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プロローグ
これがパーフェクトコミュニケーション
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「ユキトぉ。やっと見つけた」
医務室の扉の隙間から、赤い眼光が覗いていた。毒々しく明滅する色彩は、人の深層的な恐怖を掻き立てる。やがて部屋に入ってきた男は、死人じみた蒼白の相貌に、やはり特徴的な赤い目をしている。
そしてそれは、紛れもなく俺もよく知っている、「グラトニー」その人だった。
グラトニーは、貧しい幼少期の経験から、食に対して異常な執着心を持っている。魔導士としての素質を見出され、学園に招かれた後でもその性質は変わらず。美食家にして、至上の悪食として学園中に名を馳せる。「この世の全てを平らげたい」とは、まさしく、彼というキャラクターを象徴する台詞だった。
飄々として、軽妙洒脱。奔放でいて、食以外への関心が極端に薄い。そんな彼がほとんど初めて興味を向けた人間こそが、今作の主人公である。
「心配したんだよぉ、ユキト」
間仕切りカーテン越しに降ってきた言葉に、意識を引き戻す。カーテンの隙間から見える男は、とび色の蓬髪を掻き上げながら、温い血の色をした双眸をぎゅう、と撓ませた。
「さっきはごめんね?いきなり嚙まれたりしたら、驚いちゃうよね」
しゅんと項垂れて、反省するポーズをとるグラトニー。
不意に、その姿に重なるように、3つのタブが出現する。
『来ないで』
『どうしてあんなことをしたの』
『謝らないで。俺こそ何も聞かずに逃げたりしてごめん』
狩野とグラトニーを隔てるように浮かぶそれは、選択肢だった。
本作の主人公は、この中から次の発言を選択し、その選択によって好感度が変動する。
選択を間違えれば即死も在り得るが、無闇に好感度を上げたとして、ハッピーエンドにたどり着けるというわけではない。『一番好感度が上がる選択肢』=『正しい選択肢』ではなく、正しいときに正しい選択をしなけれはならないのが、このゲームの厄介なところだった。
要は、健全に相手の機嫌を取りながら、好感度を上げなければならない。
故に、最も好感度が上がる選択肢は一番下だが、正解ではない。この場合の最適応答は──、
「『どうしてあんなことをしたの』」
強張った声音で答えた狩野に、赤い双眸が、皿のように見開かれる。やがて、ぐる、と虚空に幾何学を描いたそれは、「だって」という言葉と共に、真っ直ぐに幸人を捉えた。
「だって、大好きな子のことは、まだ食べたことなかったから」
無邪気な声音に反して、部屋の空気がぴんと張りつめる。
見開かれた双眸が、得も言われぬ圧を放っていて。こちらからは見えないが、狩野の緊張感を肌で感じた。
「ユキトのこと、かわいいと思うたびに食べたくて仕方がなくなっちゃう。キスをしながら、薄いおなかを縦に割いてあげる。気持ち良くて、温かくて、おいしくて。きっと幸せだよ。ユキトもおれと一つになれるんだよ。ね、みんな幸せ!」
「なのに、なんで。なんで逃げるの?おかしいよね。ひどいと思わない?」
グラトニーが話すたびに、耳障りなノイズが大きくなっていく。
バッドエンド手前になった時だけに見られる演出である。選択肢も先刻の黒字とは違い、ノイズがかった赤色をしている。
『化け物。死んでしまえ』
『許して。ごめんなさい』
『逃げてない』
ここで選択肢を間違えると、『三枚おろしエンド』に直行する。慎重に。ここで選ぶべきは──、
「正体を現したな……」
思わず本音をこぼすな。気持ちは分からなくもないけど。
どの選択肢よりも不正解な呟きに頭を抱えるが、ゲームの仕様上選択肢以外の言葉に、キャラクターは反応しないようになっている。のこのこ命拾いした狩野は、相変わらず硬い声で「『逃げてない』」と言った。
焦点の定まらない瞳が、僅かに細められる。へぇ、と落とされる低い声。それは何処か嗜虐的で、追い詰めた小動物を嬲るような響きを伴っている。
正規ルートならこのまま、「噓つき」と首をキュッと絞められているところだ。
「『噓じゃない。君を喜ばせたかっただけだ』」
が、実績『愛のお菓子泥棒』を開放している場合に限って、隠し選択肢が現れる。
不敵な笑みで懐から赤いパッケージを取りだす狩野。グラトニーは、何処か毒気を抜かれたように目を見開く。
「チョコレート?」
目を見開いて、そして、嗄れた笑み声を漏らす。それはやはり、嗜虐的な笑いだった。
「………あはは!本当にかわいいね、ユキトは。ただのチョコレートで俺の機嫌を取ろうっていうんだから!」
「でもそのチョコ、爆発するよ」
「まじで?」
ここにきて初めての真顔である。きれいな二度見をして、グラトニーは、何かに気づいたように「あ」と声を上げる。
度重なる事故によってわずか3日で販売停止となった幻のチョコレート。「チョコレートか爆発物かで言えば、爆発物」と悪名高いそれも、悪食と名高い彼にとっては最高の贈り物となる。
「これ、ずっと俺がほしかったやつ」
「『サプライズ。喜んでもらいたくて、ずっと探してた』」
「ユキト……もしかして、サプライズのために俺を避けて……」
眉をぎゅっと寄せたその双眸は、抑えきれない感激に濡れていた。「大好き!」という言葉と共に、お祭り騒ぎなSEが鳴り響く。パーフェクトコミュニケーションである。
ひとまずは切り抜けた。そんな安堵に胸をなでおろして、視界の端に表示されたポップアップに目を見開く。
『実績解除;命の恩人』
