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第二章:聖剣編/Ⅰ、豪華客船セレニッシマ号
10★クロリンダ嬢、恋をするも一瞬で玉砕
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アルバ公爵邸の北に建つひときわ高い塔の窓から、クロリンダは地上を見下ろしていた。
「今日も助けは来ないのかしら?」
彼女は自分の妄想の中に生きていた。
「おかしいわ。王子様が空飛ぶ白馬に乗って、アタクシを助けにいらっしゃるはずなのに」
幽閉生活と言えど、部屋は快適に整えられていた。冷たい石の床には絨毯が敷かれ、テーブルもベッドも運ばれている。大きな鏡が乗ったチェストの上には、彼女お気に入りの宝石箱も鎮座していた。
「クロリンダ様、お皿を下げに参りました」
扉が開いて姿をあらわしたのは、すすけたエプロンを身につけた下女。
「あなた誰?」
「へ? アタイですか? お屋敷で洗濯婦をしているミーナと申します」
下女は数回、首を前に出すように不格好なおじぎをした。
「アタクシの侍女は何をしているの? あなたみたいに下賤な人に、アタクシの食べた食器を片付けて欲しくないわ!」
「はぁ」
あいまいな返事をしながらも、下女は銀食器をてきぱきと盆に乗せてゆく。
「アタクシはおとといの朝来たメイドが気に入ったって言ったじゃない! どうして毎回違う人が来るのよ! これじゃあお友達になれないわ!」
それはロジーナ夫人のアイディアだった。毎食、食事を運ぶ者と下げる者を変えることで、使用人たちがクロリンダのギフト<支配>を受けないようにするためだ。しかしクロリンダが幽閉されて今日で五日目。毎日用事があるたびに違う使用人を行かせていたら、だんだん人が足りなくなってきた。次第に身分の低い者にも仕事が回ってきて、今日は洗濯婦がやって来たというわけ。
ちなみに見張りの兵さえクロリンダと接触しないよう、塔の一階に立っている。使用人たちの洗脳を一瞬にして解く歌を歌えるジュキエーレは、もうアルバ公爵邸にはいないのだ。
「クロリンダ様、この塔なんか揺れてません?」
「は? 身分の低い方って足元が揺れていらっしゃるの?」
クロリンダに背を向けた下女は露骨に顔をしかめると、足早に階段を下りて行った。
「あら、なんだか立ちくらみが――」
一人になったクロリンダはふらふらと窓のほうへ倒れ込み、そこでわが目を疑った。
「あの木、どうしてななめに立っているのかしら?」
大粒パールのイヤリングを揺らして首をかしげる彼女の身体が、部屋ごとゆっくりと傾いていく。
「違うわ! 塔が倒れる――」
気付いたときにはもう遅かった。
ガラガラガラ!
レンガ積みの壁が崩れる轟音と同時に、クロリンダの身体は窓の外へ投げ出された。
「ああ、囚われの美女はこうして儚い一生を終えるのね……」
死を覚悟してさえ目が覚めない彼女を、誰かが空中で抱きとめた。
「アタクシの王子様!? じゃないわ! くさっ!!」
「失礼なこと言うと落っことすぞ」
すごんだのはほこりと汗にまみれたイーヴォ。
「嫌ぁぁ、放してぇっ! こんな不潔な男性に抱きしめられるくらいなら、清らかに死んだ方がマシよ!」
「地面に激突して死んだら、脳みそも内蔵もまき散らすんですぜ、お嬢さん。なにが清らかなんだか……」
風魔法が不得意なイーヴォはふらふらしながら地上へ近づいてゆく。そのうしろでは北の塔が半分ほどでぽきりと折れ、上部が地面に落ちて瓦礫と化した。下半分もレンガ壁が崩れ落ち、内部の階段があらわになる。
「ア、アタクシは純潔を守りますわっ!」
「なに想像してんだよ。気持ち悪ぃ女だな」
イーヴォはげんなりした顔でクロリンダを地上に下ろすと、足元のトンネルに彼女を引きずり込んだ。
「ちょ、ちょっとぉ! 何すんのよぉ!」
クロリンダは暴れた。
「静かにしろよバカヤロー! 見つかったらまた幽閉されるぞ!」
「土の中よりマシよ!」
