暗竜伝説魔法論

紅創花優雷

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望んだ事

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 エテルノは暗竜様の城の前にいた。
 この前の「長をくれ」というお告げを聞いた時、民たちは迷わずエテルノに頼んだ。詳細は全く聞かされていないが、自分たちの中で、若く、強い奴ならこいつしかいないと。
 暗竜様がなにを考えているのか検討もつかないが、求めるのなら。エテルノは扉を叩いてから中に入る。
『お、来たか』
 奥の部屋に座っていた暗竜様は、エテルノを見ると嬉しそうに微笑んだ。
「暗竜様、おはようございます」
「いきなり長などどうしたのですか?」
『……ここだけの話、神っぽいことしたかっただけだ。神と言えばお告げだろ?』
「あぁ、なるほど」
『民には内緒な?』
「分かりました」
 エテルノが頷くと、そこで会話が切れた。
 無口だとは聞いていたが、普通に喋れるじゃん。暗竜様がそう思ったのは最初だけ。何こいつ、話続かないんですけど。あー、そう言えば誰かが言ってたな「人間だとアサナトにしか懐いてない」って。
 沈黙が流れる中、エテルノがじっと見つめてくる。気まずくなった暗竜様は無難な話を切り出す。
『…………まあ、せかっく来たんだ。なんか質問あるか?』
「質問ですか」
 エテルノの表情が明るくなった。
 なんだ、こいつも他の民と変わらんじゃんか。なんとなく扱いが分かってきたぞ。
「では、ついでに訊こうとした事を……」
『ほう、なんだ? 何でも訊いていいぞ』
 年齢とかは訊かれても覚えてないけどな。そんな事思いながらニコニコしていると、エテルノは思いもしなかった事を訊いてきた。
「深海に沈んでいるあの土地って、何なのですか?」
「あと、海の向こうにある世界。不思議な事にそこには人にも魔力がなくて……暗竜様は何かが存知です?」
 ん? 何で知ってるの、それ。結界張っていたよね、まさか破られた……? あれを? 結構気合入れて張ったよ、あれ。え? と、暗竜様は顔には出さなかったが、物凄く動揺していた。それはもう、自身の魔力が溢れだしているのにも気づかない程に。
 魔力を感じたエテルノは、触れてはいけないところに触れてしまったと察し、後ずさる。
 その時。タイミングが悪く、アサナトがハイテンションで乗り込んできた。
「エッテルノー! 暗竜様ぁ~! 様子見に来たぜ~」
「何で来てんだアサナト! 逃げろ!」
「ん? て、ちょ、ヤバッ!」
 アサナトはこの状況に今更気付いたようだ。
 突然の緊急事態に思考が動くわけもなく、立ち止まっている。
「バカ野郎……」
 エテルノが急いでアサナトに駆け寄ろうとした。
 魔力を籠めて走りでした時、後ろで魔法陣が展開された気配がした。
 何の魔法陣か。それは放たれる魔力で把握できた。
 まずい。エテルノがそう思った時には少し遅かった。

『……やらかした』
 ふと我に返り、暗竜様は声を漏らす。感情が高ぶるとこの強い魔力の制御が効かなくなるのは昔っからの悪い癖。
 先程までいたエテルノの魔力を感じない。そこには自分が発動した術の形跡が残っている。
 封印魔法。昔、姉に教えてもらった護衛の最終手段だ。動揺した挙句に無意識にそれを民に使ってしまった。
 民になんと言えばいい。神が魔法の誤発動を起こしたなど、言えるわけがない。
 打開策に一つの案を思いついた。しかし、これをすると民に恐れられてしまうかもしれない。リスクが大きい事だ。
 しかし、今はそうするしかない。もとより何となくでお告げをした、神らしいことがしたいというそれだけだ。それなら、ここも神らしい言葉で誤魔化そう。
 次の日、民が起きたであろうタイミングを見計らって町に向かう。
 注目を浴びるなか幻覚を見せながら、威厳を魔力に乗せて声を発する。
『もっと強い奴を用意しろ。お前等なら出来るはずだ』
 できるだけ言葉は柔らかくしたが……どうだろうか。不安を抱えながらも表には出さないように、暗竜様は己の住み家に戻っていった。




