暗竜伝説魔法論

紅創花優雷

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貴方様とのお手合わせ。

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 それから暗竜様の城には直ぐにたどり着いた。
 樹々と海をバッグに佇む黒い城は、傍から見たら少し怖いだろう。濃く漂う強力な魔力もその原因の一つだが、この世界のモノからしたら恐怖の「き」の字もない。
 暗竜様の加護があるから、その魔力は少年たちに恐怖とは真逆の感情を与える。
「八時だから大丈夫だよな」
「大丈夫だろ?」
 時間が早すぎないか気にしながら、魔力を集めた手で大きな扉に触れる。すると、扉はゆっくりと開いていった。
 暗竜様は奥にいるだろうと思っていたが、意外にも扉のすぐ前で待ち構えるように丸まっていた。
 二人の気配に気づくと、起き上がり大きくあくびをする。そしてはるばるやってきた子ども達を見て、目を細めた。
『マール、パデラ。よく来た』
 穏やかな声で歓迎すると、子ども達は元気に挨拶をしてくれた。
「暗竜様、おはようございます」
「おっはよー暗竜様」
『あぁ、おはよう』
 来る事を予測していたかのような出迎え方だった物だから、マールは尋ねてみた。
「気付いてたのですか?」
『勿論。余が民の魔力に気付けないわけがなかろう。と言っても、昨日の夜初めて気付いたのだが』
「暗竜様すっげぇ~!」
 キラキラした目で暗竜様を見詰め、パデラは声を漏らす。
 一方マールも、憧れの存在がこんなに近くにいる事に内心興奮していた。入学式の時は何とも思えなかったが、こうしてみるとカッコいい……。
 しかし、目的は見失うわけにもいかない。暗竜様に話を切り出そうとしたが、それよりもあちらの方が早かった。
『お前等は、歴代にもなくその歳で魔力を使いこなし、強さを身に着けている』
『どうだ? 余と一戦、交えてみぬか?』
 愉快そうに微笑み、告げられた思わぬ誘い。
『もしお前等がその強さを余に見せてくれたら、その知りたいことを教えてやろう』
 そこまで気付かれていたとは、恐れ入った。だが、そんな事が気にならない程、マールはうずうずしていた。
 誰しも憧れる暗竜様。しかし、手合わせをした事ある者は伝説上でもエテルノだけだ。
「勿論、やります」
「俺もー!」
『やっと使い魔の力の見せ時だな~、待ってたぜ』
『あぁ、精一杯努力しよう』
 二人と二匹が、一切の迷いも見せずにだした答え。暗竜様は朗らかな笑みを浮かべた。
『では、始めようか。来い』
 庭に繋がる扉がひとりでに開き、外の風景が広がった。
 樹々に囲まれたフィールドは、戦うためににでも作られたんかといいたくなるような空間だった。きちんと外に害がないように薄い結界が張ってある。
 暗竜様は挨拶代わりに魔力を放出し、威嚇に似たような形をとった。
 始まる。マールとパデラは顔を合わせて頷き、左右に別れた。
 小手試しに一発と、撃ち込んだ野球ボール程の氷の粒。人間に対しては鋭い牙をむくそれも、竜の固い鱗を相手には容易く敗れる。こんなもの、蚊以下だろう。
 人間相手と違うのは、この鱗の強度だ。効かないのはマールも理解している。
 パデラに視線をやり様子を確認する。こいつは丁度、魔力を集中させているところだ。
 タイミングを見極め、魔法陣を同時に展開させる。すると、パデラが向こうからニコッとマールに笑いかけ、自身の魔法陣に更なる魔力を籠めた。
 暗竜様は攻撃を避けるために翼を広げた。空高く飛び、陣の模様が確認できないであろう位置まで行った。ここまで行ったら、通常攻撃は当たらないだろう。さあどうする? 地上を見下ろした時、マールの魔法陣が歪みその模様を変えた。
 模様は見えなくとも、魔力は感じ取れる。
 発動された魔法が何か察した。
『なるほど、そうくるか』
 マールの魔法陣から氷の小鳥の群れが飛び出し、暗竜様に向かって真っすぐに飛んでいく。氷に変換された魔力が、対象者に接近すると爆発を起こす仕組みだ。
 これの対処法は一つ。燃やす事だ。
 暗竜様は群れに向かい炎を吐き、それを融かす。水になった魔力が地面に流れ落ち、雨を降らした。
