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第二章 未来
29話 憂鬱
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「お兄ちゃん!早く起きないと遅刻しちゃうよ!」
「んん~」
「もう!飲み過ぎだってー!もともと飲めないのにあんなに飲んで帰って!」
真里はエプロンを外しながら言った。
「朝ごはんちゃんと食べてね!じゃあ私行くから」
「おー。ありがとう」
起きてきた隆はまだ眠そうな顔で真里を見送った。
「ふう」
ペットボトルの水を飲んで大きなため息をつく。律子が出て行って2年が過ぎた。隆もまた暗く長いトンネルから抜け出せずにいた。
「引っ越そうかなぁ」
ソファに座り改めて部屋の中を眺めた。2年経っても律子と暮らした日々は隆の心に重くのしかかっていた。
真里は今年大学を卒業して大手IT企業に就職した。仕事は忙しがったが律子が去ったあとの隆を応援する様に世話を焼いていた。律子が出て行ったあの日、隆から渡された律子からの手紙を今でも大切に持っている。
真里ちゃんへ
突然でごめんさない
せっかく真里ちゃんと仲良くなれたのに本当にごめんね
私は隆くんに相応しい彼女になれなかった
それでも隆くんは私を許そうとしてくれてた
全て私が悪いのに…
隆くんの優しさと真里ちゃんの笑顔に励まされ救われました
私の気持ちがはっきりするまで一人で考えようと思ってます
もう誰も傷つけたくないから
これから先、もしどこかで隆くんや真里ちゃんに会えたなら、その時は笑顔を見せれるよになっていたいと思います
真里ちゃん、勝手なお姉ちゃんでごめんさい
(律子さん…元気にしてるかなぁ)
眠気を覚ますため隆は顔を洗った。鏡に映る自分を見て溜息をつく。
(何やってるんだ俺は…)
倒れている律子の姿を今でも思い出す。あれだけ苦しめてしまった後悔から抜け出すことがどうしてもできない。気怠い体をなんとか奮い立たせ仕事に向かった。
(律ちゃん大丈夫だろうか…)
車の中で隆の携帯が鳴った。
「もしもし」
「あっ、隆くん?里奈です、久しぶり」
「おおー!里奈ちゃん久しぶりだなー、元気?」
「うん、元気だよ。隆くんは?」
「うーん。なんとなく元気かなぁ」
「えー?何それー」
「どうしたの?里奈ちゃんが電話くれるなんて。何かあった?」
「今電話大丈夫?」
「うん。会社に着くまでだったら大丈夫だよ」
「そっか。隆くん、悪いんだけど近いうちに時間作って欲しい。いろいろ相談したい事があって」
「相談?」
「うん」
「うーん。じゃあ、今度の日曜はどう?里奈ちゃんがよければ」
「うん。大丈夫だよ」
「そしたら俺がそっちに行くよ」
「いいの?」
「うん。前に会ったモールの駐車場でいい?」
「うん」
「じゃあその時に」
◇
日曜日。朝から雨が降っていたが、出がけに見た天気予報では夕方には上がるみたいだった。
早めに着いた里奈は車の中で隆を待っていた。
隆とはあの時以来会っていないが、里奈は隆に苦労を共にした仲間のような感覚が芽生えていた。あの時のあの気持ちを理解し合えたことは今でも里奈にとって心の糧となっていた。
物思いにふけっていると見覚えのある黒い車が近づいてきた。
懐かしい隆の顔だ。里奈は笑顔で手を振った。
隆も気がついて手を挙げた。
「里奈ちゃん久しぶりー。待った?」
「ううん。私もさっき着いたの」
「そっかぁ。元気そうだね」
「おかげさまで」
「さぁ、どこで話そうか?」
「そうだねー、カフェとか?」
「オッケー」
二人はショッピングモールの中にあるカフェに入った。
「里奈ちゃん飲み物何がいい?コーヒー?」
「私オレンジジュース」
隆はカフェラテを注文した。
「本当久しぶりだね。里奈ちゃん今どうしてるの?」
「隆くん、私結婚したの。今、妊娠3ヶ月なんだぁ」
「えー!!本当にー?」
「うん。会社は寿退社して今は専業主婦だよ」
「もしかして?相手は…?前田君?」
「そんなわけないじゃーん!涼ちゃんとは、あの後すぐ別れたの。それからしばらくして親がお見合いの話を持ってきて…乗り気じゃなかったけど合ってみるといい人で。その人と結婚したんだよ」
「ハハ…そっか、びっくりしたー。いろいろあったんだぁ」
「アハハ、隆くん変わんないね」
「そう?」
隆は笑顔で言った。
