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Ⅳ、聖剣アリルミナス

42、封印されたホワイトドラゴン、聖剣の一振りで自由になる

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 銀色に発光している苔のじゅうたんへ足を踏み出す。振り返るとクリスタル断崖の裂け目は細すぎて、そのうしろに道があるなんて想像できない。

「まさに隠し通路だな」

『誰じゃ? わらわの眠りを邪魔する者は?』

 頭の中にドラゴネッサばーちゃんの意識が届いた。

「俺だよ! 約束通り聖剣持ってきたんだ!」

 俺は答えると同時に走っていた。空間中央に据えられた、大理石の手すりが囲む円状の空間へ。

『おお、坊やじゃったか。その手にあるは―― なつかしき聖剣アリルミナスじゃな?』

「そうだよ。これでばーちゃんの足元をおおってる氷を斬れるんだろ?」

『まさか本当に聖剣を手に入れるとは。わらわの力を使いこなせておるようじゃの』

 真っ白い巨大な竜が、明るい海のように透き通った目を細めた。たぶん笑っているんだろう。レモとユリアも俺のとなりに駆け寄ってきて、息をのんだ。

「真珠のように輝くうろこに白銀のたてがみ―― まるでジュキのように美しいドラゴンね……」

「レモ、逆だから。先祖返りした俺が、ばーちゃんみてぇな姿なんだ。あ、紹介するよ」

 俺は慌ててばーちゃんを振りあおいだ。

「レモネッラ嬢とユリア嬢。一緒に旅することになった俺の仲間だ」

 俺はあえて二人の家名も出自も言わなかった。だが――

「ホワイトドラゴン様、聖ラピースラ王国アルバ公爵家のレモネッラと申します。我が先祖がとんでもない過ちを犯したこと、どうか謝罪させてください」

 レモは石段の前にひざまずき、深々ふかぶかと頭を下げた。

『正直な娘じゃな。頭を上げてたもれ。ラピースラ・アッズーリが魔神アビーゾにあやつられてしたことを、遠い子孫のそなたが謝罪する必要はない』

「まあ、おばあさま! なんて寛容な方! お優しいお言葉、痛み入ります」

 レモのやつ、ばーちゃんをさっそく「おばあさま」とか呼んでるあたり嫌な予感しかしねえ。

「でもおばあさま、わたくしはジュキエーレ様を愛してしまったのです!」

 ほら来た。

『幸せにおなり』

 一瞬で話が終わってレモはぽかんとしている。さすが古代から生き続けるホワイトドラゴン。だてに歳食ってねぇな。

 俺は鞘から聖剣を抜いて、丸い石段の上にのぼった。

「氷のいましめと一緒にばーちゃんの足も斬りそうで怖いんだけど……」

『優しい坊や、怖がらなくて大丈夫じゃよ。本来聖剣とはしき存在もののみを断ち切るつるぎじゃ』

 イーヴォの頭、思いっきり切れてたな。やはりしき存在ものだったか!

『聖剣に宿るつるぎの精と、坊やの優しい心を共鳴させるのじゃ』

「精霊力を流すってことだよな?」

『それはマジックソードの手法じゃな。聖剣はちょいと違うぞ。そなたの清らかな魂と一体化する感覚じゃ』

 考えてみたら聖剣の扱い方なんて学んだことない。ここでばーちゃんに教えてもらえるなんてラッキーだ。

『つるぎの精に話しかけてみるとよい』

 俺はうなずくと、淡い緑の光を放つ透明な刀身をまっすぐみつめた。歌うときのように深い呼吸をする。イメージしたのは、レモの伴奏で歌ったときの心が溶けあう感じ――

「聖剣アリルミナス、我が魂のうたと響きあえ!」

 ブォン……

 明らかに聖剣が反応して、レモの使う聖魔法のごときすがすがしい光を放った。

「清澄なる汝が光をもって、いにしえの竜王を悪しきいましめより解き放て!」

 輝くつるぎを一閃する。光の粒子がばーちゃんの足元に集まり、またたく間に厚い氷を侵食してゆく。

『ウオオオオ……』

 ドラゴネッサばーちゃんが喜びの声を上げた。真夏に旅してるとき、山道でみつけた冷たい滝の水を浴びるときみたいに。

 ゴゴゴゴゴゴゴ……

「地面が揺れてる!?」

 地響きと共に足裏に振動が伝わってくる。

「レモ、ユリア、つかまって!」

 俺は二人を両脇に抱えると翼を広げた。俺が舞い上がった直後――

 バシャアァァァン!!

