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Ⅴ、敵は千二百年前の大聖女
エピローグ、その後のイーヴォたちとクロリンダ嬢
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五日後、俺とレモは多種族連合自治領の領都ヴァーリエに入った。ギルドに報告しに行くためでもあるし、レモが亜人族の都を見たがったのも理由の一つだ。ねえちゃんにかわいい彼女を自慢したい気持ちがないと言ったら嘘になるが――。
ちなみに魔術創作をギフトに持つレモが、水をあやつれる俺専用に「イメージするだけで、氷の刃で理想通りのスタイルにヘアカットできる呪文」を開発してくれたので、鬱陶しい長髪で旅しなくて済んだ。その場に応じて魔術を考え出せる彼女と、無尽蔵の精霊力を持つ俺が組めばマジで最強な気がする。
ギルドに足を踏み入れると、カウンター近くのテーブルに何やら人だかりができていた。
「イーヴォ・ロッシとニコラ・ネーリって、グレイトドラゴンズの二人じゃねえか!」
久しぶりに聞いたな、そのクソダサパーティ名。
「投獄だとよ。Fランクになってギルドから除名されて、どこに消えたかと思ったら――」
「罪人になってたとは落ちるとこまで落ちたな」
好奇心から近づいてみると、汗臭い冒険者たちが頭を寄せ合って新聞を読んでいた。興味を持ったら待てないレモが果敢に挑む。
「みなさま、ごきげんよう」
場違いなあいさつに、振り返った男たちが固まった。
「な、なんでここにこんな美少女が――」
「どこからわいたんだ、このお嬢様」
女性の冒険者も見かけるとはいえ、やはり本物の公爵令嬢は目立つ。
「わたくし聖ラピースラ王国アルバ公爵家のレモネッラですわ。その記事に書かれている事件の関係者ですの。見せてくださらない?」
素性を隠す気のまったくないレモに、順番待てよと思いつつ、俺も読みたいので黙っておく。
「おいおい嬢ちゃん、見返りはナニで支払ってくれるのかなぁ?」
品のない男がレモの肩に手を置いた瞬間、俺は無言で精霊力を使った。
「あちぃっ!」
頭から熱湯をかぶった男は飛びすさり、テーブルの下でうずくまる。
「俺の許可なくレモネッラ嬢に触れるな」
白いマントの中に彼女の肩を抱き寄せつつ、新聞をのぞきこんだ。
<竜人族の男二人、聖ラピースラ王国で投獄される
今月十一日未明、聖ラピースラ王国のサンタ・ラピースラ聖堂が襲撃を受けた。王国は竜人族のイーヴォ・ロッシ(19)とニコラ・ネーリ(18)を現行犯逮捕したと発表しており、二人は現在王城地下牢に投獄されている模様。王国当局によると、二人は犯行動機について同王国アルバ公爵家クロリンダ嬢の命令だったと主張しているが、確認は取れていない。ただし二人がクロリンダ嬢の護衛として雇われていたことは事実で、アルバ公爵家ではこの事件を重く見て、クロリンダ嬢を屋敷内の北の塔に百日間幽閉するとしている。
聖堂再建の目処は立っておらず、焼け跡からは二つに割れた瑠璃石が見つかった。聖魔法教会ラピースラ派では、この瑠璃石の中に千二百年前の大聖女が眠っていると信じられており、信仰の対象であった。国王は取り急ぎ、瑠璃石を安置するための礼拝堂を建てると布告した。
なお聖堂と瑠璃石の破壊を受け、国王と現聖女が聖女システムの休止を公布した。再開時期については言及されていない。同王国では代々聖女が第一王子に嫁ぐ習慣があったが、この決定を受けクラウディオ王太子が、次期聖女候補であったアルバ公爵家レモネッラ嬢との婚約破棄を発表。さらに王太子の妹君である王女の侍女であった男爵令嬢ポッペーアとの婚約を発表した>
記事を読み終えたレモの第一声は、
