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好奇心の子どもと、大人たち。
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なぁなぁ、最近さ俺の友達が相手してくれねーの! ずっと、眺眼でどっか見ててさ。俺の相手もしろってなー。
学校通っていた時は、それで暇潰せたんだけどな。二十歳になって卒業してから、なんでこんなに暇かって言うとな、俺等は遊戯戦闘魔法使いなんだ。たまに開かれる大会で稼いでいるんだぜ。すっげぇだろ。
なんて言ったって、エテルノは最強と呼ばれるナンバーワン魔法使いで、俺は二番目だけどエテルノに張るほどの実力を持っている。
俺とエテルノの戦闘もそうだけど、挑戦者つっていろんな年代の奴と戦ったりするんだぜ。楽しいぞ~。
学校の闘技場スペースで不定期開催だぜ。値段はちょっと高いけど、たっくさんの人が見に来るんだ。
遊戯戦闘魔法使い、めっさ楽しいし稼げるんだけどさ。何もない時くっそ暇なんよね。やっぱ、なんか副業しよっかな。けど、そしたら遊べなくなるか。微妙なせめぎ合いだな。
にしても、暇だな。
「エテルノぉ、暇。遊ぼ」
服の袖をひっぱって、声を掛ける。そしたら、魔法を止めて俺の方を見てくれた。やったぁ。
「アサナト、お前は常に何かしてないといけないのか?」
「うん」
「うんって」
呆れたように笑うけど、相手してくれるんだぜ。なんやかんやで優しいよな。そんなエテルノ大好きだぜ。
そう言えば俺が誰か言ってなかったな。俺は、かの有名な最強魔法使いエテルノの唯一の友達で、そして親友。アサナト・パデラ様だぜ!
〇
「なぁマール。この本なぁに?」
パデラは机に置かれた一冊の本を手に取り、これは何か訊く。
それは、リクザ達が持ってきたやつだ。
「あぁ、伝説の裏だって」
そう言うと、パデラはぱあっと表情を明るくした。
パデラも、小さい頃から伝説が大好きだった。暗竜様の格好良さ、男の子なら必ず憧れる。こんな伝説の裏なんてワード、そそられるに決まっているだろ。
「なにそれめっちゃ気になる! 見ていい?」
「いいよ」
「おっしゃ、あざっす!」
新しいおもちゃに飛びつく子どもみたいに、本を開き中身を見る。
そして、ぱらぱらとめくりながら一言。
「文字が多い」
「そりゃ本だからな」
文句を言いつつも、興味がある事だからか真剣に読み進めている。十分ほど、集中していると思ったら、突然スピードをあげ、全てのページをめくってから勢いよく閉じる。
「こういう時の魔力だよな。うん」
本の上に手を置き、そこに籠った魔力の一部を吸収する。すると、頭の中にその内容が入り、完璧に理解できた。
そこ横着するなよ、とつっこみたかったが、マールはこれ以上に魔力で横着している。お前が言うななんて返されたら、何も言えなくなってしまうから黙っていた。
そうしているとパデラが話し出した。
「面白い話だな。深海に世界があるのか」
「ちょっと見てみようぜ。海の方行けばその大地も見れるかなぁ?」
パデラのその様子は、わくわくという効果音がふさわしい。大地の方は魔力量の問題で無理かもしれないが、おそらく深海の方は見られるだろう。
「そうかもな……。今日の授業は終わったし、ちょっと行ってみるか」
「うん行く!」
『俺も行く!』
『じゃあ、我もお供する事にしよう』
そうして二人と二匹は、海の方に向かった。
〇
サフィラが校門の近くで歩いていると、隣を見覚えのある子達が横切った。
外に行くのは寮の受付に許可さえとっていれば構わないが、どこに行くのか気になったので声を掛けた。
「あら、マール、パデラ。使い魔も一緒に、どこに行くのです?」
