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第14話、平和な帝国と、その後の兄上

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 帝国に平和が訪れて一ヶ月ほど経ったある日――

 夫婦の寝室で衣装の取り換えっこをしてキャッキャしているところへ、ニーナが手紙を持って入ってきた。

「セザリオ様、ジョルダーノ公国のルシール様からお手紙が届いております」

 というのは、女装したままジョルダーノ公爵の子息ユーグに押し付けられた兄のこと。

「はい?」

 と振り返ったのは、皇太子の服を着たミシェル。男の恰好をした彼は、目を見張るほどの美男子だった。これほどの美少年なのに一生、女の恰好でしか外へ出られないなんてもったいない。いや、これほど美しい顔立ちなんだから、男にしておくほうがもったいないのか?

「あれ? ミシェル様!?」

 ニーナは混乱する。「あ、セザリオ様はこっちか。服の交換やめてくださいよ。まぎらわしい……」

 私とミシェルは同時に笑い出す。私のドレスのすそを整えていたメイも、口もとを押さえている。

 チェストの上に置いたペーパーナイフを取りに行き、封を開ける。手紙を黙読し始めた私に、

「音沙汰なくて気味悪いくらいでしたが、お怒りではないのでしょうか?」

 とミシェルが問う。

「セザリオ様、ご気分がすぐれないようですが大丈夫ですか?」

 心配そうに声をかけるニーナに、

「内容が―― なかなか濃くて――」

「えっ……」

「大丈夫、悪い知らせじゃないわ。みんな心を落ち着けて聞いてね」

 三人を見回すと私は、時候の挨拶を飛ばして途中から手紙を読み上げた。

「憎きルシール、しかしお前には感謝していると言わねばならない。俺様はユーグと結ばれて初めて、自分が何を求めていたか悟ったのだ」

「お兄様は残忍な気質をお持ちでしたからね。かたやユーグ様はあのようなご趣味――」

 ニーナが口をはさむが、私は無視して先を続ける。ニーナの予想は当たっていない。だがここで種明かししてしまってはつまらない。

「これまでの俺様の人生は、どんなに奇抜な方法で狩りをしようと、馬や家畜をいじめようと、戦を仕掛けようと、罪人を拷問しようと、満たされることはなかった」

「なんて恐ろしい……」

 心やさしいミシェルが眉をひそめた。

「追い出せてよかったですねぇ」

 まるで窓からハエを追い出したくらいの気軽さでつぶやくメイ。私は続きを音読する。

「だがユーグはそんな俺様に新しい世界を教えてくれた。お前は驚くだろう。最初ユーグは、俺様に自分をしいたげるよう頼んだ。だが彼曰く、俺の攻めには芸がないそうだ。特に言葉が詩的でないのがいけないらしい。そこで彼が一度だけ手本を見せてくれることとなった。その日、すべてが変わった。パズルの最後のピースがはまったように、俺様とユーグは自分たちが求めていたものを知ったのだ」

「えっ、そっち!?」

 ニーナが驚きの声をあげる。ね、予想と反対だったでしょ。私は手紙をめくり、

「いま俺様は毎晩、いままでに経験したことのない悦楽の海へ浸っている。ヴァルツェンシュタイン帝国の皇太子として生まれた俺様が情けなくも女の姿に身をやつし、恥をさらしている。しばられ、むち打たれ、ユーグが繰り返し俺様をおとしめるその言葉に全身が雷に打たれたようにうずく――」

「そ、そこまでで十分です、セザリオ様」

 冷や汗をぬぐいながら、青ざめた顔で止めに入るニーナ。

「情けなくも女の姿に身をやつし、ですって!?」

 いまは男の恰好をしているミシェルが甲高い声をあげて立ち上がる。「女性は大変美しいし、女性のドレスも素晴らしい芸術品です! 情けなくないし、身もやつしていませんっ!」

 まあ主張は分かるのだが、私だって「男の姿に身をやつし」って表現、使えると思うのよね。まあ熱くなられてもめんどうだから反論しないでおくわ。

「お手紙はまだまだ続くのですかぁ?」

 メイの問いに、私は二枚目をめくり三枚目に目を通し、

「あとは延々と、二人のプレイに関する詳細が書いてあるから、興味があるなら読むといいわ。服を着たら隠れる腰とか尻とかに幾筋も乗馬ムチのあとが残って、その醜いみみずばれを鏡に映すたび興奮するとか――」

「読み上げないでくださいっ セザリオ様!」

 耳をふさいだニーナにさえぎられる私。

 父と二人、執務室の机に地図を広げて周辺地域に進軍する計画ばかり立てていたあの兄が、いまや公爵邸の奥まった部屋でケツを出してむち打たれ、いなないているかと思うと胸がせいせいする私は意地が悪いのかしら。

 手紙の最後まで黙読し終えて、

「それから近いうちに正式な婚礼の儀をり行うから、その際は公式の招待状が届くだろうって書いてあるわね」

「なんにせよ、幸せになってよかったですね、お兄様も」

 自国を侵略されたというのに、やさしいことを言うミシェルにきゅんとする。私なんか、あの冷酷だった兄が毎晩愛の折檻せっかんを受けていると思うだけで心が躍るというのに。やわらかい微笑を浮かべるミシェルがあまりに美しい少年で、見慣れていない私はドギマギして目をそらした。

「女装姿で恥じらうセザリオ様、たまらないですっ」

 と、言わなくていいことを付け足すミシェル。

「ちょっ―― 女装じゃないわよ! 私は女の子なのっ」

 布張りの椅子から立ち上がって、ソファに腰かけたミシェルのもとへ―― 彼は笑いながら両手を広げ、倒れ込むようにその胸に飛び込んだ私を抱きとめた。

「知っています。あなたは僕だけのお姫様だから――」

 甘い声でささやいて、私のあごにそっと指先をそえる。

 しばし見つめあい、それから二人はゆっくりと唇を重ねあわせた。
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