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認めたくなかった事、彼の暖かさ。
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パデラは目覚めると、時計が六時なのを確認した。いつも目覚ましなどをかけなくともこの時間には起きる。体内時計は自慢できるのだ。
隣に視線をやると、マールはまだ寝ている。……なんだか、いたずら心をくすぐられる寝顔だ。驚かして起こしたくなる。しかし、睨まれるのは分かっている事。黙って起き上がった。
本来自分が寝るベッドには使い魔が二匹で丸まっている。仲がよさそうでなによりだ。
朝ご飯は、昨日の残りでいいか。そんな事を考えながら、パデラは冷蔵庫を開ける。その中には、牛乳と麦茶、それと晩御飯の野菜炒めがラップして保存されている。
牛乳を手に取り、コップに注ぐ。パデラはそれを、グイっと一気に飲み干した。
「うめぇ」
そんな単純な感想を呟きつつ、コップを流しに置く。そして、窓の方に歩きカーテンを開けた。
もう既に日は出ており、十分に明るい。
天気よし。魔力の調子も良好。最高のピクニック……いや、ピクニックではないが。最高のお出かけ日和だ。
今日は土曜日で、授業がない。制服を着る必要はないが暗竜様に会いに行くので、正装の方が良いだろう。朝ご飯を食べてから着替えようと、忘れないように出しておく。
この紫色の生地がいいんだよなー。どこで手に入るんだろ? パデラはその制服に手を這わせる。
売っているなら買いたいものだ。色々作りたい。そろそろエプソンも新しいのにしたいと思っていた頃だ。今度先生にでも訊いてみようか。そんな事を考えながら、一人で楽しんでいると、ディータが起きたようで『んん』っと小さく唸った。
『あぁ、パデラ。もう起きていたのか』
「おう。おはようディータ」
のそっとベッドから降り、パデラの横に座る。
パデラの手をじっと見詰め、何を考えているのか察したようだ。
『制服と同じ生地なら、生徒寮に直結している複合施設に売っているぞ。二階の、クロズという服屋の奥だ』
情報提供をしてくれた。しかも、今、気になっていた事だ。
「マジで? さんきゅー。良く知ってるな」
『前の主がそう言うの好きでな。よく行っていたのだ』
ディータは心なしかどや顔で話す。
「なるほどなー」
前の主の趣味なら、使い魔も覚えているものなのだろうと納得し、今度の休みにマール連れて行こうかなと考えはじめる。
そんなパデラに、ディータはもう一つ思い出した事を話す。
『あとは、右翼州のショッピングモールにもクロズの支店があったような……』
「ん? そこってめちゃくちゃ前に無くなったんじゃなかったっけ?」
ディータの言葉に違和感を持ったのは、おそらくそこだろう。あそこのクロズは、随分昔に無くなった。
『そうだったか?』
「うん。確か、心優しき魔法使いが死んだ辺りじゃなかったか? そこ辺りで独立して、今はヴェルモンだぜ」
その時期という事は、もう五万は前の話。そんな昔の事を今の事のように教えてしまったのだ。ディータは恥ずかしそうに尻尾を丸める。
『そ、そうだったのか。知らなかったな』
「ははっ、永久を生きる使い魔にも知らない事があるんだな」
『当たり前だ。お前等と同じ生物だぞ、不死とて全知全能なわけではない』
「それもそうか」
必死に話すディータがなんだか可愛くて、その頭を撫でる。二人できゃきゃしていると、寝ているマールの魔力の流れが変わった。
「あ、起こしちゃったかな?」
『かもな』
パデラとディータは、マールの顔を覗き起きたかどうか確認する。
「ん……」
マールは薄く目を開け、ぼやけた視界でそれを確認した。
それから直ぐに、はっきりとしたそこに映し出されたパデラ達に驚いて布団を蹴り飛ばした。
「っ! んだよビックリしたな!」
朝からよく声が出ること。