「先生。海に行ってくるんだぜ、あの寮の受付には言っているから。そんな遅くならないぜ」
海? 海でナニをするのか。サフィラの頭の中にはよからぬ事が思い浮かんだが、説明はしないでおこう。
こういう時、教師としてかける声は決まっている。
「ええ、分かりました。暗くなる前には帰るように」
「おう!」
元気なお返事の後、直ぐに敷地内から出て行った。
サフィラが微笑みながらそれを見届け、仕事に戻ろうとすると、エーベネが現れて話しかけてきた。
『サフィラ』
「うん? どうしたの」
『気を付けなさい。あの子達、放っておいたら伝説の繰り返しよ』
「そうねぇ……」
サフィラは目を細めながら校門の先を見やる。
エーベネの言う通り、あの子達はあの伝説と同じ道を歩む予感がして止まない。教師としてのサフィラとしても、あの若い実力者を亡くすのは非常に惜しい。そして、サフィラ個人としても。
「ま、なんとかなるわよ。あの子達、強いから」
『それを願うわ』
〇
日が沈みそうな春の午後五時十分。教師寮の会議室に、十人の教師が集まっていた。今日は定期集会だ。
新しい生徒が入学してきて早五日目。今回の議題は、現状報告みたいなものだ。
毎度の如く会議を仕切るのは、第三学年管理責任者のゲトリーバー・ヴァイスという眼鏡の男だ。
ヴァイス家というと「知性は万物の原点」で有名な家系だ。生まれる子は決まって勤勉。そして視力が悪くなりやすい傾向にある。
「では、全員集まった事なので早速始めましょうか。まず、第一学年管理責任者のサフィラさん。一学年の方の報告をお願いします」
「はい」
ゲトリーバーに指名され、立ち上がる。
サフィラがホワイトボードをこんこんと叩くと、そこに生徒の現状の実力が映し出された。魔力の質やそれに対応する実力などを個別に評価した表だ。
「今年の第一学年は、実力はまだ不安定な子が多いものも、魔力の質としては過去最高級と言っても過言ではないでしょう。総合的に見て、これからの成長に期待と言ったところです」
「先日の実力確認では、マールがずば抜けて優秀で、質と共にまだ十代前半であるのも関わらず自身の魔力を理解し操り切れています。それに張り合えるほどの実力を持っているのがパデラです。やはりこの二人は有力な候補かと」
そこまで話すと、第二学年管理責任者のアングリフ・ムスケルが呟いた。
「そうか、第一学年にはマールがいるのか……様子はどうだ?」
筋肉質な体には見合わない、心配そうな声で尋ねてくる。
アングリフの家系であるムスケルは、ヴァイス家とは対照的に「漢は力なり」というまさに筋肉家系。その事もあって、心配事などない! みたいな顔をしているが、この人は普通に心配性だ。
「その件でしたら、ご安心ください。太陽の光であるパデラによって、彼の氷は完全に融けました。もしかしたら後遺症はあるかもしれませんが、術の呪縛からは解放されたでしょう」
そう訊くと安心したようで「それならよかった」と背もたれにもたれかかる。
サフィラの出番は終わり、会議が次に移ろうとした時。
「センセー! サフィラ先生! いるー?」
大声が聞こえた。
いったいどこから叫んでいるのやら、人探しは大声で呼べばいいってものではない。そのバカらしい行為と、声からして、誰かは直ぐにわかった。
「パデラですね」
「あぁ、パデラだな」
ゲトリーバーとアングリフが頷き、サフィラに行ってきていいと声を掛ける。
サフィラはありがとうございますと一礼し、会議室の扉を開けた。ちょうどその前にパデラとマールが通るところだったらしく、目の前にいた。
「パデラ、大声出してはいけませんよ」
軽く注意しながら、二人を確認する。制服はすでに脱いでいて、どちらも私服だ。マールはただの白シャツで、パデラは黄色の薄手のパーカーを着ている。私服! なんとも萌えだが、今はそんな場合じゃない。
