暗竜伝説魔法論

紅創花優雷

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認め始める、許し始める。

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 マールは部屋のベッドの上で本を読んでいた。その横で、パデラが寝転がってじーっと見詰めてくる。
 その視線は何だ、構ってほしいのか。遊んでやってもいいが、なんか面白いからそのままに放置していた。すると、パデラが足を突いてきた。
「マール、今日の夕飯何がいい?」
 視線をやると、そう訊いてくる。そろそろ夕飯について考える時間だ。今、特に食べたいものもない。
「なんでもいいや」
「知ってるか、なんでもいいが一番困るんだぜ。なんか好物とかないの?」
 好きな食べ物……。一通り考えてみるが、一切思い当たらない。
「んー……まあ、食えればいいよ」
「マジかそう言うタイプか! マジかぁ……」
 パデラは勢いで起き上がり、どうしたものかと考えるように上を向く。
 そんな困らせる回答だったか。マールはパデラの肩を揺らし、首を傾げる。
「なんだよその反応……。そんなおかしなの見たみたいなさ」
 するとマールは「そうだなぁ」と声を漏らし、見詰めてくる。
「俺が美味いもん食わせてやるからさ、なんか好物探せよ」
 パデラは珍しく真面目な表情でそう言った。
 好物を探せと言われても困るが、美味しいもの食べられるのなら良いかとマールは大人しく頷いた。
「まあ、今日は時間あるし、手巻き寿司にでもしようぜ」
 パデラはそう言ってベッドから降りる。
 寿司と聞くと、祝い事の時などに食べるイメージだ。とは言え、いつ食べたって問題ない。パデラからしたら中々妙案だと思う。
「寿司か」
 マールがぽつりとつぶやき、何かを考えた。
「嫌いだったか?」
「いや、しばらく食べてないなって」
「そうか、ならそれで決まりな」
 嫌いでないのなら安心だ。好き嫌いはよくないが、無理に嫌いなものを食べさせるのは趣味ではない。
 クッションの上で話を聞いていた使い魔二匹。楽しそうだなと思うと同時に、悔やむところがあった。
『寿司かー。俺、寿司巻けない』
 ピピルは自身の手を見詰める。
 残念だが爬虫類の手は物を巻けるように出来ていない。せいぜい掴むくらいだ。
『仕方あるまい。体は爬虫類だからな』
『だなー』
 そんな二匹にマールが言った。
「化ければいいじゃん」
 その辺りの問題は、使い魔だけが発動できる魔法の一つ「人型」で人に化ければどうにでもなる。本来は戦闘時などに使用される術だが、別に寿司を食べたいから化けたってなんら問題ない。
『うーん、しかしだな、人型は……』
 しかし、ディータはそれをなぜか渋った。
 使い魔の中には自身の姿に誇りを持っている者も少なくない。ディータはそのタイプなのだろうとマールは解釈した。
 そんな中、人型を渋るディータのことを目を丸くして見詰めていたピピルから一言。
『使い魔って、化けれるの!』
 初めての物事を知った子どものように声をあげる。
『本気で言っているのか……?』
 流石に冗談だろ? と、若干震えた声で訊く。
 ディータがなぜこの反応なのか。そりゃそうだろう、生まれたての子どもでも本能的に理解しているような事に、こいつはまるで初耳かのような反応を示しているのだ。
『記憶にございません』
『一応訊くぞ。お前、使い魔についてどれほど知っている?』
『主に仕える!』
 自信満々にそれだけ答える。
『……えっと、それだけ?』
『うん』
『マジで言ってる?』
『うん』
 これは、バカと言うより無知だ。召喚した人間に仕えるという事を知っているのなら、問題はない。しかし、それしか知らないとなると……。
「まあ、パデラの使い魔だもんな」
『確かに、主に合わせられるとは言うな。納得だ』
 これは、遠回しにパデラの事をバカだと言っている。酷いような気もするが、間違ってはいない。言動から察するに、おそらくそうだろう。
「おーい、今すっげぇ失礼なこと言われたきがすんだけど」
 気付いていたようだ。二人の会話をキッチンで聞いていたパデラは、壁から顔を出して言った。
「気のせいだ」
「そう?」
 勘違いかーと呟き、姿勢を戻す。そういうところがバカなんだよな、という言葉は表には出さないでおいた。



