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赤峰くんと青野くんの話
現場の言い分
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『赤峰、青野不仲説』
現在世間を賑わせる噂であり、質の悪いまとめサイトや動画だけでなく、週刊誌すらその疑惑を取り上げる事が増えた。それはひとえに、エース赤峰からリーダー青野への攻撃的な言動、エピソードトークが原因であるからして。決して、『根も葉もない』と言うわけでは無いからこそ質が悪い。
「『青野、赤峰不仲説の真相は!?』」
「ズバリ、本日のドッキリ企画のテーマになります!」
声を張り上げた芸人をカメラで撮影しながら、キリキリと痛む腹を摩る。
見ての通りこれはドッキリ番組の撮影現場で、ここはターゲットを見守る控室だ。尖った内容は元より、この企画にOKを出した先方にも驚きだ。勿論上手くいけば不仲説の払拭になるが、よほど彼らの絆に自信があると言う事だろうか。
だがそんな不確定要素だけでなく、俺の胃痛の原因は他にもある。
「いやぁ、正直わからんす……わかりませんね」
「ほぉ、わからない?」
「一緒に飯食いに行ったり、呑んだり。不仲ってわけでは無いけど、特別仲が良いかって聞かれると……」
…………おいおい大丈夫かよ。
快活、もしくは精悍な印象を抱かせる黒髪の爽やかイケメン。キリリとした表情でふわふわしたことしか言わねぇ。
ステージ以外でのメディア露出が少ない分、彼のキャラクターこそ知れてなかったが。こんな感じなの?彼って。霞を掴むような問答に、変な汗が止まらねえよ。
こいつこそが、俺含めたスタッフの胃痛の原因だった。
上手くいけば云々と言ったが、そもそもこの不発弾入り風船みてぇな青年を上手く扱わねば、この映像自体御蔵入りだ。
そして何より、この男天然である。またの名を、スタッフ殺しと言う。この手のタレントとの現場の後は、全キャストとスタッフが少し窶れて帰路につく事になるのだ。
「お、来ましたよ赤峰くん」
「赤峰!何か疲れてるんじゃないか?」
「青野くん。こっちの声は聞こえないからね、モニター越しには」
辟易したように突っ込む芸人に、照れ臭そうに後頭部を掻く。顔を僅かに赤らめて、深呼吸やら何やら、気分を入れ替えているようだ。ファンにとってはこういうのは堪らないのかもしれない。
「検証ドッキリって、具体的には何するんですか?」
これは台本のセリフだ。
「ああ、その説明がまだでしたね」
青野の振りに、芸人もまた、台本を読みながら態とらしく声を張り上げた。
「具体的にはズバリ、赤峰くんが青野くんの悪口を聞いたらどんな反応をするのかと言う物です。協力者はジュニアの藻部山くんと差部田くん。彼らと赤峰くんは普段どんな感じなの?」
「可愛がってますねぇ。この前もバックで踊ってもらったし」
「なるほど……」
「あと、赤峰に色々仕込まれてますからね。凄いと思いますよ、俺を罵倒する語彙」
青野の涼しげな目元が、キリリと引き締まる。崇高なドキュメンタリーのワンシーンみたいだと思う、音声さえ抜けば。言っている事がめちゃくちゃ間抜けなのが残念だ。
「ここで丁度赤峰くんがトイレから出てきました。早速初めてもらいましょうか。……かなり時間が経ってしまいましたねぇ」
「ハハーンさてはウンコだな?」
「はは、今のカットでお願いしまーす」
「え!」
「青野くんがさぁ、今までバラエティ露出少なかった理由わかったわ」「こう、向いてないんだわ、中身が。アイドルに」なんて応酬を繰り広げるうちに、『あのさぁ』、と、低いハスキーボイスが響く。
会話を辞め、モニターへと視線を移す芸人と青野くん。とうとう始まったドッキリの行く末に、固唾を飲んだ。
『青野くん、この前cパートのフリ間違ってたよな?』
『やっぱり?あの人だけは間違えちゃダメだろ。ダンスと歌くらいしか取り柄無いんだから』
マイクが拾ってきたジュニア2人の音声に、スタジオに緊張感が走る。ドッキリが始まったのだと理解していても、思いの外鋭い内容で心臓に悪い。青野は傷ついてはいないだろうか。
