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文化祭1日目 敵情視察

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 楓帝高校の文化祭は2日間にわたって行われる。
そして校内外含めた来場者は、例年合計で20万人を記録する。
 展示のレベルの高さはさることながら、外部からの来場者には、『αやΩにお目にかかりたい』と冷やかし半分でやって来る人間が大勢いる。この学校にいると忘れそうになるが、αやΩとは日常生活ではそうそう出会う事のない人種であるのだ。
 故に来場者の中には例年、良からぬことを考える連中が数名紛れ込んでいる。
 そのため、外部から来たαやΩとのトラブルを防ぐための抑制剤服用が、学祭のガイドラインには組み込まれていて。
「抑制剤は服用したか」
 ガイドライン通りにαとΩの生徒に確認を取れば、教室の端々から返事が返って来る。
「愛宕」
 顎をしゃくれば、秀麗な面差しにわざとらしい作り笑いが浮かんだ。溜息を嚙み殺したまま、名簿に視線を落とす。
 相も変わらず愛宕との距離感は開いたままだ。
苦い心地のまま、愛宕の名前の隣にチェックを付けては、唇を尖らせて。
「あの来場者の中に、何人展示目当ての奴らが居るんだろうな」
 窓に張り付きながら呻いた猫田に、バインダーから視線を上げる。
一緒になって窓の外を覗き込めば、開場待ちの来場者たちが、長蛇の列を作っていた。
「気にするな」
「『ギイイ!不純!ふしだら!好色のミーハーどもが!』とか言わないんだ」
「俺を何だと思ってるんだ……。バース性云々関係なく、ウチの展示は一流だ」
 名簿の名前を数えながら言えば、僅かに室内の喧騒が止むようだった。相貌を擡げれば、皆が皆、皿のような丸い目でこちらを見ていて。
「なんか……変わったじゃん、委員長」
「丸くなったっつーか」
「…………意味が分からん……」
 綿井と飴村の言葉に、首を傾げる。俺はいつだって、事実しか言ってこなかった。
猫田に視線で助けを求めれば、同じように驚愕の表情のままこちらを凝視していて。
「…………まぁ、そうだな」
 満面の笑みで頭を撫で回してくる手を、また叩き落した。

 内装班と縫製班がこだわりぬいて作り上げた内装と衣装は、スタイリッシュな非日常感を演出。資材管理班を筆頭とした厨房の働きもあり、サービスの質は洗練されている。
 そして何より、一切の妥協なく作られたメニューは、学祭とは思えないほどのクオリティを誇っていた。
 広報班の集めた客を掴んで離さない我がクラスの展示は、間違いなく当校でもトップレベルの満足度であって。
大盛況の一日目は、てんてこ舞い。トラブルらしいトラブルもないにも関わらず、休む暇もない。どうにかクラスメイト達の休憩時間は確保できているのが、救いではあるが。
「ひーろと」
 原が声を掛けてきたのは、午後2時を回ったときだった。
 高い腰に、強調されたしなやかな筋肉とボディライン。文字通り原の為にあつらえられた瀟洒なウエイター衣装は、彼の魅力を最大限に引き出していた。
 謎のスポットライトを背負ったような輝きに目を細めながら、「なんだ」と呻く。
 その長い脚を伸ばしては、柔らかな癖ッ毛をピョコピョコ揺らしながらこちらにやってきて。
「一緒に休憩いこ」
 桃のような甘い香りと一緒に、肩にもたれかかって来る。その重みと、頬を擽ってくる細い髪に仰け反りながら「いや……」と呻く。
「行って来いよ、委員長」
 厨房から飛んできた声に、めり込んでくる原を押しのけながら振り返る。両手いっぱいにトマトを抱えた猫田と、ビーカーを掻きまわす真戸がいた。
「休憩とってないだろ。こんくらいなら、俺達だけでも問題なく回せるよ」
「今が最も客足が落ち着く時間帯だ。加えて二日目は更なる混雑が予想される。明日休めるとは思わない事だ」
「そうそう。何かあったら、すぐ連絡入れるし」
 そう言われると弱かった。
 確かにフィナーレである二日目は、有名タレントや歌手などを招いたイベントが開催されるともあって、来場者の数が一日目の1.5倍まで跳ね上がる。一日目でこれならば、真戸の言う通り明日は見学どころではないだろう。
 原にグイグイ手を引かれるまま、エプロンを外す。ヒラヒラ手を振って来る猫田に、「30分で戻る!」と宣言しては教室を出た。
「あと真戸!ビーカーを調理に使うな!」
「これは私物だよ」
「あそう…………」



『何と嘆かわしいことか。よりにもよって、私の息子が大罪人であったなんて』
『私たちが愛しあうことに、バース性が何の関係がありますか』
『黙りなさい。α同士の恋愛など、主も世間も赦しはしない。明日までにお前を誑かした者と手を切らなければ、私はお前を憲兵に差し出さなければならない』
 冷房に冷えた薄暗い講堂に、悲壮感に満ちた声が反響する。
 出入り口の脇の壁に背を預けたまま、スポットライトに照らされたステージ上を見つめた。
「…………ねぇ、どうしても見たいのってこれ?」
「上映中に喋るな」
 隣で小言を漏らす男を、肘で小突いて黙らせる。
 照明に照らし出された原の横顔は、不機嫌にむくれたものだった。
…………この時間帯に客足が落ち着く要因とは、単純に昼時を過ぎたというのもあるが。
強いてもう一つ上げるならば、この演劇の上演時間とバッティングしているという点だろう。
まず演劇というのは毎年競争率が高い。見目麗しいαやΩをメインキャストとして起用すれば、それだけである程度の来場者が見込める。この学祭をきっかけに芸能界に引き抜かれた人気タレントいるほどに、注目度は高かった。
そして今年の注目度は、歴代で一、二を争う物だといわれている。
 というのも。
「…………きたか」
 ざわ、と。俄かに会場がどよめく。
 一際眩しいスポットライトを背負いながら現れた男は、この演目の目玉とも言えた。
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