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Ⅲ、ルーピ伯爵家主催の魔術剣大会
22、俺が張る最強の結界は、魔力視の能力を付与するらしい
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翌日午後――
「レモ、もうちょっと腰を下げた方がいいんじゃないかな」
「こう?」
「いやそれだと腰に負担がかかっちまうから、骨盤を前傾させるように――」
「え? 骨盤なんてどこにあるか分かんないんだけど?」
俺とレモはルーピ伯爵邸中庭で、剣術稽古をしていた。レモから剣の指導を頼まれたとき、貴族子女御用達の学園で剣術を学んだレモに俺なんかが教えられることはないと答えたんだが―― だって俺が剣術を習った相手って親父と、そのかつての冒険者仲間だぞ? 今や海辺の村でのんびり過ごすただのオッサン連中だ。
「ジュキ、こっち来て」
レモが左手で俺を手招きした。右手には昨日、伯爵邸武器庫でゆずり受けた細剣がにぎられている。
「私のうしろに立って、腰とか背中とかをさわって教えてほしいの」
「えっ」
「私たち恋人同士なんだからいいでしょ? 近い将来、もっと色んなとこさわりっこするんだから。ぐへへ」
また変なスイッチ入ってるな、レモのヤツ。俺は精霊力で出現させた氷の剣を消すと、彼女のうしろに立った。
「じゃ、失礼します」
そっと彼女の腰に手を添えると、思った以上にほっそりしている。優雅な曲線を描く身体のラインが手のひらに伝わってきて、平常心を失いそうになる。
「ここをこうやって落とすんだよ……」
「なるほど! 分かりやすいわ!」
「下腹部は引っ込めて――あっ失礼……」
やべぇ。なんかふわっとやわらかいとこさわっちまった!
「平気よ、ジュキ。指導してくれてありがとう」
レモは優しいまなざしを向けてくれる。
「学園の剣術師匠ったら男子生徒には触れて教えるのに、私には手首から先しかさわってくれなかったのよ。剣のにぎり方は分かったけど、身体の使い方が飲み込めないままだったわ」
「剣技クラスで、レモが唯一の女子生徒だったんだろ?」
「そーよ! 暗黙の了解として女の子は剣技を選択しないって聞いたから、そんなつっまんない伝統、私が壊してやろうと思ったの!」
さすがレモ。学園の教師陣、頭が痛かっただろうなー
「レモせんぱい、優等生にして問題児だもんねーっ」
建物の陰に並ぶ石のベンチからユリアが声をかける。
「レモせんぱいが選択したから、女の子たちは絶対に取っちゃいけないコースになったんだよね、剣技って」
「は!? なんでよ!?」
「剣技取った女子はレモせんぱいみたいに、最恐の魔王ってあだ名がついちゃうから」
「なにそれ!? 初耳なんだけど!?」
「あれぇ? 魔王様自身は知らなかったんだぁ」
ゆったりとした口調のまま、目を見開くユリア。
「ふんっ なんとでも言えばいいわ!」
レモはちょっと怒った。
「今の私は、ドラゴンの力を受け継ぐ最強の末裔の婚約者だもん!」
それはサイキョウ違いなんじゃ……
「ユリア、私を魔王呼ばわりするんならかかってらっしゃい!」
「ええ~、魔王呼びしてたのは、わたしだけじゃなくてみんなもなのにぃ」
あんたも呼んでたのかよ。
「じゃあレモせんぱい、行くよぉ。ユリアパァァァンチ!」
どごぉっ
「あぶねぇ!」
放り出されるレモの身体を、とっさにジャンプして空中で抱きとめ、
「水よ!」
落下地点にクッション代わりの水を出現させる。
ざぶんっ
「大丈夫か、レモ。怪我はない?」
「ジュキがすぐに助けてくれたから平気よ!」
レモが俺の首に抱きついてきた。
「ミスリル製の鎖かたびら着てても、ユリアのパンチは受け止められなかったわ。ミスリル防具から発生する微弱な魔力結界が守ってくれると思ったんだけど」
ちょっぴり残念そうな彼女の髪をなでながら、俺はつぶやいた。
「うーん、物理的な防御術について考える必要があるな」
俺のかわいいレモが屈強な男に怪我させられたら大変だ! いくら気が強くたって、レモはか弱い女の子なんだから。
全身ずぶ濡れになった身体に風が冷たい。日差しは強いが、海から吹く風はまだ涼やかだ。
