4 / 17
不穏な方のII型だ! 上
しおりを挟む
中間考査が終わり、校内の空気は本格的に文化祭一色に塗り替わる。
俺のクラスもまた、勉強会や虎の巻が功を奏したのか、このころには、半数以上の生徒が準備に励んでいて。
「睫毛今日バサバサじゃん。もしかして勧めたピーラー使ってくれた?」
「これは下地変えたからだね。でもピーラーも買ったよ。めっちゃジャガイモの皮剝いた」
「ピーラーの話かビューラーの話かはっきりしてくれ!……じゃなくって!手も動かせ、綿井、飴村!」
「委員長~、こっち終わったけど何か手伝うことある?おれ声帯模写とかならできるけど」
「亀山。丁度良い、調味料開発班に人手が足りてない。真戸が主任なので、彼に声を掛けて…………せ、声帯模写……?」
初期に比べて、とりわけβ連中は協力的だ。こういった機に、クラスメイト一人一人の個性や強みを知る事ができるのはありがたい。
何よりβの強みとは、その圧倒的な数の多さ。こうして一致団結することは、種としての生存戦略から見ても理にかなっていると言えて。
現に個としての発言権こそ、αや有力な後ろ盾を持つΩには劣るものの、多数派であるβの団結感は、確かにクラス内の空気を支配しつつあった。
ゆえに。
「おい、いい加減にしろよ」
ゆえにである。
鋭く響いた怒声に、口元が引き攣る。胸を占めるのは、「ついに来たか」という焦燥だけだった。
水を打ったように静まり返る空間。
クラス内の視線を一身に集めながら対峙するのは、男子生徒二人だった。一方は、β。一際熱心に準備に取り組んでくれていた生徒だ。
今にも嚙みつきそうな形相で、「もういっぺん言ってみろ」と唸る。
「やけん。僕らみたいな部活生には、学祭もハクサイも無いとって」
対して詰めようられた生徒は、半笑いのままそんな返答をする。
この空気感のなかで、少数────準備に参加しようとしない層は殊更目につくものだ。
学祭の準備も大詰めに入った今、少しずつ積もっていた不満が爆発するのも、時間の問題と言えた。
故にβ生徒のそれは、真っ当な怒りに違いない。だが、まずいのはその相手だ。
「Ⅱ型だからって調子乗ってんなよ」
『Ⅱ型』と。
その言葉に、青年の薄笑みが消える。彫像じみた美しい相貌が色を失うのと同時に、教室内の空気がにわかに張りつめる。
青年──愛宕は、αのⅡ型だった。
容姿に恵まれ、知能に恵まれ。そして何より、身体能力は群を抜いていた。ただでさえ強豪と名高い当校の剣道部。そのなかでも抜きんでた実力を誇り、中体連では、惜しくもαⅠ型に破れたものの、全国の決勝にまで駒を進めた。
「…………そうだよ」
顎を引き、愛宕は敵意に濁った眼でクラスメイトを睨め上げた。
「『最優秀展示賞』?やっけ。それ、正直僕にとってはど~でも良いんよな」
「…………はぁ?」
「やけん、君たちは皆で仲良く準備頑張ったら良いやん。内申にもなるんやろ。ただ僕をそこに巻きこむなっちゅー話で」
「…………」
「わからん?わからんか。ならはっきり言けど」
思い出したように佩かれた薄笑みに、不釣り合いな低い声で唸る。
「ヌルい青春ごっこしとる暇ないんよ、僕」
「黙って聞いてりゃ────!」
叫び、胸倉に掴みかかる。対して愛宕は、態勢の一つも崩さずにクラスメイトをただ冷ややかに見下ろすだけで。
臨界点。潮時だ。
溜息を嚙み殺しては足を踏み出すと、左肩に負荷がかかる。
「ひろとぉ」
「…………なんだ」
「おれトイレ行きたぁい」
「行って来れば良いだろうが」
「付いてきてくれないの?」
ギョッと振り返れば、案の定原が俺の肩にもたれかかってきていて。
餅のように頬を膨らませた緩い表情とは裏腹に、俺の手首を掴んだ力は、思わず声を上げるほどに強い。
「お、おい原…………」
「ねートイレいこ。トイレトイレトイレトイレ」
「離せぇぇ…………」
「漏れちゃう~~」
嘘だろ。まじでこいつびくともしねぇ。成人前男性の全力の抵抗だぞ。手足をバタつかせるも、ズルズルと引き摺られる。毛布か枕にでもなったような気分だ。
