暗竜伝説魔法論

紅創花優雷

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神になりたかった邪神

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 露天風呂は、この庭を出て九時方向にある。正確に言えば、一番奥の部屋に続く階段の下のスペースにある扉の向こうだ。
 そこに入ると、脱衣所があった。暗竜様が通れるスペースは確保してあるのだが、服をしまう時のロッカーなどが壁際に並べられており、これは明らかに人間用だ。
『大人数で入る風呂というものを、昔アマテラスに教えてもらってな。一緒に入ったんだ。その時からずっと夢だったのだ。民と一緒に湯に入るの』
『やっと叶った』
 嬉しそうに瞳を歪ませる。その表情は、普段の凛とした暗竜様とは違った雰囲気だった。
 暗竜様は、先入っているぞと一足早く風呂に向かう。
 アサナトは、あの女神と一緒に風呂入ったんかと考えたが、良からぬことが思い浮かびそうになったから止めた。
「じゃあ、脱ぐか。一人で大丈夫か?」
 大丈夫じゃなかったとしても人に脱がせてもらうなんてする訳ないだろ? そういう意味も丸々込めて、マールは頷いた。
 少し動けるようになった体で、湯に入る。するとその一瞬で、消費しきっていた魔力が全て回復した。
「すげぇ……」
 パデラが思わず声に出す。
 その横でマールは湯をすくい、どんなもんか観察してみていた。特別魔力を感じるわけではないが、これは中々凄い。
 深くつかり、和んでいるとそれを見た暗竜様が誇らしげに語った。
『余の特性湯だ。魔力もそうだが、疲労回復にも効くし、肌にも良い』
 それを聞いて、竜が肌に気を遣うとは思えなかったエテルノは、何となく聞き返す。
「暗竜様、肌に気を使っているのですか?」
『いや、気を遣う肌はないが、鱗にもいいんだぞ』
 そう言って尻尾の鱗を見せてくる。確かに、艶が格段に違うのが見て分かった。
『うん、そんな感じする~!』
『こらピピル! 泳ぐのではない、はしたないぞ』
 パシャパシャと風呂で泳ぐピピルを𠮟るディータ。その姿は母と子みたいで、なんだか微笑ましかった。
 風呂はいいものだな。そんな事を思いながら、横目で子ども達を見る。
 暗竜様は覚悟を決めて話を始めた。
『さて、余の事だったよな。おそらく、アマテラスからこの世界の成り立ちは訊いたのだろう』
 静かにピピルもそのもとに寄った。こにいた者の視線が暗竜様に集まる。
「はい。けど、何で知っているんですか?」
『昨日の夕に、アマテラス達を祀った神殿の方から魔力の波動を感じた。エテルノの子孫であるお前が、この世界の事に興味をもつことは予測出来たこと。……アマテラスなら、知っている分は話すのではないかと思ってな』
『お前等が知りたいのは、余の事だろう? できれば隠し通したかったが、特別に教えてやる』
 教えてやると言ったからには、怖くとも教えなければならない。
 子ども達からの期待の視線に応えるため、暗竜様は今まで誰にも言わずに隠していた事を解放させた。
『余は、ここからは遥かに離れたところにある星に伝えられていた、邪神なのだ』
 意を決して放ったその一言。
 それはマール達にとってはかなり衝撃だった。
「邪神⁉ なんで暗竜様が邪神なの?」
 アサナトが暗竜様に詰め寄り、慌てたように尋ねる。
 そんなアサナトの問いに、暗竜様は苦そうに答えた。
『さぁな。奴等は明確な理由は語らなかった。ただ意味もなく余の事を邪神と罵り、怒りをぶつけてきた』
『余はそうして嫌われていたが、余の姉上は違った。民に好かれ、慕われる。素晴らしい神。美しい白竜だったのだよ』
 思い出を懐かしみ、空を見上げる。そこでは太陽が、暖かい純白を浮かべていた。




