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Ⅱ、聖女になりたくない公爵令嬢
25、絶体絶命
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「者ども出会え! 曲者よ!」
クロリンダ嬢が大声で魔術兵たちに呼びかけた。
やっべ。
「聞け、風の精、空を統べる主よ。我打ち囲みたる汝、その身を転じたまえ――」
俺は本日覚えたてホヤホヤ、不可視の術を唱える。
「――いかなる光彩面に還さず、些かの狂いなく対極へ放ちたる奇しなる存在へ――」
廊下のほうから複数の靴音が迫ってくる。
「不可視!」
「魔術で姿を消したわ! 魔力感知のできる魔術師を呼んできなさい!」
そりゃあ目の前で不可視の術を使われたら気付くよな。だが気付いたって見えねぇもんはどうしようもないだろ。
「逃がすか!」
「どこにいる!?」
大騒ぎして右往左往する公爵邸私兵のあいだをすり抜けて、俺は廊下に走り出た。
「いたぞ! こっちだ!」
目の前に立つ細身の男が俺を指さす。ちっ、魔力感知できる兵士か。
「でかしたぞ、ロイド!」
魔術兵たちがなだれをうって俺の方へ向かってきた。
「凍れる壁よ、我を守りたまえ!」
くるりと振り返った俺は、両手を突き出して叫んだ。
カキコキーン!
廊下に分厚い氷の壁が出現し、魔術兵たちと俺のあいだに立ちはだかる。
「不可視の術を使っているのに、さらに氷属性だと!?」
なるほど、いっぺんに別属性の術を二つ使ったりはしないと油断していたのか。
「じゃあな!」
俺は暗い廊下を走り出した。
「炎夥弾! ――くそっ、なかなか溶けないぞ!」
「槍でつついて壊したほうが早い!」
うしろで大騒ぎする兵士たちの声がだんだん遠ざかっていく。
階段のほうからもぞくぞくと人が集まってくるが、魔力検知能力がないらしく、俺の横をすり抜けてあさっての方向へ駆けて行くばかり。
「いま足音がしたぞ!」
「そこかっ!」
剣が宙を切る。
俺は冷たい大理石の柱に背中をあずけ、息をころす。
「どこへ行った!?」
「お前は下の階を、ワシは上を見回る!」
じーっと動かずに待機していると、兵士たちは方々へ散らばって消えて行った。
「なんか招集かかってるけど俺らも行ったほうがいいのかな?」
「いやだめだろ。俺らはいつなんどきもレモネッラ様をお見守りしないと」
「そうだよなぁ。でもレモネッラ様、魔力障壁の結界張られてから暴れられないから、俺ら立ってるだけでつまんねえよな」
「分かんないぞ。夜に逃げ出そうとされるかも」
無駄話をしている二人のあいだを、そろぉりと歩いてレモの寝室に入る。ドアが壊れているせいでバレずに通り抜けられるのは幸運だった。俺に与えられた寝室はレモの部屋に隣接した「控えの間」なので、廊下の扉を使わずレモの部屋から帰れる。ちなみに廊下の扉から出入りした場合、レモの部屋の前で退屈そうにしている二人に丸見えである。
「レモ、戻ったよ」
俺は小声で暗闇に話しかける。部屋を出るときは椅子に座っていた彼女の姿が見当たらない。もう眠ったのかな? とも思ったが、ベッドももぬけの殻だ。
「窓が開いてる――」
テラスに通じるガラス戸が開け放たれ、月明りにカーテンがはためいていた。俺は胸の真ん中に張りついた竜眼をあけたまま、ひょいとテラスをのぞいてしまった。
「えっ……」
「レモ、何をして――」
彼女はテラスの手すりをまたいだところだった。
「ひゃっ!」
一瞬、俺のほうに気を取られたレモが足をすべらせた。
「危ない!!」
俺は叫ぶと同時に室内から飛び出し、その体を抱きとめ――たと思ったとき、バランスを崩して低い手すりのほうに倒れ込んだ。二人の身体が夜の風の中へ投げ出される。
「翼よ!」
俺はとっさに、魔法で隠しているホワイトドラゴンの羽をひらこうとした。だが重たいローブに引っ掛かって広がるのが一瞬遅れた。
死―― その言葉が脳裏をかすめた。
「きゃあぁぁぁぁぁあっ!」
レモの悲鳴が響く。俺たちは抱き合ったまま急速に落下してゆく。下になっていたのは俺だった。
強烈な衝撃が全身を襲った―― 息が、止まる……。
「嫌、ジュキ――」
意識が遠のいてゆく……
「嘘でしょ…… 目を開けて、ジュキ―― 嫌ぁぁぁっ!!」
レモの絶叫が遠くに聞こえる。
彼女は俺の胸にあいた恐ろしい目玉を見たんだよな?
でもなんで部屋から逃げようとしてたんだろう?
ロベリアって誰だ?
ねえちゃん、ごめんな。
母さんも、親父も――
次第に意識が混濁して、俺はゆっくりと闇の中に落ちていった。
-----------------
意識を失うジュキエーレ。彼は一命を取り留めることができるのか!?
