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Ⅳ、闇に落ちた元聖女

44、イーヴォたちの実力は、か弱い令嬢レベル?

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「どうした? 噴水に何か落ちてきたぞ!」

 噴水に駆け寄ろうとする魔術兵たちに、レモはテラスから大声を出した。

「ごめんなさーい! 大きなハエが出ましたのーっ! 撃退しようと思って植木鉢を投げたら飛んで行っちゃった。てへっ」

 いや、そんな言い訳が通るはず――

「ああ、レモネッラ様でしたか」

 納得しやがった。

「まったくあのお嬢様、魔力障壁がなくなった途端これだよ」

 などとぶつくさ言いながら、兵士たちは去って行った。レモの屋敷内での扱いって一体……

「あの人たち噴水から上がってこないけど、死んだのかしら?」

 中庭を見下ろしながら、かわいい声で怖いことを言うレモに答えたのはサムエレだった。

「ニコラくんは土魔法が得意です。下から逃げたんでしょう」

「あら。噴水の底に穴をあけたってこと? それは困るわね。まいっか」

 良くないだろ……。そういえばサムエレはなんでここに残ってるんだ? 邪魔くさそうに見下ろした俺の視線に気づいたのか、身を隠すようにテラスの陰にあぐらをかいていたサムエレが口を開いた。

「レモネッラ様、あなたは彼らをめようとしていますね?」

「なんのことかしら?」

 とりあえずシラを切るレモ。

「聖堂を破壊したらこの国では重罪人になる。命じたのがクロリンダ様と知れれば、たとえ公爵令嬢でもおとがめなしとはいかないでしょう。でも僕は――」

 サムエレは顔をあげ、まっすぐレモを見つめた。整った顔立ちが月明かりに浮かび上がる。

「彼らが獄につながれてくれた方が都合がいい」

 口もとに冷笑を浮かべる彼のブロンドを夜風がゆらした。くせっ毛の俺がうらやむストレートヘアが、ふわりと風を含んで広がった。

「彼らが聖堂を破壊し始めたら、僕は王都の衛兵に通報する役を演じましょう。なぁに、僕はいつも後方支援です。彼らには見張りをしているとでも言っておけばいい」

「そうね」

 レモは低い声で答えた。

「第一発見者がいてくれたほうが確実ね」

「――という働きに免じて僕に報酬を払って下さいますか? さもなければ彼らにあなたの計画を話してしまうかも……」

 こいつ……、レモをゆすりだした。ガキの頃から知恵ばかり回って、油断のならないヤツだった。

「はいはい」

 レモはため息ひとつ、小首をかしげてイヤリングをはずす。

「いいのかよ、レモ」

 俺は心配になって尋ねた。

「そんなに気前よく色々あげちまって」

「だって必要ないでしょ?」

 ひとそろえの真珠パールのイヤリングをサムエレの手のひらに落としながら、

「私は夢に見た冒険者になるんだから!」

 確かに瑠璃石を破壊して多種族連合ヴァリアンティに逃げるなんてことになったら、彼女は公爵令嬢としての生活には戻れないのか? いや、お忍びの馬車で行くし、イーヴォたちを身代わりにするし、王妃殿下や巫女さんたちがロジーナ公爵夫人側について黙っていてくれれば戻れそうな気がするけどな……

「ジュキ、私と一緒に旅してくれる?」

 ちょっと不安そうなまなざしで、レモは俺を見上げた。その愛らしさに俺の思考は吹っ飛んだ。

「もちろん!」

 即答して彼女の小さな手を両手で包み込む。

「嬉しいわ!」

 はじける笑顔がまぶしい。

「二人で世界の果てまで行こう!」

 俺は彼女の肩をぎゅっと抱きしめた。

「ちっ」

 サムエレが思いっきり舌打ちする。こいつ早く帰ってくんねぇかな。

 蚊帳かやの外のサムエレを無視して身を寄せ合う俺たちの耳に、下からボコッという変な音が聞こえた。

「おーい、サムエレ。早く来いよ」

 まさかのイーヴォたちだ。堂々とサムエレの名前を呼ぶとか、警戒心がないのだろうか。

「では、おいとまいたします。レモネッラ様」

 サムエレはレモにきちっと礼をすると、空中遊泳の呪文を唱えだした。俺にはあいさつなしかよ。

空揚翼エリアルウィングス

 ふわりと浮かび上がり、テラスの手すりを越えようというとき、彼は振り返って俺をにらんだ。

「ジュキエーレくん、きみは爆発しろ」

 なんだこいつ。最後まで俺をイラっとさせて、鬱陶しいうしろ姿はようやく消えてくれた。

 レモは安堵のため息をつきながら、ガラス戸を閉めた。

「たまたまアクセサリーを身につけていたのが役立ったわ」

「そういえばレモ、いつもはつけてないもんな」

「そうよ。今日はジュキの演奏会だったから、おしゃれしてたの!」

 恥じらうようにほほ笑む彼女が、この上なくかわいらしい。

「似合ってたよ。素敵だった」

 いとおしさがこみあげて、俺はまた彼女の髪にふれる。本当はもっと色々ふれたいけれど――。

「ジュキも素敵だったわ! 今日はきみの美しい歌声がいっぱい聴けて、私とっても幸せだった!」

 少女の頬は紅潮し、大きな瞳はきらきらと輝いた。

「ジュキって……、公爵家の魔術兵が束になってかかっても歯が立たないくらい強いのに、素晴らしい芸術家だなんて本当にかっこいいと思うの!」

「えっ、うわ、ありがと――」

 褒められ慣れていない俺は、しどろもどろになる。

「なのにあの熊はなに!? ジュキと戦ってぼろ負けしたくせに!」

 レモがいきなり気炎を吐き始めた。俺、熊なんかと戦ったっけ!? 思い当たるヤツは一人しかいない。

「イーヴォ・ロッシ?」

「ジュキが役立たずならあの熊は生ゴミ? 粗大ゴミ? ただの欠陥品かしら?」

 名前を覚える気はないらしい。

「ジュキはやさしすぎるの。私だったら絶対言い返してるわ」

 言い返すどころか風属性の肉体強化魔法でぶっ飛ばしてたけどな。

 レモは戸棚からハーブティーの入った容器を出しながら、

「寝る前にカモミールティーでも飲みましょ」

 とほほ笑んだ。俺は熱い湯を出す術で彼女を手伝いながら、

「イーヴォは超ポジティブだから、俺に負けても夢でも見たと思ってるんだろ」

「それはポジティブじゃなくてバカって言うのよ」

 相変わらず容赦ない。

 猫足の白いテーブルまで、銀のお盆に乗ったポットとカップを運びながら、俺は本音をもらした。

「実力を隠しておいたほうが、めんどくさくないってのがあるんだよ。役に立つって分かったら、無理やりパーティに引きずり込もうとするんだ、あいつは」

「あの眼鏡くんは、そういう立場ってことね」

 さすが理解が早いレモ。彼女が慣れた手つきでカップにハーブティーをそそぐと、甘くてやさしい湯気がふわっと広がった。

「あの熊とネズミびっくりするほど弱っちいから、ちゃんと聖堂を攻撃できるか心配になってきたわ」

「ネズミって……。ニコラ・ネーリ?」

 黒髪でチビだからネズミなのかな? 無駄にでかいイーヴォと、高身長ですらりとしたサムエレにはさまれてるから小さく見えるだけで、実際は俺と変わらないんだけど。

 俺はカップを口もとに運びながら、

「ま、平気だろ。モンスターみてぇにあまり動かない対象には強いから、建物が相手なら問題ねぇよ」

「あまり動かない……?」

 レモがまじまじと俺の顔を見た。カップを持ち上げた手が、中途で止まっている。

「ん?」

 きょとんとする俺に、レモは飲もうとしたハーブティーをソーサーに戻して、早口でまくし立てた。

「モンスターって普通、素早いでしょ!? 私が知ってるのは魔法学園の課外学習で行った瘴気の森くらいだけど、野生動物をうんと凶暴にしたような奴らだったわよ!」

「俺らが戦ってきたモンスターはいつも、ふらついて半分寝てるみたいだったぜ? 性格もおとなしそうで、魔石のために倒すのがかわいそうなときもあったな」

「まさかそれ――」

 この夜レモに指摘されて初めて、俺たちのパーティが戦ってきたのは、俺のギフト<歌声魅了シンギングチャーム>で状態異常になったモンスターばかりだったことに気が付いた。イーヴォとニコが強いわけじゃなかったのだ! 魔力無しだった俺は補助魔法さえ使えなかったから考えもしなかったが、俺の後方支援あってこそのSランクパーティ「グレイトドラゴンズ」だったわけだ。

「じゃあ、あいつらの実力って――」

 俺は乾いた声でつぶやいた。

「魔法学園に入学したての、か弱い令嬢ってとこね」

 レモがフンと鼻でわらった。



 翌朝、王都からハーピー便が戻ってきて、俺たちはいよいよ聖堂に向けて旅立つこととなった。



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「イーヴォたち、まじで弱かったんだなあ・・・」
「聖堂で何か起こるのか!?」

等々、続きが気になりましたらしおりをはさんでお待ちください☆ 次話、ジュキが女装します笑


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