暗竜伝説魔法論

紅創花優雷

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氷を融かした太陽

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 パデラは五秒ほどの沈黙を作っていた。
 自分の正体? 何を言っている? 自分は生まれた時から正真正銘、普通の人間だ。もしかして、自分が知らないだけでなにかあるのかもしれない。このパターンで真っ先に思いつくのは……。
「もしかして、俺人間じゃないの?」
「そうじゃありません」
 真っ先に否定された。
 じゃあ何なのか。一向にわからないサフィラの意図に、パデラは首を傾げる。
「いいですか、貴方は『太陽の光』です」
 どうやらこれが答えのようだ。しかし、依然として理解できない。
 いや、太陽の光というと覚えがある。確か、母親が「乙女の敵よ」と話していた。名称は確か……。
「紫外線?」
「違くないけど違います」
 これまた即答だった。
 言葉としては間違ってはいない。太陽の光には紫外線が含まれている。だが、サフィラがしたいのは太陽光の成分の話ではない。
「太陽の光。百年に一度生まれるか生まれないかの確率で生まれる、特性を持つ子を指す言葉です」
「特徴としては、性格が明るく誰とでも仲良く出来る。そしてバ……いえ、愛嬌があると言いますか、純粋といいますか。そんな感じです」
 何を誤魔化したという事は、パデラでも分かった。しかし、否定はしないし傷付くわけでもないからそこはスルーした。
 それにしても、一パーセント以下の確率。つまりは、レアもんという事だ。響きがとてもいい。
 そっかぁ、俺レアもんかぁ~。と浮ついていると、サフィラが微笑を浮かべる。
「だから、マールの心情氷結も解くことが出来たのですよ」
「そーなんだ」
 へー、だからか~。なるほどなぁ。……うん?
 今、心情氷結って言ったか。
「先生、心情氷結って……マジ?」
 心情氷結って、あの? 伝説の? 心全部凍らせるヤツ?
「ええ。気付いてなかったのですか」
「え、いやだってそれは……」
 本人が否定して……。いや、違う。
 先日の会話を鮮明に思い出した。
 あの時、マールは否定も肯定もしなかった。ただ「もしそうだったらどうする」と訊いてきただけだった。
「知りませんでしたか……。そうですね、知っていてもいいでしょう」
「三年前、マールはあの山の奥でそれを発動しました」
 視線の先を追うと、そこには山がそびえ立っている。あそこは、心優しき魔法使いの最期、自殺をしたと言われる有名な山だ。
「覚えてないでしょうか? 夏だというのに寒かった日がありましたでしょう。その日です。あの日からマールは山に籠り、一人で生活していたのですよ」
 ああ、確かにそんな日があった。あの時は、父親が「暗竜様、風邪でも引いたのかなー」と言っていたから、完全にそれだと思い込んでいた。まさか、魔法発動による寒気だったとは。
「けど、可笑しいだろ。確かにアイツ無表情だけど、ちょっとだけ笑ってるの見たことあるぜ。心情氷結って、心無くなって一生解けないんだろ? それなら、なんで」
 なんで、マールは笑ったのだ。
 少しだけではあったが、確かにアイツは微笑んだのだ。
「貴方が太陽の光だからですよ」
「どんなに強い氷でも、灼熱の太陽の前では形を保てません。融けて水になります。それと同じで、心情氷結の氷も太陽の光の前では融けてしまうのです」
 つまりは、自分がマールの魔法を解いたという事か。
 だから笑ってくれた。
「今日、あの子の目を見たら魔法陣が消えていました。首元の方の魔法陣も同様になくなっていたので、完全に解けたと言ってもいいでしょう。パデラ、大人一同から代表してお礼を言わせていただきます。ありがとうございます」
 深く頭を下げ、お礼を述べる。