「んだとこのアマぁ! せっかく助けてやったのに!!」
「助けてくれた……?」
クロリンダは急におとなしくなって、ニコが土魔法で掘った穴にすべり下りた。ニコ自身もすでに洞窟の中で待機している。
「あなたたちまさか、幽閉されたアタクシを助けるためにこんなことを?」
「ほかに何があるってんだよ」
ぶっきらぼうなイーヴォの口調をどう解釈したのか、クロリンダは頬を赤らめた。
「ま、まあ! アタクシを救うために――」
「そうだ。お前に会うために王都から命からがら逃げてきたんだぜ」
イーヴォの言葉は事実だったが、クロリンダの誤解をさらに加速させた。
「ああ、どうしましょ! 庶民、ましてや竜人族なんてアタクシ絶対嫌ですのに! 困ってしまいますわ!」
「何に困ってんだか知らねぇが、依頼料はきっちり払ってもらおうと思ってな」
イーヴォとニコは、いまだクロリンダがサンタ・ラピースラ聖堂を破壊するよう命じたと信じている。
「慰謝料ですって!? アタクシ、あなたと婚約した覚えはありませんことよ」
「何の話だ?」
「婚約破棄の慰謝料のお話でございましょ?」
話の通じないクロリンダに、イーヴォはいら立って頭をボリボリと掻いた。
「キャーッ、汚い!」
「うるせーな! お前がごちゃごちゃ付けてる宝石の一つか二つよこせば済むんだよ!」
言うやいなやクロリンダの耳に両手を伸ばし、イヤリングを引っ張った。
「痛ぁぁい! どうしてそんな乱暴するんですの!? アタクシを愛しているのに!?」
「は? お前みてぇな年増、興味ねぇよ!」
奪ったイヤリングをポケットにねじ込むイーヴォに、
「きぃえぇぇっ! 本当はアタクシを好きなのに、どうして素直にならないのよ!!」
金切り声を上げたクロリンダがつかみかかった。
「痛ってぇ! 引っ掻きやがったな!」
「イーヴォさん、兵士たちが集まってきました!」
外をのぞいていたニコが報告すると、イーヴォはネックレスまで引きちぎって、
「よし、逃げるぞ!」
クロリンダを蹴り飛ばして出口へ飛びすさった。イーヴォのポケットからバラバラとこぼれ落ちる宝石を、ニコが必死で拾い集める。
「婚約者のアタクシを置いてどこへ行こうというの!?」
追いすがるクロリンダの手をイーヴォは何度もなぐるが、執念深い女の両手からのがれることはできない。
「放せよ、バカヤロー!」
「アタクシを愛していらっしゃるんでしょう!?」
あまりに話が伝わらず、イーヴォは恐怖を感じ始めた。
(なぜだっ!? 最強のはずの俺様が、女ごときを恐れている!?)
「アタクシたちの愛を裏切るなんて許せないっ!」
振り返ったイーヴォは、狂気じみたクロリンダの目を見て悲鳴をあげた。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!」
「一緒にいられないなら二人で死んでも構わないわっ!!」
叫び続けるクロリンダに混乱したイーヴォは、高速で呪文を唱えた。
「聞け、火の精。我が前にあるもの、其《そ》の炎が中にうち囲み給《たま》え! 煽猛焚!!」
「ぎぃやぁぁぁあっ!!」
身も凍るような叫び声を穴ぐらに残して、イーヴォとニコは駆け出した。
「と、とにかく逃げるんだ! 多種族連合へ、スルマーレ島へ!」
「イーヴォさん、追手が―― 下から逃げましょう!」
ニコは地面に片手をつくと、呪文を唱えた。
「穿隧道!」
アルバ公爵邸の手の者は、それ以上追っては来なかった。穴の中で大やけどを負って叫び続けるクロリンダを救出していたからだ。
「屋敷中、いや城下中のポーションを集めてくれ!」
隊長の命令に、公爵邸の私兵も使用人たちも走り回ることとなった。どんな怪我も一瞬で治せるレモネッラ嬢は、すでに旅に出てしまったから。
それはジュキエーレとレモネッラがスルマーレ島に着く六日ほど前のできごとだった。運命のいたずらか腐れ縁か、彼らの人生はまた交差することとなる。
-----------------
次話にてようやくユリア伯爵令嬢のご登場です!
