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分岐

分岐③中(r-18)

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「……っ、ん、」
 苦痛に満ちた呻きが聞こえた。気怠い頭のまま、ぬるま湯に浸されたようなもどかしさに身を捩って。
 ぐちぐち、ぐちぐちと、粘着質な水音。犬みたいな姿勢で尻を突き出したまま、ペニスと尻の穴を弄られて。イかされる度に、死にたくなって。複数回の絶頂を経て半ば萎え切った男性器を、狩野の手は弄り続けている。尿道に爪を立ててはぐりぐりと指圧して、竿をしごき上げる。
 そのころには、後ろの穴は三本もの指をぐっぽりと咥え込んでいて。執拗に腹の内側のしこりを責め立てられるたびに、鈍い快感を拾い始めていた。
「っ、もう、やだぁ…………~~~っ!」
「うんうん、きもちいねぇ。とろとろでかわいいねぇ」
 イくのと同時に、一際強く前立腺を押し上げられる物だから。達する度に、それが前の快感か後ろの快感か、だんだん分からなくなっていく。
 もうほとんど色を失った精を吐きだしては、絶頂の余韻に震える。羞恥の入り混じった生理的な涙を拭う間も、ナカの指は動きを止めない。ちんこしごいた手で目を触るな、なんて文句を言う余裕もなく、もどかしい快感に身を捩らせる。
「~~っ、~、あぅ~~~っ」
「あは」
 達する瞬間に、またぐ、と尿道を抑えられて。
「後ろだけでイけたね。じょうず、じょうず」
「…………、ぅ、え、」
 優しく頭を撫でられる感触に、またぼろぼろと涙があふれてくる。もうほとんど引っかけるだけになったワイシャツはクシャクシャだった。涙と唾液でよれた袖を噛んだまま、嗚咽を噛み殺す。
 引き抜かれた指を、追いかけるように収縮する。開ききった後孔がひくひくと震えるのがわかって、絶望して。わななく腹を、慰めるように大きな手のひらが優しく撫でる。
 内側が疼くような感覚が怖くて仕方がなかった。自分の身体の変質を突きつけられるようで、耐えられなかった。
「圭一」
「も、むり………そ、んなでかいの、」
「ありがとぉ、照れるね」
 ひたと後孔にあてがわれた感触に、首を振る。ひ、と漏れた悲鳴が、怒張が割り入ってくる圧迫感に霧散する。ミチミチと押し入ってくる感覚は、下腹が張るような不快感でいっぱいだった。
 なのに、内壁はそれを歓迎するように肉竿にむしゃぶりついて。
「ぃ、…………ぎぃ……っ!」
 高い雁首が肥大化したしこりを押しつぶした瞬間に、先刻までとは比べ物にならないような快感が背を駆け抜ける。身体が燃えるみたいにあつくて、頭がぼうっとして、指先がピリピリして。何が何だか分からないまま、眼前に散る星をぼうっと眺める。
「……っ、すっごい締まる。おれでイッてくれてうれしい」
「あ、ぇ、」
 …………そっか、おれまたイったんだ。
 荒い呼吸のまま理解する頃に、また律動が再開される。ぐ、ぐ、ぐ、と大きく突かれる度に、好いところをこそがれてはみっともなく声が漏れる。そのたびに、かわいい、かわいい、だいすきと甘い声で吹きこまれて、またイって。
「や、やだぁ!」
「いや?こんなに悦んでくれてるのに」
「お、かしくなる、これ以上は……ぃ゛ン…っ」
 ハァ、と熱い吐息がうなじにかかったかと思えば、腹の中のそれが、さらに体積を増す。
「な、なんで、大……」
「いいよ、おかしくなって。ばかになったとこ、おれに見せて」
「や、あ、あ、だめだ、だめ、」
「だめじゃないよ、圭一、気持ちいいね」
「……っ、ぎっ、っ、きもち、っ、」
「ぁは、っ、きもちいねぇ、一緒に、気持ち良く……おかしく、なろうねぇ」
 奇妙に浮ついた声と共に、徐々に抽送が激しくなる。がつがつと中を掘られて。脳を焼かれるような甘い痺れに、気絶しては新たな快感に意識を引き戻される。
 いつの間にか俺の後孔は、狩野のそれを根元まで咥え込めるようになっていた。
 深いところまでほじられては、理性も、尊厳も、人間性も。全てを蹂躙されては塗り替えられるような感覚に、吐き気すらこみ上げてくる。