「指名手配されてなくて良かったわ」
さして気にもしていない口調。
「本当だよ!」
俺の返事には感情がこもりまくってるというのに。
お手付きの侍女を王太子妃に迎えられるなら悪い話じゃないってことで、クラウディオ王太子には見逃してもらえたんだろう。不眠症の国王が魔法で寝入ってくれてたのは幸運だった。
「イーヴォとニコはしっかり捕まったみたいね。一匹、悪賢いのが逃げたみたいだけど」
「だな。まあイーヴォが牢獄に入っていてくれりゃあ安心かな。さすがに王都の地下牢は脱走できねぇだろうし」
このときの俺は、自分で思いっきりフラグを立ててたことなんか知るはずもなかった。
にわかに表の通りが騒がしくなる。
「帰ったぞー!」
聞き覚えのある声に首を伸ばすと、広場に停まった馬車から降りてきたのはギルドマスターのマウリツィオさん、うしろに続くのはなんとうちのねえちゃん、それから最後に見慣れない黒い服をまとった口髭の男が続く。
新聞から顔を上げた冒険者たちが、
「ギルマス、鑑定用水晶の見定めに帝都まで出張してたんだっけ」
「ああ、シロヘビちゃん――じゃねぇ、シロヘビ様がお壊しになられたからな」
バンダナを巻いた男が、ちらっとこちらを見やる。魔力量二十万越えってなぁ怖いんだろうな。
「ったく働き始めてまだ一年半のねえちゃんを連れてくなんて……」
俺がもらした不満の声を耳にはさんだレモ、
「ええっ!? ジュキのお姉さん!?」
驚きの声を上げて背伸びし、通りの方を見ようとする。マウリツィオさんが紳士らしい仕草で、馬車から降りる姉をエスコートしているところだ。
「あの無精ひげのオジサン、ジュキのお姉さんのこと気に入ってるみたいね」
「ええっ!?」
俺の驚愕の声が聞こえたのか、姉がギルドの入り口から目ざとく俺を見つけた。テーブルにひじをついたり地図をのぞき込んだりと、たむろする冒険者たちの横をすり抜けて、
「ジュキちゃんも帰ってたのね!」
「今着いたとこだよ」
「はじめまして。ジュキエーレさんと旅をしている者です」
レモがきっちりとあいさつして、右手を差し出す。姉はその手をほほ笑んで握りながら、
「アンジェリカよ。ここ、ヴァーリエ冒険者ギルドで受付をしているわ」
「聖ラピースラ王国アルバ公爵家のレモネッラです。ジュキエーレさんと婚約させていただいております」
「うええぇぇええぇっ!?」
姉アンジェリカが上げた大声は、俺やレモの驚愕の声をはるかにしのぐ叫び声だった。
レモと姉が何やら話しこみ始めたところで、ほかのギルド職員と気軽なあいさつを交わしていたギルマスが俺のほうへ歩いてきた。
「ジュキエーレくん、きみの美しい銀髪を提供してくれて助かったよ。高く売れたおかげで、予定より鑑定最大値の大きな水晶が買えたんだ――」
魔力を帯びた魔物の角や魔獣の毛皮は、防具や防御機能を付与した服の素材として人気がある。俺の銀髪は、聖獣ホワイトドラゴンの鬣みてぇなもんなんだろう。とはいえ自分の髪が誰かの服になっていたら嫌すぎるんだけど……
マウリツィオさんは話しながらさりげなく、俺をカウンターの中へ手招きした。なんだろう? と思いつつ、ついてゆく俺。
「あ、俺も新しい水晶で鑑定を――」
「君は水晶に近付かせないから」
なんなんだよ。
ギルマスはカウンターの下から綿紙の束を出し、俺に見せるような仕草をする。が、のぞくとその紙は白紙である。
「魔素材は加工すると効果が落ちるから染めることもできないが、君の精霊力がこもった髪はそのままで輝かしい銀糸だから――」
行動と関係ない話をするギルマスに、俺は彼が誰かを警戒しているんだと気付いた。
「――帝都の奥方様や贅沢な聖職者に大人気だろうと高値が付いたんだよ」