 暗竜様が料理をしている部屋は、ごく一般的な家庭のリビングのような場所だった。真ん中のテーブルには七人は囲んで座れるだろう。
 風呂から上がって、部屋に真っ先に飛び込んだのは。人型のピピルだった。
「やっふー! 久しぶりの人型、動きやすいなこれ!」
 人型になってもきゃきゃっといつもの調子で走り回り、部屋をぐるりとしてからまた戻る。
「お前って人型だとそんなんなんだな」
 パデラはそう言って、ピピルの髪をわしゃわしゃとした。
 先程、ピピルは暗竜様の人型を見て、素直にカッコいいと思った。そして自分も使い魔だから出来る事を気付き、そう言えば思い出したから出来るじゃーん! と湯船の中で人型を発動した。
 そのせいで服が思いっきり濡れ、乾かしたりするのが大変だったが。
「イケメン?」
『どっちかって言うと、可愛い方だな』
 訊かれた物だから正直に答えると、ピピルはカッコいいと言われたかったみたいで。原形のディータの頭をぺしんと叩く。
「むー、そういうディータはどうなんだよ~見せろよー!」
『やだ』
 何の迷いもなく断ると、もう一発叩かれたから、痛かったわけではないが五倍返しで脛を叩いた。
 普通に痛かった。
 ピピルが痛がっていると、ちょうど暗竜様が料理を作り終えたようだ。机に料理を並べ始める。そして、ディータに話した。
「人型も悪いものではないぞ。何より手がいい。竜の姿じゃ料理はできないからな」
 見せつけるように指の一本一本を動かす。この動き、竜の手では到底できないだろう。
「出来たぞ。昔にアマテラスから教わってな、よくある朝ご飯だと。覚えておいてよかった」
 皆で椅子に座り、ディータはマールのそばにちょこんと座った。
 机の上の料理を見ると、白米とみそ汁に焼き鮭がある。匂いから食料をそそられ、とても美味しそうだ。
 しかし、ディータは箸が使えないから白米を食えない。すこし残念そうにしていると、暗竜様が訊いてきた。
「ディータも鮭だけ食うか?」
 確かに焼き鮭ならパクっと食べる事が出来る。
『そうさせてもらいます』
「わかった」
 鮭の乗った白い皿を差し出され、その前にお行儀良く座った。
「では、食べるとしよう」
 いただきますと手を合わせ、ご飯を口に運ぶ。
 とても美味しかった。流石暗竜様、料理も上手いのか。パデラが更に尊敬していると、隣でマールが鮭を前にして固まっているのが見えた。
「焼き魚は嫌いなのか?」
 訊くと、マールは小声で一言。
「これには、良い思い出が無い」
「あー、もしかして、骨?」
 そう言うと、こくりと頷く。
 これはマールが心を凍らせて直ぐ、山に籠り始めた時の話。
 感情がないと言えど三大欲求は働く。お腹が減り、どうするか考えながら歩いていると、川を見つけた。そこに手を突っ込み、魔力で魚を呼び寄せる。
 それで無事魚を五匹ほど捕まえた。しかし、当時十歳のマールだ。今もそうだが、料理なんて出来ない。だから炎魔法で直接焼き、直感でいい感じに仕上げた。
 あーお腹空いたと考えなしにかぶりつく。するとどうだろうか、骨が喉に思いっきり刺さったではないか。
 あれは痛かった。感情は動いていなかったが、痛くて泣いた。あれから焼き魚は食べていない。生で食べていた。
 骨が刺さると痛いが、抜くのも非常に面倒だ。
 マールは考えた結果、魚の骨を消すことにした。このくらいなら魔法の応用でいくらでもできる。その気になれば、人の骨でも出来るのだから。
 魔力を集めた手を魚にかざす。すると、速攻でパデラに掴まれ、止められた。
「ダメだぜマール! 魚の骨取るくらいで魔法使うって、味落ちるだろうが」
「食えりゃいい」
「よーくない。俺が取ってやるから、貸せ」
 こいつ普段バカなくせに、食に関しては押しが強い。
 拒むのも面倒だ、マールは「どこにこだわってるんだよ……」と文句を呟きつつも、大人しくパデラに皿を渡す。
「案外可愛いのな」
 と、エテルノに笑われたのが非常に癪だ。
 むっとしていると、暗竜様に言われた。
「子どもらしくていいと思うぞ。お前は年の割に大人すぎる」
 大人過ぎるというのは不本意だ。しかし子どもっぽくていいというのもなんだか……素直に受け取れない。
 そんな気持ちを分かってか、アサナトが言った。
「十三なんだから子どもでいいと思うぞ。俺なんて二十過ぎてんのに子どもだって言われたんだからなー、あの女神様に」
「女神様というと、アマテラスか?」
「はい」
「それなら安心しろ。余も昔、あ奴に子ども扱いされた。すでに千の歳は行っていたのに」
 フッと笑い、暗竜様が目を逸らす。
 千歳になっても子どもとは。そんなの人類として生きていたら、死ぬまでずっと子どもでではないか。あの女神は一体何歳なのだ。太陽神と言っていたから……エテルノはそこまで考えたが、面倒になり考えるのをやめた。
「そうなんですか。という事は、暗竜様、今は何歳です?」
 何となく気になって、マールが尋ねる。
「この世界で言うと、十万くらいか……。しかし、外だとまだ百年しか経てないからな。何と言えばいいんだろうなぁ」
 悩んで出された答えは「数えてもムダ」だった。
 まあ、明確な答えが出るとは思っていなかった。神はどこまでも生きる。
 しかし、それより気になった事があった。
「暗竜様、それどういうことですか?」
「あぁ、まあ教えてもいいか。別に隠す事でもない」
「あのな、この世界は今出来てから軽く十万年くらいは経っている。歴史が長いだろ? だけどな、結界の外の世界では、余が日本を滅ぼしてから百年くらいしか経ってないのだ」
 先程からいくつかの事実を知ったが、四人の中でこれが一番驚きだった。
 暗竜様が邪神だったというのも中々衝撃だったが、今それを上回った。
「なんでこれが一番驚かれているのか……言わない方がよかったか」
「いや、その時差はちょっとやり過ぎかと」
 いくらなんでも、それはあり過ぎる。一体何分の何だ。
「仕方ないだろ。元よりこの星には魔力が無かったんだ。そこに無理矢理魔力を撃ち込んだのだから、時空が歪んで当然だ」
 エテルノが、それで結界があったのかと納得した。そして思い出した。
 そう言えば、結界、壊したな……。バレてないといいが。
「エテルノ。二度と壊すなよ。魔力が漏れたら、外に結構な被害出るんだからな」
 普通にバレていた。
 暗竜様が管理しているのだから、当たり前の話か。
 そんな事を考えていると、マールが少し気まずそうにしているのが見えた。これは自分とほぼ同じだから伝わる感情、暗竜様は気付いていないだろう。
 こいつも壊したんだろうなと、心の中で頷く。どこまで似てんだか。
 教えるべきなのだろう。だが、暗竜様には言わないことにした。これはちょっとした意地悪。悪意はないとはいえ、五万年間封印されていた仕返しだ。ま、恨んでいるわけではないが。
 これで外がどうなろうとどうでもいい。エテルノはそんな事を考えながら味噌汁を飲んだ。