「纏熱風!」
レモが俺を抱きしめたまま、二人を包む熱風を発生させた。
「そうか、こうやって全身を包み込む結界を張ればいいのか!」
俺の精霊力をこめた水でレモの全身を覆うのだ。
「いいわね、それ! 私が自分で結界張ってることにすれば違反にならないし」
「我が力溶け込みし清らかなる水よ、薄き帳となりて、この者に纏いて守護となれ!」
透明な水の膜が、レモの頭からつま先までを包んだ。
「どうかな? 寒いようならちょっと温度上げるけど」
「快適よ。耳もとに水が流れる音がするし、どことなく視界も変だけど……」
ユリアがちょこちょこと走ってきてレモにパンチを繰り出すが、そのこぶしはレモの身体に至るわずか手前で止まっている。
「わぁ、滝にパンチしてるみたい! ジュキくんの結界最強だぁ!」
とりあえず、物理攻撃を防ぐ結界としては成功しているようだ。
「すごいわ、ジュキ! ユリアのパンチが全然効かないなんて!」
感動しているレモに、
「視界が変ってどういうこと?」
俺は気になっていることを尋ねた。
「ジュキのまわりに白銀に輝くオーラが見えるの。ユリアのまわりには見えないけど」
レモは中庭から回廊のほうへ歩いていき、屋敷の正門付近をのぞいた。
「あっちの見張りの魔術兵さんは――うっすら赤い光をまとって見えるわ」
「あの人、火魔法得意なのぉ」
ユリアの言葉に俺はハッとした。
「もしや魔力視ができてる!?」
俺の精霊力を通して視ることで、各人が持つ魔力の性質が可視化されたのだろうか。
「でもユリア嬢の周りには何も見えないってのは――」
首をかしげる俺に、
「ユリアは魔法使えないから何も見えないのかも?」
「え、魔法学園に通ってたのに?」
「ユリアのギフトは怪力で魔法系のギフトじゃないし、呪文も覚えられないし」
確かに呪文を暗記するのは苦手そうだが、狼人族なら魔力量自体は少なくないはずだ。
「だってぇ、魔術概論とか魔力精錬とか、実践の前に睡眠時間になっちゃう授業が多くてねーっ」
なるほど。体内に流れるエネルギーを魔力に変換する仕組みすら理解していないから、魔力のオーラをまとうこともないのだろう。俺は服の下でこっそり竜眼をひらいて確認する。
「ほんとだ。ユリア嬢、魔力の輝きがまったく出てないな。レモはアーモンドの花みたいなふんわりしたピンク色の風をまとって見える」
「これってもしや悪霊も見えるのかしら!?」
レモがウキウキしながら尋ねた。ラピースラ・アッズーリの魂が見えるようになったなら、思わぬ収穫だ。
「やっぱりジュキの魔術って想像をはるかに超えてるわ!」
レモが尊敬のまなざしで見つめてくれる。俺にとっても魔力視が発現するなんて効果は、想像もしていなかった副産物だ。
「幽霊見にお墓行ってみる?」
ユリアはこてんと首をかたむけて俺を見上げた。
「いや俺だって普段から竜眼で幽霊見てるわけじゃないから! ラピースラ・アッズーリは特別、念が強いから見えたんだよ」
「念が強そうな幽霊かぁ」
腕を組んで考えだすユリアに俺は慌てた。
「案内しなくていいからな!?」
レモはバルコニーを見上げ、ユリアの侍女に手を振りながら、
「侍女さんにはうっすら藤色の光が見えるわ。この視界に慣れたいから、しばらくこの結界維持してもらってていい?」
「もちろん」
俺がうなずいたとき、侍女がバルコニーから俺たちに声をかけた。
「皆さんそろそろティータイムになさいませんか」
「するする!」
なんの修行もしていないユリアが飛び跳ねた。
ティールームに入ると柑橘系のさわやかな香りが、俺たちを迎えてくれた。
「ドライフルーツティーですわ」
侍女がポットからカップにお茶を注いでいるところだ。
「この部屋から、ちょうど広場が見えるのね!」
レモがバルコニーへ出て、大理石の手すりをつかんで見下ろした。昨日、俺たちが魔術剣大会のエントリーをした広場だ。
「なにあれ!?」
レモが突然、のどかな午後にふさわしくない緊迫した声を出したので、俺とユリアもバルコニーへ走った。
「どす黒い影が広場を横切ってる――」
-------------------------------------
レモが見たものの正体は何!? 次話で判明するから読んでね!