そこまで話して、彼は急に声を小さくした。
「あの男をきみの竜眼で見てほしい」
視線はカウンターに落としたまま。だが俺はすぐに、馬車から降りてきた黒い服の口髭男だと察した。マウリツィオさんは声をひそめたまま、
「僕の鑑定がはね返されたんだ。人間相手にこんなことは初めてだから」
マウリツィオさん、許可なく他人の魔力量やギフトを見てるんだなぁと思いつつ、俺は服の下で竜眼をひらいた。
「なんだあれ……」
ぞっとして思わず身震いする俺に、
「何が見えたんだ?」
声を硬くするマウリツィオさん。
「あの男の周りだけ霧がかかったみたいに黒いもやが見える……。その形が―― 背中から左右に二本ずつ手が生えてるみたいな……本人の腕とあわせて六本――」
冒険者のグループと談笑していた口髭男がこちらへやってきたので、俺は慌てて笑顔を作った。男はマウリツィオさんに片手をあげて、
「ヴァーリエまで乗せていただいて助かりました」
「いやこちらこそ。気前よく支払っていただいて」
金受け取って乗せてたのか……。
「それでは予定通り、私はスルマーレ島のルーピ伯爵のもとへ向かいます」
ルーピ伯爵は多種族連合自治領内の一角を治める狼人族の領主だ。だがその名を聞いた途端、レモがハッとしてこちらを振り返った。その視線を受け止めた口髭の男は、レモの頭からつま先までを不躾にながめ、
「ほほーう、あなたがアルバ公爵家のレモネッラ嬢ですか。お会いできて光栄です」
冷ややかな声で言った。
「え…… どちらさま?」
きょとんとするレモに冷笑を向けただけで、男はギルドから出て行った。
「不気味な男……。ルーピ伯爵のところへ何しに行くのかしら?」
不安げに通りを見つめるレモの問いに答えたのはアンジェリカだった。
「スルマーレ島で開催されるルーピ伯爵家主催の魔術剣大会に参加するんですって。なんでも優勝者には聖剣と、伯爵家令嬢ユリア様と婚約する権利が与えられるそうよ」
「聖剣!?」
「ユリアと!?」
俺とレモは同時に叫んでいた。一瞬顔を見合わせた俺たちだが、また一緒に口を開いた。
「聖剣って、ドラゴネッサばーちゃんの封印を解いてあげられるかもしれねぇ――」
「ユリアは帝都の学園にいるはずよ!? 本人のいないところで婚約者決めなんて――」
「二人いっぺんにしゃべらないでよ!」
さえぎる姉に俺は説明をこころみる。
「ダンジョン『古代神殿』の最下層で、俺たちの祖先にあたるドラゴンが氷の鎖につながれてるって話したでしょ!? 聖剣を持って来ればいましめを解けるって、ばーちゃん言ってたんだよ!」
しかし俺と同様、レモも早口でまくし立てた。
「ユリア・ルーピ伯爵令嬢は、私が通っていた帝都の魔法学園で唯一慕ってくれた後輩なの! それなのに――」
俺たちの声が重なった。
「「さっきのあいつが」」
「聖剣を」
「ユリアを」
「「ねらってる!?」」
俺たちは見つめ合ってうなずいた。
「次の行き先が決まったな!」
「ルーピ伯爵領へ出発よ!」
そんなわけで俺たちは、縦横無尽に運河が走るスルマーレ島を目指して旅立つこととなった。
千年以上前に干潟を埋め立てて作られた小さな人工島を舞台に、瘴気をまとう男と俺たちの戦いが幕を開ける。帝都からやってきたこの男のうしろには、闇に落ちた大聖女ラピースラ・アッズーリの存在が蠢いていたことを、俺はやがて知ることになるのだった。
【精霊王の末裔 ~第一章 聖女編~ 完】
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続いて ~第二章 聖剣編~ の投稿を開始します! またジュキたちと一緒に冒険の旅を楽しんでいただけたら嬉しいです。
第二章ではレモと違うタイプのヒロイン ユリアも登場します!
