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第05話、偽皇太子セザリオの計画
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ミシェルがアルムハルト王国から連れてきた侍女メイと並んで壁際に立っていたニーナは、使用人の一人に呼ばれて部屋から出て行った。
戻ってくると、朝食を終えてミシェルと談笑していた私のところへ来て、
「セザリオ様、例のものが届いたそうです。お部屋に運ばせました」
と報告した。
「ごくろうだった。ではミシェル、私は用事があるので父のところへ行ってくる。必要なものがあればニーノに申しつけてほしい」
私はいったん部屋に戻って身支度を整えると、父の執務室へ向かった。
だだっ広い執務室は朝だというのに、たくさん並んだ窓に深緑色の重いカーテンを下ろしたまま。父の横には黒いフードをかぶった怪しげな女が立っている。手にした杖の上には大きな空色の球体が乗っており、その中で星々が回っていた。
これが父の呼び寄せた占星術師ね……。
「何用だ?」
父が冷たく言い放つ。
私を皇太子セザリオだと思った占星術師は、父に一礼すると部屋から出て行った。
「父上がお疲れだと思い、高価な酒を買い付けました。お口に合うとよろしいのですが」
私はまるでいま初めて開封するかのように木箱を開け、中から酒瓶を取り出した。先ほどきつく閉めたふたを、再度あける。
「とてもよい香りでしょう?」
「ふむ、一杯いただくとするか。そこの戸棚からグラスを持ってこい。お前の分もだ」
私は毒見薬かしら? などと思いつつ、
「私もいただいてよろしいのですか!」
うれしそうな演技をする。
二人分のグラスに酒をつぎ、私は飲んでいるふりをした。
「あ、こんな強いお酒、慣れておりませんからちょっとクラクラしますわ」
急に体温があがったような体で、私は片手でぱたぱたとあおいで見せた。
「少しずついただかないといけませんわね」
と笑う私に安心したのか、
「わしはこんなもの一息だがな」
父はグラスをあおった。
「まあ、お見事! もう一杯おつぎしましょうか?」
「いや、このくらいにしておこう。セザリオが倒れてから寝ていないから、酒を飲むと昼寝してしまいそうだ」
「二日もお休みになっていらっしゃらないのですか!? いけませんわ! 兄上だけでなく父上までお倒れになったら、この国はどうなってしまうのでしょう……」
ま、私が回しますけどね。
「うーむ、いかん。わしまでクラクラしてきおった」
「お疲れなのですわ。ベッドにお連れ致します」
私は執務室から続く扉を開けて、父を寝室に押し込んだ。
ほどなくしてベッドからいびきが聞こえてくる。どうやら睡眠薬が効いてきたようだ。
私は音を立てないように父の執務室へ戻った。大きな机の上に置いたままの酒瓶に目をやる。
睡眠薬入りの特別仕様銘柄酒はまだまだ残っておりますわ。存分に楽しんで下さいませ。
こんなチャンスも訪れようかと昨日の朝、兄の名で手配しておいたのだ。
「さて、あれを探さなくてはね」
私は静かに書斎机を開けたり、手紙の束をこっそり拝見したり――
目当てのものは足元のくずかごの中で見つかった。それをこっそりコートのポケットにしのばせたとき、
「陛下、失礼いたします」
と扉がたたかれた。
「入れ」
私の声に従って扉が開く。
「あ、セザリオ様――」
入ってきた侍従は私の姿を見て少し驚いたが、怪訝な様子もない。部屋は薄暗いから、私の顔までよく見えていないのだろう。
「父はいま寝室で休んでいる。私で構わなければ話してくれ。父が起きたら伝えておく」
「はい、セザリオ様。実は今朝、ジョルダーノ公国から使者が参りました」
「本来ならば明日、ルシールは公国に嫁ぐはずだったな。それで使者は何を伝えに来たのだ?」
「ジョルダーノ公爵からの手紙を持って参りました」
侍従はうやうやしく頭を下げたまま、両手で私に封筒を差し出した。
「確かに受け取った。父に渡しておこう」
「ありがとうございます」
侍従が出て行くと私は、ジョルダーノ公爵家の封蝋が押された封筒を反対側のポケットにひそませて執務室を去った。