「隆くんはどうしてるの?」
「俺?うん。相変わらずだよ…」
「彼女できた?」
「いや。いない」
「何で?モテるでしょ?」
「どうだろ?何度かそんな話もあったけど、なーんかそんな気になれなくてさ」
「ん?!っていうか里奈ちゃん。何でそんな事聞くの?」
「隆くん、律子さんと別れたんでしょ?」
「え?!別れたけど…何で知ってるの?」
「実はね、律子さんに会ったんだぁ」
「え?里奈ちゃんが?律ちゃんに?」
「うん。偶然コンビニで仕事中の涼ちゃんに会って少し話したの。その時に涼ちゃんが律子さんが帰ってきてるって…。それで私から律子さんに会いに行ったの」
「そっか…前田君が…。と言う事は律ちゃんは前田君と?」
「それが…違うの」
「え?どう言う事?」
「涼ちゃんは最近まで律子さんが帰ってきたことを知らなかったみたい」
「本当に?」
「うん。律子さんの勤務先の歯科医院に涼ちゃんが甥っ子を連れて行ったときに偶然再会したんだって」
「そうなんだ…で、律ちゃんは何て言ってたの?」
「うん。私、隆くんとの事がずっと気になってて律子さんに謝ったの。律子さんはそれは私が悪いんだって…だからその話はもう終わりにしようって言ってくれて…私の結婚と妊娠をすごく喜んでくれた」
「そっか…」
「律子さんは涼ちゃんを忘れる事は出来ない言ってた…。その事で隆くんを傷つけて最悪な彼女だったって手首の傷を見せてくれて…。私、涙が止まらなかった」
「そっか…律ちゃん変わんないなぁ。俺の事なんか気にしなくていいのに…」
「律子さんね、だからこそ急ぎたくないんだって…皆んなに迷惑かけたからって言ってた」
「そっか…」
隆は下を向いた。
「隆くんはどう思う?」
「え?どうって?」
「ふたりのことだよ」
「うーん。正直言うと俺はまだ律ちゃんを忘れられないし、前田君をよくは思えない」
「正直だね…でも、わかる気がする。私も律子さんと会うまではそうだったから…」
「今は違うの?」
「うん。涼ちゃんと付き合えた日々は今はいい思い出だし、律子さんも好きだよ。律子さんと知り合えてよかったと思う」
「すごいね里奈ちゃんは。俺はまだそこまでなれない…何やってるんだろうね俺は…俺だけ置いていかれたなぁ…」
「隆くん…」
「里奈ちゃん。前田君ってさ、どんな人なの?」
「え?」
「いや、律ちゃんと里奈ちゃんにそれだけ想ってもらえる人って、どんな人なのかなぁって」
「涼ちゃんは色んな人が1人になったような人かな」
里奈は笑顔で言った。
「え?どう言うこと?」
「色んな人の良いところが集まってる。優しいところ、面白いところ、気が利くところなんかも」
「へぇ、すごいな」
「もちろん、ダメなところもあるけど、それは全部その裏側なんだよー」
「え?よくわかんないかも?」
「んーとね。優しすぎて優柔不断になったり、面白すぎて空気読めてなかったり、気が利き過ぎて傷ついたり」
「あー、そう言うことね」
「本当に素敵な人だった…別れて辛かったけど、涼ちゃんと付き合えてよかったと思ってるよ。たぶん律子さんもそんな感じだと思う。ただ…」
「ただ?」
「私は思い出にできたけど、律子さんは今も気持ちは変わってないから…。隆くんには悪いけど、私は律子さんの気持ちを応援したいんだぁ」
「うん…わかってる。俺もずっと律ちゃんを応援してきたし、その気持ちは今も変わらない。
付き合えて嬉しかったし。そのぶん別れが辛くて引きずってるけどね」
「隆くんも辛かったもんね…」
「はぁ。ダメだ俺は。子供だなぁ」
隆は大きなため息をついて言った。
「里奈ちゃん、いろいろ教えてくれてありがとう。俺もこのままじゃダメだと思うから、なんとかしないとね…。そうだ里奈ちゃん、前田君の番号わかる?」
「え?う、うん、わかるけど」
「教えてくれない?」
「いいけど、何するの?」
「それからふたりはしばらく話して席を立った」
「それじゃ里奈ちゃん、気をつけて帰ってね」
「隆くん、本当に大丈夫?」
「心配しなくても大丈夫だよ」
「本当に?」
「本当だって」
「わかった…じゃあね」
「うん」
里奈は隆に手を振り帰って行った。隆も手を振り返し車に乗り込んだ。
「さぁ、ケジメをつけないとな」
ひと呼吸ついてから里奈から教えてもらった番号にかけてみた。
「緊張するな…」
あわよくば繋がらなければいいと思っていた。
3回目のコールのあと繋がった。
「もしもし?」
!!