 全員が食べ終わり、ごちそうさまでしたと手を合わせる。少し休憩をしてから帰ることにした。
 門のところまで行くと、竜の姿に戻った暗竜様が見送ってくれた。
『またいつでもこい。まあ、そんな気軽に来れるような場所でもないが』
 確かにここは森の奥。そうやすく来られる場所ではない。
 しかし、またいつか来る事になるだろう。マールは先程戦った時、一つの夢を見た。
「その時は、暗竜様にも勝てるくらい強くなってきます」
 いつか、暗竜様を超えたい。たった今、目標が出来たのだ。一人じゃ無理でも、二人や四人なら完全に不可能ではないだろう。
『ほう、それは面白い。期待して待っているぞ』
 暗竜様は目を細めて笑う。
 楽しそうに手を振り、パデラが先に走っていくのアサナトが追いかる。その様子を見てマールが微笑み、歩いて行った。
 帰っていく少年たちの背中をしばらく見詰めていた。
 孤独には慣れているつもりだったが、遊びに来た子達が去ってしまうと少し寂しいものだ。
 空を仰ぎ見ると、そこには何も気にせずに雲が流れている。
『姉上……余は、素晴らしい神になれたでしょうか』
 聞こえるわけもない言葉を放つと、中に戻っていった。
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