 一通りいなくなったと思ったが、暗竜様は群れに気を取られ、背後に回っていた他より二回りほど大きな小鳥に気付けなかったようだ。それが爆発を起こし、空中でよろけた。
 チャンスだと、パデラが雨の水を集める。それに電気を宿し、塊をいくつかに分けて投げつけた。
 それもまた命中したが、どうやら暗竜様には大したダメージではなかったようだ。どこ吹く風のようで、降り立ってきた。
 翼をたたむと暗竜様は、主に魔力を供給しているディータとピピルに視線をやる。主の方も、まだ使い魔との協力戦は慣れていないのだろうし、使い魔からしても新しい主との戦闘に対応するのにはまだ時が不十分なようだ。
 しかしこれは実力の関係ではなく、時の問題だ。今どうなる問題ではない。
『流石だ。お前等の歳でここまで出来るのは滅多にいないぞ』
 褒められると、パデラが嬉しそうに笑い「やったな!」とマールに声を飛ばした。マールも「そうだな」と控えめな笑みで返す。なんとも可愛らしい事やら。
 しかし和んでいる暇はない。暗竜様は反撃だと言わんばかりに、庭一帯を覆うほどの魔法陣を展開した。
 地面にいては避けられない。ディータとピピルが無地の魔法陣を展開させ、そこを足場にして上に逃げるように言う。
 一個目の魔法陣を踏むと、いくつもの魔法陣がらせん状に空に導くように現れた。
 二人の体とらせん状の魔法陣には、使い魔限定魔法の「透明化」がかかっている。それにより、暗竜様に姿を見られる事はない。
 確かに、姿は見えない。だが、人が無意識のうちに放つ魔力を隠せないのなら意味が無い。
 人間は常時薄く魔力を放っている。特に強い奴は、内に溜め過ぎないためにそうなるように成形されているのだ。しかし、子どもである彼等が、この事を知っていないのも無理はない。
 目を閉じ、魔力を感じるのに意識を向ける。手前側にマール、右斜めの方にパデラだ。
 見えない足場となっている魔法陣に、極細の魔力の線を送り込んだ。すると、その模様が上書きされ別の魔法陣に変わってしまった。
 強力な攻撃型の魔法陣。二人が急いで飛び降りたのを感じると、地面の魔法陣も一気に発動させた。
 射程圏内だ。
 魔法陣が強い光を放ち、それが波動として体に衝撃を与える。
 しかし、その前に勝手に魔力がバリアとなるように体を囲った。それのおかげで、来るはずの痛覚がなくなった。
 不思議そうにするが、気にしてらんないと気を入れ直し、マールは立ち上がる。そしてパデラの隣に行き、肩を叩いた。
「パデラ、大丈夫か?」
「おうよ、なんか分からんけど、へーきだった!」
 心配そうなマールを安心させるように笑顔を見せ、勢いよく立ち上がる。
「一発、行こうぜ」
「あぁ、そうだな」
 そんな事を話すと、再び左右に別れ互いに一つずつ大きな魔法陣を展開させる。そこには残りの魔力を全て籠めてあり、体に残るのはわずかな量だけだった。
 正直、展開させるだけにでも一苦労。だが、これを成功させれば、きっと暗竜様に……。そんな思いを籠め、二人は同時に声を上げた。
「六花氷柱」
「古豪雷鳴!」
 魔力を帯びた六本のツララが、それぞれ一つの花を咲かせ、その反対側で雷が渦を作っている。
 氷と雷の最上級魔法に値するほどの威力。それぞれの魔法陣から、氷と雷が強大な威力を孕みながら暗竜様のに襲い掛かる。
 流石に怯ませることは出来ただろう。それから隙もなく、二人はもう一つの魔法陣を上空に広げる。
 普通に考えてこんなに大きな魔法をもう一度発動する事は不可能だ。しかしこれは自分自身の魔力ではない。ご先祖様のモノだ。
 暗竜様は展開された魔法陣を見ると、目を丸くする。
 はるか昔に最強と呼ばれた魔法。万の時を得て、再びこの世界に現れた。
 最強と呼ばれた彼等の力を借りて、少年たちは自身の強きを証明する。それは、暗竜様に認めてもらうために。そして好奇心を満たすためだ。
「不変千風!」
「不滅千火っ!」
 マールとパデラの魔力の籠った声が響く。同時に、魔法陣から風を纏った不死鳥と、炎を纏った不死鳥が舞い降り、雄叫びを上げる。そして暗竜様に向かって勢いよく襲い掛かった。
 攻撃をすると、二匹の不死鳥は宙を漂う魔力となり姿を消した。