「あっ、もしもし」
「はい」
「前田さんですか?」
「はい、そうですが」
「澤井です」
「え?」
「澤井隆です。わかりますか?」
「澤井さん?!あの澤井さんですか?」
涼一は驚いて聞き返した。
「そうです。あの澤井です」
「す、すみません。わからなくて」
「いいですよ。初めてかけたんだから。驚かせてすみません」
「いえ、どうされたんですか?」
「はい。少しお話しができればと思って。今からどこかで会えませんか?こっちに来てるんですよ」
「本当ですか?うーん。今から用事がありますので1時間後でよければ大丈夫ですが」
「わかりました。じゃあ1時間後にモールで」
「はい。着いたら連絡します」
電話を切った隆は疲れ、そのまま眠ってしまった。
準備をしていた涼一は時計を見た。時刻は13時を指している、動揺を隠しながら足早に出掛けた。
約1時間後、涼一は時間通りモールに着いた。着信の履歴を確認して隆に電話した。
「…はい」
「もしもし、前田です」
「ああ、前田君。ごめん寝てしまってた」
「いえ。今着きました。どこに居ますか?」
「二階の駐車場にいるよ。店の入り口で合流しよう」
「わかりました。すぐ行きます」
入り口に近づくにつれ、緊張で鼓動が速くなるのを感じた。自動ドアの前に見覚えのある男が立っていた。涼一はこわばった表情で会釈をした。男は手を挙げて応えた。
「お久しぶりです」
涼一が言った。
「そうだね。いつぶりだろう?」
隆は考えながら言った。
「たぶん僕が10代の頃ですので6、7年前だと思います」
「ああ!スーパーで会った時以来かぁ」
「そうです」
「前田君、コーヒーでも飲もうか」
「はい」
涼一はブレンドコーヒー、隆は今日2回目のカフェラテを注文した。
「前田君、まず、謝らせて欲しい。里奈さんとの事、悪かった…」
隆は頭を下げた。
涼一は驚いた表情で答えた。
「ち、ちょっと、澤井さん、やめてください。悪いのは僕なんですから。僕の方こそすみませんでした」
涼一も頭を下げて言った。
「ふう。これでやっとスッキリしたよ。律ちゃんと別れてからずっと引っかかってたんだ」
「僕もです」
「今日はね、前田君と色々話したいと思って電話したんだ」
「そうですか…。でも、僕の番号をどうやって知ったんですか?」
「うん。実は里奈さんに聞いたんだ」
「え?里奈が?」
「俺は別れてから律ちゃんにも里奈さんにも連絡はしてなかったんだけど、この前、突然里奈さんから電話があってね。色々話をしたんだ。
結婚したんだってね。妊娠も」
「はい」
「てっきり相手は前田君だと思ったよ」
「いえ。僕は里奈を幸せにする事は出来ませんでした」
「里奈さんは前田君との事はいい思い出に変えることができたと言ってたよ。付き合えてよかった…と」
「そうですか…」
涼一は寂しそうに微笑んだ。
「里奈はこんな僕を信じて支え続けてくれました。でも僕はそんな里奈を裏切り傷つけた…それでも彼女は全てを受け止め、許してくれた…そして全部を自分のせいにして離れていったんです」
涼一は唇を噛み締めながら言った。
「そうだったんだね」
隆は言った。
「はい…。あれだけ苦しめたのに…最後は今までありがとう…って…。里奈も律子も僕にはもったいない人です」
「そっか…。前田君、俺はあのふたりがどうして君を好きになったのかわからなかった。律ちゃんが自分を傷つけ、里奈ちゃんが自分を見失う程の男。それを今日は確かめたかったんだ」
「え?」
「正直俺はまだ律ちゃんが好きだ。できることならもう一度やり直したいと思ってる」
隆は真剣な表情で言った。
「そ、そうですか…」
涼一は力なく答えた。
「前田君はどうなんだい?君の気持ちは?」
……
しばらく沈黙が続いて涼一が言った。
「僕は律子が好きです。でも、あんなに傷つけた僕が今更、律子に…」
!!!