「レモ、もうちょっと腰を下げた方がいいんじゃないかな」
「こう?」
「いやそれだと腰に負担がかかっちまうから、骨盤を前傾させるように――」
「え? 骨盤なんてどこにあるか分かんないんだけど?」
俺とレモはルーピ伯爵邸中庭で、剣術稽古をしていた。レモから剣の指導を頼まれたとき、貴族子女御用達の学園で剣術を学んだレモに俺なんかが教えられることはないと答えたんだが―― だって俺が剣術を習った相手って親父と、そのかつての冒険者仲間だぞ? 今や海辺の村でのんびり過ごすただのオッサン連中だ。
「ジュキ、こっち来て」
レモが左手で俺を手招きした。右手には昨日、伯爵邸武器庫でゆずり受けた細剣がにぎられている。
「私のうしろに立って、腰とか背中とかをさわって教えてほしいの」
「えっ」
「私たち恋人同士なんだからいいでしょ? 近い将来、もっと色んなとこさわりっこするんだから。ぐへへ」
また変なスイッチ入ってるな、レモのヤツ。俺は精霊力で出現させた氷の剣を消すと、彼女のうしろに立った。
「じゃ、失礼します」
そっと彼女の腰に手を添えると、思った以上にほっそりしている。優雅な曲線を描く身体のラインが手のひらに伝わってきて、平常心を失いそうになる。
「ここをこうやって落とすんだよ……」
「なるほど! 分かりやすいわ!」
「下腹部は引っ込めて――あっ失礼……」
やべぇ。なんかふわっとやわらかいとこさわっちまった!
「平気よ、ジュキ。指導してくれてありがとう」
レモは優しいまなざしを向けてくれる。
「学園の剣術師匠ったら男子生徒には触れて教えるのに、私には手首から先しかさわってくれなかったのよ。剣のにぎり方は分かったけど、身体の使い方が飲み込めないままだったわ」
「剣技クラスで、レモが唯一の女子生徒だったんだろ?」
「そーよ! 暗黙の了解として女の子は剣技を選択しないって聞いたから、そんなつっまんない伝統、私が壊してやろうと思ったの!」
さすがレモ。学園の教師陣、頭が痛かっただろうなー
「レモせんぱい、優等生にして問題児だもんねーっ」
建物の陰に並ぶ石のベンチからユリアが声をかける。
「レモせんぱいが選択したから、女の子たちは絶対に取っちゃいけないコースになったんだよね、剣技って」
「は!? なんでよ!?」
「剣技取った女子はレモせんぱいみたいに、最恐の魔王ってあだ名がついちゃうから」
「なにそれ!? 初耳なんだけど!?」
「あれぇ? 魔王様自身は知らなかったんだぁ」
ゆったりとした口調のまま、目を見開くユリア。
「ふんっ なんとでも言えばいいわ!」
レモはちょっと怒った。
「今の私は、ドラゴンの力を受け継ぐ最強の末裔の婚約者だもん!」
それはサイキョウ違いなんじゃ……
「ユリア、私を魔王呼ばわりするんならかかってらっしゃい!」
「ええ~、魔王呼びしてたのは、わたしだけじゃなくてみんなもなのにぃ」
あんたも呼んでたのかよ。
「じゃあレモせんぱい、行くよぉ。ユリアパァァァンチ!」
どごぉっ
「あぶねぇ!」
放り出されるレモの身体を、とっさにジャンプして空中で抱きとめ、
「水よ!」
落下地点にクッション代わりの水を出現させる。
ざぶんっ
「大丈夫か、レモ。怪我はない?」
「ジュキがすぐに助けてくれたから平気よ!」
レモが俺の首に抱きついてきた。
「ミスリル製の鎖かたびら着てても、ユリアのパンチは受け止められなかったわ。ミスリル防具から発生する微弱な魔力結界が守ってくれると思ったんだけど」
ちょっぴり残念そうな彼女の髪をなでながら、俺はつぶやいた。
「うーん、物理的な防御術について考える必要があるな」
俺のかわいいレモが屈強な男に怪我させられたら大変だ! いくら気が強くたって、レモはか弱い女の子なんだから。
全身ずぶ濡れになった身体に風が冷たい。日差しは強いが、海から吹く風はまだ涼やかだ。
「纏熱風!」
レモが俺を抱きしめたまま、二人を包む熱風を発生させた。
「そうか、こうやって全身を包み込む結界を張ればいいのか!」
俺の精霊力をこめた水でレモの全身を覆うのだ。
「いいわね、それ! 私が自分で結界張ってることにすれば違反にならないし」