「原────、」
同時だった。
ずん、と。ぬるい空気が、途端に質量を増したような。そんな異様な息苦しさに、肩が揺れる。
「『グレア』…………」
誰かの呟きが聞こえるころには、咄嗟に鼻と口を覆っていた。
俺のクラスもまた、勉強会や虎の巻が功を奏したのか、このころには、半数以上の生徒が準備に励んでいて。
「睫毛今日バサバサじゃん。もしかして勧めたピーラー使ってくれた?」
「これは下地変えたからだね。でもピーラーも買ったよ。めっちゃジャガイモの皮剝いた」
「ピーラーの話かビューラーの話かはっきりしてくれ!……じゃなくって!手も動かせ、綿井、飴村!」
「委員長~、こっち終わったけど何か手伝うことある?おれ声帯模写とかならできるけど」
「亀山。丁度良い、調味料開発班に人手が足りてない。真戸が主任なので、彼に声を掛けて…………せ、声帯模写……?」
初期に比べて、とりわけβ連中は協力的だ。こういった機に、クラスメイト一人一人の個性や強みを知る事ができるのはありがたい。
何よりβの強みとは、その圧倒的な数の多さ。こうして一致団結することは、種としての生存戦略から見ても理にかなっていると言えて。
現に個としての発言権こそ、αや有力な後ろ盾を持つΩには劣るものの、多数派であるβの団結感は、確かにクラス内の空気を支配しつつあった。
ゆえに。
「おい、いい加減にしろよ」
ゆえにである。
鋭く響いた怒声に、口元が引き攣る。胸を占めるのは、「ついに来たか」という焦燥だけだった。
水を打ったように静まり返る空間。
クラス内の視線を一身に集めながら対峙するのは、男子生徒二人だった。一方は、β。一際熱心に準備に取り組んでくれていた生徒だ。
今にも嚙みつきそうな形相で、「もういっぺん言ってみろ」と唸る。
「やけん。僕らみたいな部活生には、学祭もハクサイも無いとって」
対して詰めようられた生徒は、半笑いのままそんな返答をする。
この空気感のなかで、少数────準備に参加しようとしない層は殊更目につくものだ。
学祭の準備も大詰めに入った今、少しずつ積もっていた不満が爆発するのも、時間の問題と言えた。
故にβ生徒のそれは、真っ当な怒りに違いない。だが、まずいのはその相手だ。
「Ⅱ型だからって調子乗ってんなよ」
『Ⅱ型』と。
その言葉に、青年の薄笑みが消える。彫像じみた美しい相貌が色を失うのと同時に、教室内の空気がにわかに張りつめる。
青年──愛宕は、αのⅡ型だった。
容姿に恵まれ、知能に恵まれ。そして何より、身体能力は群を抜いていた。ただでさえ強豪と名高い当校の剣道部。そのなかでも抜きんでた実力を誇り、中体連では、惜しくもαⅠ型に破れたものの、全国の決勝にまで駒を進めた。
「…………そうだよ」
顎を引き、愛宕は敵意に濁った眼でクラスメイトを睨め上げた。
「『最優秀展示賞』?やっけ。それ、正直僕にとってはど~でも良いんよな」
「…………はぁ?」
「やけん、君たちは皆で仲良く準備頑張ったら良いやん。内申にもなるんやろ。ただ僕をそこに巻きこむなっちゅー話で」
「…………」
「わからん?わからんか。ならはっきり言けど」
思い出したように佩かれた薄笑みに、不釣り合いな低い声で唸る。
「ヌルい青春ごっこしとる暇ないんよ、僕」
「黙って聞いてりゃ────!」
叫び、胸倉に掴みかかる。対して愛宕は、態勢の一つも崩さずにクラスメイトをただ冷ややかに見下ろすだけで。
臨界点。潮時だ。
溜息を嚙み殺しては足を踏み出すと、左肩に負荷がかかる。
「ひろとぉ」
「…………なんだ」
「おれトイレ行きたぁい」
「行って来れば良いだろうが」
「付いてきてくれないの?」
ギョッと振り返れば、案の定原が俺の肩にもたれかかってきていて。
餅のように頬を膨らませた緩い表情とは裏腹に、俺の手首を掴んだ力は、思わず声を上げるほどに強い。
「お、おい原…………」
「ねートイレいこ。トイレトイレトイレトイレ」
「離せぇぇ…………」
「漏れちゃう~~」