「さ、澤井さん?!」
突然隆が涼一の胸ぐらを掴んで言った。
「お前!何言ってんの?いい加減にしろよ!律ちゃんと里奈さんのこと全くわかってないじゃないか!俺がどんな思いで律ちゃんを手離したと思ってるんだ?いいか前田、律ちゃんはな、お前の事が忘れられずにいたからあんな事まで…」
隆の目から涙が溢れた。
「お前のために命までかけた律ちゃんの気持ちは…どうなるんだ?」
隆は手を放し席を立った。涼一は唖然としたまま動けず、テーブルの残ったコーヒーはカップの中でゆらゆらと揺れていた。
◇
数日後。隆は部屋の天井を見上げていた。
「ねぇ、お兄ちゃん、お兄ちゃんってば!」
真里が言った。
「んー?聞こえてるよ」
「もう!晩ご飯できたよ」
「ああ。ありがとう…」
真里は明らかに元気のない隆に少し不安になった。
「どうしたの?お兄ちゃん変だよ」
「ん?そうか?何でもないよ、食べようか」
「うん」
「真里。いつもありがとう」
「え?何?お兄ちゃんやっぱり変だよ」
「え?何が?」
「だって、そんな改まって」
「俺、変?」
「うん、すごく」
「そっかぁ。変だよなぁ、やっぱり…」
「あー!」
真里が突然叫んだ。
「な、何だよ、びっくりするじゃないか」
「もしかして、原因は律子さん?」
「まぁ」
「じゃあ!律子さんと会ったの?」
「いや、そうじゃないけど。そろそろケジメをつけないとなって」
「お兄ちゃん…」
不安そうな真里に隆は言った。
「真里、俺、実家に戻るよ。この部屋は広すぎるから…」
「そっか…そうだね…お母さん喜ぶよ。きっと…」
「んん~」
「もう!飲み過ぎだってー!もともと飲めないのにあんなに飲んで帰って!」
真里はエプロンを外しながら言った。
「朝ごはんちゃんと食べてね!じゃあ私行くから」
「おー。ありがとう」
起きてきた隆はまだ眠そうな顔で真里を見送った。
「ふう」
ペットボトルの水を飲んで大きなため息をつく。律子が出て行って2年が過ぎた。隆もまた暗く長いトンネルから抜け出せずにいた。
「引っ越そうかなぁ」
ソファに座り改めて部屋の中を眺めた。2年経っても律子と暮らした日々は隆の心に重くのしかかっていた。
真里は今年大学を卒業して大手IT企業に就職した。仕事は忙しがったが律子が去ったあとの隆を応援する様に世話を焼いていた。律子が出て行ったあの日、隆から渡された律子からの手紙を今でも大切に持っている。
真里ちゃんへ
突然でごめんさない
せっかく真里ちゃんと仲良くなれたのに本当にごめんね
私は隆くんに相応しい彼女になれなかった
それでも隆くんは私を許そうとしてくれてた
全て私が悪いのに…
隆くんの優しさと真里ちゃんの笑顔に励まされ救われました
私の気持ちがはっきりするまで一人で考えようと思ってます
もう誰も傷つけたくないから
これから先、もしどこかで隆くんや真里ちゃんに会えたなら、その時は笑顔を見せれるよになっていたいと思います
真里ちゃん、勝手なお姉ちゃんでごめんさい
(律子さん…元気にしてるかなぁ)
眠気を覚ますため隆は顔を洗った。鏡に映る自分を見て溜息をつく。
(何やってるんだ俺は…)
倒れている律子の姿を今でも思い出す。あれだけ苦しめてしまった後悔から抜け出すことがどうしてもできない。気怠い体をなんとか奮い立たせ仕事に向かった。
(律ちゃん大丈夫だろうか…)
車の中で隆の携帯が鳴った。
「もしもし」
「あっ、隆くん?里奈です、久しぶり」
「おおー!里奈ちゃん久しぶりだなー、元気?」
「うん、元気だよ。隆くんは?」
「うーん。なんとなく元気かなぁ」
「えー?何それー」
「どうしたの?里奈ちゃんが電話くれるなんて。何かあった?」
「今電話大丈夫?」
「うん。会社に着くまでだったら大丈夫だよ」
「そっか。隆くん、悪いんだけど近いうちに時間作って欲しい。いろいろ相談したい事があって」
「相談?」
「うん」
「うーん。じゃあ、今度の日曜はどう?里奈ちゃんがよければ」