「我が力溶け込みし清らかなる水よ、薄き帳となりて、この者に纏いて守護となれ!」
透明な水の膜が、レモの頭からつま先までを包んだ。
「どうかな? 寒いようならちょっと温度上げるけど」
「快適よ。耳もとに水が流れる音がするし、どことなく視界も変だけど……」
ユリアがちょこちょこと走ってきてレモにパンチを繰り出すが、そのこぶしはレモの身体に至るわずか手前で止まっている。
「わぁ、滝にパンチしてるみたい! ジュキくんの結界最強だぁ!」
とりあえず、物理攻撃を防ぐ結界としては成功しているようだ。
「すごいわ、ジュキ! ユリアのパンチが全然効かないなんて!」
感動しているレモに、
「視界が変ってどういうこと?」
俺は気になっていることを尋ねた。
「ジュキのまわりに白銀に輝くオーラが見えるの。ユリアのまわりには見えないけど」
レモは中庭から回廊のほうへ歩いていき、屋敷の正門付近をのぞいた。
「あっちの見張りの魔術兵さんは――うっすら赤い光をまとって見えるわ」
「あの人、火魔法得意なのぉ」
ユリアの言葉に俺はハッとした。
「もしや魔力視ができてる!?」
俺の精霊力を通して視ることで、各人が持つ魔力の性質が可視化されたのだろうか。
「でもユリア嬢の周りには何も見えないってのは――」
首をかしげる俺に、
「ユリアは魔法使えないから何も見えないのかも?」
「え、魔法学園に通ってたのに?」
「ユリアのギフトは怪力で魔法系のギフトじゃないし、呪文も覚えられないし」
確かに呪文を暗記するのは苦手そうだが、狼人族なら魔力量自体は少なくないはずだ。
「だってぇ、魔術概論とか魔力精錬とか、実践の前に睡眠時間になっちゃう授業が多くてねーっ」
なるほど。体内に流れるエネルギーを魔力に変換する仕組みすら理解していないから、魔力のオーラをまとうこともないのだろう。俺は服の下でこっそり竜眼をひらいて確認する。
「ほんとだ。ユリア嬢、魔力の輝きがまったく出てないな。レモはアーモンドの花みたいなふんわりしたピンク色の風をまとって見える」
「これってもしや悪霊も見えるのかしら!?」
レモがウキウキしながら尋ねた。ラピースラ・アッズーリの魂が見えるようになったなら、思わぬ収穫だ。
「やっぱりジュキの魔術って想像をはるかに超えてるわ!」
レモが尊敬のまなざしで見つめてくれる。俺にとっても魔力視が発現するなんて効果は、想像もしていなかった副産物だ。
「幽霊見にお墓行ってみる?」
ユリアはこてんと首をかたむけて俺を見上げた。
「いや俺だって普段から竜眼で幽霊見てるわけじゃないから! ラピースラ・アッズーリは特別、念が強いから見えたんだよ」
「念が強そうな幽霊かぁ」
腕を組んで考えだすユリアに俺は慌てた。
「案内しなくていいからな!?」
レモはバルコニーを見上げ、ユリアの侍女に手を振りながら、
「侍女さんにはうっすら藤色の光が見えるわ。この視界に慣れたいから、しばらくこの結界維持してもらってていい?」
「もちろん」
俺がうなずいたとき、侍女がバルコニーから俺たちに声をかけた。
「皆さんそろそろティータイムになさいませんか」
「するする!」
なんの修行もしていないユリアが飛び跳ねた。
ティールームに入ると柑橘系のさわやかな香りが、俺たちを迎えてくれた。
「ドライフルーツティーですわ」
侍女がポットからカップにお茶を注いでいるところだ。
「この部屋から、ちょうど広場が見えるのね!」
レモがバルコニーへ出て、大理石の手すりをつかんで見下ろした。昨日、俺たちが魔術剣大会のエントリーをした広場だ。
「なにあれ!?」
レモが突然、のどかな午後にふさわしくない緊迫した声を出したので、俺とユリアもバルコニーへ走った。
「どす黒い影が広場を横切ってる――」
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レモが見たものの正体は何!? 次話で判明するから読んでね!
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