(カクヨムアカウントをお持ちの方、本作『精霊王の末裔』を気に入っていただけたら、★レビューと作品フォローでカクヨムコン応援お願いします!!)
ちなみに魔術創作をギフトに持つレモが、水をあやつれる俺専用に「イメージするだけで、氷の刃で理想通りのスタイルにヘアカットできる呪文」を開発してくれたので、鬱陶しい長髪で旅しなくて済んだ。その場に応じて魔術を考え出せる彼女と、無尽蔵の精霊力を持つ俺が組めばマジで最強な気がする。
ギルドに足を踏み入れると、カウンター近くのテーブルに何やら人だかりができていた。
「イーヴォ・ロッシとニコラ・ネーリって、グレイトドラゴンズの二人じゃねえか!」
久しぶりに聞いたな、そのクソダサパーティ名。
「投獄だとよ。Fランクになってギルドから除名されて、どこに消えたかと思ったら――」
「罪人になってたとは落ちるとこまで落ちたな」
好奇心から近づいてみると、汗臭い冒険者たちが頭を寄せ合って新聞を読んでいた。興味を持ったら待てないレモが果敢に挑む。
「みなさま、ごきげんよう」
場違いなあいさつに、振り返った男たちが固まった。
「な、なんでここにこんな美少女が――」
「どこからわいたんだ、このお嬢様」
女性の冒険者も見かけるとはいえ、やはり本物の公爵令嬢は目立つ。
「わたくし聖ラピースラ王国アルバ公爵家のレモネッラですわ。その記事に書かれている事件の関係者ですの。見せてくださらない?」
素性を隠す気のまったくないレモに、順番待てよと思いつつ、俺も読みたいので黙っておく。
「おいおい嬢ちゃん、見返りはナニで支払ってくれるのかなぁ?」
品のない男がレモの肩に手を置いた瞬間、俺は無言で精霊力を使った。
「あちぃっ!」
頭から熱湯をかぶった男は飛びすさり、テーブルの下でうずくまる。
「俺の許可なくレモネッラ嬢に触れるな」
白いマントの中に彼女の肩を抱き寄せつつ、新聞をのぞきこんだ。
<竜人族の男二人、聖ラピースラ王国で投獄される
今月十一日未明、聖ラピースラ王国のサンタ・ラピースラ聖堂が襲撃を受けた。王国は竜人族のイーヴォ・ロッシ(19)とニコラ・ネーリ(18)を現行犯逮捕したと発表しており、二人は現在王城地下牢に投獄されている模様。王国当局によると、二人は犯行動機について同王国アルバ公爵家クロリンダ嬢の命令だったと主張しているが、確認は取れていない。ただし二人がクロリンダ嬢の護衛として雇われていたことは事実で、アルバ公爵家ではこの事件を重く見て、クロリンダ嬢を屋敷内の北の塔に百日間幽閉するとしている。
聖堂再建の目処は立っておらず、焼け跡からは二つに割れた瑠璃石が見つかった。聖魔法教会ラピースラ派では、この瑠璃石の中に千二百年前の大聖女が眠っていると信じられており、信仰の対象であった。国王は取り急ぎ、瑠璃石を安置するための礼拝堂を建てると布告した。
なお聖堂と瑠璃石の破壊を受け、国王と現聖女が聖女システムの休止を公布した。再開時期については言及されていない。同王国では代々聖女が第一王子に嫁ぐ習慣があったが、この決定を受けクラウディオ王太子が、次期聖女候補であったアルバ公爵家レモネッラ嬢との婚約破棄を発表。さらに王太子の妹君である王女の侍女であった男爵令嬢ポッペーアとの婚約を発表した>
記事を読み終えたレモの第一声は、
「指名手配されてなくて良かったわ」
さして気にもしていない口調。
「本当だよ!」
俺の返事には感情がこもりまくってるというのに。
お手付きの侍女を王太子妃に迎えられるなら悪い話じゃないってことで、クラウディオ王太子には見逃してもらえたんだろう。不眠症の国王が魔法で寝入ってくれてたのは幸運だった。