「藻部山、あいつよく見てんなぁ」
大丈夫くさい。トップアイドルのリーダーのメンタルへ伊達じゃなかった。
「おっと、赤峰くん行った!距離的にも、今の会話は確実に聞こえているでしょうが……」
「あ、あいつが手拭いてるハンカチ、前俺があげたやつ」
「そうですかセンスが悪いですねぇ!真っ直ぐ向かってくる赤峰くんに、ジュニアの2人もビビり気味です」
モニターに映し出されるのは、ご機嫌な赤峰だった。二重幅の広い目を細め、薄い唇は弧を描いている。とても、メンバーの陰口を聞いた人間の反応とは思えない。
────すわ不仲説立証か。
そんな大人たちの懸念をよそに、ジュニアの2人はさも今気付いたような反応を見せる。
『赤峰くんだ!お疲れ様です!』
『ちっす!』
『やっほー、ツアー以来?なんか育ったねぇ』
『あん時から2センチ伸びた』
『俺は1センチ』
『まじ。早いねぇ、若人の成長は』
『いや赤峰くん2つしか変わんないじゃん』
『はは、そだっけ?』
藻部山と差部田の間に割り込み、フレンドリーに肩を組む赤峰。どうやら随分と後輩を目にかけているというのは事実なようだ。ただ人懐こい笑みを浮かべる赤峰に対し、その後輩たちの表情は、何処か強張っていて。当然と言えば当然である。
『東の帝王』とまで呼ばれた、圧倒的スターの大先輩。
青野以外には温厚かつフランク。逆に言えば、それが赤峰が覗かせる数少ない『素の感情』であったし、彼が青野に対して特別な思い入れを持っているのは、見る人が見れば明らかだ。
そんな赤峰が、この場合一体どのような反応を示すのか。
それを現状で予測し得る人間が居るとすれば、同メンバーくらいではないか。
『俺はさぁ』と、心なし低く落とされた声に、2人の肩が跳ねた。
『すげー評価してんの。お前たちのパフォーマンス。だからやっぱ、バック任せられるのはお前たちしか居ねえやって。いつも世話になってんね』
『あ、ありがとう?』
『どうしたのさ、赤峰くん急に』
困惑する後輩に、赤峰は笑みを深める。
『だから、何かアドバイスとかあったら、俺にも直接教えてくれたら嬉しい』
『え?』
『お前たちくらいの実力者からの意見だったら、素直に受け入れられるからさ。寧ろありがたいまである!』
『っ、』
『それでそれは多分、メンバー全員……うちのリーダーも同じだと思うからさ』
ここまで聞いて、俺はこの赤峰が赤峰たる所以を知った気がする。その苦言に少しでも合理性があったなら、相手を許容し、己に対しても反映させようとする。そして相手を嗜めるのではなく、立てることでメンバーを庇う。この謙虚さと器の大きさが、彼がトップアイドルのエースたる所以に違いない。
少し感動すらする。青野に至っては、何故か本人がしたり顔である。「見たか、うちのメンバーを」とでも言いたげな表情だ。
それは当事者にも例外ではないようで、後輩2人は完全に赤峰に心酔しきっているようだった。こっちはこっちで、「アンタに一生着いて行くぜ」と顔に書いてある。
『それじゃ、俺これから打ち合わせあるから。今度何か奢るよ。ゆっくり喋ろう』
そして、赤銅色の短髪を靡かせて、身を翻す。止めにその桃花眼を涼しげに細めた。
颯爽と去っていく背を、若い羨望の眼差しがいつまでも追っていた。
「……いやぁ、凄いですねぇ。赤峰くん」
「ねぇ」
感嘆の声を上げる芸人に、青野はまた得意げに頷く。「見ましたか、俺たちの絆」なんて言って。
胸を張るその表情は、メンバーに対する誇らしさや、愛情に満ちているように見える。
「……これはもう、わざわざ結論を言う必要はないかもしれませんが」
「はい」
「『青野、赤峰不仲説』、立証ならず!彼らは紛れもない仲良しグループです!」
芸人の宣言に、異議を唱える者は当然居ない。『ドッキリ成功!』と書かれたプラカードを持つ芸人と、それを自分も持ちたがる青野。微笑ましい光景に、現場には和やかな雰囲気が流れた。
『…………ああ、赤峰です』
だがそんな雰囲気も、突如響いた声に霧散する。ネタバラシのため、青野と芸人の2人が退出した後の事だった。
