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プロローグ
主人公 の ようす が…?
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「ねえ、ユキト。あの男はだれ?」
そんな声に、俺はベッドから転がり落ちた。
うららかな昼下がりである。腰を抑えながら起き上がり、服の裾を払う。
つい先刻負った傷が開く。痛みに震える手で、手帳を開いた。
『嫉妬;好感度95%』
そんな記述を認めて、息を吐く。今の音声は、非常に不吉なだけの空耳であると自らに言い聞かせて。
「あの男。やけに馴れ馴れしい、しなびたタバコみたいな男」
再び遠隔魔法越しに響いた言葉を聞く頃には、転がるように医務室を出ていた。
医務室の先生の甲高い悲鳴が、背後から聞こえる。平生ならば「傷痛ァい!」とベッドにとんぼ返りしていたところだが、今の俺はそれどころではなかった。
「…………なんだその、胡乱な悪口!」
覚えの無いテキスト喋りやがって!
廊下を駆け抜けながら、確信する。これまでに散見された、シナリオとの乖離。それは積み重なって、ここにきて致命的なズレになろうとしていた。
「おい、狩野!聞こえるか」
遠隔魔法越しに語り掛ける。返事の代わりに、2歩後ずさる足音が聞こえた。肯定の合図である。
「それは、『エンヴィ試し行為ルート』だ!打ち合わせとは違うが、俺の言うことをよく聞いて乗り切ってくれ」
曲がり角を曲がって、階段の踊り場に飛び降りる。俺が行ったとて、という感じだが、今は話が別だ。このエンドは、失敗すると即死。生き延びたとしても、エンヴィに監禁された挙句に犯される。
最悪だ。自分の作った物で友達が処女を失うとか、切腹ものの業である。
具体的な解決策こそないものの、処女喪失ルートだけは阻止しなければならない。最悪、肉壁になるくらいの覚悟はあるが、まずは俺が到着するまでをしのぎ切ってもらう必要がある。
「エンヴィの言葉を否定するな」
「エンヴィ以外の名前を出すな」
「何があっても、『エンヴィが一番』という旨の返答をするんだ」
「…………絶対だぞ!」
念をおしながら、校舎を飛び出しては寮へと向かう。俺がモブでは無ければ、もっと盛大に魔法でショートカット出来ていたのだろうが──いや、今はないものねだりをしている場合ではない。
「あの男は、ユキトのなに?」
「…………『あの男って、誰』?」
よし、第一関門は突破。ここの他の選択肢は確か、『大事な人だよ』『クラスメイトだよ』であったはず。
一つ目は論外として、二つ目に関してもエンヴィルートでいうと外れ選択肢だ。『あいつ』というだけで誰の事を指しているのか分かる距離感という時点で、エンヴィは怒る。嫉妬の罪源者の称号をほしいままにするだけはある。
「あの男だよ、あの男。くたくたのワイシャツみたいにパッとしない男」
「そのくせ、ユキトの周りをチョロチョロチョロチョロ」
「目ざわりだよ。目ざわりだ。ねえ、ユキトもそう思うでしょう」
妙な反復後を使いながら捲し立てるエンヴィに、嫌な汗が伝う。階段を駆け上がりながら、脳みそをフル回転させる。エンヴィ試し行為の次の選択肢は、確か。
『俺もそう思うよ』
『目ざわりなんかじゃないよ』
『──彼に、なにかしたの?』
迷うべくもない、正解の選択肢は一番上だ。
「…………」
流れる沈黙に、ぞくりと悪寒が走る。わけもなく、先日の狩野の表情が脳裏を過ったから。
「狩野!一番上だ、絶対、一番上!」
「…………」
「狩野、おい、狩野!聞こえて──」
「『──彼に、なにかしたの』」
「馬鹿野郎――!」
死んだ、完全に死んだ。デッドエンド確定です本当にありがとうございました。どんなタイミングで暴走してるんだ、あいつ。
いつもは気にならないのに、妙に段数が多い階段が煩わしい。遠隔魔法越しに、ノイズの音が聞こえて来る。
「なに?どうしてそんな事きくの?」
「もしかして、心配してる?おかしくない?僕はユキトしか要らないのに?」
近くなってくる声音。目的地もまた近づいてくる。目的地と言えば当然エンヴィの部屋だが、もうすでに、扉越しに禍々しい魔力が溢れ出している。
「狩、野!」
「圭一!?」
「一時撤退だ!」
