上 下
86 / 191
Ⅲ、ルーピ伯爵家主催の魔術剣大会

26★クロリンダ嬢は愚かな恋を繰り返す

しおりを挟む
 クロリンダは、息も絶え絶えの年老いた魔法医をいじめぬいて宿に到着した。

「公爵令嬢たるアタクシが、こんな下々の者が寝る宿に泊まるだなんて! あぁ怖い……」

 両手でひじをかかえて、これみよがしに首を振って見せる。大運河に面して建つ宿は五つ星チンクエステッレではないものの、決して庶民が泊まれる水準ではなかったが。

「気分を害してしまったなら申し訳ない。この方は聖ラピースラ王国のアルバ公爵家令嬢、クロリンダ様なのだ」

 魔法医がレセプションに立つ男へ説明する。夜中にもかかわらず、夜行性の獣人がぴしっとした服装で立っていた。

「アルバ公爵家のご令嬢ですと!?」

 レセプショニストは驚いて訊き返した。そしていらぬことを口走った。

「領主様が、ヴァカンスに剣大会見物などいかがかとご招待されたという――」

「なんの話ですかな?」

 魔法医は怪訝な顔で片眼鏡の位置を直した。

「あ、いえ、聞いた話ですが、この島の領主――ルーピ伯爵様が隣国アルバ公爵家のご令嬢をお呼びしたとうわさになっているもので」

 うわさとは正しく伝わらないものだ。レモネッラ・アルバ公爵令嬢は招待状も何もなく、勝手にやってきただけである。しかも見物なさるのではなく、自ら男装して出場するという暴走っぷり。

「なんですって!?」

 クロリンダの声がさらに1オクターブ跳ね上がった。

「詳しく話しなさい!」

「はい、えーっと同僚の話では、レモネッラ様が美しい竜人の婚約者をともなってスルマーレ島にいらっしゃったそうです――」

 レモはどこへ行っても堂々と自己紹介するので、すぐ有名になるのだ。

「――この竜人の騎士が神にも等しいお方で、千年以上この島を守っている聖獣を、驚くことに従えているのだと」

 うわさには尾ひれがつくもので、ずいぶん話が大きくなっている。クロリンダは、ぎりぎりとハンカチをみちぎらんばかり。それには気付かず、レセプショニストは追い打ちをかけた。

「さすが公爵令嬢ともなると、神様と婚約するんですねぇ」

 話がより一層どでかくなった。

「っきぃぃぃっ!! アナタ、異端よ! 神様は異界におわしますの! けがらわしい竜人の姿で地上をっていてたまるもんですか!」

「あー聖魔法教会では異界の神々を信仰するんでしたっけ? でも聖ラピースラ王国って帝都の聖魔法教会本部から異端扱い受けてますよね?」

 レセプショニストは言い返した。同じ亜人族である竜人をけがらわしいと言われたことが、かんさわった模様。意図せず人を怒らせるのはクロリンダの得意技である。

「アナタ失礼にもほどがあるわ! あぁこれだから下々の者は困るのよ!」

 そして相手が腹を立てたことに気付かず、さらにいら立たせるところまでが一揃い。

「行くわよ! じいや!」

「え、私はじいやではなく魔法医―― ロジーナ公爵夫人ですら『先生』と呼んで下さるのに……」

 一人でしゃべるクロリンダは人の話など聞いていない。一人でずんずんと、じゅうたんの敷かれた古い木の階段をのぼっていく。

「レモったら、アタクシから愛しの王太子様を奪ったあげく、ほかの男と婚約するなんて許せないわ!」

 王太子がクロリンダのものだったことなど一度もないし、レモネッラは王太子との婚約から逃げるのに必死だった。だがクロリンダの記憶力なんてあって無いようなもの。彼女の感情と都合でいくらでも書き変わるのだ。

「このアタクシを差しおいてあんたが先に恋人を作るなんてありえないわ。どうせなにか淫靡いんびな手を使ったんでしょう? ああっ、気持ち悪い! アタクシそういうお話苦手ですわぁ!」

 気持ち悪いのはクロリンダの思考回路である。

 階段をのぼりきったところで、彼女はふと足を止めた。 

「でもちょっと待って―― あの子がこの島にいるってことは、アタクシのやけどを治してもらえるじゃない!」

「それなら私が治療させていただきましたが――」

 息を切らせてクロリンダを追いかける魔法医が、階段の踊り場から見上げた。

「なに言ってるのよ! やけどを負う前のアタクシはもっとずっと美しかったわよ!」

「もとからその顔では?」

「しぃぃっつれぇぇぇいよぉぉぉっ!!」

 壁に取り付けられたキャンドルがぼんやり照らす夜の廊下を、けたたましい叫び声が切り裂いた。

「あんた静かにしてくれ! 何時だと思っているんだ!」

 すぐ近くのドアが開いて口髭の紳士があらわれた。白い寝間着の肩にローブをかけただけの姿に、クロリンダはなぜかときめいた。

「まあ、渋くて素敵なオジサマ!」

 クロリンダ嬢はラーニョ・バルバロ元伯爵と運命の出会いを果たした! 彼が蜘蛛伯爵と呼ばれていることなどつゆ知らず――。



----------------------



次回からいよいよ剣大会の開始です。
第一回戦では蜘蛛伯爵とニコが戦います。

「投獄されたはずでは!?」
と思った方も、思わなかった方も、どちらが勝つか予測してお待ちください!
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界で作ろう!夢の快適空間in亜空間ワールド

風と空
ファンタジー
並行して存在する異世界と地球が衝突した!創造神の計らいで一瞬の揺らぎで収まった筈なのに、運悪く巻き込まれた男が一人存在した。 「俺何でここに……?」「え?身体小さくなってるし、なんだコレ……?[亜空間ワールド]って……?」 身体が若返った男が異世界を冒険しつつ、亜空間ワールドを育てるほのぼのストーリー。時折戦闘描写あり。亜空間ホテルに続き、亜空間シリーズとして書かせて頂いています。採取や冒険、旅行に成長物がお好きな方は是非お寄りになってみてください。 毎日更新(予定)の為、感想欄の返信はかなり遅いか無いかもしれない事をご了承下さい。 また更新時間は不定期です。 カクヨム、小説家になろうにも同時更新中

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...