暗竜伝説魔法論

紅創花優雷

文字の大きさ
上 下
28 / 34

時が経てど変わらぬモノ

しおりを挟む
 事態が収まった後、サフィラはエーベネに半強制的に部屋に連れ戻された。
 蝶の姿で人を連れるのは、魔力を使ってでも骨が折れた。
『あのねサフィラ。別に貴女の趣味を否定するわけではないの。けどね、貴女はルージュ最高峰の女なのよ? その辺分かって行動してるのかしら?』
 あくまでもルージュとしての自覚をもって行動しろ。これはもう、召喚された時から何度も何度も言った事だ。
「ごめんなさい。つい理性を投げ捨ててしまったわ」
『気を付けなさいよ。まったく……』
「けど、マール可愛かった」
「あれは完全に受けよ受け。バリネコよ」
 深くため息をつき、机に付す。
 腐女子にとって、あの光景を見て興奮するなというのは随分酷な話。あれを見ただけで、気分最高潮だ。白飯三杯はいける、玄米でも可だ。
 エーベネは、本日何度目かのため息を漏らす。
『サフィラ。貴女はそろそろ結婚してもいい年頃よ。私が何を言いたいのか、分かるかしら?』
 言いたいことは痛いほど理解できる。
 サフィラはルージュの一人娘。そろそろ婿を取らないと、ルージュの血が絶える。サフィラとてそこに危機感を感じていないわけではない。だが、BLが好きだ。
「結婚ねぇ、素敵な事ね。だけどボーイズラブの方が素敵よ」
『歪みないわねぇ……。私はね、貴女の遺伝子を残してほしいのよ』
「そう? それなら心配しなくていいわ。私、別に男に興味が無い訳じゃないの」
 少しだけ照れくさそうに、ふふっと笑う。
 主のこの表情、初めて見た。エーベネは『そう』と短く返事し、これはチャンスかもしれないとサフィラが思いを寄せているかもしれない男を思い巡らせた。
 専属と言ってもいい程にルージュの女に仕えることが多いエーベネ。
 美の使い魔として、美の家系であるルージュがここで途絶えられたら非常に困るのだ。どのくらい困るかと言うと、蝶の羽が無い時くらい困る。蝶に羽がなかったら、ただの変な虫ではないか。
 ならば専門外ではあるが、恋のキューピットにでもなってやろうではないか。燃えるエーベネに気付いたのか、サフィラが苦笑いを浮かべた。



 マール達を寮まで見送ると、エテルノとアサナトは海の方でこれからどうするのか話し合っていた。
「で、僕等どうする?」
 おそらく、同じ苗字の奴は生きていないだろう。自分たちは結婚すらもしなかったし、他の兄弟は皆女だ。いるのなら頼りにしてもよかったのだが。
「やっぱパデラたちのところ行くか?」
 アサナトが提案した。
 いい案ではあるが、それは最終手段だろう。こちらも大人としてのプライドがある。
「だけどなぁ。大人が子どもの世話になる訳にもいかんだろ」
「確かに」
 それにはアサナトも納得のようだ。
 そもそも自分たちの存在を出していいのかという話しがある。
「というか、俺等伝説で死んでんだろ? 姿出して大丈夫なん?」
「いくら姿が書かれてないとはいえ大丈夫なわけないが、出さないとどうにもならん」
「だよなぁ」
 二人が少し考えて出た答えは、シンプルだった。
「アサナト。とりあえず、役所行くぞ」
「だな」
 困った時の役所。エテルノもアサナトも昔にそう教わった。
 転移魔法でそこまで飛び、中に入ってみる。驚くことに場所も外見も全く変わっていなかった。中が少し新しくなったかなくらいだ。
 窓口に座っていた女役員に声を掛けると、右手側にあるパネルを示した。
「魔力照合お願いします」
 これも変わっていない。やり易くて助かる。
 エテルノから先にパネルに手を合わせ、魔力を出す。照合完了と文字が出たその後に、アサナトも同じことをする。
「はい、ありがとうございます。えっと、エテルノ・マール様と、アサナト・パデラ様ですね。承りました、本日はどのようなご用件で……」
「……ん? エテルノ、アサナト……」
 案の定つっかかったようだ。そりゃそうだ。伝説を確認してみたところ、姿は記されてなくとも、名前ははっきりと書かれていた。
「あ、あの、驚かないでくださいね。僕等死んでないんですよ」
 あまり騒がれると困るから、静かに告げる。だが、向こうからしたら驚くななんて無理な話。目の前に織田信長がいたら驚くだろ、そう言う事だ。
「えー! ちょ、ヴァイスさん! 大変です! 伝説が!」
 女役員は大声を上げ、思わず立ち上がった。衝撃のあまり言葉をうまく紡げずに、口をぱくぱくさせている。
「なんだうるさいぞ。伝説がどうしたって……」
 騒ぎ声を聞いて、不機嫌そうな上司がやってきた。そいつも示された魔力を見て、声こそあげなかったが目を見開く。そして、パネルとエテルノ達を交互に見て、マジかと声を漏らした。
 席を変わり、冷静に本人確認と質問を始めた。
「えっと、確認しますね。使い魔の名前は?」
「俺はピピル。爬虫類系のやつ」
「アレルっていう、大蛇の使い魔」
「では、得意魔法は?」
「風」
「炎だぜ」
「お二人の職業は」
「遊戯戦闘魔法使い」
「俺もー」
「連勝記録は覚えてますかね?」
「それは覚えてない……ただ、負けた事はないですよ」
「ちょっとまて、俺一回お前に勝てたぞ」
「そうだっけか? 時間切れで引き分けはしょっちゅうだったけどな」
「そうだよ!」
 いくつか投げられた質問を難なく答えた。本人なのだから、答えらえない訳がない。記憶にないものもあるが。
 魔力照合で出たのだから間違いないが、改めて確信したようで、信じられないと震える。
 ……そんな事はあったが、役所での手続きは直ぐに終えた。とりあえず、寝床は見つけられて一安心。これからどうするかは後に考えよう。

 時刻は夜九時ほど。すぐ隣で爆睡するアサナトに腕を回し、暖かい魔力を感じながらエテルノも眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!

音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。 愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。 「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。 ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。 「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」 従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...