 やるところまでやった。マールもパデラも、精一杯の魔力を使った。残った魔力はカス程度。体から力が抜けその場に座り込んでしまった。
 暗竜様はそんな二人のもとに行き、笑顔を見せる。
『ふむ、よくやった。お前等の実力、しかと確認させてもらった』
『凄いな。正直、ここまでとは思っていなかった。若き実力者、余も嬉しいぞ』
 上機嫌に話す暗竜様。体力も魔力も使い過ぎてしまった少年を尻尾で撫でた。
『しかしまぁ、魔力の配分は考えないとな。本来の戦闘なら、魔力を使い切ったら命の終わりだぞ』
 それはもっともな意見だ。魔力を使い切るというのは、戦闘中、最も避けなければならない事。なぜなら、人は魔力がないと体も満足に動かせないのだ。
「ははっ、つい……」
 苦笑いを浮かべ、パデラは頬をかく。
 マールも、暗竜様との戦闘となって、柄にもなく興奮してしまった事を少し恥じるように「はい」と返事した。
 二人とも楽しくなってしまったのだ。夢中にオモチャで遊ぶ子どものように、それ以外に意識が向かず、魔力の残量を気にしていなかったのだ。
「子どもっぽい所もあるんだなぁ、意外と」
「そうだな。愉しむのは何よりだが、残量には気を付けろよ」
 これまたもっともな大人のアドバイスだ。
 マールは素直に頷く。
「うん、そうする……」
 その後、可笑しいのに気付いた。
 振り返ると、エテルノとアサナトがいる。しかし、この人たちはさっき行けないって……。驚く二人はよそに、エテルノは暗竜様に挨拶をした。
「お久しぶりです、暗竜様」
「マジで久しぶりですね! 覚えてます? エテルノとアサナトだぜ」
 アサナトが弾んだ声で尋ねると、暗竜様はうむと頷き答える。
『勿論、覚えてるぞ。久しいな』
『それにしても、意地悪な奴だ。素直に力を貸してやればいいものも』
「自身の生き写し実力を見てみたかったものでね……。悪かったとは思ってません」
「待て、エテルノ。それはどういう事だ?」
 会話を遮り、マールはエテルノに訊く。
「あぁ、すまないなマールお前等の実力がどんなもんか見たくて即興で嘘ついた。だから、さっきのは全部噓だ」
 ……なんと意地悪な大人なのだろうか。悪かったとは思っていないと言った後の「すまない」ほど信用できないものは無いだろう。
 口を尖らせ、マールは呟く。
「意地悪」
「たぶんお前もこんなもんだと思うぞ。僕の生き写しなんだから」
 そう言われると何も返せなくなった。
 自分の顔などそうじっと見るものでもないから忘れるが、似ているのだ、それはもう非常に。
 とりあえず魔力の回復をしたい。そう思っていると、暗竜様が自慢げに話し出した。
『こんな事もあろうかと、露天風呂を造っておいたのだ。入っていけ。そこで全部話してやる』
 ついに訊きたいことが聴ける。マールとパデラは、ついでにエテルノとアサナトも嬉しそうだ。
 しかし、体が思うように動かない。困っているのを察し、アサナトがパデラを持ち上げた。空の段ボールでも運ぶように軽々しく抱き上げるものだから、パデラはすっげぇと声を漏らした。
「持てんの?」
「ははっ、お前体重四十後半くらいだろ? そんくらいならヨユーよ」
 驚いているパデラを見て、マールは思った。お前さっき使い魔二匹普通に持ち上げてたろ、と。多分あの二匹は累計五十キロはある。
 そんなこと考えていると、エテルノがマールを見詰めて訊いてきた。
「持てるかな……お前、体重何キロ?」
 何キロでも持てないだろうが。その続きの言葉は、発せられなくとも分かった。
「三十五だ」
 素直に答えると、暗竜様と大人二人が心配そうな目で見てきた。
 この反応、大体察していた。
『な……お前、ちゃんと食べているのか?』
「……なんで心配されるのか分からないです」
 体重が軽いだけでなぜこんなにも心配されないといけないのか。本当に疑問だった。軽くたって悪いことないじゃんか、それが、マールの主張だ。
「ま、そのくらいならまあ魔力使えば余裕だな。だがマール、もう少し体重あった方が良いと思うぞ」
 そんな事を言われながら、魔力で持ち上げられ、そのまま抱えられる。不服だが、動けないのだから仕方のない。
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