会議室の中で他の教師たちが耳を澄ましているから、下手に自分の趣味を出すわけにはいかない。
「あ、先生。ごめん、見つからなかったからさ」
「まあ、構いません。ところで、何のようでしょうか?」
「あのなあのな、さっきマールと使い魔で海に行ったんよ、伝説の裏ってのが本当なのか見るために」
興奮した様子で手足をぱたぱたさせながら話すパデラ。普段なら、ここで色々妄想が入って、サフィラも非常に興奮するのだが今回は違った。
「伝説の裏、ですか」
パデラが口にしたその言葉。教師としては聞き逃せない。一部の大人のみが知る秘話。知って興味を持つのは悪い事ではない。しかし、これからパデラが何を言い出すかを予測できてしまったのだ。
「でさ、あったのよ! 深海に世界が! 大地もギリギリ見えた。でさ、俺等さ、その事暗竜様に訊きに行きたいんだ~。いい?」
パデラがキラキラとした瞳で話す。
これは、ただの子どもの好奇心。しかし、行かせるわけにはいかない。エーベネの言っていた事がもう既に始まっていた。
なんと言って二人をとめればいいか。考えていると、パデラがもう一押しと言葉を発した。
「マールと二人で森行きたいの!」
マールと、二人で……森……。正確に言えば使い魔もいるから、二人と二匹だが……。
サフィラの頭の中では、悪魔と天使が葛藤していた。
森で二人? それは、一体どんなイベントが起こるのか。ラブか? ラブイベントか? チョメチョメなことになるのか? ありえる……。これは行かせて進展を見守ってもいいだろう。この子たちは強いし。
いやいや、ダメでしょう。子どもだけで森? 危険だ。このまま行かせたら、きっとこの二人も死んでしまう。かつての最強が、好奇心に駆られた時のように、同じことの繰り返しだ。
教師として、止めなければならない。欲望は抑えこんで、この子達の好奇心を納めなければ……。
「いいですか、パデラ。マール。世の中には知らなくていい事など山ほどあります。知って後悔しても遅いのです。それでも知りたいのですか?」
「うん」
パデラの清々しい程の即答。その後に、マールは少し間を開けて答えた。
「先生に言われて止めるのも癪だ」
この子たちは本気で知りたがっている。昔、エテルノが本気で見ようとした世界を。解明しきれなかったこの伝説の真相を、この子達も。
「……」
「いいでしょう。行ってきなさい」
これは、パデマルが恋仲になるという個人の欲望ではない。教師として、彼等に期待しているのだ。きっとそうだ。たぶん……おそらく。いや、少しだけそれも混じっているだろうが。
「おっしゃ、ありがとな先生!」
パデラは嬉しそうに声を弾ませ、マールに笑顔を向ける。
「楽しみだな~、マール」
「だね」
マールもそれに対応して微笑む。なんとも可愛いことか。
妄想は爆発した。残念ながら抑えられなさそうだ。
ゲトリーバーが会議室から顔を出し、声を引き出す。
「サフィラさん」
なぜ止めなかった。そう言いたげだ。
正常時ならなんらかの弁解をした。実力を期待してだとか、本人の意思を尊重だとか言っただろう。しかし、今は違う。ここにいるのは、教師としてのサフィラ・ルージュではなく、BL好きとしての自分だ。
「あのまま恋仲になればいいのに……付き合えばいいのにっ!」
「お、おぉん……」
出た。このモードのサフィラ。ゲトリーバーはため息を突き、ずれた眼鏡を戻す。
「あぁ尊い。最高ですわ!」
「あのー、サフィラさん……?」
おそるおそる声を掛けると、サフィラは深く息を吐き、爽やかな笑顔で振り向いた。
「私はBL妄想したいので、これで失礼します」
落ち着いた声でそう言うと、直ぐに自分の部屋に戻る。