 それは遠い昔の話。遠い昔だというのに、記憶に染み付いて離れない思い出だ。
「暗竜! 今日こそキサマを殺す!」
 もう見飽きた茶番劇。勇者を名乗る人間の男は、剣を力強くにぎり、殺気立った目で睨んでいる。
『……見て分からぬか。余は寝ていたのだ』
「お前の事など関係ない! 覚悟っ!」
 魔力を足に集め、一気に襲い掛かってくる。
 暗竜様は呆れたようにため息を吐き、体は寝かしたままで尻尾を振りかざす。それだけというのに、男は骨でも折れたように足を抑え「キサマ……」と恨みの籠った目で見てくる。
 こんな茶番劇、もう飽きた。どの人間も、殺すなんて大それたことを告げてくるのに、肝心な実力がない。
『去れ。余はまだ眠い』
 冷たく追い払うと、男は「覚悟してろ」と捨て台詞を吐き逃げて行った。

 次の日も、次の日も……変わり替わって人がやってくる。
 邪神め! と怒りを露わにして、そいつ等はモラルもなしに乗り込んでくる。
「お前が暗竜か」
 ある日現れたのは、珍しく女の勇者だった。立派な鎧を着て、仲間を引き連れている。「今日こそお前の息の根を絶つ」
 剣を暗竜様に向け、冷たく、殺意の宿った声で話す彼女は、いままでの奴とは違ってそれなりに実力があるように感じた。
『……一つ訊こう。なぜお前等は、余を嫌う』
 訊くと女は鼻で笑い、答えた。
「決まってる。お前が邪神だからだ!」
 あまりにも聞き飽きたフレーズ。
 邪神だから、か。
『余は……何もしていない』
 暗竜様はゆっくり立ち上がり、魔力を放出する。それはあまりにも強く、背筋が凍るほどのモノだった。
「く、私たちは屈しないぞ。皆! 行くぞ!」
 勇ましく声をあげる彼女の首は、次の瞬間、あっという間に吹き飛んだ。
『余が何をしたという! お前等が勝手にそう言っているだけだろ!?』
『お前等は、余に何を求めているのだ。生きているだけでなぜそんな事を言われなければならないのだ!』
 感情に対応するように溢れる魔力は、すでに制御が効かなくなっていた。連れの男の体が潰れ、他の女の頭がはじけ飛ぶ。
 とても良いザマで、暗竜様は嗤笑をあげる。感情に任せて暴走する魔力が、住み家の中には響き渡り、生き残った小さな少年に恐怖を与えていた。
『ん? こんなちっこいのを連れてくるとは……人類も落ちぶれたものよ』
「ひっ……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」
 幼い声で赦しを乞う少年は、ぽろぽろと涙をこぼしながら、腰の抜けた体でなんとか後ずさる。
『あーぁ、あの偽善者共も、酷い事をする者だ。子に見せていい光景ではないぞ』
『子を殺す趣味はないが、運が悪かったな少年。生憎今の余は機嫌が悪い』
 感情のない声で告げると、残るのは血と肉塊だけになった。無残に潰された物を、暗竜様は何の情もなく踏みつぶす。
 その瞬間、はっと我に返った。
『あぁ……余は、なんてことを……』
 この涙は、一体何の涙なのだろうか。そんな事は分からず、ただやけになって外に飛び出た。
 逃げるあては、ただ一つだけあった。それは姉のもとだ。
 しかし、直前まできて暗竜様は思いとどまった。否定され続けた自身の存在が、姉に受け入れてもらえるか、分からなくなってしまったのだ。
 民の意見が神の意見とは限らない、しかし、もし姉にも嫌われていたら……。
 そんな不安がよぎる脳内に、優しい声が溶け込んだ。
『暗、どうした?』
『姉上……』
 この世界で女神と呼ばれる白竜。その名は明竜。間違いなく、暗竜様の姉である。
 明竜様はやったきた弟に微笑みかけ、扉を開ける。
『よぉ来たな、暗。上がれ』
『はい』
 覇気のない返事の原因を、明竜様は大体わかっていた。
『暗、これだけは覚えておけ』
『民が何と言おうと、お前は我の大切で可愛い弟だ』
 暗竜様にとってその一言がどれだけ嬉しかったか。それはきっと明竜様の想像を絶するものだったろう。
『ありがとうございます、姉上』
 少し照れくさそうに笑う弟を尻尾で撫でる。
 なんだか楽しくなってきた。尻尾を絡ませじゃあれあっていると、向こうの扉の開く音がした。
「失礼します明竜様。今朝いい魚手に入れたんですよ、塩漬けにしてきたのでおすそ分けに……」
 嬉々とした声で箱を鞄から取り出すその男は、つい最近殺意を隠そうとせずに襲い掛かってきたアイツだった。
「暗竜! なぜキサマがここにいる!」
 声を荒げ、素早く魔力を剣に変る。それを暗竜様に向けた。
 まずい。明竜様が間に入り、男を止めようとする。
『まて! 落ち着け人間。暗は我の』
「明竜様、ここは俺がどうにかします!」
 しかし、こいつも聞く耳持たず……。なぜなのだろうか。いつもいう事を訊くというのに、なぜ暗竜絡みになった途端に感情的になるのだ。
『話を聞け! お前等は、違うと何度言ったら分かるのだ!』
 優しさを見せる暇はない。姉として、家族を護らなければ。その意思で明竜様は魔力を放つ。
『姉上、おやめください』
 暗竜様がそれを止めた。
『しかし……』
『余は大丈夫です。竜が人間に負ける訳ないじゃないですか』
 そう言うと、姉との間に結界を張る。向こうで必死になにかを言っているが、聞こえないふりをして暗竜様は男と共に外に転移した。
『人間よ。そんなに死にたいのなら、お望み通り殺してやる』
 魔力で軽く威嚇をすると、一瞬怯んだと思ったが直ぐに襲い掛かってきた。
 物凄い形相で牙をむいた男だったが、攻撃にカウンターを入れるとあっという間に骨が砕き、血を吐いた。
 地面に倒れ、ぴくっと体を痙攣させる。神聖な場所に置いていい物ではないと、それを下界に転移させた。あとは人間がどうにかするだろう。
 中の結果は回収し、顔を出さずにそのまま帰って行った。