「クロリンダとかいいから早くかわいい子出してよ」
と思っていらっしゃるそこのアナタ、しおりをはさんでお待ちください!
*カクヨムさんにて先行公開しております。
「今日も助けは来ないのかしら?」
彼女は自分の妄想の中に生きていた。
「おかしいわ。王子様が空飛ぶ白馬に乗って、アタクシを助けにいらっしゃるはずなのに」
幽閉生活と言えど、部屋は快適に整えられていた。冷たい石の床には絨毯が敷かれ、テーブルもベッドも運ばれている。大きな鏡が乗ったチェストの上には、彼女お気に入りの宝石箱も鎮座していた。
「クロリンダ様、お皿を下げに参りました」
扉が開いて姿をあらわしたのは、すすけたエプロンを身につけた下女。
「あなた誰?」
「へ? アタイですか? お屋敷で洗濯婦をしているミーナと申します」
下女は数回、首を前に出すように不格好なおじぎをした。
「アタクシの侍女は何をしているの? あなたみたいに下賤な人に、アタクシの食べた食器を片付けて欲しくないわ!」
「はぁ」
あいまいな返事をしながらも、下女は銀食器をてきぱきと盆に乗せてゆく。
「アタクシはおとといの朝来たメイドが気に入ったって言ったじゃない! どうして毎回違う人が来るのよ! これじゃあお友達になれないわ!」
それはロジーナ夫人のアイディアだった。毎食、食事を運ぶ者と下げる者を変えることで、使用人たちがクロリンダのギフト<支配>を受けないようにするためだ。しかしクロリンダが幽閉されて今日で五日目。毎日用事があるたびに違う使用人を行かせていたら、だんだん人が足りなくなってきた。次第に身分の低い者にも仕事が回ってきて、今日は洗濯婦がやって来たというわけ。
ちなみに見張りの兵さえクロリンダと接触しないよう、塔の一階に立っている。使用人たちの洗脳を一瞬にして解く歌を歌えるジュキエーレは、もうアルバ公爵邸にはいないのだ。
「クロリンダ様、この塔なんか揺れてません?」
「は? 身分の低い方って足元が揺れていらっしゃるの?」
クロリンダに背を向けた下女は露骨に顔をしかめると、足早に階段を下りて行った。
「あら、なんだか立ちくらみが――」
一人になったクロリンダはふらふらと窓のほうへ倒れ込み、そこでわが目を疑った。
「あの木、どうしてななめに立っているのかしら?」
大粒パールのイヤリングを揺らして首をかしげる彼女の身体が、部屋ごとゆっくりと傾いていく。
「違うわ! 塔が倒れる――」
気付いたときにはもう遅かった。
ガラガラガラ!