扉を蹴り破り、赤い封を切った爆弾チョコレートをエンヴィに向かって投擲する。爆発物コレクターという裏設定を持つ医務室の先生から、いくつかくすねてきた。
シナリオ外の行動であるが、今更だ。
もうとっくの昔から、この世界は俺の手を離れて一人歩きしている。
爆音が響く。魔法薬学の教科書を掲げ、爆風と熱線を防ぐ。
狩野の手を取ったまま、出口を目指して。
「行かせるわけないだろ」
「……っ、」
そんな言葉と共に、腹部を激痛が貫く。何らかの襲撃を受けたことは容易に想像がつくが──、
「的っ、確に傷口狙ってきやがってぇ!」
今朝できたばかりの傷を狙って来るあたり、非常にいやらしい。やはり罪源者とはどこか歪だ。
腹を抑えながら膝を着けば、掌にベッタリと血が付着する。過去に類を見ない重傷だった。
「圭一!」
「行け、狩野!どうにか後を追うから!痛ァー!」
「どうにかって、どうやって?」
土煙の中から、ヌッと突き出てきた腕。俺の首を締め上げて、エンヴィは血走った目で「なぁ」と唸る。
もう完全に、作者である俺の知らない挙動をしている。これは本当に死を覚悟するしか無いかもしれない。
「しぶといんだよ。しつこいんだよ。潰しても、潰しても潰しても」
「……っ、」
「何度も何度も沸いて出て。大人しく死んどけば良い物をさぁ」
呪詛を唱えながら、エンヴィは腕を振り抜いた。衝撃と共に視界が揺れて、自分が頭から床に叩きつけられたのだと悟る。
咳き込み、血の混じった唾液を吐き出し。ろくに息もできないまま、痛みに喘ぐ。
「幸人と僕の邪魔をするな、虫ケラ」
硬質なブーツが、腹の傷を抉るように踏み躙られて。
「────お前こそ、圭一と俺の邪魔をするなよ」
は、と。声にならない呼吸音が漏れる。
怒鳴られたわけでも無い、直接威圧されたわけでも無い。それでも、その低い呟きは、いやに空気を冷やした。
「ユキト?」
俺の代わりに、声の主へと呼びかけるエンヴィ。
「今、なんて──」
言葉は続かない。一条の光が、エンヴィの右脚を吹っ飛ばしたからだ。──俺の傷を抉っていた、右脚を。
エンヴィの目と口が、まん丸に見開かれる。次に響き渡ったのは、耳をつんざく獣のような咆哮だった。
わけがわからなかった。
この場にいるのは、俺とエンヴィと狩野だけで、エンヴィを牽制できるのも、1人だけで。
でも、俺が知っているあいつは、お人好しで、底抜けに優しくて、誰かを傷つけることに致命的に向かない男で────
霞がかった頭で、必死に状況を処理しようと試みる。そんな俺を置き去りに、事態はどんどん進んでいく。
「なんで!なんでなんでなんで!痛い!痛い痛いいたいイタイ!なんでこんな酷いことするの!?」
「……………」
「愛してるのに!愛してたのに!どうして、どうしてどうして!」
「おまえが嫌いだからだよ」
酷薄な声音に、眩暈がした。自分の鼓動の音が、耳元でやけに大きく響いていた。
相貌を擡げて、声の主を仰ぎ見る。
吹き荒ぶ魔力の奔流に、おののく黒髪。生白い相貌を隠すように揺れる前髪の隙間から、据わりきった双眸が覗いていた。
エンヴィを見下ろすそれは、怜悧でいながら、滾るような殺意に爛爛と色付いていて。
神代の黄金が、ぴかぴか、ぴかぴかと。
────だれだ、お前。
そんな言葉の代わりに血反吐を吐いて、目の前が真っ暗になった。一条の星だけが、ぴかぴかと暗闇に瞬いている。
それをただ眺めながら、波のように押し寄せる痛みに意識を攫われた。
『実績解除;かけがえのないともだち』
『「狩野幸人」に関する、新テキストが解放されました。解放されたテキストは、手帳から閲覧できます』
『ゲームをクリアすることで、あなたは元の世界へ帰ることができます』
そんな声に、俺はベッドから転がり落ちた。
うららかな昼下がりである。腰を抑えながら起き上がり、服の裾を払う。
つい先刻負った傷が開く。痛みに震える手で、手帳を開いた。
『嫉妬;好感度95%』
そんな記述を認めて、息を吐く。今の音声は、非常に不吉なだけの空耳であると自らに言い聞かせて。
「あの男。やけに馴れ馴れしい、しなびたタバコみたいな男」
再び遠隔魔法越しに響いた言葉を聞く頃には、転がるように医務室を出ていた。
医務室の先生の甲高い悲鳴が、背後から聞こえる。平生ならば「傷痛ァい!」とベッドにとんぼ返りしていたところだが、今の俺はそれどころではなかった。
「…………なんだその、胡乱な悪口!」
覚えの無いテキスト喋りやがって!