 夕飯の時間。机の上には寿司桶があり、その中に程よく混ぜた酢飯が入っている。そして、その周りのお皿には細切りの刺身がと海苔が並んでいる。
「これ、お前がさばいたのか?」
 箸を取り、手を合わせるとマグロを一本挟む。これまたきちんと綺麗に切られている。しかも、魔力を使った気配がない。
「おうよ」
「凄いな」
 素直に感心する。だが、パデラのそのどや顔はイラっとくるから、これ以上は褒めいないことにした。

 他愛のない会話を交わしながら食べていたのだが、ふとマールは刺身の減りが可笑しいのに気が付いた。
 サーモンが残り二本しかない。マールは今取ったやつで二本目、パデラも同じだ。ディータが先程一本取って行ったから、残りは五本あるはずだ。
『ピピル……もう少し気品というものをな』
『きひんほかしらん』
 その会話が聞こえて、なぜ三本消えているのか粗方分かった。確認すると、ピピルがサーモンを三本咥えて今まさに呑み込もうとしていた。
『んっ……、んん、サーモンうま!』
 ピピルは一気に呑み込み、嬉しそうに体を揺らす。
『お前な、もう少し上品に食べられないモノか?』
『だって、サーモン百年ぶりに食うんだもん』
「爬虫類って刺身食うんだなぁ」
 刺身を食べている二匹を見て、意外そうに呟く。
「なに言ってんだよ。使い魔なんだから当たり前だろ?」
 普通の爬虫類は食べない。ただ、二匹は見た目がそのかたとぉしているだけで、厳密に言えば使い魔だ。基本なんでも食べる。
「そなの?」
 間抜けな返事に、マールはため息を漏らした。そして机の上に置いていた本を投げ渡す。
 使い魔についての本。幼い頃に、親の使い魔を興味ありげに眺めていたマールが、父親に買ってもらった物だ。
 パデラはそれを軽く流し見し、後で見るわとベッドの上に置いた。そして、ありがとなと嬉しそうにお礼をして来る。
「なんでお前は、魔法が出来て使い魔の事を知らんのかね」
「だって、教えてもらってないもん」
 だとしても、さっきの反応は可笑しいだろ。マールはそう心の中で呟いた。
「魔法は」
「教えられずともできるぜ」
 とても自慢げだ。俺すげぇだろ、という言葉が表情からひしひしと伝わってくる。顔だけっで心がこんなにも出る奴、中々いない。
 他の奴からしたら凄い事だろう。しかし、相手が悪い。マールにとっては魔法が教えられずとも出来るのは当たり前だ。
「うん、すごいすごい」
 凄いとは一片も思っていないだろう。証拠にかなりの棒読みだ。
「言っときゃいいってもんじゃないぞ」
「俺、二歳の時に発育期来たんだぞ。兄ちゃんがめっちゃ驚いてたの覚えてる」
 パデラが言っているのは「魔法発育期」の事だろう。その名の通り、魔法が発育する……つまりは、魔力を使えるようになる時期だ。「魔力覚醒期」とも言われている。
 早くとも三歳、遅い場合は五歳ほどの時に起こる。同時に、髪と目の色が変わるのもこの時期だ。
 二歳にそれが来たとなると、確かに早い。パデラには、周りの大人に「将来有望だ」なんてもてはやされた記憶がある。
 パデラは、そうなると自分より強いマールはいつなのだろうと気になり、質問した。
「お前はいつ?」
「……三ヶ月」
 若干の間が空いてから答えが返ってきた。
 三ヶ月か。あー、三ヶ月ね。パデラは、最初はうんうんと頷きすげぇなーと単純な感想を浮かべたが、ふと数値が可笑しいのに気が付いた。
「あー、三ヶ月。すげぇなお前……って、三ヶ月⁉ すげぇなお前!」
 いままでそんなの聞いたことない。パデラは声を上げて驚愕(きょうがく)し、マールを見詰める。
 だからか。天性の才能ってのは、そう言う事か。パデラは謎を解けたような感じで、なんだかすっきりした。
 パデラが一人でに納得していると、意外にもマールの方から言ってくれた。
「だからだよ、天性の才能ってのは」
「気になってたんだろ。けど、僕を気遣って訊かなかったんだろ?」
 気になっていたのがバレていたのか。いや、それよりもここで反応を間違えるわけにはいかない。一歩間違えばせっかく打ち解けてきたのが無駄になってしまう。
 しかし、何をどう反応すればいいのかわからない。素のままの言葉を返した。
「うん。お前、なにか気にしてるような感じだったから……ダメかなって」
「気遣われる方が嫌だ。僕が弱いみたいじゃないか」
 パデラの表情を見ないように俯きながら話す。
 全てを才能だと言われるのは嫌だった。だが、それを気遣われるのも嫌だ。感情まるごと、面倒だ。だから全部放っていたのに。
「ま、難しいことはわかんねぇけど。俺はお前を才能とは見てはいないぜ」
 チラッと覗いた。見えた表情は、普段と変わらない何も考えてなさそうな笑顔。最初、これを見てパデラと関わりたくないと思った。なぜだったのか、大体理解できた。
「そうか……」
「ま、お前が強者に媚びられるほどの脳がある訳ないもんな」
 許し始めた心を認めきれなくて、マールは咄嗟に毒を吐いた。
「こびる……?」
 しかし、パデラは媚びるの意味が分からないようだ。首を傾げ、意味を問う。
 マールは軽く笑い、パデラに辞書を投げつけた。