レンガ積みの壁が崩れる轟音と同時に、クロリンダの身体は窓の外へ投げ出された。
「ああ、囚われの美女はこうして儚い一生を終えるのね……」
死を覚悟してさえ目が覚めない彼女を、誰かが空中で抱きとめた。
「アタクシの王子様!? じゃないわ! くさっ!!」
「失礼なこと言うと落っことすぞ」
すごんだのはほこりと汗にまみれたイーヴォ。
「嫌ぁぁ、放してぇっ! こんな不潔な男性に抱きしめられるくらいなら、清らかに死んだ方がマシよ!」
「地面に激突して死んだら、脳みそも内蔵もまき散らすんですぜ、お嬢さん。なにが清らかなんだか……」
風魔法が不得意なイーヴォはふらふらしながら地上へ近づいてゆく。そのうしろでは北の塔が半分ほどでぽきりと折れ、上部が地面に落ちて瓦礫と化した。下半分もレンガ壁が崩れ落ち、内部の階段があらわになる。
「ア、アタクシは純潔を守りますわっ!」
「なに想像してんだよ。気持ち悪ぃ女だな」
イーヴォはげんなりした顔でクロリンダを地上に下ろすと、足元のトンネルに彼女を引きずり込んだ。
「ちょ、ちょっとぉ! 何すんのよぉ!」
クロリンダは暴れた。
「静かにしろよバカヤロー! 見つかったらまた幽閉されるぞ!」
「土の中よりマシよ!」
「んだとこのアマぁ! せっかく助けてやったのに!!」
「助けてくれた……?」
クロリンダは急におとなしくなって、ニコが土魔法で掘った穴にすべり下りた。ニコ自身もすでに洞窟の中で待機している。
「あなたたちまさか、幽閉されたアタクシを助けるためにこんなことを?」
「ほかに何があるってんだよ」
ぶっきらぼうなイーヴォの口調をどう解釈したのか、クロリンダは頬を赤らめた。
「ま、まあ! アタクシを救うために――」
「そうだ。お前に会うために王都から命からがら逃げてきたんだぜ」
イーヴォの言葉は事実だったが、クロリンダの誤解をさらに加速させた。
「ああ、どうしましょ! 庶民、ましてや竜人族なんてアタクシ絶対嫌ですのに! 困ってしまいますわ!」
「何に困ってんだか知らねぇが、依頼料はきっちり払ってもらおうと思ってな」
イーヴォとニコは、いまだクロリンダがサンタ・ラピースラ聖堂を破壊するよう命じたと信じている。
「慰謝料ですって!? アタクシ、あなたと婚約した覚えはありませんことよ」
「何の話だ?」
「婚約破棄の慰謝料のお話でございましょ?」
話の通じないクロリンダに、イーヴォはいら立って頭をボリボリと掻いた。
「キャーッ、汚い!」
「うるせーな! お前がごちゃごちゃ付けてる宝石の一つか二つよこせば済むんだよ!」
言うやいなやクロリンダの耳に両手を伸ばし、イヤリングを引っ張った。
「痛ぁぁい! どうしてそんな乱暴するんですの!? アタクシを愛しているのに!?」
「は? お前みてぇな年増、興味ねぇよ!」
奪ったイヤリングをポケットにねじ込むイーヴォに、
「きぃえぇぇっ! 本当はアタクシを好きなのに、どうして素直にならないのよ!!」
金切り声を上げたクロリンダがつかみかかった。
「痛ってぇ! 引っ掻きやがったな!」
「イーヴォさん、兵士たちが集まってきました!」
外をのぞいていたニコが報告すると、イーヴォはネックレスまで引きちぎって、
「よし、逃げるぞ!」
クロリンダを蹴り飛ばして出口へ飛びすさった。イーヴォのポケットからバラバラとこぼれ落ちる宝石を、ニコが必死で拾い集める。
「婚約者のアタクシを置いてどこへ行こうというの!?」
追いすがるクロリンダの手をイーヴォは何度もなぐるが、執念深い女の両手からのがれることはできない。
「放せよ、バカヤロー!」
「アタクシを愛していらっしゃるんでしょう!?」
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(なぜだっ!? 最強のはずの俺様が、女ごときを恐れている!?)
「アタクシたちの愛を裏切るなんて許せないっ!」
振り返ったイーヴォは、狂気じみたクロリンダの目を見て悲鳴をあげた。
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「ぎぃやぁぁぁあっ!!」
身も凍るような叫び声を穴ぐらに残して、イーヴォとニコは駆け出した。
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「イーヴォさん、追手が―― 下から逃げましょう!」
ニコは地面に片手をつくと、呪文を唱えた。
「穿隧道!」
アルバ公爵邸の手の者は、それ以上追っては来なかった。穴の中で大やけどを負って叫び続けるクロリンダを救出していたからだ。
「屋敷中、いや城下中のポーションを集めてくれ!」
隊長の命令に、公爵邸の私兵も使用人たちも走り回ることとなった。どんな怪我も一瞬で治せるレモネッラ嬢は、すでに旅に出てしまったから。
それはジュキエーレとレモネッラがスルマーレ島に着く六日ほど前のできごとだった。運命のいたずらか腐れ縁か、彼らの人生はまた交差することとなる。
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