廊下を駆け抜けながら、確信する。これまでに散見された、シナリオとの乖離。それは積み重なって、ここにきて致命的なズレになろうとしていた。
「おい、狩野!聞こえるか」
遠隔魔法越しに語り掛ける。返事の代わりに、2歩後ずさる足音が聞こえた。肯定の合図である。
「それは、『エンヴィ試し行為ルート』だ!打ち合わせとは違うが、俺の言うことをよく聞いて乗り切ってくれ」
曲がり角を曲がって、階段の踊り場に飛び降りる。俺が行ったとて、という感じだが、今は話が別だ。このエンドは、失敗すると即死。生き延びたとしても、エンヴィに監禁された挙句に犯される。
最悪だ。自分の作った物で友達が処女を失うとか、切腹ものの業である。
具体的な解決策こそないものの、処女喪失ルートだけは阻止しなければならない。最悪、肉壁になるくらいの覚悟はあるが、まずは俺が到着するまでをしのぎ切ってもらう必要がある。
「エンヴィの言葉を否定するな」
「エンヴィ以外の名前を出すな」
「何があっても、『エンヴィが一番』という旨の返答をするんだ」
「…………絶対だぞ!」
念をおしながら、校舎を飛び出しては寮へと向かう。俺がモブでは無ければ、もっと盛大に魔法でショートカット出来ていたのだろうが──いや、今はないものねだりをしている場合ではない。
「あの男は、ユキトのなに?」
「…………『あの男って、誰』?」
よし、第一関門は突破。ここの他の選択肢は確か、『大事な人だよ』『クラスメイトだよ』であったはず。
一つ目は論外として、二つ目に関してもエンヴィルートでいうと外れ選択肢だ。『あいつ』というだけで誰の事を指しているのか分かる距離感という時点で、エンヴィは怒る。嫉妬の罪源者の称号をほしいままにするだけはある。
「あの男だよ、あの男。くたくたのワイシャツみたいにパッとしない男」
「そのくせ、ユキトの周りをチョロチョロチョロチョロ」
「目ざわりだよ。目ざわりだ。ねえ、ユキトもそう思うでしょう」
妙な反復後を使いながら捲し立てるエンヴィに、嫌な汗が伝う。階段を駆け上がりながら、脳みそをフル回転させる。エンヴィ試し行為の次の選択肢は、確か。
『俺もそう思うよ』
『目ざわりなんかじゃないよ』
『──彼に、なにかしたの?』
迷うべくもない、正解の選択肢は一番上だ。
「…………」
流れる沈黙に、ぞくりと悪寒が走る。わけもなく、先日の狩野の表情が脳裏を過ったから。
「狩野!一番上だ、絶対、一番上!」
「…………」
「狩野、おい、狩野!聞こえて──」
「『──彼に、なにかしたの』」
「馬鹿野郎――!」
死んだ、完全に死んだ。デッドエンド確定です本当にありがとうございました。どんなタイミングで暴走してるんだ、あいつ。
いつもは気にならないのに、妙に段数が多い階段が煩わしい。遠隔魔法越しに、ノイズの音が聞こえて来る。
「なに?どうしてそんな事きくの?」
「もしかして、心配してる?おかしくない?僕はユキトしか要らないのに?」
近くなってくる声音。目的地もまた近づいてくる。目的地と言えば当然エンヴィの部屋だが、もうすでに、扉越しに禍々しい魔力が溢れ出している。
「狩、野!」
「圭一!?」
「一時撤退だ!」
扉を蹴り破り、赤い封を切った爆弾チョコレートをエンヴィに向かって投擲する。爆発物コレクターという裏設定を持つ医務室の先生から、いくつかくすねてきた。
シナリオ外の行動であるが、今更だ。