声のした……控え室のモニターに映し出されるのは、スマートフォンを耳に押し当てる赤峰の姿である。先刻と同じ、人懐こい笑みを浮かべている。パラパラと雑誌を捲りながら交わされる会話は、どうやらマネージャーとの物のようだった。
『そうそう、バックダンサーの件なんですけどね』
不意に、絶えず響いていた、ページを捲る音が途絶える。
『今から変更なんてできないかなぁ、なんて』
あはは、と、気の抜けた笑い声が空疎に響く。本当に空疎だ。だって場の空気はもう凍り付いていたから。その一言は誰もが全てを察するに余りある。
『折角いろいろ手配してもらってたのに申し訳ないです。……手配前だった?ああ、それなら良かった』
『いや、問題があったわけじゃないですよ。ただよくよく考えると、新曲の雰囲気に合うグループがもっと別にあるんじゃないかって。方向性の違い?』
『ステージに上がるからには、ねぇ?演者の意向とか方向性とか、一致してるに越したことはないですよね』
その声音に、脊髄を氷柱でなぞられたような悪寒が走る。
嫌でも理解してしまったからだ。
……赤峰は、『許容』してなどいない。
己がリーダーに対する苦言も、自分以外からの誹りも。彼は本当に、何一つ許容してなどいなかった。
一見合理的に思える言い分は、実の所、『リーダーに賛同できぬ者とは同じステージに立てない』という、明確な拒絶でしか無い。
明日の予定を告げるような、はたまた、献立の相談でもするような。そんな軽い調子で談笑する男の表情が、急に見えなくなったような錯覚を覚える。
はっきりと読み取れるのは、そこにある『無関心』だけ。
あれだけ目をかけていた後輩が、一瞬で彼にとっての有象無象へと成り下がったのが分かった。たった一点、青野を否定したと言うだけで。
あまりに冷淡。あまりに露骨。
雑誌のページには、奇しくも青野の特集ページで開かれたまま放置されている。
俺には、それが全くの偶然だとは、とても考えられなくて。同僚へと視線を向けると、彼もまた、青い顔で此方を見ていた。
「…………編集担当は可哀想だな」
「ああ、仕事が増える」
漸く絞り出した声は、少しだけ震えていた。
青野と芸人の突入により、急に騒がしくなった控え室。やけに冷えた頭で、機材を覗き込んだ。
現在世間を賑わせる噂であり、質の悪いまとめサイトや動画だけでなく、週刊誌すらその疑惑を取り上げる事が増えた。それはひとえに、エース赤峰からリーダー青野への攻撃的な言動、エピソードトークが原因であるからして。決して、『根も葉もない』と言うわけでは無いからこそ質が悪い。
「『青野、赤峰不仲説の真相は!?』」
「ズバリ、本日のドッキリ企画のテーマになります!」
声を張り上げた芸人をカメラで撮影しながら、キリキリと痛む腹を摩る。
見ての通りこれはドッキリ番組の撮影現場で、ここはターゲットを見守る控室だ。尖った内容は元より、この企画にOKを出した先方にも驚きだ。勿論上手くいけば不仲説の払拭になるが、よほど彼らの絆に自信があると言う事だろうか。
だがそんな不確定要素だけでなく、俺の胃痛の原因は他にもある。
「いやぁ、正直わからんす……わかりませんね」
「ほぉ、わからない?」
「一緒に飯食いに行ったり、呑んだり。不仲ってわけでは無いけど、特別仲が良いかって聞かれると……」
…………おいおい大丈夫かよ。
快活、もしくは精悍な印象を抱かせる黒髪の爽やかイケメン。キリリとした表情でふわふわしたことしか言わねぇ。
ステージ以外でのメディア露出が少ない分、彼のキャラクターこそ知れてなかったが。こんな感じなの?彼って。霞を掴むような問答に、変な汗が止まらねえよ。
こいつこそが、俺含めたスタッフの胃痛の原因だった。
上手くいけば云々と言ったが、そもそもこの不発弾入り風船みてぇな青年を上手く扱わねば、この映像自体御蔵入りだ。
そして何より、この男天然である。またの名を、スタッフ殺しと言う。この手のタレントとの現場の後は、全キャストとスタッフが少し窶れて帰路につく事になるのだ。
「お、来ましたよ赤峰くん」
「赤峰!何か疲れてるんじゃないか?」
「青野くん。こっちの声は聞こえないからね、モニター越しには」