「うん。大丈夫だよ」
「そしたら俺がそっちに行くよ」
「いいの?」
「うん。前に会ったモールの駐車場でいい?」
「うん」
「じゃあその時に」
◇
日曜日。朝から雨が降っていたが、出がけに見た天気予報では夕方には上がるみたいだった。
早めに着いた里奈は車の中で隆を待っていた。
隆とはあの時以来会っていないが、里奈は隆に苦労を共にした仲間のような感覚が芽生えていた。あの時のあの気持ちを理解し合えたことは今でも里奈にとって心の糧となっていた。
物思いにふけっていると見覚えのある黒い車が近づいてきた。
懐かしい隆の顔だ。里奈は笑顔で手を振った。
隆も気がついて手を挙げた。
「里奈ちゃん久しぶりー。待った?」
「ううん。私もさっき着いたの」
「そっかぁ。元気そうだね」
「おかげさまで」
「さぁ、どこで話そうか?」
「そうだねー、カフェとか?」
「オッケー」
二人はショッピングモールの中にあるカフェに入った。
「里奈ちゃん飲み物何がいい?コーヒー?」
「私オレンジジュース」
隆はカフェラテを注文した。
「本当久しぶりだね。里奈ちゃん今どうしてるの?」
「隆くん、私結婚したの。今、妊娠3ヶ月なんだぁ」
「えー!!本当にー?」
「うん。会社は寿退社して今は専業主婦だよ」
「もしかして?相手は…?前田君?」
「そんなわけないじゃーん!涼ちゃんとは、あの後すぐ別れたの。それからしばらくして親がお見合いの話を持ってきて…乗り気じゃなかったけど合ってみるといい人で。その人と結婚したんだよ」
「ハハ…そっか、びっくりしたー。いろいろあったんだぁ」
「アハハ、隆くん変わんないね」
「そう?」
隆は笑顔で言った。
「隆くんはどうしてるの?」
「俺?うん。相変わらずだよ…」
「彼女できた?」
「いや。いない」
「何で?モテるでしょ?」
「どうだろ?何度かそんな話もあったけど、なーんかそんな気になれなくてさ」
「ん?!っていうか里奈ちゃん。何でそんな事聞くの?」
「隆くん、律子さんと別れたんでしょ?」
「え?!別れたけど…何で知ってるの?」
「実はね、律子さんに会ったんだぁ」
「え?里奈ちゃんが?律ちゃんに?」
「うん。偶然コンビニで仕事中の涼ちゃんに会って少し話したの。その時に涼ちゃんが律子さんが帰ってきてるって…。それで私から律子さんに会いに行ったの」
「そっか…前田君が…。と言う事は律ちゃんは前田君と?」
「それが…違うの」
「え?どう言う事?」
「涼ちゃんは最近まで律子さんが帰ってきたことを知らなかったみたい」
「本当に?」
「うん。律子さんの勤務先の歯科医院に涼ちゃんが甥っ子を連れて行ったときに偶然再会したんだって」
「そうなんだ…で、律ちゃんは何て言ってたの?」
「うん。私、隆くんとの事がずっと気になってて律子さんに謝ったの。律子さんはそれは私が悪いんだって…だからその話はもう終わりにしようって言ってくれて…私の結婚と妊娠をすごく喜んでくれた」
「そっか…」
「律子さんは涼ちゃんを忘れる事は出来ない言ってた…。その事で隆くんを傷つけて最悪な彼女だったって手首の傷を見せてくれて…。私、涙が止まらなかった」
「そっか…律ちゃん変わんないなぁ。俺の事なんか気にしなくていいのに…」
「律子さんね、だからこそ急ぎたくないんだって…皆んなに迷惑かけたからって言ってた」
「そっか…」
隆は下を向いた。
「隆くんはどう思う?」
「え?どうって?」
「ふたりのことだよ」
「うーん。正直言うと俺はまだ律ちゃんを忘れられないし、前田君をよくは思えない」
「正直だね…でも、わかる気がする。私も律子さんと会うまではそうだったから…」
「今は違うの?」
「うん。涼ちゃんと付き合えた日々は今はいい思い出だし、律子さんも好きだよ。律子さんと知り合えてよかったと思う」
「すごいね里奈ちゃんは。俺はまだそこまでなれない…何やってるんだろうね俺は…俺だけ置いていかれたなぁ…」
「隆くん…」
「里奈ちゃん。前田君ってさ、どんな人なの?」