会議、終わってないのに。
「サフィラさん。黙っていれば美しいのにな」
去り行く背中を見ながら、ゲトリーバーは一人呟いた。
学校通っていた時は、それで暇潰せたんだけどな。二十歳になって卒業してから、なんでこんなに暇かって言うとな、俺等は遊戯戦闘魔法使いなんだ。たまに開かれる大会で稼いでいるんだぜ。すっげぇだろ。
なんて言ったって、エテルノは最強と呼ばれるナンバーワン魔法使いで、俺は二番目だけどエテルノに張るほどの実力を持っている。
俺とエテルノの戦闘もそうだけど、挑戦者つっていろんな年代の奴と戦ったりするんだぜ。楽しいぞ~。
学校の闘技場スペースで不定期開催だぜ。値段はちょっと高いけど、たっくさんの人が見に来るんだ。
遊戯戦闘魔法使い、めっさ楽しいし稼げるんだけどさ。何もない時くっそ暇なんよね。やっぱ、なんか副業しよっかな。けど、そしたら遊べなくなるか。微妙なせめぎ合いだな。
にしても、暇だな。
「エテルノぉ、暇。遊ぼ」
服の袖をひっぱって、声を掛ける。そしたら、魔法を止めて俺の方を見てくれた。やったぁ。
「アサナト、お前は常に何かしてないといけないのか?」
「うん」
「うんって」
呆れたように笑うけど、相手してくれるんだぜ。なんやかんやで優しいよな。そんなエテルノ大好きだぜ。
そう言えば俺が誰か言ってなかったな。俺は、かの有名な最強魔法使いエテルノの唯一の友達で、そして親友。アサナト・パデラ様だぜ!
〇
「なぁマール。この本なぁに?」
パデラは机に置かれた一冊の本を手に取り、これは何か訊く。
それは、リクザ達が持ってきたやつだ。
「あぁ、伝説の裏だって」
そう言うと、パデラはぱあっと表情を明るくした。
パデラも、小さい頃から伝説が大好きだった。暗竜様の格好良さ、男の子なら必ず憧れる。こんな伝説の裏なんてワード、そそられるに決まっているだろ。
「なにそれめっちゃ気になる! 見ていい?」
「いいよ」
「おっしゃ、あざっす!」
新しいおもちゃに飛びつく子どもみたいに、本を開き中身を見る。
そして、ぱらぱらとめくりながら一言。
「文字が多い」
「そりゃ本だからな」
文句を言いつつも、興味がある事だからか真剣に読み進めている。十分ほど、集中していると思ったら、突然スピードをあげ、全てのページをめくってから勢いよく閉じる。
「こういう時の魔力だよな。うん」
本の上に手を置き、そこに籠った魔力の一部を吸収する。すると、頭の中にその内容が入り、完璧に理解できた。
そこ横着するなよ、とつっこみたかったが、マールはこれ以上に魔力で横着している。お前が言うななんて返されたら、何も言えなくなってしまうから黙っていた。
そうしているとパデラが話し出した。
「面白い話だな。深海に世界があるのか」
「ちょっと見てみようぜ。海の方行けばその大地も見れるかなぁ?」
パデラのその様子は、わくわくという効果音がふさわしい。大地の方は魔力量の問題で無理かもしれないが、おそらく深海の方は見られるだろう。
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「うん行く!」
『俺も行く!』
『じゃあ、我もお供する事にしよう』
そうして二人と二匹は、海の方に向かった。
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サフィラが校門の近くで歩いていると、隣を見覚えのある子達が横切った。
外に行くのは寮の受付に許可さえとっていれば構わないが、どこに行くのか気になったので声を掛けた。
「あら、マール、パデラ。使い魔も一緒に、どこに行くのです?」
「先生。海に行ってくるんだぜ、あの寮の受付には言っているから。そんな遅くならないぜ」