自室となった兄の部屋に戻ってくるとさっそくペーパーナイフで封筒を開け、私は手紙を読み始めた。
「皇女様の体調を大変憂慮しているってことだけど、いくらなんでも婚礼三日前に突然の婚約破棄は公爵家を馬鹿にしすぎってことでしょうね」
書斎の椅子によりかかってため息をつく私に、
「陛下はルシール様の事故について、大臣に一筆書かせただけですからね。高官が直接説明に訪れるとか、何か対応して欲しいのでしょう」
ベッドメイクを直しながら、てきぱきと答えるニーナ。
「よく知っているわね。なんで侍女のくせにそんな情報通なのよ」
「侍女だから、ですわよ。使用人の情報網をなめてもらっては困ります」
こちらを振り返ってにやりと笑う。
「たくましいわね」
と言いながら、私はもう一度手紙に目を落とした。
「ねえニーナ、この案件、皇太子殿下が自らジョルダーノ公国を訪れたら一発解決じゃない?」
私の提案に、ニーナは手を止めて私をちょっとみつめた。それから、
「ルシール様、ご自分がどんな男性と結婚させられるところだったか、ご興味がおありなんですね?」
「まだ結婚させられないと決まったわけではないわ」
私は公国から贈られたユーグの肖像画を思い出す。色の白い線の細そうな青年だった。
ニーナはベッドカバーをかけながら、
「でもジョルダーノ公爵領は帝都からかなり遠いですよ。私も女嫌いで有名なユーグ様には興味がありますが――」
「女嫌い?」
私は思わず身を乗り出した。「そんなの聞いたことないんだけど!?」
「ああー。ただでさえ望まぬ婚約で落胆されているルシール様をさらに落ち込ませては、とお伝えしなかったのです。まあ下々の者たちのつまらない噂話と思って下さいまし」
そんなわけにいかないわ。大体この人たちの噂話は当たっているんだから。
「ニーナ、ジョルダーノ公国からの使者はもう帰ってしまわれたかしら?」
「――明日にでも皇太子がうかがうとお伝えするのですか?」
察しがいい。私はうなずいて、
「おそらく転移魔法陣を使って帰るはずよ」
行きは馬を使ってやって来たのだろうが、帰りは帝国の魔術師が転移魔法を使ってくれるに違いない。
「転移の間へ行ってまいります」
ニーナは足早に部屋を出て行った。
戻ってくると、朝食を終えてミシェルと談笑していた私のところへ来て、
「セザリオ様、例のものが届いたそうです。お部屋に運ばせました」
と報告した。
「ごくろうだった。ではミシェル、私は用事があるので父のところへ行ってくる。必要なものがあればニーノに申しつけてほしい」
私はいったん部屋に戻って身支度を整えると、父の執務室へ向かった。
だだっ広い執務室は朝だというのに、たくさん並んだ窓に深緑色の重いカーテンを下ろしたまま。父の横には黒いフードをかぶった怪しげな女が立っている。手にした杖の上には大きな空色の球体が乗っており、その中で星々が回っていた。
これが父の呼び寄せた占星術師ね……。
「何用だ?」
父が冷たく言い放つ。
私を皇太子セザリオだと思った占星術師は、父に一礼すると部屋から出て行った。
「父上がお疲れだと思い、高価な酒を買い付けました。お口に合うとよろしいのですが」
私はまるでいま初めて開封するかのように木箱を開け、中から酒瓶を取り出した。先ほどきつく閉めたふたを、再度あける。
「とてもよい香りでしょう?」
「ふむ、一杯いただくとするか。そこの戸棚からグラスを持ってこい。お前の分もだ」
私は毒見薬かしら? などと思いつつ、
「私もいただいてよろしいのですか!」
うれしそうな演技をする。
二人分のグラスに酒をつぎ、私は飲んでいるふりをした。
「あ、こんな強いお酒、慣れておりませんからちょっとクラクラしますわ」
急に体温があがったような体で、私は片手でぱたぱたとあおいで見せた。
「少しずついただかないといけませんわね」
と笑う私に安心したのか、
「わしはこんなもの一息だがな」
父はグラスをあおった。
「まあ、お見事! もう一杯おつぎしましょうか?」
「いや、このくらいにしておこう。セザリオが倒れてから寝ていないから、酒を飲むと昼寝してしまいそうだ」