軽く怒鳴られた事は気にもせずにパデラは笑う。そして、ベッドで体を起こすマールの隣に座った。
「おはよ、マール。よく寝てたなぁ。俺、安心したぞ」
「親か」
「だってさ、お前唸るんだもん。ま、俺が隣で寝たらやんだけど。俺の魔力そんなに好きか?」
「……は?」
「いや、お前が夜に唸ってるけど俺が隣で寝たらやむって話」
パデラが何食わぬ顔で告げた内容は、マールにとって絶対に認めたくなかった事だ。
気付いていた。こいつが太陽の光という事実がある時点で、自分はこいつに心を許している。ただ、パデラが言ってきたそれは、それだけは薄々思っていたものも認めたくなかった事だ。
悪夢は心情氷結の副作用であり、解けたとしても後遺症としてしばらくは残る物だ。どうにもできない。しかし、太陽の光という温暖な魔力はそれを和らげる。
つまりはそう言う事だ。マールは、同性で同級生の奴の添い寝に心底安らいでいる。これだけは認めたくなかった。
顔が赤くなるマールを見て、パデラは一笑し「恥ずい?」と煽るように声をかける。こいつ、マールが恥ずかしがるのを分かって発言した。
そして、いつも間にか起きていたのか、ピピルもマールの膝上に飛び乗り一声目を出した。
『かっわいい~』
そう言われると、手のひらに魔力を集め氷に変え、小さな粒にして放射した。
部屋の壁には魔法態勢がついているから、一切傷付かなかったが、随分危ない事を室内でしてくれたものだ。
『照れ隠しが強いな……』
ディータが思わずそう呟く。マールに真っ赤な顔で睨まれ、我は何も言っていないと視線を逸らした。
しかしこの瞬間、早朝から襲ってきた羞恥心よりも大きな欲求がマールの中に浮かび上がった。
それは、三大欲求のうちの一つ。食欲だ。
「おなかすいた」
今まであまり優先されていなかった食欲だったが、最近やけに主張してくる。感情が凍っていても、腹が減る事は勿論あった。しかし、それがこんなにも大きな声をあげるとは……誰のせいかは、大体分かっている。
「おお、待ってろ、今用意するぜ! あっためるだけだからすぐ終わるからな~」
「うん」
ちらっと見えたパデラの嬉しそうな笑顔。見なかったことにして、マールはベッドから下りた。
隣に視線をやると、マールはまだ寝ている。……なんだか、いたずら心をくすぐられる寝顔だ。驚かして起こしたくなる。しかし、睨まれるのは分かっている事。黙って起き上がった。
本来自分が寝るベッドには使い魔が二匹で丸まっている。仲がよさそうでなによりだ。
朝ご飯は、昨日の残りでいいか。そんな事を考えながら、パデラは冷蔵庫を開ける。その中には、牛乳と麦茶、それと晩御飯の野菜炒めがラップして保存されている。
牛乳を手に取り、コップに注ぐ。パデラはそれを、グイっと一気に飲み干した。
「うめぇ」
そんな単純な感想を呟きつつ、コップを流しに置く。そして、窓の方に歩きカーテンを開けた。
もう既に日は出ており、十分に明るい。
天気よし。魔力の調子も良好。最高のピクニック……いや、ピクニックではないが。最高のお出かけ日和だ。
今日は土曜日で、授業がない。制服を着る必要はないが暗竜様に会いに行くので、正装の方が良いだろう。朝ご飯を食べてから着替えようと、忘れないように出しておく。
この紫色の生地がいいんだよなー。どこで手に入るんだろ? パデラはその制服に手を這わせる。
売っているなら買いたいものだ。色々作りたい。そろそろエプソンも新しいのにしたいと思っていた頃だ。今度先生にでも訊いてみようか。そんな事を考えながら、一人で楽しんでいると、ディータが起きたようで『んん』っと小さく唸った。
『あぁ、パデラ。もう起きていたのか』
「おう。おはようディータ」
のそっとベッドから降り、パデラの横に座る。
パデラの手をじっと見詰め、何を考えているのか察したようだ。
『制服と同じ生地なら、生徒寮に直結している複合施設に売っているぞ。二階の、クロズという服屋の奥だ』
情報提供をしてくれた。しかも、今、気になっていた事だ。