「イーヴォとニコはしっかり捕まったみたいね。一匹、悪賢いのが逃げたみたいだけど」
「だな。まあイーヴォが牢獄に入っていてくれりゃあ安心かな。さすがに王都の地下牢は脱走できねぇだろうし」
このときの俺は、自分で思いっきりフラグを立ててたことなんか知るはずもなかった。
にわかに表の通りが騒がしくなる。
「帰ったぞー!」
聞き覚えのある声に首を伸ばすと、広場に停まった馬車から降りてきたのはギルドマスターのマウリツィオさん、うしろに続くのはなんとうちのねえちゃん、それから最後に見慣れない黒い服をまとった口髭の男が続く。
新聞から顔を上げた冒険者たちが、
「ギルマス、鑑定用水晶の見定めに帝都まで出張してたんだっけ」
「ああ、シロヘビちゃん――じゃねぇ、シロヘビ様がお壊しになられたからな」
バンダナを巻いた男が、ちらっとこちらを見やる。魔力量二十万越えってなぁ怖いんだろうな。
「ったく働き始めてまだ一年半のねえちゃんを連れてくなんて……」
俺がもらした不満の声を耳にはさんだレモ、
「ええっ!? ジュキのお姉さん!?」
驚きの声を上げて背伸びし、通りの方を見ようとする。マウリツィオさんが紳士らしい仕草で、馬車から降りる姉をエスコートしているところだ。
「あの無精ひげのオジサン、ジュキのお姉さんのこと気に入ってるみたいね」
「ええっ!?」
俺の驚愕の声が聞こえたのか、姉がギルドの入り口から目ざとく俺を見つけた。テーブルにひじをついたり地図をのぞき込んだりと、たむろする冒険者たちの横をすり抜けて、
「ジュキちゃんも帰ってたのね!」
「今着いたとこだよ」
「はじめまして。ジュキエーレさんと旅をしている者です」
レモがきっちりとあいさつして、右手を差し出す。姉はその手をほほ笑んで握りながら、
「アンジェリカよ。ここ、ヴァーリエ冒険者ギルドで受付をしているわ」
「聖ラピースラ王国アルバ公爵家のレモネッラです。ジュキエーレさんと婚約させていただいております」
「うええぇぇええぇっ!?」
姉アンジェリカが上げた大声は、俺やレモの驚愕の声をはるかにしのぐ叫び声だった。
レモと姉が何やら話しこみ始めたところで、ほかのギルド職員と気軽なあいさつを交わしていたギルマスが俺のほうへ歩いてきた。
「ジュキエーレくん、きみの美しい銀髪を提供してくれて助かったよ。高く売れたおかげで、予定より鑑定最大値の大きな水晶が買えたんだ――」
魔力を帯びた魔物の角や魔獣の毛皮は、防具や防御機能を付与した服の素材として人気がある。俺の銀髪は、聖獣ホワイトドラゴンの鬣みてぇなもんなんだろう。とはいえ自分の髪が誰かの服になっていたら嫌すぎるんだけど……
マウリツィオさんは話しながらさりげなく、俺をカウンターの中へ手招きした。なんだろう? と思いつつ、ついてゆく俺。
「あ、俺も新しい水晶で鑑定を――」
「君は水晶に近付かせないから」
なんなんだよ。
ギルマスはカウンターの下から綿紙の束を出し、俺に見せるような仕草をする。が、のぞくとその紙は白紙である。
「魔素材は加工すると効果が落ちるから染めることもできないが、君の精霊力がこもった髪はそのままで輝かしい銀糸だから――」
行動と関係ない話をするギルマスに、俺は彼が誰かを警戒しているんだと気付いた。
「――帝都の奥方様や贅沢な聖職者に大人気だろうと高値が付いたんだよ」
そこまで話して、彼は急に声を小さくした。
「あの男をきみの竜眼で見てほしい」
視線はカウンターに落としたまま。だが俺はすぐに、馬車から降りてきた黒い服の口髭男だと察した。マウリツィオさんは声をひそめたまま、