「え?」
「いや、律ちゃんと里奈ちゃんにそれだけ想ってもらえる人って、どんな人なのかなぁって」
「涼ちゃんは色んな人が1人になったような人かな」
里奈は笑顔で言った。
「え?どう言うこと?」
「色んな人の良いところが集まってる。優しいところ、面白いところ、気が利くところなんかも」
「へぇ、すごいな」
「もちろん、ダメなところもあるけど、それは全部その裏側なんだよー」
「え?よくわかんないかも?」
「んーとね。優しすぎて優柔不断になったり、面白すぎて空気読めてなかったり、気が利き過ぎて傷ついたり」
「あー、そう言うことね」
「本当に素敵な人だった…別れて辛かったけど、涼ちゃんと付き合えてよかったと思ってるよ。たぶん律子さんもそんな感じだと思う。ただ…」
「ただ?」
「私は思い出にできたけど、律子さんは今も気持ちは変わってないから…。隆くんには悪いけど、私は律子さんの気持ちを応援したいんだぁ」
「うん…わかってる。俺もずっと律ちゃんを応援してきたし、その気持ちは今も変わらない。
付き合えて嬉しかったし。そのぶん別れが辛くて引きずってるけどね」
「隆くんも辛かったもんね…」
「はぁ。ダメだ俺は。子供だなぁ」
隆は大きなため息をついて言った。
「里奈ちゃん、いろいろ教えてくれてありがとう。俺もこのままじゃダメだと思うから、なんとかしないとね…。そうだ里奈ちゃん、前田君の番号わかる?」
「え?う、うん、わかるけど」
「教えてくれない?」
「いいけど、何するの?」
「それからふたりはしばらく話して席を立った」
「それじゃ里奈ちゃん、気をつけて帰ってね」
「隆くん、本当に大丈夫?」
「心配しなくても大丈夫だよ」
「本当に?」
「本当だって」
「わかった…じゃあね」
「うん」
里奈は隆に手を振り帰って行った。隆も手を振り返し車に乗り込んだ。
「さぁ、ケジメをつけないとな」
ひと呼吸ついてから里奈から教えてもらった番号にかけてみた。
「緊張するな…」
あわよくば繋がらなければいいと思っていた。
3回目のコールのあと繋がった。
「もしもし?」
!!
「あっ、もしもし」
「はい」
「前田さんですか?」
「はい、そうですが」
「澤井です」
「え?」
「澤井隆です。わかりますか?」
「澤井さん?!あの澤井さんですか?」
涼一は驚いて聞き返した。
「そうです。あの澤井です」
「す、すみません。わからなくて」
「いいですよ。初めてかけたんだから。驚かせてすみません」
「いえ、どうされたんですか?」
「はい。少しお話しができればと思って。今からどこかで会えませんか?こっちに来てるんですよ」
「本当ですか?うーん。今から用事がありますので1時間後でよければ大丈夫ですが」
「わかりました。じゃあ1時間後にモールで」
「はい。着いたら連絡します」
電話を切った隆は疲れ、そのまま眠ってしまった。
準備をしていた涼一は時計を見た。時刻は13時を指している、動揺を隠しながら足早に出掛けた。
約1時間後、涼一は時間通りモールに着いた。着信の履歴を確認して隆に電話した。
「…はい」
「もしもし、前田です」
「ああ、前田君。ごめん寝てしまってた」
「いえ。今着きました。どこに居ますか?」
「二階の駐車場にいるよ。店の入り口で合流しよう」
「わかりました。すぐ行きます」
入り口に近づくにつれ、緊張で鼓動が速くなるのを感じた。自動ドアの前に見覚えのある男が立っていた。涼一はこわばった表情で会釈をした。男は手を挙げて応えた。
「お久しぶりです」
涼一が言った。
「そうだね。いつぶりだろう?」
隆は考えながら言った。
「たぶん僕が10代の頃ですので6、7年前だと思います」
「ああ!スーパーで会った時以来かぁ」
「そうです」
「前田君、コーヒーでも飲もうか」
「はい」
涼一はブレンドコーヒー、隆は今日2回目のカフェラテを注文した。
「前田君、まず、謝らせて欲しい。里奈さんとの事、悪かった…」
隆は頭を下げた。