辟易したように突っ込む芸人に、照れ臭そうに後頭部を掻く。顔を僅かに赤らめて、深呼吸やら何やら、気分を入れ替えているようだ。ファンにとってはこういうのは堪らないのかもしれない。
「検証ドッキリって、具体的には何するんですか?」
これは台本のセリフだ。
「ああ、その説明がまだでしたね」
青野の振りに、芸人もまた、台本を読みながら態とらしく声を張り上げた。
「具体的にはズバリ、赤峰くんが青野くんの悪口を聞いたらどんな反応をするのかと言う物です。協力者はジュニアの藻部山くんと差部田くん。彼らと赤峰くんは普段どんな感じなの?」
「可愛がってますねぇ。この前もバックで踊ってもらったし」
「なるほど……」
「あと、赤峰に色々仕込まれてますからね。凄いと思いますよ、俺を罵倒する語彙」
青野の涼しげな目元が、キリリと引き締まる。崇高なドキュメンタリーのワンシーンみたいだと思う、音声さえ抜けば。言っている事がめちゃくちゃ間抜けなのが残念だ。
「ここで丁度赤峰くんがトイレから出てきました。早速初めてもらいましょうか。……かなり時間が経ってしまいましたねぇ」
「ハハーンさてはウンコだな?」
「はは、今のカットでお願いしまーす」
「え!」
「青野くんがさぁ、今までバラエティ露出少なかった理由わかったわ」「こう、向いてないんだわ、中身が。アイドルに」なんて応酬を繰り広げるうちに、『あのさぁ』、と、低いハスキーボイスが響く。
会話を辞め、モニターへと視線を移す芸人と青野くん。とうとう始まったドッキリの行く末に、固唾を飲んだ。
『青野くん、この前cパートのフリ間違ってたよな?』
『やっぱり?あの人だけは間違えちゃダメだろ。ダンスと歌くらいしか取り柄無いんだから』
マイクが拾ってきたジュニア2人の音声に、スタジオに緊張感が走る。ドッキリが始まったのだと理解していても、思いの外鋭い内容で心臓に悪い。青野は傷ついてはいないだろうか。
「藻部山、あいつよく見てんなぁ」
大丈夫くさい。トップアイドルのリーダーのメンタルへ伊達じゃなかった。
「おっと、赤峰くん行った!距離的にも、今の会話は確実に聞こえているでしょうが……」
「あ、あいつが手拭いてるハンカチ、前俺があげたやつ」
「そうですかセンスが悪いですねぇ!真っ直ぐ向かってくる赤峰くんに、ジュニアの2人もビビり気味です」
モニターに映し出されるのは、ご機嫌な赤峰だった。二重幅の広い目を細め、薄い唇は弧を描いている。とても、メンバーの陰口を聞いた人間の反応とは思えない。
────すわ不仲説立証か。
そんな大人たちの懸念をよそに、ジュニアの2人はさも今気付いたような反応を見せる。
『赤峰くんだ!お疲れ様です!』
『ちっす!』
『やっほー、ツアー以来?なんか育ったねぇ』
『あん時から2センチ伸びた』
『俺は1センチ』
『まじ。早いねぇ、若人の成長は』
『いや赤峰くん2つしか変わんないじゃん』
『はは、そだっけ?』
藻部山と差部田の間に割り込み、フレンドリーに肩を組む赤峰。どうやら随分と後輩を目にかけているというのは事実なようだ。ただ人懐こい笑みを浮かべる赤峰に対し、その後輩たちの表情は、何処か強張っていて。当然と言えば当然である。
『東の帝王』とまで呼ばれた、圧倒的スターの大先輩。
青野以外には温厚かつフランク。逆に言えば、それが赤峰が覗かせる数少ない『素の感情』であったし、彼が青野に対して特別な思い入れを持っているのは、見る人が見れば明らかだ。
そんな赤峰が、この場合一体どのような反応を示すのか。
それを現状で予測し得る人間が居るとすれば、同メンバーくらいではないか。
『俺はさぁ』と、心なし低く落とされた声に、2人の肩が跳ねた。
『すげー評価してんの。お前たちのパフォーマンス。だからやっぱ、バック任せられるのはお前たちしか居ねえやって。いつも世話になってんね』
『あ、ありがとう?』
『どうしたのさ、赤峰くん急に』
困惑する後輩に、赤峰は笑みを深める。
『だから、何かアドバイスとかあったら、俺にも直接教えてくれたら嬉しい』
『え?』
『お前たちくらいの実力者からの意見だったら、素直に受け入れられるからさ。寧ろありがたいまである!』
『っ、』
『それでそれは多分、メンバー全員……うちのリーダーも同じだと思うからさ』