続きが気になる方はしおりをはさんでお待ちください!
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クロリンダ嬢が大声で魔術兵たちに呼びかけた。
やっべ。
「聞け、風の精、空を統べる主よ。我打ち囲みたる汝、その身を転じたまえ――」
俺は本日覚えたてホヤホヤ、不可視の術を唱える。
「――いかなる光彩面に還さず、些かの狂いなく対極へ放ちたる奇しなる存在へ――」
廊下のほうから複数の靴音が迫ってくる。
「不可視!」
「魔術で姿を消したわ! 魔力感知のできる魔術師を呼んできなさい!」
そりゃあ目の前で不可視の術を使われたら気付くよな。だが気付いたって見えねぇもんはどうしようもないだろ。
「逃がすか!」
「どこにいる!?」
大騒ぎして右往左往する公爵邸私兵のあいだをすり抜けて、俺は廊下に走り出た。
「いたぞ! こっちだ!」
目の前に立つ細身の男が俺を指さす。ちっ、魔力感知できる兵士か。
「でかしたぞ、ロイド!」
魔術兵たちがなだれをうって俺の方へ向かってきた。
「凍れる壁よ、我を守りたまえ!」
くるりと振り返った俺は、両手を突き出して叫んだ。
カキコキーン!
廊下に分厚い氷の壁が出現し、魔術兵たちと俺のあいだに立ちはだかる。
「不可視の術を使っているのに、さらに氷属性だと!?」
なるほど、いっぺんに別属性の術を二つ使ったりはしないと油断していたのか。
「じゃあな!」
俺は暗い廊下を走り出した。
「炎夥弾! ――くそっ、なかなか溶けないぞ!」
「槍でつついて壊したほうが早い!」
うしろで大騒ぎする兵士たちの声がだんだん遠ざかっていく。
階段のほうからもぞくぞくと人が集まってくるが、魔力検知能力がないらしく、俺の横をすり抜けてあさっての方向へ駆けて行くばかり。
「いま足音がしたぞ!」
「そこかっ!」
剣が宙を切る。
俺は冷たい大理石の柱に背中をあずけ、息をころす。
「どこへ行った!?」
「お前は下の階を、ワシは上を見回る!」
じーっと動かずに待機していると、兵士たちは方々へ散らばって消えて行った。
「なんか招集かかってるけど俺らも行ったほうがいいのかな?」
「いやだめだろ。俺らはいつなんどきもレモネッラ様をお見守りしないと」
「そうだよなぁ。でもレモネッラ様、魔力障壁の結界張られてから暴れられないから、俺ら立ってるだけでつまんねえよな」
「分かんないぞ。夜に逃げ出そうとされるかも」
無駄話をしている二人のあいだを、そろぉりと歩いてレモの寝室に入る。ドアが壊れているせいでバレずに通り抜けられるのは幸運だった。俺に与えられた寝室はレモの部屋に隣接した「控えの間」なので、廊下の扉を使わずレモの部屋から帰れる。ちなみに廊下の扉から出入りした場合、レモの部屋の前で退屈そうにしている二人に丸見えである。
「レモ、戻ったよ」
俺は小声で暗闇に話しかける。部屋を出るときは椅子に座っていた彼女の姿が見当たらない。もう眠ったのかな? とも思ったが、ベッドももぬけの殻だ。
「窓が開いてる――」
テラスに通じるガラス戸が開け放たれ、月明りにカーテンがはためいていた。俺は胸の真ん中に張りついた竜眼をあけたまま、ひょいとテラスをのぞいてしまった。
「えっ……」
「レモ、何をして――」
彼女はテラスの手すりをまたいだところだった。
「ひゃっ!」
一瞬、俺のほうに気を取られたレモが足をすべらせた。
「危ない!!」
俺は叫ぶと同時に室内から飛び出し、その体を抱きとめ――たと思ったとき、バランスを崩して低い手すりのほうに倒れ込んだ。二人の身体が夜の風の中へ投げ出される。
「翼よ!」
俺はとっさに、魔法で隠しているホワイトドラゴンの羽をひらこうとした。だが重たいローブに引っ掛かって広がるのが一瞬遅れた。
死―― その言葉が脳裏をかすめた。
「きゃあぁぁぁぁぁあっ!」
レモの悲鳴が響く。俺たちは抱き合ったまま急速に落下してゆく。下になっていたのは俺だった。
強烈な衝撃が全身を襲った―― 息が、止まる……。
「嫌、ジュキ――」
意識が遠のいてゆく……
「嘘でしょ…… 目を開けて、ジュキ―― 嫌ぁぁぁっ!!」
レモの絶叫が遠くに聞こえる。
彼女は俺の胸にあいた恐ろしい目玉を見たんだよな?
でもなんで部屋から逃げようとしてたんだろう?
ロベリアって誰だ?
ねえちゃん、ごめんな。
母さんも、親父も――
次第に意識が混濁して、俺はゆっくりと闇の中に落ちていった。
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