海? 海でナニをするのか。サフィラの頭の中にはよからぬ事が思い浮かんだが、説明はしないでおこう。
こういう時、教師としてかける声は決まっている。
「ええ、分かりました。暗くなる前には帰るように」
「おう!」
元気なお返事の後、直ぐに敷地内から出て行った。
サフィラが微笑みながらそれを見届け、仕事に戻ろうとすると、エーベネが現れて話しかけてきた。
『サフィラ』
「うん? どうしたの」
『気を付けなさい。あの子達、放っておいたら伝説の繰り返しよ』
「そうねぇ……」
サフィラは目を細めながら校門の先を見やる。
エーベネの言う通り、あの子達はあの伝説と同じ道を歩む予感がして止まない。教師としてのサフィラとしても、あの若い実力者を亡くすのは非常に惜しい。そして、サフィラ個人としても。
「ま、なんとかなるわよ。あの子達、強いから」
『それを願うわ』
〇
日が沈みそうな春の午後五時十分。教師寮の会議室に、十人の教師が集まっていた。今日は定期集会だ。
新しい生徒が入学してきて早五日目。今回の議題は、現状報告みたいなものだ。
毎度の如く会議を仕切るのは、第三学年管理責任者のゲトリーバー・ヴァイスという眼鏡の男だ。
ヴァイス家というと「知性は万物の原点」で有名な家系だ。生まれる子は決まって勤勉。そして視力が悪くなりやすい傾向にある。
「では、全員集まった事なので早速始めましょうか。まず、第一学年管理責任者のサフィラさん。一学年の方の報告をお願いします」
「はい」
ゲトリーバーに指名され、立ち上がる。
サフィラがホワイトボードをこんこんと叩くと、そこに生徒の現状の実力が映し出された。魔力の質やそれに対応する実力などを個別に評価した表だ。
「今年の第一学年は、実力はまだ不安定な子が多いものも、魔力の質としては過去最高級と言っても過言ではないでしょう。総合的に見て、これからの成長に期待と言ったところです」
「先日の実力確認では、マールがずば抜けて優秀で、質と共にまだ十代前半であるのも関わらず自身の魔力を理解し操り切れています。それに張り合えるほどの実力を持っているのがパデラです。やはりこの二人は有力な候補かと」
そこまで話すと、第二学年管理責任者のアングリフ・ムスケルが呟いた。
「そうか、第一学年にはマールがいるのか……様子はどうだ?」
筋肉質な体には見合わない、心配そうな声で尋ねてくる。
アングリフの家系であるムスケルは、ヴァイス家とは対照的に「漢は力なり」というまさに筋肉家系。その事もあって、心配事などない! みたいな顔をしているが、この人は普通に心配性だ。
「その件でしたら、ご安心ください。太陽の光であるパデラによって、彼の氷は完全に融けました。もしかしたら後遺症はあるかもしれませんが、術の呪縛からは解放されたでしょう」
そう訊くと安心したようで「それならよかった」と背もたれにもたれかかる。
サフィラの出番は終わり、会議が次に移ろうとした時。
「センセー! サフィラ先生! いるー?」
大声が聞こえた。
いったいどこから叫んでいるのやら、人探しは大声で呼べばいいってものではない。そのバカらしい行為と、声からして、誰かは直ぐにわかった。
「パデラですね」
「あぁ、パデラだな」
ゲトリーバーとアングリフが頷き、サフィラに行ってきていいと声を掛ける。
サフィラはありがとうございますと一礼し、会議室の扉を開けた。ちょうどその前にパデラとマールが通るところだったらしく、目の前にいた。
「パデラ、大声出してはいけませんよ」
軽く注意しながら、二人を確認する。制服はすでに脱いでいて、どちらも私服だ。マールはただの白シャツで、パデラは黄色の薄手のパーカーを着ている。私服! なんとも萌えだが、今はそんな場合じゃない。