嘘だろ。まじでこいつびくともしねぇ。成人前男性の全力の抵抗だぞ。手足をバタつかせるも、ズルズルと引き摺られる。毛布か枕にでもなったような気分だ。
「原────、」
同時だった。
ずん、と。ぬるい空気が、途端に質量を増したような。そんな異様な息苦しさに、肩が揺れる。
「『グレア』…………」
誰かの呟きが聞こえるころには、咄嗟に鼻と口を覆っていた。
53
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説
俺の推しが幼馴染でアイドルでメンヘラ
ベポ田
BL
あの時引っ越してきたイケメン幼馴染が今はアイドルで俺の推し。ただしクソメンヘラ
橙矢将生(とうや まさき)
大人気アイドルグループの王子様担当。俳優業に力を入れる国民的スターだが、裏ではクソメンヘラの人間不信を拗らせている。睡眠薬が手放せない。
今村颯真(いまむら そうま)
橙矢の幼馴染であり将生くんの厄介過激派オタク。鍵垢で将生くんの動向を追ってはシコシコ感想やレポを呟いている。
コパスな殺人鬼の兄に転生したのでどうにか生き延びたい
ベポ田
BL
高倉陽介
前世見ていた「降霊ゲーム」の世界に転生した(享年25歳)、元会社員。弟が作中の黒幕殺人鬼で日々胃痛に悩まされている。
高倉明希
「降霊ゲーム」の黒幕殺人鬼となる予定の男。頭脳明晰、容姿端麗、篤実温厚の三拍子揃った優等生と評価されるが、実態は共感性に欠けたサイコパス野郎。
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
平凡腐男子なのに美形幼馴染に告白された
うた
BL
平凡受けが地雷な平凡腐男子が美形幼馴染に告白され、地雷と解釈違いに苦悩する話。
※作中で平凡受けが地雷だと散々書いていますが、作者本人は美形×平凡をこよなく愛しています。ご安心ください。
※pixivにも投稿しています
元魔王様は今世こそ平凡スローライフを開拓したい、、、のですが、元勇者(今世王子)が離れません!!!〜ベタつき具合はスライム並みです〜
しおりんごん
BL
いきなりだけど、『魔王』って聞いて思い浮かぶイメージはどんなのがある?
残虐?恐ろしい?人間をいたぶる?やばい奴?怖い?
うんうん、、、大体はそんな感じだよね
え?魔王、、、受け?勇者攻め?、、、何を言ってる?
と、とりあえず、、、なんかこわーい存在ってのはある程度の共有認識なんだと思う
、、、けどさ
俺はそんなことなかったから!!!!!!!!!!
確かに前任魔王(父)は道すがら人街を潰してきたり、秘境のドラゴンいたぶって舎弟にしたり、でっかい森を人間たちへの嫌がらせで更地にしたりしてたけど!
俺は争い事とか、痛いこととか、辛いこととか、魚を食べることとか、、、
全然好まないし、人間ともラブアンドピースで生きて行きたかったわけ!!!
と、まぁ過去形だから、もう俺の魔王としての生涯は終わったんだけど
だけども気が付けばなんと二度目の人生スタートしちゃってて!!
俺は念願の人として生まれることができたのなら、人が溢れる街から遠くの田舎町で牛に囲まれて、自給自足のスローライフで一生をゆっくり終えたいわけさ!
だから俺の理想のスローライフを開拓するため、、、とにかく活動開始だ〜!!
って、、、うん?前世帰り?魔導学校?元勇者の第二王子?!?!
あ、あの頭のネジが二桁は外れてる、イカれ勇者の生まれ変わり?!
おい!そんなの聞いてなっ、、、「あー、、、みぃつけた、キィちゃん♡」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!!!!」
俺の念願の人生、、、どうやら波乱確定らしいです
前世から激重感情持ちの前世勇者、今世第二王子の攻め×前世から念願の自由な人生を獲得するも、今世でも攻めに振り回され、逃げられない元魔王受け(チートではある)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる