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Ⅲ、身分も種族も超えて二人は惹かれあう

26、その夜、恋が始まった

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 明るい。ここはどこだ?

 痛みが消えている。全身が羽のように軽い。

 俺は死後の世界に導かれたのだろうか――?

 ゆっくりと目を開けると、自分の身体が白い光に包まれていることが分かった。

「まぶしい……」

 声も出るな――。なんかふかふかしたところに寝かされているような……。

「ジュキ―― 良かった。目あけてくれた」

 細い指がそっと俺の頬をなでた。彼女の両手から放たれていた白い光が、ゆっくりと収束してゆく。

「レモ……?」

 俺を見下ろす彼女の額にはうっすらと汗がにじみ、ピンクブロンドのおくれ毛が張り付いている。頬にはいくつも涙の痕が残っていた。

「ごめんね」

 レモは涙にぬれた目を細め、慈愛のほほ笑みを浮かべた。その指が俺の銀髪をやさしくとかす。

「私を助けてくれてありがと」

 そのとき俺はハッとした。慌てて両手で顔をおおう。

「ローブは? ベールは?」

「ごめんなさい。庭の土と血で汚れちゃったから脱がせてしまって――」

 俺は急いで半身を起こし自分の胸を見下ろす。竜眼ドラゴンアイは閉じていたが、肩から生えた角と背中の翼が視界に入った。

「う、うああ……」

 混乱してとっさにうずくまり、両手で自分の肩を抱いた。

「ちょっとジュキ、起き上がって大丈夫!?」

 俺を支えようとレモの腕が伸びてきたのが、目を閉じていても分かった。

「どこも痛まない?」

 両ひざに顔をうずめた俺の翼を、レモの手のひらがすべる。彼女の細い両腕が俺を抱きしめると、薔薇のような甘い香りにふんわりと包まれた。

「どこか痛いところがあったら言って? 回復魔法かけるから」

 耳元でささやいて、彼女は俺をあやすようにゆっくりと頭をなで続けてくれた。彼女の身体のやわらかさとあたたかさを感じているうちに、俺はだんだん落ち着いてきた。ドラゴンの姿を見られて取り乱していたのは俺だけで、レモはいつもと変わらぬ口調で話しかけてくれている。

「魔法?」

 俺はハッとして顔をあげた。

「魔法、使えるようになったの? 魔術師たちの魔力障壁は?」

「あ……」

 彼女は驚いたように一瞬動きを止めた。それからにっと笑った。

「必死になったらいけたわ!」

 だが親指を立てたレモはやつれている。ベッド脇の燭台でゆらめくロウソクの明かりが、彼女の額に光る汗に反射する。

「ごめん。無理させてた……」

「そんなことないわよ! お姉様に呼ばれてほとんどの魔術師たちがお母様の部屋に集まったでしょ? だから結界も弱まったみたい」

 少し冷静になってあたりを見回すと、俺はレモの大きなベッドに寝かされていた。彼女はベッド脇に猫足の椅子を持ってきて、その上に座って俺を看病してくれていた。

「それに応急処置は下でかけたから平気よ。命を張って助けてくれたジュキに比べたら、私なんて全然――」

 本棚には風魔法の魔術書がたくさん並んでいたし、彼女は風の術を操って俺をここまで運んでくれたのだろう。

「本当にジュキを助けられてよかったわ。私生まれて初めて、聖魔法を与えてくれた神様に感謝したもの」

 普段通りの明るい笑顔を見せて、彼女は白いうろこにおおわれた俺の腕をゆっくりとなでていた。初めて会った日に、俺が彼女にしたように。

「ほんとに綺麗――」

 レモがぽつんとつぶやいた。この身を隠そうと、シーツを引き上げようとしていた手が止まった。

「やっぱりお姉様は大嘘つきだったわね!」

 勝ち誇ったように笑ったレモの目が、俺をまっすぐ見た。初めて、彼女と目があった。これまでずっと俺が顔を隠していたから。

 彼女の明るい茶色をした瞳の中に、ロウソクの炎がちらちらと燃えている。その目は大きく透き通っていて、とても魅力的だ。

「ジュキ―― なんて綺麗な人……。きみの瞳ってエメラルドみたい。お姉様が持っているどんな宝石より美しく輝いているわ」

 まるで俺の歌声を聴いたときみたいにうっとりとみつめる視線に、俺は居心地が悪くなって目をそらした。

「あんたみてぇな美人にそんなこと言われちゃあかなわないよ」

「えっ、ちょっ、何言って――」

 褒められ慣れてるのかと思いきや、まさかの挙動不審。

「――や、えっと、ありがとっ!」

 真っ赤になってうつむいてしまった。優秀で美人な貴族の娘さんなのに、意外なほどかわいい反応が返ってきて、俺は思わずクツクツと笑いをこぼした。

「なによぉ。いきなりそんなこと言われたらびっくりするでしょ?」

 ふくれっつらするレモがかわいくて、そのつややかなピンクブロンドの髪に指をすべらせる。

「でへへっ」

 デレデレと相好を崩すレモ。聖ラピースラ王国の聖女候補なのに、ホワイトドラゴンの翼を生やした俺にふれられてもまったく抵抗がないらしい。

「あのさ――、俺の目玉、見ただろ?」

 気になることを訊いてみる。

「めだまぁ?」

 呆けた表情で俺の両眼をのぞきこんできた。

「そっちじゃなくて」

 きょとんと首をかしげていたが、ややあって理解したらしい。

「あ。金色のほうね?」

 俺は無言でうなずいた。俺自身、初めてこいつを見たときはビビったんだ。彼女だっておびえると思ったんだが――

「はいはい見たわよー。胸におめめがついてるから首から上になかったらやだなと思ったら、ちゃんと綺麗なのがついててよかったわよ~」

 なんか感想がずれてないか、この…… 俺のねえちゃんといい、レモの母さんといい意外と女性って肝が据わってんのか。いや、俺がビビリなだけ?

「ふふっ、しかも思った以上にかわいい顔してるし!」

 反応に困るからねえちゃんみてぇなこと言わないでくれ! 耳が熱くなるのを感じながら、俺は話題を変えた。

「そういえばレモ、なんでテラスの手すりに座ってたんだ?」

「庭にいた見張りが、お姉様の一声で屋敷の中に入って行ったから、外に出ようとしたの。外からお母様の部屋に入って回復魔法を使いたかったんだけど、ここ三階でしょ? 風魔法使わなきゃ移動できないじゃない」

「それで魔力障壁の及ばないテラスに出たってことか」

「それが、部屋から出れば魔法が使えると思ったんだけど、テラスはまだ結界内だったのよ。結界外に出ようと身を乗り出してたら――」

「俺が来たってわけか。危ないことするなよ!」

 つい口調が強くなる。

「ごめんなさい」

 意外にもレモは素直にあやまった。

「ジュキまでこんな危険な目に遭わせて――」

 うつむいたレモの頬に涙が伝った。

「お、おい……」

 俺は慌てた。自分が上半身裸なのも忘れて彼女の肩を抱き寄せる。

「そんな、俺は責めてねぇよ?」

 俺の腕の中で、レモはふるふると首を振った。

「地面に激突したジュキの頭から、ぶわーって血の海が広がったの。怖かった。一瞬頭が真っ白になった」

 彼女は俺の胸に顔をうずめた。今は閉じているけれど、竜眼ドラゴンアイの切れ目が入った白い胸に。

 俺は彼女を抱きしめ、もう片方の手でそのまばゆいピンクブロンドの髪をなでながら、死にかけた自分を想像してぞっとした。

 死への恐怖と、その状態から俺を生還させた彼女の聖魔法への驚愕と、モンスターじみた姿をした俺の胸に顔をうずめる彼女への愛情が絡み合って、わけが分からなくなる。

「もう二度とジュキの美しい声が聞けないんじゃないかと思ったら、魔力障壁のことなんて忘れて必死で回復魔法をかけていたわ」

 俺のギフト<歌声魅了シンギングチャーム>は、完全に彼女の心をつかんだようだ。だがそれは、俺の本当の姿を見ても解けなかった。ひとを見た目で判断しない、歴史的に竜人族と敵対してきた国で育ったにもかかわらず、偏見のないまっすぐな彼女の心に俺は惹かれていた。



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「おいおいこの後、二人は同じベッドで寝たのか!?」
「ややや、ジュキは控えの間に戻ったんじゃないの!?」

気になる方はぜひしおりをはさんでお待ちください☆
次話で明らかになります!
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