涼一は驚いた表情で答えた。
「ち、ちょっと、澤井さん、やめてください。悪いのは僕なんですから。僕の方こそすみませんでした」
涼一も頭を下げて言った。
「ふう。これでやっとスッキリしたよ。律ちゃんと別れてからずっと引っかかってたんだ」
「僕もです」
「今日はね、前田君と色々話したいと思って電話したんだ」
「そうですか…。でも、僕の番号をどうやって知ったんですか?」
「うん。実は里奈さんに聞いたんだ」
「え?里奈が?」
「俺は別れてから律ちゃんにも里奈さんにも連絡はしてなかったんだけど、この前、突然里奈さんから電話があってね。色々話をしたんだ。
結婚したんだってね。妊娠も」
「はい」
「てっきり相手は前田君だと思ったよ」
「いえ。僕は里奈を幸せにする事は出来ませんでした」
「里奈さんは前田君との事はいい思い出に変えることができたと言ってたよ。付き合えてよかった…と」
「そうですか…」
涼一は寂しそうに微笑んだ。
「里奈はこんな僕を信じて支え続けてくれました。でも僕はそんな里奈を裏切り傷つけた…それでも彼女は全てを受け止め、許してくれた…そして全部を自分のせいにして離れていったんです」
涼一は唇を噛み締めながら言った。
「そうだったんだね」
隆は言った。
「はい…。あれだけ苦しめたのに…最後は今までありがとう…って…。里奈も律子も僕にはもったいない人です」
「そっか…。前田君、俺はあのふたりがどうして君を好きになったのかわからなかった。律ちゃんが自分を傷つけ、里奈ちゃんが自分を見失う程の男。それを今日は確かめたかったんだ」
「え?」
「正直俺はまだ律ちゃんが好きだ。できることならもう一度やり直したいと思ってる」
隆は真剣な表情で言った。
「そ、そうですか…」
涼一は力なく答えた。
「前田君はどうなんだい?君の気持ちは?」
……
しばらく沈黙が続いて涼一が言った。
「僕は律子が好きです。でも、あんなに傷つけた僕が今更、律子に…」
!!!
「さ、澤井さん?!」
突然隆が涼一の胸ぐらを掴んで言った。
「お前!何言ってんの?いい加減にしろよ!律ちゃんと里奈さんのこと全くわかってないじゃないか!俺がどんな思いで律ちゃんを手離したと思ってるんだ?いいか前田、律ちゃんはな、お前の事が忘れられずにいたからあんな事まで…」
隆の目から涙が溢れた。
「お前のために命までかけた律ちゃんの気持ちは…どうなるんだ?」
隆は手を放し席を立った。涼一は唖然としたまま動けず、テーブルの残ったコーヒーはカップの中でゆらゆらと揺れていた。
◇
数日後。隆は部屋の天井を見上げていた。
「ねぇ、お兄ちゃん、お兄ちゃんってば!」
真里が言った。
「んー?聞こえてるよ」
「もう!晩ご飯できたよ」
「ああ。ありがとう…」
真里は明らかに元気のない隆に少し不安になった。
「どうしたの?お兄ちゃん変だよ」
「ん?そうか?何でもないよ、食べようか」
「うん」
「真里。いつもありがとう」
「え?何?お兄ちゃんやっぱり変だよ」
「え?何が?」
「だって、そんな改まって」
「俺、変?」
「うん、すごく」
「そっかぁ。変だよなぁ、やっぱり…」
「あー!」
真里が突然叫んだ。
「な、何だよ、びっくりするじゃないか」
「もしかして、原因は律子さん?」
「まぁ」
「じゃあ!律子さんと会ったの?」
「いや、そうじゃないけど。そろそろケジメをつけないとなって」
「お兄ちゃん…」
不安そうな真里に隆は言った。
「真里、俺、実家に戻るよ。この部屋は広すぎるから…」
「そっか…そうだね…お母さん喜ぶよ。きっと…」
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※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
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