「おう! なんかよくわかんねぇけど、いい事したならよかったぜ!」
 パデラは、そう言って明るく笑う。
 自分が何をしたというわけではない。ただ、友達になりたかったから絡んでいっただけだ。
 もう話も終わったようだし、戻ろうとした時。ふと朝の事を思い出し、ついでに訊いておこうと足を止めた。
「あ、もしかしてさ、朝のあれもその太陽の光ってやつだからなの?」
「と、言いますと?」
「いやな、朝な、起きたらマールが抱きついてきていてさ。めっちゃ気持ちよさそうに寝てたけどさ、俺、朝ごはん用意しないといけなかったからさ。起こさないように離れたんだけどさ。もしかして、関係ある?」
 朝あった出来事をそのまんま話したら、一瞬だけサフィラの動きが固まった。どうしたんだろ? と顔を覗くと、咳払いを一つして気を取り直した。
「ええ、関係ありますよ。本能と言ってしまえば簡単なのですが、マールにとって、太陽の光である貴方の側はとても心地よいのです。なんて言ったって、氷を融かしてくれたのですから……」
「なるほどな~。なっとくだぜ」
 それなら隣で寝ていても本気で拒否される事はなと確信し、出どころ不明な喜びを感じた。
「納得いったならよかったです。ありがとうございます」
 上品に微笑むサフィラの口から、お礼が飛んできたのをパデラは聞き逃さなかった。
「? なんでありがとう?」
「いえ、何でもありません。話は以上ですので、戻っていいですよ」
 そこでありがとうは良くわからない。尋ねてみたが、完全に誤魔化された。
 一体何だったんだろ? けど、追求するような事でもないと判断した。マールも待たせているだろう。
「分かったぁー。じゃあな、先生」
「はい、また明日」
 たったっと駆け足で去っていくパデラに、小さく手を振り見送る。
 そして十秒後、完全にその姿が見えなくなった時だ。サフィラは膝から崩れ落ち、顔を隠した。
「エーベネ」
 小さな声で使い魔の名を呼ぶと、目の前に魔力が集まりエーベネが現れた。
 エーベネは呆れ顔で主を見詰める。
『はいはい』
「私が今何を言いたいか分かるかしら?」
『話は聞いていたわ。どうせまた、パデマルだとか言うんでしょう』
 エーベネの言葉を聞いて、サフィラは静かに頷く。
「朝起きたら、抱きついていた、そして気持ちよさそうに寝ていたっ! まさしく、理想の受けっ! ツンデレの攻めに対する最初のデレが、添い寝とはっ!」
 ひとしきり話すと、落ち着いたようにすうっと息を吸う。しばらく動きを止め、深く吐きだしてから一言。
「尊い」
 これに限る。
『うん。尊いのね』
 エーベネは主の完全なるプライベートモードの語りを、適当に流した。
 しかし、今日の仕事はまだ終わっていない。このサフィラを公にしては、ルージュの名が落ちるだろうと心配をし、冷静に声をかけた。
『話は後で聞いてあげるわ。今は仕事なさい』
「そうね。覚悟しなさいよ。今日は長いわ。なんて言ったって、とてつもない供給を本人から頂いたもの」
 謎に自信ありげな微笑みを浮かべ、サフィラは次の仕事に移るために教室から出ていった。
『ルージュ最高峰の女が、なんであんな子に……』
 本人に聞こえないように落胆するエーベネは、深くため息をついた。
 その美貌もうちに宿る魔力も実力も、全て歴代ルージュ最高峰。彼女の事を誰しも高嶺の花だと絶賛する。
 そんな女の素があれだ。趣味を否定するわけではないが、まあ、過去にルージュに存在しなかったタイプの女だ。
 もしかして、使い魔として接し方を間違えたか。いや、サフィラは出会った時からあんな感じだった。エーベネがどうしようと変わらなかっただろう。
 まあ、誰に害を与えているわけでもない。このタイプの人間は数千年前にもいたじゃないか。そう自分に言い聞かせ、エーベネはサフィラの後を付いていった。
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