 殺される、と。本能的に、そう思った。
 これ以上行くと、俺はもう人間性を取り戻すことが出来なくなる。
 危機感のまま、逃げるように腰を引いて。
「また、逃げるの?」
「ひゅ、」
 絶対零度の声音に、弛緩しきった身体が引き締まる。
 強張った腰を、人外じみた力で引き戻されて。一際強く打ち付けられた腰に、ペニスの先端からまた色のない精が漏れる。
 先刻では届かなかった場所に、ぐりぐりと亀頭が押し付けられる。そのたびに、呼吸が浅く、早くなって。
「~~~っ、死゛……ッ、じ…ぬ…………っ!」
 必死に命乞いをしながら、尚も及び腰になる俺の手に、汗ばんだ手のひらが重ねられる。恋人にするみたいに、指先を絡められて逃げられない。
 押し入るための動きから、最奥を解すような小刻みな律動に切り替わる。
 こつ、こつ、こつ、と。
 本来なら何も感じないはずのそこを耕されるたびに、じんわりとした快感が下腹の内側に溜まって行く。縁まで、なみなみと水を注がれたコップにでもなったような。この先にある物を、俺は確かに知っていた。
「まだ、逃げようとするの?」
「は、ひ、やだ、やだぁ、」
「ナカは先っぽに吸い付いてきてくれるのに?」
 これ以上行ったら、本当に戻れなくなる。首を振り、さらに強く握り込まれた手の痛みに、息を呑む。
「すき、すき、だいすき。ずっと、おれの」
「ゆる、し゛……もう、それだけは、や、」
「入れて?圭一」
 ぐぽん、と。
 そんな音が聞こえた気がした。
「ぉ゛…………ッ!~~んん~~~~~ッ」
 快感が爆ぜる。
 最奥の弁の奥。そこに凶悪な雁首が嵌まり込むと同時に、グルン、と視界が裏返る。背がグンと仰け反って、脳内から快楽物資が絶えず溢れる。高いところから降りられないまま、狩野を加えこんだナカがうねるように蠕動して。
 文字通り串刺しにされたまま、自らを貫いたそれが、ぶわ、と膨張して圧を増すのを感じ取って。
「い゛ッ………~~~~っ、ぁ、~~~っ」
 腹奥に吐き出された熱に、白目を剥いたまま感じ入る。もう顔を上げることすら出来ずに、マットレスに頬を押し付けたまま、震えるだけの肉塊になり果てていた。
「…………ふふ。ちょっとぽっこりしてる」
 長い射精を経て、じんわりと熱くなった腹を、背後から愛おし気に撫でられる。
「ね、ここで孕めたらよかったのに」
 蕩け切った声で言いながら、腸壁に精液を擦りつけるように腰をゆったりと回す。腹に収まりきらなかったそれが、ぐぷぐぷと隙間から溢れてくる。溢れては、震える内ももをつぅ、と垂れて、シーツを汚した。
「圭一?」
「ぁ、う、」
「よかったぁ、気絶しちゃったのかと」
 まだわずかに芯を保ったままのペニスが、おもむろに引き抜かれる。
 その時ですら、結腸と前立腺を少し引っかかれるだけで、面白いくらいに身体が跳ねて。俎上に打ち上げられた魚にでもなった気分だった。与えられる快感を、なすすべもなくただ享受して。ろくな抵抗もできずに、時々身体をびくびく震わせて。
 ふやけて、くったりと弛緩し切った身体を裏返される。拍子に、だらしなく口を開いたままの後孔から、温い精液が垂れてくる。重い腹を上下させながら息をして、うつろな目で、こちらを覗き込んでくる男を眺める。
 仰向けになった今、男の顔はよく見えた。 湿った前髪を掻き上げて。わずかに頬を上気させながら、はにかむように笑う。やわらかに撓んだ双眸は、幸色に満ちているようだった。
 熱い手に頬を包まれて、唇を甘噛みされる。唇、頬、瞼に鼻先。気まぐれにキスを落としては、「しあわせだね」、なんて夢見ごこちに呟いた。
「圭一も、しあわせ?」
「…………」
「ずっとこうしていたいね?」
 そんな言葉に、鼻がツンと痛んだ。わけもなく溢れてきた涙を拭っては、唇を引き結ぶ。ゆるゆると首を振ると、「目、擦ったらだめだよ」と手首を掴まれる。
 泣き顔を正面から見られるのに耐えられなくて、なけなしのプライドのまま眉を寄せて。意図せずも睨みつけるような形になったけれど、なぜか狩野は引き攣った笑みのまま、熱い吐息を漏らした。
「かわいい」
「お、まえ、イカれて……」