会議室の中で他の教師たちが耳を澄ましているから、下手に自分の趣味を出すわけにはいかない。
「あ、先生。ごめん、見つからなかったからさ」
「まあ、構いません。ところで、何のようでしょうか?」
「あのなあのな、さっきマールと使い魔で海に行ったんよ、伝説の裏ってのが本当なのか見るために」
興奮した様子で手足をぱたぱたさせながら話すパデラ。普段なら、ここで色々妄想が入って、サフィラも非常に興奮するのだが今回は違った。
「伝説の裏、ですか」
パデラが口にしたその言葉。教師としては聞き逃せない。一部の大人のみが知る秘話。知って興味を持つのは悪い事ではない。しかし、これからパデラが何を言い出すかを予測できてしまったのだ。
「でさ、あったのよ! 深海に世界が! 大地もギリギリ見えた。でさ、俺等さ、その事暗竜様に訊きに行きたいんだ~。いい?」
パデラがキラキラとした瞳で話す。
これは、ただの子どもの好奇心。しかし、行かせるわけにはいかない。エーベネの言っていた事がもう既に始まっていた。
なんと言って二人をとめればいいか。考えていると、パデラがもう一押しと言葉を発した。
「マールと二人で森行きたいの!」
マールと、二人で……森……。正確に言えば使い魔もいるから、二人と二匹だが……。
サフィラの頭の中では、悪魔と天使が葛藤していた。
森で二人? それは、一体どんなイベントが起こるのか。ラブか? ラブイベントか? チョメチョメなことになるのか? ありえる……。これは行かせて進展を見守ってもいいだろう。この子たちは強いし。
いやいや、ダメでしょう。子どもだけで森? 危険だ。このまま行かせたら、きっとこの二人も死んでしまう。かつての最強が、好奇心に駆られた時のように、同じことの繰り返しだ。
教師として、止めなければならない。欲望は抑えこんで、この子達の好奇心を納めなければ……。
「いいですか、パデラ。マール。世の中には知らなくていい事など山ほどあります。知って後悔しても遅いのです。それでも知りたいのですか?」
「うん」
パデラの清々しい程の即答。その後に、マールは少し間を開けて答えた。
「先生に言われて止めるのも癪だ」
この子たちは本気で知りたがっている。昔、エテルノが本気で見ようとした世界を。解明しきれなかったこの伝説の真相を、この子達も。
「……」
「いいでしょう。行ってきなさい」
これは、パデマルが恋仲になるという個人の欲望ではない。教師として、彼等に期待しているのだ。きっとそうだ。たぶん……おそらく。いや、少しだけそれも混じっているだろうが。
「おっしゃ、ありがとな先生!」
パデラは嬉しそうに声を弾ませ、マールに笑顔を向ける。
「楽しみだな~、マール」
「だね」
マールもそれに対応して微笑む。なんとも可愛いことか。
妄想は爆発した。残念ながら抑えられなさそうだ。
ゲトリーバーが会議室から顔を出し、声を引き出す。
「サフィラさん」
なぜ止めなかった。そう言いたげだ。
正常時ならなんらかの弁解をした。実力を期待してだとか、本人の意思を尊重だとか言っただろう。しかし、今は違う。ここにいるのは、教師としてのサフィラ・ルージュではなく、BL好きとしての自分だ。
「あのまま恋仲になればいいのに……付き合えばいいのにっ!」
「お、おぉん……」
出た。このモードのサフィラ。ゲトリーバーはため息を突き、ずれた眼鏡を戻す。
「あぁ尊い。最高ですわ!」
「あのー、サフィラさん……?」
おそるおそる声を掛けると、サフィラは深く息を吐き、爽やかな笑顔で振り向いた。
「私はBL妄想したいので、これで失礼します」
落ち着いた声でそう言うと、直ぐに自分の部屋に戻る。
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