「マジで? さんきゅー。良く知ってるな」
『前の主がそう言うの好きでな。よく行っていたのだ』
ディータは心なしかどや顔で話す。
「なるほどなー」
前の主の趣味なら、使い魔も覚えているものなのだろうと納得し、今度の休みにマール連れて行こうかなと考えはじめる。
そんなパデラに、ディータはもう一つ思い出した事を話す。
『あとは、右翼州のショッピングモールにもクロズの支店があったような……』
「ん? そこってめちゃくちゃ前に無くなったんじゃなかったっけ?」
ディータの言葉に違和感を持ったのは、おそらくそこだろう。あそこのクロズは、随分昔に無くなった。
『そうだったか?』
「うん。確か、心優しき魔法使いが死んだ辺りじゃなかったか? そこ辺りで独立して、今はヴェルモンだぜ」
その時期という事は、もう五万は前の話。そんな昔の事を今の事のように教えてしまったのだ。ディータは恥ずかしそうに尻尾を丸める。
『そ、そうだったのか。知らなかったな』
「ははっ、永久を生きる使い魔にも知らない事があるんだな」
『当たり前だ。お前等と同じ生物だぞ、不死とて全知全能なわけではない』
「それもそうか」
必死に話すディータがなんだか可愛くて、その頭を撫でる。二人できゃきゃしていると、寝ているマールの魔力の流れが変わった。
「あ、起こしちゃったかな?」
『かもな』
パデラとディータは、マールの顔を覗き起きたかどうか確認する。
「ん……」
マールは薄く目を開け、ぼやけた視界でそれを確認した。
それから直ぐに、はっきりとしたそこに映し出されたパデラ達に驚いて布団を蹴り飛ばした。
「っ! んだよビックリしたな!」
朝からよく声が出ること。
軽く怒鳴られた事は気にもせずにパデラは笑う。そして、ベッドで体を起こすマールの隣に座った。
「おはよ、マール。よく寝てたなぁ。俺、安心したぞ」
「親か」
「だってさ、お前唸るんだもん。ま、俺が隣で寝たらやんだけど。俺の魔力そんなに好きか?」
「……は?」
「いや、お前が夜に唸ってるけど俺が隣で寝たらやむって話」
パデラが何食わぬ顔で告げた内容は、マールにとって絶対に認めたくなかった事だ。
気付いていた。こいつが太陽の光という事実がある時点で、自分はこいつに心を許している。ただ、パデラが言ってきたそれは、それだけは薄々思っていたものも認めたくなかった事だ。
悪夢は心情氷結の副作用であり、解けたとしても後遺症としてしばらくは残る物だ。どうにもできない。しかし、太陽の光という温暖な魔力はそれを和らげる。
つまりはそう言う事だ。マールは、同性で同級生の奴の添い寝に心底安らいでいる。これだけは認めたくなかった。
顔が赤くなるマールを見て、パデラは一笑し「恥ずい?」と煽るように声をかける。こいつ、マールが恥ずかしがるのを分かって発言した。
そして、いつも間にか起きていたのか、ピピルもマールの膝上に飛び乗り一声目を出した。
『かっわいい~』
そう言われると、手のひらに魔力を集め氷に変え、小さな粒にして放射した。
部屋の壁には魔法態勢がついているから、一切傷付かなかったが、随分危ない事を室内でしてくれたものだ。
『照れ隠しが強いな……』
ディータが思わずそう呟く。マールに真っ赤な顔で睨まれ、我は何も言っていないと視線を逸らした。
しかしこの瞬間、早朝から襲ってきた羞恥心よりも大きな欲求がマールの中に浮かび上がった。
それは、三大欲求のうちの一つ。食欲だ。
「おなかすいた」
今まであまり優先されていなかった食欲だったが、最近やけに主張してくる。感情が凍っていても、腹が減る事は勿論あった。しかし、それがこんなにも大きな声をあげるとは……誰のせいかは、大体分かっている。
「おお、待ってろ、今用意するぜ! あっためるだけだからすぐ終わるからな~」
「うん」
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