もうとっくの昔から、この世界は俺の手を離れて一人歩きしている。
爆音が響く。魔法薬学の教科書を掲げ、爆風と熱線を防ぐ。
狩野の手を取ったまま、出口を目指して。
「行かせるわけないだろ」
「……っ、」
そんな言葉と共に、腹部を激痛が貫く。何らかの襲撃を受けたことは容易に想像がつくが──、
「的っ、確に傷口狙ってきやがってぇ!」
今朝できたばかりの傷を狙って来るあたり、非常にいやらしい。やはり罪源者とはどこか歪だ。
腹を抑えながら膝を着けば、掌にベッタリと血が付着する。過去に類を見ない重傷だった。
「圭一!」
「行け、狩野!どうにか後を追うから!痛ァー!」
「どうにかって、どうやって?」
土煙の中から、ヌッと突き出てきた腕。俺の首を締め上げて、エンヴィは血走った目で「なぁ」と唸る。
もう完全に、作者である俺の知らない挙動をしている。これは本当に死を覚悟するしか無いかもしれない。
「しぶといんだよ。しつこいんだよ。潰しても、潰しても潰しても」
「……っ、」
「何度も何度も沸いて出て。大人しく死んどけば良い物をさぁ」
呪詛を唱えながら、エンヴィは腕を振り抜いた。衝撃と共に視界が揺れて、自分が頭から床に叩きつけられたのだと悟る。
咳き込み、血の混じった唾液を吐き出し。ろくに息もできないまま、痛みに喘ぐ。
「幸人と僕の邪魔をするな、虫ケラ」
硬質なブーツが、腹の傷を抉るように踏み躙られて。
「────お前こそ、圭一と俺の邪魔をするなよ」
は、と。声にならない呼吸音が漏れる。
怒鳴られたわけでも無い、直接威圧されたわけでも無い。それでも、その低い呟きは、いやに空気を冷やした。
「ユキト?」
俺の代わりに、声の主へと呼びかけるエンヴィ。
「今、なんて──」
言葉は続かない。一条の光が、エンヴィの右脚を吹っ飛ばしたからだ。──俺の傷を抉っていた、右脚を。
エンヴィの目と口が、まん丸に見開かれる。次に響き渡ったのは、耳をつんざく獣のような咆哮だった。
わけがわからなかった。
この場にいるのは、俺とエンヴィと狩野だけで、エンヴィを牽制できるのも、1人だけで。
でも、俺が知っているあいつは、お人好しで、底抜けに優しくて、誰かを傷つけることに致命的に向かない男で────
霞がかった頭で、必死に状況を処理しようと試みる。そんな俺を置き去りに、事態はどんどん進んでいく。
「なんで!なんでなんでなんで!痛い!痛い痛いいたいイタイ!なんでこんな酷いことするの!?」
「……………」
「愛してるのに!愛してたのに!どうして、どうしてどうして!」
「おまえが嫌いだからだよ」
酷薄な声音に、眩暈がした。自分の鼓動の音が、耳元でやけに大きく響いていた。
相貌を擡げて、声の主を仰ぎ見る。
吹き荒ぶ魔力の奔流に、おののく黒髪。生白い相貌を隠すように揺れる前髪の隙間から、据わりきった双眸が覗いていた。
エンヴィを見下ろすそれは、怜悧でいながら、滾るような殺意に爛爛と色付いていて。
神代の黄金が、ぴかぴか、ぴかぴかと。
────だれだ、お前。
そんな言葉の代わりに血反吐を吐いて、目の前が真っ暗になった。一条の星だけが、ぴかぴかと暗闇に瞬いている。
それをただ眺めながら、波のように押し寄せる痛みに意識を攫われた。
『実績解除;かけがえのないともだち』
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