 帰ったらすぐに眠りにつっき、起きた時にはまだ真夜中だ。
 つい先ほどまで雨が降っていたようで、まだかすかにその匂いがする。
 まだ体を動かす気にもなれず、再び目を閉じる。そうすると、離れた所にある人間達の住み家が脳内に映し出された。
 そう言えばこんな魔法もあった。魔力の制御が上手くいっていないせいで、無意識に発動してしまっているようだ。
 見たくない。そう思っても、目を開くのが面倒で、見詰めたまま。そこには純白の竜が大勢の民を前にして凛と立っていた。
 民に慕われ、信じられる。そんな神が、自分の姉であった。
 姉のような神になりたい。そう思い始めたのはいつからだろうか。おそらく、初めてその姿を目にした時からなのだろう。胸のうちにきらめいたあの感情を忘れるわけがない。
 このままじゃいけない。幼いあの日に、姉と交わした約束を果たすには……。
 暗竜様は外に出た。
 宿る魔力を左右の翼に籠め、闇夜に広げる。暗闇に溶けるその翼は、姉のモノとは正反対だった。
『姉上、なにも言わずに出ていく事を、どうかお許しください』
 今ここにいない存在に赦しを乞うと、すぐに宇宙に飛び立つ。
 生まれ育った故郷を宇宙から見ることになるとは、思ってもいなかった。もう二度と帰ってくる事もないであろうその星を横目で流し、宛てもなく進んでいった。
 暫しの旅だ。目指す先は分からない。
 宇宙は思っていたよりも遥かに広かった。
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