キス誘ってみるか。

「ちょっとなめてみ」

 ジェラートを差し出すとレモはなんの抵抗もなく、ぺろっと行った。

「わぁ、コクがあっておいしいわ! 私のも食べてみて! 世界樹のメープルシロップがけバニラよ!」

 自分の買ったジェラートを勧めてくれるレモ。ぺろっとなめると――

「おっ、ほどよい甘さ。香りがいいな~」

 なにこれ、好きな女の子とジェラートなめあうとか、幸せすぎるんですけど! 帝都来てよかった~!

「うふふっ、ジュキの舌って爬虫類っぽくてかわいーっ!」

 あ。しまった。人族に変装してるの忘れて堂々ジェラートなめてた。

「先祖返りの影響なんだよ。普通の竜人族はこんなじゃないから」

 ちょっと落ち込む俺に、

「私、舌の先まで全部含めてジュキが大好きよ!」

 レモが往来の真ん中で愛の告白を始める。ちょっと恥ずかしくてうつむく俺を、通りを行く人たちが笑いながら振り返る。

「レモせんぱいたち、女の子同士がイチャイチャしてるようにしか見えないからね?」

 五段重ねジェラートにかぶりつくユリアに釘を刺された。

 歩いているうちに魔石救世アカデミー本部が入っている屋敷の前にさしかかる。街路樹の陰から、出入りする一般会員をながめるユリア、

「みんな死んだ魚の目ぇしてるね! 鮮度悪そ~」

「なんでも食う対象にすんな」

 一応突っ込んでから、同意する俺。

「本当にみんな生気がないな」

「洗脳でもされてるのかしら?」

 レモも薄気味悪そうに彼らを見ている。

 浮かれた気分もすっかり冷めちまった。俺はレモとユリアの通っていた魔法学園も見てみたかったのだが、レモがあえて遠回りした。

 夕焼け空に教会の鐘の音がとけてゆく。

「そろそろ師匠との待ち合わせ時間ね」

 レモは鐘の打つ数を数えている。今日の夕食は師匠がごちそうしてくれるのだ。

「チェントロ大橋のたもとで待ち合わせだっけ?」

 俺には場所が分からない。

「案内するわ」

「よかったぁ」

 安心した声を出したのは俺じゃなくてユリア。一年半くらい帝都に住んでたんだけどな、この子は。

 師匠が俺たちを連れて行ってくれたのは、ほどよく庶民的な雰囲気の飯屋。

 メインディッシュが出てくる前、食前酒を飲みながらナッツをかじっていると、師匠が思いがけぬことを告げた。

「明日、第二皇子エドモン殿下と会うことになりましたから」

「へぇ」

 人ごとだと思って適当な相づちを打つ俺に、

「きみたち三人も一緒に行くんですよ?」

「ふぇっ!?」

 思わず変な声が出た。

「ここであまり大きな声で話すわけにもいきませんが、明日の午後の作戦に関する打ち合わせです」

「俺、どんな格好して行けば――」

 皇子と謁見ってことは正装する必要とかあるのかな!?

「そのままで構いませんよ。街を歩くとき正体がバレてはいけませんから。もちろん殿下には事情を伝えてあります」

 マジか。第二皇子殿下に謁見するってぇのに―― 故郷の母さんたちが聞いたら目を丸くするような機会なのに、俺は女の子の格好で会うことになるのか。

「ジュキくん、もう取っちゃえば?」

「「ぶっ」」

 ユリアのトンデモ発言に、レモと師匠が同時に飲み物を吹いた。

「お、おま……ユリアお前、そんなこと言ってっとしっぽ引っこ抜いちゃうぞ!」

 俺もちょっと腹を立てて、ユリアの子犬みてぇなしっぽをねらう。

「うきゃきゃきゃきゃっ! ジュキくんしっぽさわっちゃだめぇっ!」

 店内で大騒ぎして、お運びのねえちゃんにちょっとにらまれる俺たちだった。



 そして翌日。俺たち三人はセラフィーニ師匠と、彼のかつての部下だという騎士団の師団長にともなわれて、宮殿のある島にやってきた。

 宮殿は中央の島と、それを囲む小島に建っており、それぞれの屋敷同士が空中回廊で結ばれていた。第二皇子が使っている南西の屋敷に小舟をつける。

「や、やべぇ。緊張する」

「ご安心なさいませ、アルジェント卿」

 声をかけてくれたのは、立派なひげを生やした師団長。

「エドモン殿下は女の子には優しいですから」

「いや俺、女の子じゃないし」

 何も言わずあさっての方を見る師団長。

 代わりに師匠が屋敷の大階段を上りながら、

「エドモン殿下は美少女に目がありませんから、むしろ気を付けてくださいね」

「なんだって?」

 俺は眉をひそめ、左右を歩くレモとユリアを抱き寄せた。

「安心しな。あんたたちは俺が守るから」

 なぜか二人は、俺の腕の中で困ったようにほほ笑んだ。

 師匠が応接間らしき部屋の扉をたたくと、すぐに中から侍従らしき男が開けてくれた。

 そのうしろから両手を広げて、若い男が飛び出してくる。

「よぉぉぉこそぉ! 僕のカワイ子ちゃんたちぃっ!」



 ─ * ─



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