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第一章、聖女編/Ⅰ、旅立ちと覚醒

04、置き去りにされたダンジョンで

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 ダンジョンの小さな広間で、ぼんやりとした光を放つ苔に照らされて、俺は立ち尽くしていた。

 グオ……ォ……

 どこかからキングオーガのうめき声が聞こえて俺は身震いした。

「やばい…… とにかくまずは上の階層に上がらなくちゃ!」

 ダンジョンは低い層ほど強い魔物が棲んでいる。俺は今いる階層から抜け出すため、来た道を戻り始めた。

「階段はどこだ? こんな広い廊下歩いたっけ?」

 『古代神殿』と呼ばれるこのダンジョン、広い上に入り組んでいて、地図なしでは階段を見つけるのも至難のわざだった。古代人が侵入者を防ぐために作った迷宮が、地殻変動で地下に沈んだ、とかなのかな? イーヴォたちのうしろを追っていただけの俺には、どこをどう歩いて来たかまるで思い出せない。

「あんな根っこ、見てないぞ…… この道じゃない――」

 天井から伸びる木の根を見上げたとき、その前に設置された石像が動いたのに気づいた。

「ガーゴイル!」

 石の翼が広がり、目に埋め込まれたルビーが真っ赤に光る。

 そうだ、竪琴! 俺は左手に持っていた竪琴を構え、右手の爪で旋律を奏で始めた。

 グ……ググ……

 不気味な音を立てながら、広がった翼が静かに下がってゆく。しかしまだ赤い目には光が宿っていた。

 歌いたいが、恐怖でちゃんと息が吸えない。

 俺は目を閉じて、敵前にいることを忘れようとした。ここは地下―― 村の精霊教会にある地下聖堂……昔の聖職者たちのひつぎが並んでいる――

 だんだん気持ちが落ち着いてきて、俺は静かに聖歌を歌い始めた。

「――耳を傾けなさい、心をひらきなさい、我が子供たちよ。
 風の音を聞き、水の流れに身をゆだね、
 大地の鼓動にふれ、炎の中に真実を見よ――」

 あの静かな空間ではいつも、壁の燭台でゆれるロウソクが天井のフレスコ画を照らし出していた。とても古い絵で、半分くらいはがれ落ちていたんだ――

「――私たちの敬愛する精霊王、私たちはいつも『はい』と答えます。
 あなたの声を聞き、あなたの言葉に身をゆだね、
 あなたの美しさにふれ、共に真実に生きます――」

 そっと目を開けると、ガーゴイルはただの石像に戻っていた。

「村に―― 帰りたい……。こんなところで死にたくない……」

 ガキの頃から村を出ることばかり考えていたのに今さら、かけがえのない土地だったと気付くなんて――。海岸線にせまる山の上に身を寄せあう石造りの家々、そのてっぺんから突き出す鐘楼、時を告げる鐘の音――思い出すだけで胸が苦しくなる。

「音楽を教えてくれたドーロ神父――。冒険者になるっていう俺の夢を応援してくれた親父――」

 目を閉じればまぶたの裏に、なつかしい教会のドーム屋根が浮かび上がる。俺がうかつにもイーヴォなんか信用したから、応援してくれた人たちを悲しませることになった。

「俺が死んだら母さん、泣き崩れるよな……。いやそれより、ねえちゃん過保護だから気が狂いそうだな……」

 ぼんやりと発光する苔に覆われた不気味な壁が、死への恐怖をかきたてる。

「見なければいいんだ」

 俺はほんの少しだけ薄目をあけて、現実逃避したまま歌いだした。歌を口ずさみながら進むと、魔物たちは眠ったように静かになった。

 ちゃんと前を見ていなかったから気付かなかった。石畳の床の真ん中、そこだけ妙に大きな正方形の石がはまっていたこと。そしてその石だけ光る苔が生えていなかったこと――

 ガッコン。

 右足を一歩進めたとたん、耳慣れない音がした。次の瞬間――

「ふえぇっ!?」

 俺はうっかり間抜けな叫び声を上げていた。体が突然沈み込み、伸ばした右手がくうを切る。

「うわぁぁああぁぁぁっ、落ちるぅぅぅ!!」

 床が抜け、俺の身体は巨大な石の滑り台をぐるぐるまわって落下していった。

 竪琴をひしと胸に抱き、俺はぎゅっと目をつむった。


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魔物を鎮める神秘の歌声を持ったジュキエーレ。彼を追い出してしまったSランクパーティ『グレイトドラゴンズ』の運命やいかに? 次回は『グレイトドラゴンズ』サイドです!
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