「僕の鑑定がはね返されたんだ。人間相手にこんなことは初めてだから」
マウリツィオさん、許可なく他人の魔力量やギフトを見てるんだなぁと思いつつ、俺は服の下で竜眼をひらいた。
「なんだあれ……」
ぞっとして思わず身震いする俺に、
「何が見えたんだ?」
声を硬くするマウリツィオさん。
「あの男の周りだけ霧がかかったみたいに黒いもやが見える……。その形が―― 背中から左右に二本ずつ手が生えてるみたいな……本人の腕とあわせて六本――」
冒険者のグループと談笑していた口髭男がこちらへやってきたので、俺は慌てて笑顔を作った。男はマウリツィオさんに片手をあげて、
「ヴァーリエまで乗せていただいて助かりました」
「いやこちらこそ。気前よく支払っていただいて」
金受け取って乗せてたのか……。
「それでは予定通り、私はスルマーレ島のルーピ伯爵のもとへ向かいます」
ルーピ伯爵は多種族連合自治領内の一角を治める狼人族の領主だ。だがその名を聞いた途端、レモがハッとしてこちらを振り返った。その視線を受け止めた口髭の男は、レモの頭からつま先までを不躾にながめ、
「ほほーう、あなたがアルバ公爵家のレモネッラ嬢ですか。お会いできて光栄です」
冷ややかな声で言った。
「え…… どちらさま?」
きょとんとするレモに冷笑を向けただけで、男はギルドから出て行った。
「不気味な男……。ルーピ伯爵のところへ何しに行くのかしら?」
不安げに通りを見つめるレモの問いに答えたのはアンジェリカだった。
「スルマーレ島で開催されるルーピ伯爵家主催の魔術剣大会に参加するんですって。なんでも優勝者には聖剣と、伯爵家令嬢ユリア様と婚約する権利が与えられるそうよ」
「聖剣!?」
「ユリアと!?」
俺とレモは同時に叫んでいた。一瞬顔を見合わせた俺たちだが、また一緒に口を開いた。
「聖剣って、ドラゴネッサばーちゃんの封印を解いてあげられるかもしれねぇ――」
「ユリアは帝都の学園にいるはずよ!? 本人のいないところで婚約者決めなんて――」
「二人いっぺんにしゃべらないでよ!」
さえぎる姉に俺は説明をこころみる。
「ダンジョン『古代神殿』の最下層で、俺たちの祖先にあたるドラゴンが氷の鎖につながれてるって話したでしょ!? 聖剣を持って来ればいましめを解けるって、ばーちゃん言ってたんだよ!」
しかし俺と同様、レモも早口でまくし立てた。
「ユリア・ルーピ伯爵令嬢は、私が通っていた帝都の魔法学園で唯一慕ってくれた後輩なの! それなのに――」
俺たちの声が重なった。
「「さっきのあいつが」」
「聖剣を」
「ユリアを」
「「ねらってる!?」」
俺たちは見つめ合ってうなずいた。
「次の行き先が決まったな!」
「ルーピ伯爵領へ出発よ!」
そんなわけで俺たちは、縦横無尽に運河が走るスルマーレ島を目指して旅立つこととなった。
千年以上前に干潟を埋め立てて作られた小さな人工島を舞台に、瘴気をまとう男と俺たちの戦いが幕を開ける。帝都からやってきたこの男のうしろには、闇に落ちた大聖女ラピースラ・アッズーリの存在が蠢いていたことを、俺はやがて知ることになるのだった。
【精霊王の末裔 ~第一章 聖女編~ 完】
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続いて ~第二章 聖剣編~ の投稿を開始します! またジュキたちと一緒に冒険の旅を楽しんでいただけたら嬉しいです。
第二章ではレモと違うタイプのヒロイン ユリアも登場します!
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