『「狩野幸人」に関する、新テキストが解放されました。解放されたテキストは、手帳から閲覧できます』
医務室の扉の隙間から、赤い眼光が覗いていた。毒々しく明滅する色彩は、人の深層的な恐怖を掻き立てる。やがて部屋に入ってきた男は、死人じみた蒼白の相貌に、やはり特徴的な赤い目をしている。
そしてそれは、紛れもなく俺もよく知っている、「グラトニー」その人だった。
グラトニーは、貧しい幼少期の経験から、食に対して異常な執着心を持っている。魔導士としての素質を見出され、学園に招かれた後でもその性質は変わらず。美食家にして、至上の悪食として学園中に名を馳せる。「この世の全てを平らげたい」とは、まさしく、彼というキャラクターを象徴する台詞だった。
飄々として、軽妙洒脱。奔放でいて、食以外への関心が極端に薄い。そんな彼がほとんど初めて興味を向けた人間こそが、今作の主人公である。
「心配したんだよぉ、ユキト」
間仕切りカーテン越しに降ってきた言葉に、意識を引き戻す。カーテンの隙間から見える男は、とび色の蓬髪を掻き上げながら、温い血の色をした双眸をぎゅう、と撓ませた。
「さっきはごめんね?いきなり嚙まれたりしたら、驚いちゃうよね」
しゅんと項垂れて、反省するポーズをとるグラトニー。
不意に、その姿に重なるように、3つのタブが出現する。
『来ないで』
『どうしてあんなことをしたの』
『謝らないで。俺こそ何も聞かずに逃げたりしてごめん』
狩野とグラトニーを隔てるように浮かぶそれは、選択肢だった。
本作の主人公は、この中から次の発言を選択し、その選択によって好感度が変動する。
選択を間違えれば即死も在り得るが、無闇に好感度を上げたとして、ハッピーエンドにたどり着けるというわけではない。『一番好感度が上がる選択肢』=『正しい選択肢』ではなく、正しいときに正しい選択をしなけれはならないのが、このゲームの厄介なところだった。
要は、健全に相手の機嫌を取りながら、好感度を上げなければならない。
故に、最も好感度が上がる選択肢は一番下だが、正解ではない。この場合の最適応答は──、
「『どうしてあんなことをしたの』」
強張った声音で答えた狩野に、赤い双眸が、皿のように見開かれる。やがて、ぐる、と虚空に幾何学を描いたそれは、「だって」という言葉と共に、真っ直ぐに幸人を捉えた。
「だって、大好きな子のことは、まだ食べたことなかったから」
無邪気な声音に反して、部屋の空気がぴんと張りつめる。
見開かれた双眸が、得も言われぬ圧を放っていて。こちらからは見えないが、狩野の緊張感を肌で感じた。
「ユキトのこと、かわいいと思うたびに食べたくて仕方がなくなっちゃう。キスをしながら、薄いおなかを縦に割いてあげる。気持ち良くて、温かくて、おいしくて。きっと幸せだよ。ユキトもおれと一つになれるんだよ。ね、みんな幸せ!」
「なのに、なんで。なんで逃げるの?おかしいよね。ひどいと思わない?」
グラトニーが話すたびに、耳障りなノイズが大きくなっていく。
バッドエンド手前になった時だけに見られる演出である。選択肢も先刻の黒字とは違い、ノイズがかった赤色をしている。
『化け物。死んでしまえ』
『許して。ごめんなさい』
『逃げてない』
ここで選択肢を間違えると、『三枚おろしエンド』に直行する。慎重に。ここで選ぶべきは──、
「正体を現したな……」
思わず本音をこぼすな。気持ちは分からなくもないけど。
どの選択肢よりも不正解な呟きに頭を抱えるが、ゲームの仕様上選択肢以外の言葉に、キャラクターは反応しないようになっている。のこのこ命拾いした狩野は、相変わらず硬い声で「『逃げてない』」と言った。
焦点の定まらない瞳が、僅かに細められる。へぇ、と落とされる低い声。それは何処か嗜虐的で、追い詰めた小動物を嬲るような響きを伴っている。
正規ルートならこのまま、「噓つき」と首をキュッと絞められているところだ。
「『噓じゃない。君を喜ばせたかっただけだ』」
が、実績『愛のお菓子泥棒』を開放している場合に限って、隠し選択肢が現れる。
不敵な笑みで懐から赤いパッケージを取りだす狩野。グラトニーは、何処か毒気を抜かれたように目を見開く。
「チョコレート?」
目を見開いて、そして、嗄れた笑み声を漏らす。それはやはり、嗜虐的な笑いだった。
「………あはは!本当にかわいいね、ユキトは。ただのチョコレートで俺の機嫌を取ろうっていうんだから!」
「でもそのチョコ、爆発するよ」
「まじで?」
ここにきて初めての真顔である。きれいな二度見をして、グラトニーは、何かに気づいたように「あ」と声を上げる。
度重なる事故によってわずか3日で販売停止となった幻のチョコレート。「チョコレートか爆発物かで言えば、爆発物」と悪名高いそれも、悪食と名高い彼にとっては最高の贈り物となる。
「これ、ずっと俺がほしかったやつ」
「『サプライズ。喜んでもらいたくて、ずっと探してた』」
「ユキト……もしかして、サプライズのために俺を避けて……」
眉をぎゅっと寄せたその双眸は、抑えきれない感激に濡れていた。「大好き!」という言葉と共に、お祭り騒ぎなSEが鳴り響く。パーフェクトコミュニケーションである。
ひとまずは切り抜けた。そんな安堵に胸をなでおろして、視界の端に表示されたポップアップに目を見開く。
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『「狩野幸人」に関する、新テキストが解放されました。解放されたテキストは、手帳から閲覧できます』
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