「二日もお休みになっていらっしゃらないのですか!? いけませんわ! 兄上だけでなく父上までお倒れになったら、この国はどうなってしまうのでしょう……」
ま、私が回しますけどね。
「うーむ、いかん。わしまでクラクラしてきおった」
「お疲れなのですわ。ベッドにお連れ致します」
私は執務室から続く扉を開けて、父を寝室に押し込んだ。
ほどなくしてベッドからいびきが聞こえてくる。どうやら睡眠薬が効いてきたようだ。
私は音を立てないように父の執務室へ戻った。大きな机の上に置いたままの酒瓶に目をやる。
睡眠薬入りの特別仕様銘柄酒はまだまだ残っておりますわ。存分に楽しんで下さいませ。
こんなチャンスも訪れようかと昨日の朝、兄の名で手配しておいたのだ。
「さて、あれを探さなくてはね」
私は静かに書斎机を開けたり、手紙の束をこっそり拝見したり――
目当てのものは足元のくずかごの中で見つかった。それをこっそりコートのポケットにしのばせたとき、
「陛下、失礼いたします」
と扉がたたかれた。
「入れ」
私の声に従って扉が開く。
「あ、セザリオ様――」
入ってきた侍従は私の姿を見て少し驚いたが、怪訝な様子もない。部屋は薄暗いから、私の顔までよく見えていないのだろう。
「父はいま寝室で休んでいる。私で構わなければ話してくれ。父が起きたら伝えておく」
「はい、セザリオ様。実は今朝、ジョルダーノ公国から使者が参りました」
「本来ならば明日、ルシールは公国に嫁ぐはずだったな。それで使者は何を伝えに来たのだ?」
「ジョルダーノ公爵からの手紙を持って参りました」
侍従はうやうやしく頭を下げたまま、両手で私に封筒を差し出した。
「確かに受け取った。父に渡しておこう」
「ありがとうございます」
侍従が出て行くと私は、ジョルダーノ公爵家の封蝋が押された封筒を反対側のポケットにひそませて執務室を去った。
自室となった兄の部屋に戻ってくるとさっそくペーパーナイフで封筒を開け、私は手紙を読み始めた。
「皇女様の体調を大変憂慮しているってことだけど、いくらなんでも婚礼三日前に突然の婚約破棄は公爵家を馬鹿にしすぎってことでしょうね」
書斎の椅子によりかかってため息をつく私に、
「陛下はルシール様の事故について、大臣に一筆書かせただけですからね。高官が直接説明に訪れるとか、何か対応して欲しいのでしょう」
ベッドメイクを直しながら、てきぱきと答えるニーナ。
「よく知っているわね。なんで侍女のくせにそんな情報通なのよ」
「侍女だから、ですわよ。使用人の情報網をなめてもらっては困ります」
こちらを振り返ってにやりと笑う。
「たくましいわね」
と言いながら、私はもう一度手紙に目を落とした。
「ねえニーナ、この案件、皇太子殿下が自らジョルダーノ公国を訪れたら一発解決じゃない?」
私の提案に、ニーナは手を止めて私をちょっとみつめた。それから、
「ルシール様、ご自分がどんな男性と結婚させられるところだったか、ご興味がおありなんですね?」
「まだ結婚させられないと決まったわけではないわ」
私は公国から贈られたユーグの肖像画を思い出す。色の白い線の細そうな青年だった。
ニーナはベッドカバーをかけながら、
「でもジョルダーノ公爵領は帝都からかなり遠いですよ。私も女嫌いで有名なユーグ様には興味がありますが――」
「女嫌い?」
私は思わず身を乗り出した。「そんなの聞いたことないんだけど!?」
「ああー。ただでさえ望まぬ婚約で落胆されているルシール様をさらに落ち込ませては、とお伝えしなかったのです。まあ下々の者たちのつまらない噂話と思って下さいまし」
そんなわけにいかないわ。大体この人たちの噂話は当たっているんだから。
「ニーナ、ジョルダーノ公国からの使者はもう帰ってしまわれたかしら?」
「――明日にでも皇太子がうかがうとお伝えするのですか?」
察しがいい。私はうなずいて、
「おそらく転移魔法陣を使って帰るはずよ」
行きは馬を使ってやって来たのだろうが、帰りは帝国の魔術師が転移魔法を使ってくれるに違いない。
「転移の間へ行ってまいります」
ニーナは足早に部屋を出て行った。
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