 小首を傾げる。緩み切った──幸せで堪らないと言ったその表情に、膨れ上がった激情が、みるみる萎んでいく。
「……………ごめん」
「…………」
「ごめん、狩野。おれ、」
 次に堰を切ったように溢れてきたのは、謝罪の言葉だった。「たとえ元の世界に戻っても、圭一が何をしても。おれはもう前みたいには戻れない」「圭一が助けようとしてくれたおれは、もう死んだんだ」そんな言葉が、今もずっと心臓に突き刺さっているみたいだった。
「…………だから。どうして圭一が謝るの」
「…………」
「おまえをレイプしたのは、おれの方なのに」
 先刻までの恍惚は、見る影もない。ごっそりと色の抜け落ちた表情のまま、狩野は唇を開閉させて。
「本当に、今のおれじゃだめなんだ」
 自嘲的でありながら、沁みるような悲壮感だった。「圭一」と。俺の名前を呼んだ声は、消え入りそうなほどに細いもので。
 怯えたように、視線を伏せる。
「どうしても、帰りたいの?」
「戻ったら、圭一は死んじゃうかもしれないんだよ」
「おれとも、会えなくなるんだよ。それでもまだ、帰りたいっていうの」
 矢継ぎ早に落とされる問いに、散瞳する。打ちひしがれたような心地のまま、言葉すら出てこない。
 それでも、俺の反応に、狩野の肩が小さく揺れる。顔を伏せたまま、「そっかぁ」と間延びした声で呟いた。
「……前に、言ったよね。おれたちにできないことはないって」
 狩野の語りは、あまりに穏やかだった。それこそ、なにもかもを諦めたような。堆積する不穏な温度に、肩が跳ねて。
「本当に、全部が思うままなんだよ。神様だって世界だって。……そしてきっと、大好きな子の心だって」
 そうして、再び目が合わせられる。涙に濡れた双眸は、月光を閉じ込めたような輝きを放っていた。
 すぐ近くで、「ああ」と掠れた声が聞こえた。それは、俺の口から漏れた物だった。
 俺は、また間違えたのだ。最後の最後に。
 全てを理解してしまったから。狩野の激情、自分の罪深さ。そして、これからの展開も。本当に、全て。
「ごめん、ごめんね。おれはもうどうやったって戻れそうにないから────」
────圭一を、変えるね。
 暗い暗い、冬の海を思い出す。そんな感情に、足先から沈んでいく。
 恐怖でもない、怒りでもない。それは、悲しみだった。
 狩野は、俺との共存を完全に諦めてしまった。
 きっと、俺が描くあいつの未来に、『俺』自身がいないことを確信したから。それが本当に、ただただ悲しかった。
 「ごめん」「狩野、ごめん」と。譫言のように繰り返すことしか出来なくて。スルスルと頬を包み込んでくる白い手を、ただ受け入れる。抵抗する意思すら湧かなかった。
「さいごまで、『一緒にいる』とは言ってくれなかったね」
「…………」
「まぁ、放す気はないけれど」
 湿った前髪の隙間で、金色の瞳がゆるとたわんだ。微かに頬を上気させながら、切なげに眉を寄せる。初恋が叶った少女みたいな表情だと思った。
 真っ赤な唇が、控えめに弧を描く。薄く開いたその隙間から、唇と同じくらいに真っ赤な舌が、ちろ、と覗いて。
「おれから圭一を奪うものは、何だって許さない。それは圭一自身だって」
 ぴかぴか、ぴかぴか。まあるい月を、ただ見上げていた。
「もう、おれのことしか考えられなくなるけど。……悪いこと考えちゃう頭なんて、要らない」
 冷たくて、暗い海に腰まで浸かったまま。月の光が強く目を焼くごとに、水位も増していく。
「大丈夫、安心して。圭一が何にも考えられないおばかさんになっても、おれがずっとずっと守ってあげるから」
 違う。沈んでいるのは、俺の方だ。水中から伸びた無数の手が、俺を引き摺り込もうと体中に絡みついて。
「…………あ、違う。守護って、だっけ。あはは」
 がんじがらめで。動けなくて。もはや自分の輪郭すら、わからなくなっていて。
 月光を吸ったまま揺らめく水面を、暗い海の中から、ボンヤリ眺めていた。
 言葉の意味も理解出来ないまま、月を────眼前の、男だけを。

「余計なことは忘れて、俺とずーっといっしょに居ようね」
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