ここまで聞いて、俺はこの赤峰が赤峰たる所以を知った気がする。その苦言に少しでも合理性があったなら、相手を許容し、己に対しても反映させようとする。そして相手を嗜めるのではなく、立てることでメンバーを庇う。この謙虚さと器の大きさが、彼がトップアイドルのエースたる所以に違いない。
少し感動すらする。青野に至っては、何故か本人がしたり顔である。「見たか、うちのメンバーを」とでも言いたげな表情だ。
それは当事者にも例外ではないようで、後輩2人は完全に赤峰に心酔しきっているようだった。こっちはこっちで、「アンタに一生着いて行くぜ」と顔に書いてある。
『それじゃ、俺これから打ち合わせあるから。今度何か奢るよ。ゆっくり喋ろう』
そして、赤銅色の短髪を靡かせて、身を翻す。止めにその桃花眼を涼しげに細めた。
颯爽と去っていく背を、若い羨望の眼差しがいつまでも追っていた。
「……いやぁ、凄いですねぇ。赤峰くん」
「ねぇ」
感嘆の声を上げる芸人に、青野はまた得意げに頷く。「見ましたか、俺たちの絆」なんて言って。
胸を張るその表情は、メンバーに対する誇らしさや、愛情に満ちているように見える。
「……これはもう、わざわざ結論を言う必要はないかもしれませんが」
「はい」
「『青野、赤峰不仲説』、立証ならず!彼らは紛れもない仲良しグループです!」
芸人の宣言に、異議を唱える者は当然居ない。『ドッキリ成功!』と書かれたプラカードを持つ芸人と、それを自分も持ちたがる青野。微笑ましい光景に、現場には和やかな雰囲気が流れた。
『…………ああ、赤峰です』
だがそんな雰囲気も、突如響いた声に霧散する。ネタバラシのため、青野と芸人の2人が退出した後の事だった。
声のした……控え室のモニターに映し出されるのは、スマートフォンを耳に押し当てる赤峰の姿である。先刻と同じ、人懐こい笑みを浮かべている。パラパラと雑誌を捲りながら交わされる会話は、どうやらマネージャーとの物のようだった。
『そうそう、バックダンサーの件なんですけどね』
不意に、絶えず響いていた、ページを捲る音が途絶える。
『今から変更なんてできないかなぁ、なんて』
あはは、と、気の抜けた笑い声が空疎に響く。本当に空疎だ。だって場の空気はもう凍り付いていたから。その一言は誰もが全てを察するに余りある。
『折角いろいろ手配してもらってたのに申し訳ないです。……手配前だった?ああ、それなら良かった』
『いや、問題があったわけじゃないですよ。ただよくよく考えると、新曲の雰囲気に合うグループがもっと別にあるんじゃないかって。方向性の違い?』
『ステージに上がるからには、ねぇ?演者の意向とか方向性とか、一致してるに越したことはないですよね』
その声音に、脊髄を氷柱でなぞられたような悪寒が走る。
嫌でも理解してしまったからだ。
……赤峰は、『許容』してなどいない。
己がリーダーに対する苦言も、自分以外からの誹りも。彼は本当に、何一つ許容してなどいなかった。
一見合理的に思える言い分は、実の所、『リーダーに賛同できぬ者とは同じステージに立てない』という、明確な拒絶でしか無い。
明日の予定を告げるような、はたまた、献立の相談でもするような。そんな軽い調子で談笑する男の表情が、急に見えなくなったような錯覚を覚える。
はっきりと読み取れるのは、そこにある『無関心』だけ。
あれだけ目をかけていた後輩が、一瞬で彼にとっての有象無象へと成り下がったのが分かった。たった一点、青野を否定したと言うだけで。
あまりに冷淡。あまりに露骨。
雑誌のページには、奇しくも青野の特集ページで開かれたまま放置されている。
俺には、それが全くの偶然だとは、とても考えられなくて。同僚へと視線を向けると、彼もまた、青い顔で此方を見ていた。
「…………編集担当は可哀想だな」
「ああ、仕事が増える」
漸く絞り出した声は、少しだけ震えていた。
青野と芸人の突入により、急に騒がしくなった控え室。やけに冷えた頭で、機材を覗き込んだ。
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