夢のあの人

にくだんご

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スリップ

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「今日のライブも、最高だった、、、。」

現役女子大生、時間を弄ぶなか友達も多い方ではなく、私は彼にすっかりハマってしまった。男にお金を貢ぐ気持ちは分からないでいたが、ここまで好きならばしかねない。初めて推しと言うものができた。推すとはこういうことかと実感する。現実で彼の名前を出すわけには行かないので、「彼」もしくは「澄村 竜巳」と呼ぶ。
ライブでは彼の一挙一動に体が痺れ、声を発するものなら歓喜の声が湧き出る。叫ぶ女子の気持ちが今まで全くわからなかったが、今ではよく分かる。
ただ私は、自分が自分ではなくなる感覚は少し怖くもあり、理性が崩れていく気がする為、奇声にまで感じられるあの甲高い叫びは未だ出した事がない。ミミズが鳴いているのか程度のか細い声で自分の昂りを発散している。
これが私の推しがいる生活だ。
勉強中、通学中、帰宅中、どこでも聞いていたい。

もちろんお風呂でも彼の曲を流しながら口パクしている自分の顔を眺めて鏡の前でぼっとする。
「声、尊い、、、。」
気づくと30分ほど経っており、顔が火照ってくる。低血圧で貧血持ちの私はここでいつもの立ち眩みと格闘するのだが、今日はなんだか勝手が違う。

闘う間もなく、視界が飛んでしまった。

ドボンッ!
幸いにも湯船にうまく倒れたようだ。足を少し打ったようだが、後は無傷。
「ぷはっ!」
視界が揺れているせいか、お風呂が広く感じる。頭がはっきりしてくるにつれて、自分の家のお風呂とはだいぶ違っていることに気づく。広すぎる。それに少し、古い?石造りのお風呂なんて今時あるのか。
「え、誰。」
視界がまだぼやけていたが、声の方を咄嗟に向いた。少年がいる。なぜ私の入浴中に男の子が入ってくるのだ。私は決してショタコンではないので、そんな幻覚も見るはずがない。視界がはっきりするにつれて、男の子の表情も確認できた。もの凄い無愛想な顔だ。イヤイヤ期の3歳児のような顔。年齢は10歳くらいか?
「ここ俺んちなんだけど。お姉さん変態でしょ。」
「変態って、入ってきたのは君でしょ?」
いや、なんとなく私が後な気もしていた。なにせ見たことないお風呂であるし、彼はシャンプーの最中なのだ。
「お風呂に飛び込んできたの、そっちが」
抑揚のない話し方だ。聞き覚えもあるが、そんな想像は失礼すぎる。おそらく、いや考え難いが、気を失いそうになった私は無意識に裸のまま他人の家に上がり込みお風呂に倒れ込んだのだ。いや、考えがたい。
「おばさん、変な事したらお父さん呼ぶからね。」
「ねえ、なんでおばさんに言い換えたの?」
「そこで何してるの。」
「無視、、、。私も分からなくて。ごめんなさい。貧血でフラフラきちゃったみたい。」
「でもおばさん、ドア開けて入ってきてないよ。」
「え?」
「いきなりお風呂にいたよ。」
「いやまさか。瞬間移動?私そんな力身につけたの。」
考え込んでいると、少年の視線が確実に私の胸に向いていることに気づいた。
「おばさんお母さんと違っておっぱいが上向いてる。」
「まあまだ吸われてないからね。って、そんなマジマジと見ないで!?」
って、ん?え、この子勃ってる?いや、そんな事はよくて、どうしよもう一回貧血なったら戻れたりするのかな。いや、この子に服借りて家まで歩こう。そんなに遠くまで瞬間移動なんて出来るわけないし。
「ねえ、ここ何市?」
「足立区」
「ああ、足立ね~。ってえ!?市でもないの?」
「え、おばさん市民なの。」
「今田舎者って思ったでしょ。ねえ、お小遣いもってたりしない?ちゃんと返すからさ。」
「えー。120円頑張って貯めたのに。いくら必要なの。」
「120円で何ができるの!?」
「え?」
あ、しまった。子供の夢を壊してしまった。
ドンドンドン!
「やば!ご両親今いるんだよね?」
「うん。部屋隠してあげようか。」
私もまあ感心はするが、この子の適応能力はいったい。

タオルを巻いて上がりこそこそと少年の部屋に隠れた。
「僕お夕食食べてくるから、お姉さんはここで動かないでね。」
そう言って布団を敷いて行ってくれた。これは一緒に寝る流れなのだろうか。小さかったし、甘えたい時期なのかも、と思いながら天井を見る。ほんとに古い家だ。今時柱の見える壁と、木の板感が強い天井。床は畳である。壁に貼ってあるポスターは白黒で、見た事もないバンドの人達だった。
「すっごい信じたくないけど、これはもうタイムスリップしたと言える」
そう考えて、少年の部屋を漁り出した。そしてリコーダーの名前を見て仰天する。推しの名前なのだ。汚い字で書かれたそれは、自分の嫌な予感を現実に変えた。何せ彼は今私よりはるか年上だし、それが今こんなショタで生意気に私と話しているのだから、これはもう風呂で倒れてから、私は目が覚めていないのだと考えるしかない。ここは私が意識不明の重体の中で作ってしまった都合の良い世界なのだろう。
ガチャッ
「動かないでって言ったのに。」
「大丈夫だよ。どうせ私に都合よくことが運ぶんだから。」
「何言ってんの。お姉さんそんな偉い人なの。」
「まあ、この夢の主だからね。」
「俺もそう思ったけど、日付けも朝見たニュースもはっきりしてるし今日1日で矛盾なんてなかったよ。こんな現実味ある夢あるかな。」
「何言ってるの。お風呂に突然こんな可愛い女の子が降ってくるんだから夢でしょ。」
「可愛いかは置いといて、唯一不思議な点なんだよね。てか、勝手に名前とか見ないでよ。お姉さんの名前は?」
そう言ってリコーダーを取り上げられた。え、そこ?と思いながら素直に答えてしまった。
「私は真寿。新庄真寿。」
「まことさん。僕はもう寝ます。布団は一つしかないので、寝たい時は勝手に入って下さい。」
まだ9時だというのにそう言ってさっさと布団に着いてしまった。
「あ、うん。」
寝てから起こしたら悪いと思い、隣に入れてもらった。寝たら戻れるかもしれない。それか目が覚めたら天国か。
「寒くない?」
「うん。ありがとう。」
結構優しい子だ。いきなりお風呂に侵入されてここまで世話を焼いてくれるなんて。安心してしまい、そのまま寝てしまっていた。
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