 夜。すっかり寝静まっていたマールだったが、隣の違和感に気付き目を覚ました。
「……おい、パデラ」
「ん? なぁに?」
 その正体は言わずもがな。背中越しに伝わるやけに暖かい体温と魔力、そして直ぐそばから聞こえる半分寝ているような声……どう考えたってパデラだ。
「なぜ……なぜ、僕の布団に入る」
 昨日は「今日だけなら」と割り切って入れていたが、まさか今日もまた来るとは……。一応理由を訊いてみたが、予想通りの返事だった。
「んー、なんとなく」
 なんとなく入るな。パデラのベッドを見ると、ディータとピピルが仲良く寝ている。これは、戻らせる事も出来ない。
 渋々入れてやる事にはする。だが、文句だけは言っておこう。
「狭いんだよ」
 如何せん一人用のベッドだ。少し広めに作られていると言えど、狭いものは狭い。
「ま、ちょっと狭いわな」
 だったら出ろ。マールは寝返りを打ち、素の力でパデラの背中を押す。しかしびくともしない。パデラの体幹が強いのか。それともマールの力が弱いのか。おそらく、どちらもだ。
「……ま。出てかないけど」
 そう言うパデの笑っている表情が、後ろからでも想像できた。
 背中に触れると、心地のいい魔力が流れているのが感じ取れる。
「あったかい……」
 初めて聞いた、マールの眠そうなふわふわした声だ。
「そうそう、俺の魔力はぬくいぜ」
 寝返りをうちマールを見ると、すでに寝息をたてていた。
「……早いな」
 自分の魔力に癒し効果があるのは知っているが、そんなに心地いいか。パデラは自分の手のひらを見詰め、魔力を発する。
 自分じゃわかんねぇや。頭を掻き、パデラも眠ることにした。




 展開された五つの魔法陣。そこから、五大属性の全てが放射され、攻撃をしかけた。
 それを見ていた友人が、声を弾ませ駆け寄ってくる。
「おぉー! すげぇなエテルノ!」
 友人に褒められ、視線を外す。
「このくらい楽勝だ」
「ははっ、さっすが最強の魔法使い。今度暗竜様と手合わせしてもらうかぁ?」
「バカ言うな、アサナト。僕の力でも暗竜様相手なら足元にも及ばない」
 楽しそうに提案する友人、にそう言っておでこをつつく。
「それもそうだな!」
 友人はにっと明るい笑顔を見せた。
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