 轟音を上げて水柱が立ち上がった。ドラゴネッサばーちゃんの周りを囲むように、三本、四本と間欠泉のように吹き上がる。

『おお、わらわの力が――』

 ばーちゃん自身も戸惑っているようだ。水をつかさどる彼女の力を閉じ込めていた鎖が、突如断ち切られたせいだろう。

 ゴゴゴ、ゴゴゴゴ――

 地響きはいよいよ大きくなる。

『坊やたち、危ないからわらわの手の中に――』

 ばーちゃんが、俺と同じようにかぎ爪のついた手を伸ばす。俺は水柱を避けて器用に飛び、彼女の手の上に降り立った。

 ゴゴ、ゴ、ゴ―― ドーーーーーーン!!

 一瞬地響きが収まったかと思った直後、あり得ないほど大きな地殻変動が起こった。ふくれ上がった地下水が大地を持ち上げ、地下ダンジョンが地上へと押し上げられていくのだ。頭上の空気圧が全身を押しつぶすようにのしかかる。

 俺はレモとユリアを守ろうと抱き寄せた。ばーちゃんはそんな俺たちを両手で包み込む。

風護結界ウインズバリア!」

 レモが風の結界を張って、ばらばらと落ちてくる土塊から俺たち三人の身を守る。だが見上げるとほとんどの石や砂を、ドラゴネッサばーちゃんがかぶって俺たちを守ってくれているようだ。

「水よ、我らを守りたまえ!」

 俺はホワイトドラゴンさえ包む巨大な水の結界を構築した。

『坊や、ドラゴンのうろこは硬いから大丈夫じゃよ』

「怪我しなくたって痛いだろ?」

『優しい子じゃのう』

 いや、当然だと思う……

「まぶしっ」

 レモが小さくつぶやいた。なんと最下層だった広間に陽射しが入ってきたのだ。

「完全に地上に出ちまったのか」

 広間には壁がなく、崩れかけた大理石の柱が上階の床を支えているだけ。ドラゴネッサばーちゃんの足元からは清水があふれだし、小川になって山肌をすべり落ちてゆく。

「まじか…… 地下ダンジョン消滅しちまった……」

 俺は呆然としていた。

「ダンジョンって言うからにはモンスターがたくさん生息してたんでしょ?」

 レモの問いに答えたのはドラゴネッサばーちゃん。

『坊やが振るった聖剣の聖なる光を浴びて、みんなただの魔石に戻ってしまったじゃろうな』

「じゃあしばらくは、ヴァーリエの冒険者さんの仕事は魔石拾いになるのね」

 レモの言う通りだが、崩れかけた古代神殿の上階で魔石集めをするのは、別の危険がともないそうだ。

「ばーちゃん、これで自由に動けるんだろ?」

『もちろんじゃよ。まさか解放される日が来るとは思わなんだ。ゆっくり温泉にでも浸かって、固まった身体をほぐすかの。千五百年前は向こうの山から湯が湧いておったのじゃ』

 ばーちゃんは柱の間から長い首を出して、古代神殿のうしろにそびえる山を振りあおいだ。その手に抱えられたままの俺の目には、反対側にきらきらと輝く海が見えた。その海面に首を出して優雅にすべってゆくのはシーサーペント。

「ばーちゃんにはゆっくり過ごして欲しいけど、実はそんなにのんびりもしていられないんだ。ラピースラ・アッズーリの魂がある女性に取りいて、帝都で人々をまどわしてるんだよ」

 俺はレモの叔母であるロベリアの身体にラピースラ・アッズーリの魂が入り込んでいる話、彼女が帝都で魔石救世アカデミーなどという団体を立ち上げて、危険な魔物を生み出す実験を繰り返していることを話した。

『それなら坊やの次の行き先は決まりじゃな』

「えっ」

『帝都に決まっておるじゃろ?』

「ばーちゃんは行かないのか!?」

『なぜわらわが付いてゆく必要があるのじゃ。坊やはわらわの力を全て受け継いでおるのじゃぞ?』

 そのあとに続いた言葉に、俺は耳を疑った。

『そなたは魔神の復活を止めるために、異界の神々によってこの世界に送り込まれた存在じゃからな』



─ * ─ * ─ * ─ * ─



なんと、すべては仕組まれていた!? 次回、第二章最終話!
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